大人とは byまいご

2005年02月28日(月) 22時30分
えと・・・まいごと申します。今回から参加させていただきます☆
初回から提出期限破ってゴメンナサイ(´;ω;`)ウッ…

しかし、本当に難しいんですけど( ; ゚Д゚)大人っていわれても。

うーん、私がこのテーマを聞いて最初に思い出したのは姉からのメールです。
私:「お姉ちゃん、明太子食べられなかったよね?」
姉:「最近食べられるようになった〜☆ちょっと大人になった(*^_^*)」
っていうやりとりをしました。
この場合の大人っていうのは味覚の問題ですね。
まぁ、味覚は好みが関わってくるから今回のお題にはそぐわないなぁ。


そうねぇ、私自身「もっと大人にならないと」と思うことは、人の発言への対応です。
嫌な気持ちにさせられた時、どうしても食らいついて反論してしまうのですが、大人な考えの持ち主は「この人はそういう人なんだ」とあきらめてうまく流せるんだと思います。

ということで、私の中の大人の定義は、「大きく構えていて、無駄なエネルギーを使わない人」と言ったところでしょうか。

おとな by藤井某

2005年02月28日(月) 21時47分
「大人になる」「落ち着く」といったような意味で、よく「丸くなる」という表現を使います。
良いか悪いかは別として、これは実に適切な表現だと思います。
例えばここに下り坂があったとして、立方体と球体を同時に転がしてみます。当然、球体の方が速く転がっていきますね。
年をとると、時間が早く感じるというのはつまりそういうことです。
人は経験し、学ぶことによって、様々な側面を身に付けていきます。
立方体がスタートだとしたら、7面、8面と、どんどん面を増やしていきます。
すると次第に丸みを帯びてくるわけですね。
しかし、それは一概に良いことであるとも言えません。
立方体から球体を作るという作業は、つまり角を削るということですから、失われていくものもあります。
そのあたりは川の石と同じです。
どこかにガツッとぶつかって、角が取れる度に、ウルトラマンとかドラえもんとかが吹っ飛んでいきます。
これ切ないですね。そして大人は溜息をつくわけです。

ちなみにこの丸くなる理論では、何故20歳から成人になるのかということも説明できます。
多面体の中でも、最もバランスのとれたものに正多面体というものがあるわけですが、その中で一番面の数が多いのが正20面体なんですね。
これは1つ年をとるごとに、1つ面が増えていくという考え方です。
でも、ここでちょっと疑問が生じますね。
立体というのは、少なくとも4つの面がないと構成できませんから、1才から3才までは一体何なんだ?と
ずばり3才までは人格形成の過程なんですね。
ゆえに、「三つ子の魂百まで」という言葉も生まれたというわけです。

あら素敵。うまくまとまった(立方体がスタートじゃなかったのか?とかツっ込まないように)。

…というわけで、大人とは、少なくとも、酔っ払いながらこんなテキトーな文章を書くような人間ではないと思います。
そして反省の日々であります。

大人って胸キュン? by Uninon

2005年02月28日(月) 15時07分
いっつも投稿遅れる上に、前回は無断欠勤。
ちゃらんぽらんな人間ですみません生きててごめんなさいウニでございます。
誰か練炭かロープを買ってきてくれませんk

さて、こんな自虐的な前フリはどうでもいいとして、今回のお題…
大人とは何か
…また!また難しすぎるテーマだよステファニー!

