02:歌声だけが妙に幼く 彼の体躯とは不釣合いだと思った

April 03 [Sat], 2010, 23:41
「………………」
壁を隔てた向こうから聞こえる音に、希恵は目を覚ました。
起き上がろうとして、がんがんと響く頭に思わず唸る。
――完全に、飲みすぎた。

そろそろと身体を起しながら周囲を伺うと、
上着がハンガーに掛けられ、バッグが定位置に置かれている。
財布と鍵が定位置にない事だけが唯一の違いだった。

大きく一つ溜息を吐きだして、希恵はゆっくりとベッドから這い出した。
――シャツとスカートはぐちゃぐちゃ。
首から下をざっと確認して、希恵はまた一つ大きなため息をつく。

テーブルの上にコップと揃えて置かれていたペットボトルの水をそのまま直接あおる。
500mlをゆっくり全部飲みほしてから、希恵はまた大きくため息をつく。


昨夜、紘乃と久しぶりに二人きりで飲んだ。
すでに就職し、社会にでた紘乃はちょっと疲れた顔をして笑う。
「どんなに理論上では完璧でも、やっぱり色々難しいよ」
「……そっか」
「怒られてばっかりだし」
下唇をかみしめた紘乃はテーブルを見つめた。

何て言葉をかければいいのか分からず、希恵は目の前にあったコップに手をつける。
この店お勧めのこの果汁酒はほどよい甘みが美味だと、さっき紘乃と褒めあったものだ。
数年で、お酒の好みもちょっと変わった。
自分の立ち位置がそれぞれ変わったように。

「……悔しいから頑張るけどね!」
顔を上げた紘乃は、にやりとしか形容出来ない笑みを浮かべて、お酒に手をつける。
どんどん強くなっていく幼馴染を目の当たりにして、希恵は何とも言えない気分になる。

「あたしも頑張らないとなあ……」
思わずもれた呟きに紘乃は笑った。
「希恵はちょっと息抜きの方法を学びなっ」

着替えを手に部屋を出て、バスルームに向かう前に、隣の部屋の主を伺う。
開け放たれた扉から聞こえる歌声を止めたくなくて、希恵は足音を忍ばせた。
遼は部屋に流れるCDに合わせて歌を口ずさんでいた。
聞きなれないその歌に希恵は耳をすませる。
――洋楽、だ。たぶん。

メロディラインをたどっていた希恵は、床に落としていた視線を挙げると、
物音に気づいたのか、雑誌を捲っていた遼が顔を挙げた。

「おはよう」

一拍置く事もなく言葉を発した遼に、内心の動揺を悟られぬよう希恵はうなずく。
「……おはよう」

自分の掠れた声に顔をしかめた希恵に、遼は苦笑した。
「やっぱり二日酔いしてる?」
「でも大分マシだと思う」
希恵は小さくため息をついた。

「水と上着、ありがとね」
ペットボトルもハンガーに掛けられたジャケットも。
――玄関で潰れていた私を部屋に連れて行ってくれたのも。

「どういたしまして」
遼の返事を背中に聞きながら、希恵はバスルームへ足を進めた。
耳に残る歌声が消えない前に。

  • URL:https://yaplog.jp/hibi-hibi/archive/71