11月30日 チャリティコンペ

November 30 [Fri], 2012, 13:40
先日、佐野法人会青年部主催の東北復興支援チャリティコンペに参加しました。
私の場合、ゴルフはほとんど欠席している現状ですが、自分が前部会長であることと、こうした意味のあるコンペには何とか都合をつけて参加するようにしています。
(こんなこと書くと、後々コンペをお断りしたとき怒られるかも!)



この日が、天気もよくて、風もなくて・・・スコアの言い訳ができないほど絶好コンディション!?
ゴルフが好きではない方なので、なんとか周ろう・・・と、ところが!
同伴競技者が良かったですね。
保険会社の方と青年部若手2名でしたが、この方々がいい味出してました。

真剣そのものの、そうしたプレーには笑みさえこぼれます。
活き活きしている姿は、こちらまで元気にしてくれますね。

おかげで、最後まで楽しく疲れを感じさせないプレーとなりました。
(スコアは別ですが・・・)

その後、昨年からお付き合いいただいている都内の税理士先生もご出席されていたので、メンバーとともに杯を交わしました。


これまた、気さくな税理士先生で、もんじ焼をご一緒しながら酔いを満喫しました。
朝から夜までのお付き合いをさせていただき、いつもは疲れ満杯なのですが、久々に心地よい時間をいただきました。
法人会青年部の皆様、そして同伴、同席いただいた方々に感謝。

11月27日 ノスタルジー

November 27 [Tue], 2012, 12:42
もう、旧キンカ堂取り壊しが完了するようです。

佐野市中心部に近い、秋山川沿いにあった百貨店キンカ堂。
営業閉鎖から数年、あの混雑した駐車場や人並は街並みの変化に飲み込まれていきました。



ある面で、ノストラジックを感じさせる風景です。
私の自宅近くでしたし、よく子どもたちが小さいときは遊びに連れて行ったものです。

佐野市では中心市街地もこの30年で様変わり。
駅南にあった蛇のような奥深い横町はなくなり、整然としたたたずまい。
味が無くなったと云う年配者も多くいたことを思い出します。

そして、来年からは新市庁舎7階建てがそびえ立ち、様相は一変するでしょうね。
街並みが変わっても、人が変わるわけではありませんね。
変化し続ける、進化し続けることに抵抗はありません。
でも、何故か心の中には、少し寂しい気持ちも残ります。

古き良き時代とはよく言ったものですね。
時代の変化に追われるだけでなく、残すべきものをしっかり見つめなおすことも必要かもしれませんね。


11月26日 中西圭三コンサート

November 26 [Mon], 2012, 6:49
後輩からいただいたチケットがあり、佐野市の旧葛生町にあるホールに妻と行きました。
中西圭三さんは、「最後の雨」くらいしか知りません。
それでも、こんなコンサートに行く機会など、ほとんどありませんでした。
そんなこともあり、あまり期待をせずに会場に向かいました。

開始から、聞いたことのない歌が続くので、いつ会場を出るかと妻の顔色を伺います。
それでも、中西圭三さんのトークには徐々に引き付けられました。



何故?この葛生に来ているのか?
どうしてこの歌を創ったのか?
・・・・中西ワールドに足が動かなくなったのは言うまでもありません。

中西さんの歌手への導きは、葛生出身、佐野出身の方々の誘いがあったそうです。
そのお一人に葛生小学校校歌をつくられた作詞家 亮野雅勇氏が紹介されました。

なんと、葛生小学校の生徒がステージに立ち並び、中西圭三さんと校歌をデユエット!
この歌詞も初めて聞きましたが、素晴らしい!

