17.文庫本

January 30 [Sat], 2010, 15:44
積み上げた文庫本の中から、目当てを探すのは苦もないことだった。

「これ貸して」
手渡した本の中身をパラパラ捲って確かめた希恵は、軽く文庫本を掲げる。

「なるべく早く返すから」
「ゆっくりでいい。それより、希恵さん。僕の話聞いてる?」
「たぶん」

「おい。こら」
文庫本を取り上げにかかった翔の手を避けながら、希恵は口を開く。

「聞いてる。紘乃にプロポーズしたら、泣かれて怒鳴られた上に、振られた」
「………振られはいません」
「まだ、ね」
「………」
「あ、そうか。そもそも付き合っているかどうかも怪しいんだっけ」
「………」
「じゃ、振られるのはないな」
「………傷心の友人を目の前にしています。言葉を選びましょう」

文庫本から顔を挙げ、希恵は幼馴染の顔を見た。
神妙な顔で窓を眺める彼と件の紘乃、そして希恵は、物心ついた頃からの友人だった。

道を隔てて校区が異なるため、同じ小学校に通ったわけもなく、中学、高校も別だった。
何度も疎遠になりながらも、不思議と友人関係が続いている。

「さすがに、泣かれるとは思わなかったな………」
小さく呟いた翔は、手元に視線を移す。

「――翔」
希恵は手にしていた文庫本を閉じて、姿勢を正した。



「顔がにやけてるわよ」



「――詐欺師の才能ないな、僕」
「そこで何で詐欺師。役者とか言わない?」

ああ〜っと満足げに声をあげて、背もたれに大きく寄りかかった翔は、満面の笑みで希恵を見た。
「ヒノから連絡あった?」
「さっき、ね。翔に泣かされたって」

肩をすくめる希恵に翔は口元を歪める。いや、さらに緩める。
「人聞きの悪い言い方しない」
「そんな悪い男は、いなしちゃいなさい、と意見をしました」
「そこっ、人の恋路を邪魔しない!」

身を乗り出してきた翔を希恵は黙って見つめた。


「翔。幼馴染同士の恋愛話のオチは決まっているって、知ってるよね」


「期待を裏切らない男ですから」
にやりと笑う幼馴染に希恵は、ようやく笑みを返した。


「では、期待しましょう」