ここで言う「大人」とは、もちろん肉体的な問題では無いですね。
二十歳過ぎてもガキな人間がいれば、二十歳に達していなくてもオトナな人間だっています。
何処でオトナとコドモの線を引くかが今回の話ですな。

私が考える、「大人」の条件…
それは、「思慮深く、視野が広い」人間の事、であると思います。

思慮深い」とは、心を働かせて考える事。思いやりに近い意味。
視野が広い」とは、周りを見渡した上での自分の位置付けを把握できている事。

例えば、電車の中でよく見かける光景。
騒ぐ人、携帯で通話する人、優先席で寝たふりする人…。この人達は例外無く、「子供」であると私は思います。
なぜなら、その行動一つ一つが周囲にどんな影響を及ぼすか、自分が「電車」という環境の中でどういったポジションに立っているか、そういった事を考える力が欠けているからです。
この事象は、しばしば「モラルの欠如」という言葉で言い表されますね。

まぁ長々書いちゃいましたが、端的にぶっちゃけて言うならば、「大人だったらワガママ言わずに己の身分わきまえて自分のケツは自分で拭け」ってな事です。
この狂った世の中、少しでも思いやりを持って人と接していきたいですな。


どうでもいいですが、「しゅろちく」という名の植物の花言葉が「思慮深い」らしいです。
ホントどうでもいいですねすみまs

大人とは byハチググ

2005年02月28日(月) 2時27分
毎回投稿が送れているハチググです。なんていうか、毎回お題が難しいの!とか言い訳してみます。

大人とはなんじゃらほい。
ここで、某アニメの名言から・・・

クワトロ「今の私はクワトロ・バジーナだ、それ以上でもそれ以下でもない」
カミーユ「そんな大人、修正してやるー!」
ボカスカチャン(効果音)
クワトロ「これが若さか・・・」

・・・とまぁ、ここで大人というのがでてきているのですが・・・
自分をシャアを言い切る=大人
色んな事情でクワトロ・バジーナと名乗ってしまう=修正される大人
・・・と言った感じでしょうか?
もう書いてる自分でもよくわからなくなってきました・・・
つまり、大人とは、わかりやすいようで実はよくわからないものだと思います(何

大人とは by珈琲

2005年02月22日(火) 19時02分
Σ( ̄◇ ̄;) はっ!
突然ですが、驚愕の事実に気づいてしまいました・・・今回のお題で6回目だし、そろそろ本気で真面目に考察しようと決めていました・・・が、いざ書こうと頭の中でまとめていると・・・

( ̄-  ̄ ) ンー・・このオチ弱いな・・・

とか考えちゃってる自分に気づきました_| ̄|○ ボケる気まんまんかよ・・・
まぁ要するにこういうのが大人ですね(ぇ

よくも悪くも、深く考えてしまうのが大人なのではないしょうか?

責任やら義務やら権利やら体裁やら損得やら理想やら現実やら誇りやら・・・大人になるにつれて、そういうものにどんどん囚われていっているような気がします。
大人になるにつれ・・・時間が経つにつれ、責任あるポジションや大事な居場所や譲れないプライドなどが生まれます。よって、必然的に深く考えることが多くなるわけです。

ところで、幼い頃俺はドラマというものを見ませんでした。というか、どこが面白いのかわかりませんでした。しかし、今では面白いドラマは見ます。ドラマの面白味というのが自分なりにわかるようになったのです。これも「大人になったから」ではないでしょうか?自分が大人になったことで、ドラマの登場人物に感情移入したりすることができるようになったのです。これができるようになったというのは「いろいろ考えられるようになった」ということではないでしょうか?