「大切なともだちは、星の贈りもの」
「泣いてるひとをみつけたら、立ち止まるやさしさが本当の勇気」
「この街の宝石たち 遠いあこがれにはばたいて」

子どもたちへの願いにも等しい思いが綴られます。

その後、中西圭三さんからも歌の一つひとつに思いを語ります。
「東北大震災から、当たり前のことなんてないんだと・・・」
水が飲めること、歌をうたえること、食べられること・・みんな当たり前じゃないよね・・・
と、自ら気づいたことを、自らの詩にアイデンティティを主張しました。

単なるコンサートに終わることなく、その意味を訴えたことに敬意を表します。

それを企画立案実行した、「くずう原人祭り実行委員会」の皆様の熱い思いが胸を打ちました。
さすが、佐野市でトップといえるまちづくりをされている団体だなと脱帽でした。

これからも飛躍されますようご祈念申し上げます。ありがとうございました。

11月24日 故石川道明先輩

November 24 [Sat], 2012, 8:27
石川道明先輩は、佐野青年会議所第19代理事長でした。(現在は48代)
50歳ほどの若さでお亡くなりになりましたが、多くの輝かしい功績を残された偉人でした。
そのご子息が今は、同じ青年会議所に入会されており、専務理事や副理事長を歴任していますが、今日だったか?明日だったか?ご結婚となります。

そんな話もあり、石川先輩を思い出す機会となりました。

私が入会するころ(1989)には卒業(年齢40歳までの会)されるところでした。
豪傑というのがピッタリの方ですが、お酒は飲まず、宴会などではひたすらクリームソーダでお付き合いしていらっしゃいました。

先輩の偉人ぶりは、卒業されてからの怒涛の行動力です。
後輩である私たちに家族の大切さはもちろん、遊びの意味や基本的考え方など、たくさんのことを教えてくれました。
人懐っこいというところもありますが、情に深く、人の話を親身になって聞いてくれるところもあり、後輩が自然に集まります。
そんなところもあり、石川先輩の先輩方も人柄に魅了され着いてきていたようです。

20年ちょっと前、石川先輩から後輩たちが呼ばれ、「今の佐野市はこのままだと埋没する、もっと若い世代が積極的にまちに声をあげるべきだ。特に政治をあらためないと・・・そこで、若いもんから市議会議員の出そうと思う。お前ら経営者の卵じゃ、いろいろ障害もあろうから、サラリーマンでも議員を認めてくれる会社に所属するのを選んでみた。会わせるから意見を聞かせてくれ」

この発案から、現在の佐野市選出の金子県議会議員が創出されました。(当時は28歳市議初当選)
お金のかからない選挙を目指すぞ!という先輩の掛け声は、これからの時代を切り拓く宣言でした。
私たちから、どんな提案でも「うんうん、、、」聞いて、即実行決定するところも、私たち後輩の意気を一気に揚げました。
選挙期間中は、会社に一礼して事務所へ飛び出す同輩が多かったことを憶えています。

後輩らが、勝手に「俺たちは、石川一族。」と胸を張っている姿は、壮観に映ったものです。
私自身も、石川先輩に個別l相談をさせていただいたこともあります。
日本青年会議所の重要なポストを自分が受けるべき?否か?でした。
悩むところもあり、先輩の前で涙を見せてしまったことを思い起こします。
優しく、そして丁寧に諭していただき、今でも感謝しています。

先輩が倒れる1,2か月前のこと。
市長への不信が広がる中、懸命に市長候補を模索していました。
当時は市長選挙ともなると、食堂選挙や圧力選挙が横行していましたから、我々もそう簡単には手を出せません。
先輩は、候補探しを打ち切り、自ら出馬すると周囲に決意を語りはじめました。
私のような一兵卒のところにも、「中田、どう思うか、教えてくれ」と来社されたことを今でも覚えています。
しかし、その決意とは裏腹に先輩の体は弱っていたようです。

先輩が亡くなり、柱を無くしたように見えた私たち後輩連は、その弔いを先輩が育てようとした金子市議(当時)に力を注ぐことで補っていたかもしれません。
「ダメだと思ったら、どんどん意見を言え、それでもダメなら引き下ろせ」
という先輩の終始一貫した言葉に、支えられながら行動したように思います。
当事者の金子は大変だったでしょうね。それが我ら「石川一族頭領の遺言」とまで言われたわけですから。

ただ、今でも思い返せば、石川先輩は無理を承知で議員に送り込んだ責任を自身でしょっていたのでしょうね。「ダメなら引き下ろせ」という言葉は、「ダメなら俺が金子と責任をとる」という言葉だったでしょうから。

先輩は、理事長当時からご子息を会議所事業に連れてきていました。
私たち後輩は、その先輩の背中を見ながら、そうでありたいと感じていました。

そのご子息が、数年前から青年会議所に入会し、そして結婚。
感無量のトキと言わざる得ませんね。

PS.私は今でも石川先輩なら、ここでどうするのかなぁ・・と、独り先輩に相談することが多いですね。
私の中では、今でも石川一族ですから。

11月22日 危ない食!

