宗教について

February 28 [Sat], 2004, 12:33
 宗教は時に人を迷いから救い、時に人を迷わせる。西欧
社会でも古来より、宗教戦争が繰り広げられてきた。他の
信徒を認めず、排他することもあった。
 古代中国でも、戦争は寺の道義の違いから生じるとも
言われてきた。
 改めて宗教という存在を考えさせられる。

 教育基本法第九条には、「宗教に関する寛容の態度及び
宗教の社会生活における地位は教育上これを尊重しなければ
ならない。」
とあるが、同時に、
「国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のため
 の宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。」
ともある。

 今の日本の世に、空海や最澄のような宗教的な天才はいない。
科学や物流の皆無の時代に列島の鉱山や灌漑、地下資源の存在
などをことごとくに掘り当て、各地に寺を開山し、今の世にも
尚、求心力を残していることは超人的ともいえる。
 溢れる物資に囲まれた現代人にはない、心眼を開いていた
のではないか。

 人はその信ずる所に生きていくことは自由であり、どの宗教
を信仰しても良いが、しかしその行為が世の中に被害を及ぼし
人を誤らせるものになった時、その存在は認められるべきもの
ではない。
 本来の宗教と、現代宗教とは根本的に存在が違う。

 宗教は人の心の置き場所を示すものでもあり、人の迷いを
救うものである。何かの特化された思想で集団化され組織化
されるとしたら、もはや宗教ではない。
 思想組織というべきものかもしれない。

 私には宗教は理解できない。
 ただ、春夏秋冬、日本列島の自然に感謝し、人の存在を超え
た人間外の力に畏れ、昇っては沈む太陽に何かを感じ、夜空の
月明かりに癒される、そういう中にある自分で良いと思う。
 天に向かって唾を吐くようなことはしない。
 天に恥じぬ生き方をすればそれでよい。
 誰も見ていなくとも、天は必ず見ておられる。

 私にはそういうことくらいしか理解できない。
 従って、宗教は理解できない。

 人間にとって本当の宗教とは何なのか、いずれ分かる日が
来ればそれで良く、分かる日が来なくてもそれで良いとも
思っている。
 いずれにしても、一日一日を大切にして暮らしていけば
私はそれで良い。
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