01:思えばその時だけだったのだ 私の欲しい物が全て隣にあったのは

August 27 [Wed], 2008, 22:48
あたしの名前を呼ぶ。
その、声。


「希恵」
振り返ると、ちょっとだけ不機嫌な顔をした遼が立っていた。
「何?」
「何、じゃない。さっき俺に気づいていたろ?何で声かけない訳?」

遼の言葉に、希恵は先ほどの図書館での光景を思い出す。
友人に囲まれて席についていた遼と目が合った気がしたが、そのことだろうか。

「用もないのに、何でいちいち」
聞き分けの悪い子どもを相手にしているかのように、遼は苦笑する。
「そんなに厚い本ばかり抱えて?」

胸の前に、積み上げるように重ねていた本を数冊取り上げた遼は、小さく笑った。
「何が歩いているのかと思った」
「……うっさい」


大勢の友人に囲まれて座る、遼の姿を見るのは、好きじゃない。
――あたしが持っていないものを当たり前のように持っている。
それを目の前に突きつけられているようで。

4月になり、遼は同じ大学に入学してきた。
院生の希恵が特定の場所にしか用がない為、2人が大学内で顔を付き合わせる事は稀だった。

それでも、こうして顔を会わせる度に。
5つ違いの。
ある日、突然できた弟は。
こうして、何度も垣根を越えてやってくる。


突っぱねてばかりのあたしを、何度でも駄目にする。
――意図すらせずに。



エレベーターホールで遼と並んで待つと、エレベーターの扉に反射された姿が目に入った。
こうして並ぶと、凹凸さがやけに目立つ。
平均的な身長より、大きな遼と小さな希恵。

2人が一緒にいて、姉弟に間違えられたことなどなかった。
だからといって、恋人同士に間違えられたこともない。

――隣の子は、……お友達?
そう、他人に遠慮がちに形容される度に。
希恵の中で何かがささくれていく感じがした。



両手が塞がっている為に、ずり落ちてきた鞄の持ち手を直すことが出来ずにいる希恵に
目敏く気付いた遼は、顎と片手で持っていた本を固定すると、さっさと位置を直してくれた。
「希恵、その上の本まで…・…」
「『お姉さま』」
「はいはい、お姉サマ。その本を寄越してください」
「持てるからいい」

突っぱねれば、有無を言わさずに取り上げられる。
「お姉サマ。あなた、これ以上ちいさくなったら、どうするんですか?」
「うるさい」

結局、希恵自身が持っている本は、たった3冊だけになった。
「……あんた過保護よね」
呆れて見上げると、遼は笑った。
「母さんにもよく言われる」

ちょうど降りてきたエレベーターに乗り込むと、希恵は8階のボタンを押す。

2人のほかに誰もエレベーターに乗り込むことなく。



ドアは、閉まった。
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