November 22 [Thu], 2012, 14:43
ようやく胃腸の調子が戻ってきたような気がします。
さて、はて、同じことの繰り返しのないよう、特に食生活には気を付けようと思います。
ストレスは避けて通れない立場なので仕方ないですね。

どうしても、お腹が空いたときは、
大根をだし汁で茹でたものをそのままお茶漬けにかけるものはいいですよ。



決して、、、わさびたっぷりのまぐろとか!!

七味たっぷりのモツ煮とか!!


胃腸を再度悪くするかも!
・・・・と言いつつ、・・・・

11月20日 サウナ会議

November 20 [Tue], 2012, 15:46
体調がすぐれないので、体を温めよう?と地元の銭湯に久々に入りました。
以前もご紹介した、ここのサウナは地元高齢者の議論?の場となっています。
今回も、さまざまな議題で汗を流していました。

会議体メンバー?は、70歳代の男性3名でした。声は大きいほうですね。
議案1:景気

Aさん「仕事がないから、明日休めって会社から電話あったよ」
議長「景気悪いってもんじゃねえぞ、社員だってパートだって関係ねえよ」
Bさん「仕事いくつか掛け持ちするしかねえけど、それがねえんだよな」

議長「これで、会社が外国にでもうつっちゃってみなよ、それこそ大変だよ」
Aさん「俺たちに、今さら外国移れっていうのけ?」
議長「そんなのできるわけねえよ、置いて枯れる?だけだよ」
(わざわざ、漢字の説明までしていました・・・?)

議案2:選挙

Bさん「そういや、今度の選挙で政党いっぱいだな」
議長「なんだか、わかんねえやな」
Aさん「そういや、民主のTはみんなに移ったって話だな」
Bさん「移ったって難しいぞ今度は」
議長「みんなの党に移るなんてできるんかい?」
Aさん「そりゃ自分の好きだろ?」
議長「全部の党に籍置けるんかい?そりゃズルだろ」
A,Bさんともに「・・・・」
(みんな=全部と思ったらしい・・・・)

極めつけの議題・・・・・ここからは(・・・)書きは私の心の中です。
議案3:さの政治塾

議長「政治学校とか?なんだっけ?」
Aさん「あー、さの政治塾だよ」・・・・(知ってるね)
Bさん「あー、それこのあいだも公民館でやってたぞ」
Aさん「ありゃ、議員養成所らしいよな」・・・・(違いますよ)
議長「議員になるのも勉強させねえとダメだよな」
Bさん「だけどよ、ありゃよ、維新の会って話だぜ」・・・・(全然違いますよ!)
Aさん「あ、そうかやっぱりな。俺もそうかなって思ったよ」・・・(???)
議長「若いのが出ねえからな佐野はな、な、そう思うだろ」
・・・ここで隣にいた私に振られた!
私「は〜、、、はい、、、ね」・・・(振るなよ、、)
そこで私は退場!!

人間模様が映し出される地元サウナは面白いもんですね・・・・??!

11月19日 パーマン

November 19 [Mon], 2012, 6:15
パーマンは昔から大好きだったですね。
普通の小学生が帽子マスクとマントで空を飛び、悪い奴らをやっつけるパワーをもつ。
とっても羨ましいものに映りました。

フリー画像(フィギアらしいです)

私の中では、それともう一つの魅力がありました。

コピーロボットです。
自分がパーマンになっている時間は、コピーロボットの鼻を押すと自分になってくれます。
すると記憶から行動まで、すべて瓜二つ!
こんな便利なものがあるといいですよね。

そして、元の自分に戻るときはコピーロボットの鼻を押して、その間の記憶は自分に入ります。
へえー!と、びっくりしたり、喜んだり、ドキドキしたりしました。
あったらいいなぁと思った記憶もあります。

今は昔・・・・今もコピーロボットあったらいいなぁ・・・どんな時使えるかな(笑)

11月16日 iphone5 驚異!