というわけで、大人とは
成長の過程で手に入れたもの,経験したものによっていろいろ考えられるようになった人

2000字制限にハマりまくってますが by 藤井某

2005年02月18日(金) 10時59分
遅れて参戦。以後お見知りおきを。

義理人情ってのは、渡世人の筋みたいなもんでして、我々のように五指満足な人間がやすやすと口にするもんじゃないないわけですな。しかしながら、この義理というやつが意外にもバレンタインと任侠の世界を結びつけたりするわけです。
五指満足ではない上、背中に般若の絵とかが描いてある人のことを、我々は俗に893という三桁の数字で呼称するわけですが、あの方々が往々にして不満足なのは小指ですね。893世界では不義理があると小指を切断するということは、皆さんもよくご存知だと思います。
さらに、小指を切るというと、パッと思い出すものがありますね。そうです。子供の頃約束ごとを交わす時にやった指きりです。あれも言ってみれば義理の誓いであります。
指詰めと指きり、当然二つとも同じルーツから来ていると推測されるわけですが、そのルーツというのは、どうやら江戸時代の花柳界で遊女が男と愛し合った時に、誓いのしるし(心中立て)として爪を剥がしたり、指を切ってその血で書いた誓約書を渡したということらしいですね。では、なんでまたそれが小指なのかというと、小指=エンコ=縁故、つまりはそういうことだったようです。ただ、勘違いしてはいけないのは、指を切るというのは縁故を切るということではなく、自らの縁故を相手に委ねるという意味だということです。
心中立ての手段としてのエンコ詰め。これカッコイイですね。遊女ってのはある意味江戸のファッションリーダーみたいなもんですから、当然それに憧れる一般庶民もでてくるわけです。しかしながら、さすがに指を切るってのは痛いもんで、憧れはするもののなかなか実行はできないんですね。ここで、重要な人物が登場します。かの有名な饅頭屋の平八ですね。全く売れない饅頭屋を営んでいた平八は、常日頃饅頭の売り上げを伸ばす方法を考えていました。そこに最近江戸女の間でエンコ詰めが流行っているという噂が流れてきたんですね。「( ゚∀゚)これだ!」平八はひらめきました。「エンコが嫌なら、アンコを詰めろ。詰めた餡子で心中立て」という名文句はここで誕生したわけです。もちろんこのアイデアはエンコ詰めに躊躇いのあった江戸女たちに大ヒットしました。そして、そこから惚れた男に饅頭を贈るという風習ができたんですね。
(以下2000字制限に引っかかったので追記へ、、)

義理について byなお

2005年02月16日(水) 0時37分
こんばんは。この時期に 義理について だとバレンタインって感じがしますね☆

小学生のとき、学年の半分以上の女のコを虜にしているモテ男くんが居ました。
バレンタインにも20〜30コのチョコやクッキーをもらっていて
一番多い年には40超えたとか超えないとか。

私もあげました、手作りチョコ。義理で。お返し目当てで
小学生ながらお返し目当てだなんて!!今はもうそんなことしません。
だってモテ男くんのお返しは凄いと聞いてたんです。

ELLEのポーチとハンカチをもらいました。
予想外にビックリしました。だって小学生にELLEのポーチなんてねぇ?
3000円近くしたもよう。貯金をおろして自腹ですって。これを何人にもあげていました。

さらに仲の良かった私達はお返しを配り終わった後に
モテ男くんを含め3:2(女:男)で遊びに行きました♪
私はELLEのポーチよりもモテ男くんとプリクラを撮ったことのほうが
嬉しかったです。自慢できると思っていたので。

私もいかこさん同様、義理には高くかける必要はないと思います。
私の作った、板チョコを溶かして固めただけのチョコはELLEとなって帰ってきて
母にあげたはず。
小学生のうちからそんなもんあげてるなんて今あげたら何をもらえるんでしょうね♪

ちなみにそのモテ男くんは中2の時にモテ男くんの友達に抜かれました。(チョコの数)
ちなみにそのモテ男くんとは一緒の高校です、彼女も出来ました♪

ちなみにこの年、本命くんにあげたのはチロルチョコ1つでした。
この年以来、本命くんには何も渡せてないです。
毎年作るだけで家族で食べたり捨てたりしてます



 

義理について by旅のTrp吹き

2005年02月14日(月) 11時24分
初参加です。
珈琲の研究室の者です。
性別は間違いなく男です。
この前も飲み会の時にチャック開いてました。

義理について。
ちょうど今日はその日なワケですが。
義理チョコってのを気にするのは、
「貰う当てのない人」な気がします。
「当てのある人」は、気にする必要がないワケですから。
例え誰かがくれようがくれまいがどうでもいいんです。

ちなみに、義理でも貰ったら返すべきでしょう。
相手は「義理を通して」自分に渡してるのですから、
それに対して「義理を通す」べきだと思います。
ま、値段とかって凄い難しいと思いますけど。

私?
そりゃあ(以下略)。

結局、チョコとかに限らず、一般的に「義理」=「他人」だと思います。
「他人」だからしょうがなく「義理」を通すんじゃないでしょうかね。
そう、「義理」って「しょうがなく」っていう意味に俺には取れるんです。

そんな私に義理でいいのでチョコを(以下略)。

ギリギリbyらてー

2005年02月14日(月) 10時40分
OK!激しく自称天才ブロガーのラテー様ここに参上だZE!!!


