つれづれなるままに

February 10 [Fri], 2017, 1:55
 私は、カランと音を出して喫茶店に入った。
「おう、最近にしては珍しいな。こんないつもの時間に来るなんて」
「確かに、久しぶりだ」
 マスターにそう言われ、笑みを返す。
 そのまま、いつもの席に足を運ぶ。
 そして当然のようにそこに存在する煉介に私は挨拶をしない。
 向かい合い、視線で挨拶を交わす。
 マスターが注文を取りに来たのでいつものようにアイス・コーヒーを注文した。
「どうしたの? 俺と出会った頃のようなこんな時間に来たりして」
「どうしたんだろうね」
 と私は答える。
 そして一つ、息を吐き出して続ける。
「ただ、会いたかったんだ。そしてここに来たかった」
「なるほど、一人の夜だからだね」
「そうだね。久しぶりに、一人の夜だ」
 ニコニコと笑う煉介の笑顔に安心感を覚える。
「そういえば、私はいつ煉介と出会ったのだったか」
 少なくとも、自分のPCを手に入れてからだから大学生になってからか。
 いや、その前から自分用のPCは持っていた気もする…?
 もう、覚えていないな。高校生から大学生のような気がする。
「俺の役割は、そもそも理不尽に叱られる神を『自分は間違っていなかった』または『相手はこういうつもりだったのだ』と自分を正当化・相手を理解・事象の納得を行うためだからね」
 泣きながら煉介の前に座っていた日々を思い出す。
 自分の世界観を無理やり構築していた日々を思い出す。
 そう考えると、やはり高校時代から煉介とは出会っていたかもしれない。
「この世界は理不尽だと、思っていたからね」
「それでも神は諦めなかった」
「死ぬのは怖いからね。死ぬ勇気があったらここにはいない。僕は臆病者なんだ」
「正しいね」
 昔の煉介と、今の煉介は違う。
 それは昔の私と今の私が違うことと同じ。
 煉介は、昔ほど私と乖離していない。だから、もしかしたら此処に来る意味は昔ほどはないのかもしれない。でも、私は懐古主義なのかもしれない。あんな日々に当然戻りたくないけれど、私は煉介を愛している。心の底から。何よりも。
「俺もだよ」
「知っているけれどね」
 会話が途切れたところに、マスターがアイス・コーヒーを持ってきた。
「ゆっくりして行ってくれね」
「存分に」
 私は久しぶりにアイス・コーヒーを味わった。
「神が幸せになったから僕は変わった」
 そう。
 私はもう世界を曲解して認識する必要はなかった。
 意味もわからず殴られることもなくなったし怒鳴られることもなくなったし、家の中の足音や物音にビクビクする必要はない。
 認識している事象を、そのまま受け入れていいーー。
 思うのだが、私ではない誰かは、自分が認識している事象をそのまま受け入れているのだろうか。すべての事象を噛み砕いて脳に情報として渡した後、認識の再構築は行っているのだろうか。
 世界の再構築を、すべての人間は行っているのだろうか。
 否、当然行っているのは解っている。その曲解の度合いがどれほどなのかということだ。
 例えば、理解できない事象に出会った時、納得しなければ私は受け入れることができなかった。だから自分が納得できるように世界を曲解して認識するか、自分を騙すかをする。
 自分を騙すことは上手くなったと思う。
「あぁああ煉介」
「ダメだよ」
 解られてしまった。
 煉介は、必ず私を肯定するが、私を甘やかすことは絶対にしない。そして私も煉介に甘やかされたいとは考えなかった。というか、他人を頼るということを知らなかったのだと思う。甘えるということを知らなかったのだと思う。
「寂しいねぇ」
「でも、俺はそういう神も好きだったよ」
「僕も」
 むしろ、昔の私と今の私がだいぶ乖離している気がする。
 まるで他人のような気さえする。
「神は、神のことを好きになった?」
 私はゆるゆると首を振る。
 まだ、完全に好きにはならないけれど、これでいいのかもしれないと思っている。
「それはなぜ?」
「僕は、僕を愛してくれる人がいなかったから、僕は僕を愛した。つまり僕の愛は全て自分に向かっていた。でも、今は多分違う。僕のことを気にかけてくれる人が周りに何人もいる気がする。それは友人であったり、チームの人達であったり」
 ーーつまり、私には味方というものが存在するようになったと思う。
 家族という概念は敵だった。
 母親は、私たちに愛情などなかったとは思うが、それでも精一杯の愛をもらったと思っている。だから、母親は味方ではなかった。戦友くらいなイメージだ。
 父親は、敵だった。いつまでも敵だった。多分私か父親かのどちらかが死ぬまで私は彼を敵とみなす。
 弟は、まさに戦友だった。
 そして、友人と名のつくものたちがいたはいたが、それらと構築する情について、私は理解することができなかった。親から情というものを学べなかったので、理解することができなかったと思う。
 人との関わりを理解しないまま20年、30年と生きていた気がする。
 そう、だ。
 一番変わったこと。それは多分私の愛が内側だけではなく外に向くようになったことだ。
 だから、煉介そのものが希薄なんだ。
「昔は、自分の愛が内側だけに存在したから、世界も内側にしかなかったんだよ」
「だから、この喫茶店も蓮介も、密度が高かった」
「今、俺の顔もぼんやりしているだろう?」
「そう、だね」
「無理やりこなくてもいい。俺が神を愛さなくとも、外側に神を愛してくれる人がいるんだろう」
「恐らく」
 否、恐らくではない。少なくとも私を頼りにしてくれている人達はいる。私の存在を認めてくれている人がいる。
「神は誕生日を特別なものだと思っているよね」
「多分、多くの人の思う誕生日以上に誕生日は重要だと思っている」
「それは」
「それは、誕生を祝福する日ではない。生きていていいと許しを貰うことと同義」
 私の中の、私の誕生日はね。一般的には誕生を祝福する日であると理解している。そして私に向けられるその言葉たちは、私の誕生を祝福してくれていると理解している。そして、故に、まだ生きていていいのだと私は理解する。
「その価値観は変わらないんだね」
「僕の誕生を喜んだ者は、この世で一人としていなかったからね」
 家に女の子どもなど不要なのだから。
「素敵だね」
「そうだね。僕はまだ、生きる気力を持っている」
 それは何を意味するか。
 私の外側にいる他人のおかげなのだ。
「例えば、神は自分の誕生日を誰にも祝われなかったら死ぬのかい?」
「死なないね。だって、煉介が祝ってくれるだろうに」
 わかってて言っているのはわかっているが、少し意地悪やしないか。
「ぶれなくていいね」
「誰もがそこに存在しなくなったら、僕は僕だけで存在すればいい。孤独を感じるのは、他人がいるから。他人がいなければ孤独など感じない」
「真理だね」
「でしょう?」
 私の愛は分散した。
 だから、この喫茶店も煉介もぼんやりとしている。
 でも、きっとそれが正常なんだ。
  • URL:https://yaplog.jp/inaba_kurousa/archive/72
Comment
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー 絵文字 プレビューON/OFF

不正な自動コメント投稿を防ぐため、チェックボックスにチェックをしてください。

利用規約に同意
 X 
禁止事項とご注意
※本名・メールアドレス・住所・電話番号など、個人が特定できる情報の入力は行わないでください。
「ヤプログ!利用規約 第9条 禁止事項」に該当するコメントは禁止します。
「ヤプログ!利用規約」に同意の上、コメントを送信してください。