November 16 [Fri], 2012, 7:09
先日、ずっと携帯を契約しているauショップで故障の相談をしに行きました。
すると、よく知った店長さんが近寄ってきて、iphone5今だったら在庫ありますよ、とお声をかけていただきました。

私の持つスマホは、このところ調子が悪く・・・というか、最初から調子が悪かったのです。
突然、電源が切れたり、勝手に電話していたり、画面がこう着したり・・・
使い勝手に不便を感じていたところでした。

よくよく話を聞くと、現在のモノに比べ、月2000円程度上乗せになりそうとのこと。
それでも今の調子悪さで常にストレスを感じるよりはいいかな?と自分にいい聞かせ?交換することに決しました。

まだ、取り換えて2日ほどですが、この違いに驚いています。
簡単に申し上げれば、



1、充電が早い
2、電池持続が倍近くもつ
3、動きに軽快さがある
4、画面がきれい
5、ネット、特にメールなどが使いやすい
6、カメラ撮りがスムーズ
・・・・
等々が挙げられます。
まだまだこれからなのでしょうが、ちょっとショックですね。
アップル商品の凄さは聞いてはいましたが、こんなにも差があるとは!
最初から、これにしておけば・・・と思いましたが、スマホを使っていたからこそ、この良さを感じたのかもしれませんね。
同じ商品でも技術力、創造力の差はつけられるんだなと思いました。
携帯の世界だけじゃないよね。

11月13日 クレージーキャッツ

November 13 [Tue], 2012, 8:51
ハナ肇, 谷啓, 植木等, 犬塚弘, 桜井センリ, 安田伸,石橋エータロー
といえば、クレージーキャッツ。

桜井センリさんは後列右端の方

今日のニュースで桜井センリさんが亡くなったと報じられました。
メンバーで存命されているのは犬塚さんだけと聞いて寂しい気持ちになります。

私が生まれた1961年に始まった「シャボン玉ホリデー」は、多分、私が幼稚園〜小学生高学年までお茶の間で人気のあった番組でした。

ザ・ピーナッツでも有名なシャボン玉ホリデー

ここで、クレージーキャッツは私に底知れぬ笑いをくれました。
その後、ドリフ時代も到来することになります。

大きな時代の流れを感じるのは、自分の成長に記憶として残るところが消えてしまうことですね。
それでも、このグループは心に温かく残り続けるのでしょうね。

ご冥福をお祈りするところです。

11月12日 結婚式&大食選手権

November 12 [Mon], 2012, 16:40
昨日、後輩の結婚式が太田市内にある宮殿のような結婚式場で開かれました。
とにかく、ここはどこ??と思うほど!
待合室でさえ、この下の写真のよう。ベルサイユ宮殿か!



花婿は、私の20年来の後輩であり、かわいい弟のような存在。
40歳を超えての結婚でしたが、本年4月に出会いスピード結婚。
わずか6か月、、、、。



私も後輩のため、挨拶をさせていただきました。
教訓めいた言葉は一切やめて、彼のパワーを披露しておきました。



年代相応の落ち着いた雰囲気の式もいいものですね。

2次会は、地元佐野市内で開かれました。
ちょっと時間差があり、私は少しだけ参加させていただきました。
こちらもゴスペルを聞きながらのアダルトな2次会となりました。
お幸せに!


追伸:この日、ちょっと飲みすぎ食べ過ぎでした。
朝から迎えの車中で、ビール+ワイン
昼には式場で、さまざまなお酒+フルコース
夕には2次会との時間差にラーメン店で麻婆豆腐ラーメン+餃子
2次会でスパゲティ+ピザ+チャーハン+・・・+・・・!!!!!
帰宅後、胃薬を2袋

今朝はトイレから出られませんでした・・・・。
プロフィール
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