ごめんなさい。自分で出したお題すら書いてなくってごめんなさい!(石なげないで!)

さて、今回のお題はギリについて。
なんかタイトルは激しく勘違いしてますが、そのまま突っ走ることにします。


まず。学校の階段にて・・・







俺身長高いからパンツがギリギリで見えねーんだよー!



スマン。俺が悪かった。かなり勘違いしたボーヤだったな。うん。





無駄に身長高いから電車降りようとしたら電車のドアの一番上とかにギリギリでぶつかるんだYO!しかもギリギリだからぶつかるってかコスるんですよこれがまた。
しかもなんたってなんたって毎回ハゲそうで激しく怖い。毎日頭髪ギリギリ残ってるって感じぃみたいなぁ!




すまん。長かった。しかも勘違いしたままだった。


まぁそれ以前に俺のここでの存在がギリギリなんですがねっ

気にしちゃいけない。 今、画面の前のお前。納得しただろ?え?


義理。
英語にすると

【Obligation】

でも【Obligation】
を日本語訳すると


義務。

要するにだ。
義理とは義務であり義務とは義理から来るものなのです。
ええ。勝手に解釈しましたが。


つまりこういう事だ。

仕事→義務→会社の為だし仕方ねーから働いてやんよ=義理

義理チョコ→あぁお世話になってるしあげとくか。一応な。→世話になっている→あげる義務
=義理

義理と人情→あいつなさけねー。仕方ねーから助けてやんよ=義理

3倍返し→3倍にして返してくれるわぁっ!!→憎しみ、怒り→義務

全てが3倍→シャ○少佐に対しての義理。→「少佐・・・少佐になってまでザクを操ってる方はあなたお1人です・・・せめて能力UPを・・・」=義理

そのスカート、君によく似合ってるね。まるでパーフェクト・ジオングみたいだよ。→かける言葉がない。=義理=男性から女性に対しての優しい言葉をかける=義務


OK 俺が言いたいのはコレだ。



誰か本命チョコくれよ!

義理について byいかこ

2005年02月13日(日) 23時48分
はじめましてこんばんは。
珈琲さんの同僚いかこです。
性別は女、好きなものはキティです。
新規参入してみたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

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さて、本題に参りましょう。
今回は『義理について』ですか。
義理について考えるにあたって、やっぱりはずせないのはこのイベント。

聖バレンタインデー

まぁ、すでに投稿されてるのを読んでると、男性の方々の疑問はここにあるようですね。

「義理と本命の境目」

“金額”とか“手作りか否か”など、判断の基準は人それぞれあるとは思います。

金額についてだと、まぁ、義理に500円以上かけることはありません。(あくまでも私的見解)
本命でも、1000円以上はあんまりかけないかなぁ・・・。基本的に貧乏なので。
でもこれは、本当に人それぞれであるので、たとえば毎日世話になってる人には、恋愛感情抜きで高価なチョコをあげる人もいるのかもしれません。
ちなみに私は、2年前のバレンタインに、彼氏にコンビニで買った駄菓子のチョコをあげて、本気ですねられたことがあります・・・。(←当たり前)

次に手作りか否かですが、完璧に私的経験から行きますと、本命に既製のチョコをあげたこともありますし、逆に義理なのに手作りをあげたこともあります。
なので、これもあまり判断の基準にはならないような気がします。

しかし、そもそも、どのぐらいの付き合いの人に義理チョコを渡すのでしょう?

そんなハチキャノンさんの疑問に、私いかこが完璧私見でお答えします。