05.未完成

October 09 [Mon], 2006, 16:14
「初々しいね〜」

「どこの親父ですか、あなたは」
向かいに座っている伊藤が、いつものように毒を吐く。

「だって。ほら、後ろ」
智が顎で示した先には、揃いのブレザーを着た少年と少女が、肩を並べて座っていた。

「中学生かな?高校生かな?付き合いたてってカンジだよね?甘酸っぱいな〜」
軽く後ろを振り返って確認した伊藤は、既に興味を無くしたらしく、手元の資料に視線を戻す。

「あれ見て、学生時代の彼女、思い出さない?」
「出しません。それより、この……」
「じゃあ、青かった頃の失敗は?初デートとか、初キスとか……」
「仕事中ですが?」
伊藤は、資料から目を上げることなく、コーヒーを口にした。

「何、何?照れてんの?」
伊藤の態度を都合のいいように解釈した智は、興味の対象を伊藤に移し、テーブルに身を乗り出す。
いつも涼しい顔をした伊藤が青い失敗をして、慌てる様を想像したら、思わず顔がニヤけてしまう。

「照れてないで、教えてちょうだいよ。君の青い失敗を」
「話すほどのものでも、ありません」

「初デートに寝坊した?財布忘れちゃった?場所間違えたとか?」
さっさと、この話題を終わらせようとしている伊藤に構わず、智は妄想を続ける。
「思いっきり転んじゃった?あ、名前を間違えちゃった?それとも……」

智が調子に乗れたのも、そこまでだった。
ゆっくりとコーヒーカップを下ろした伊藤は、満面の笑みを浮かべて顔を上げた。


「失敗と言っても、先輩には敵いませんよ?」


身に覚えがある件が、多々……。

「さっさと、目を通してください」
伊藤は確認し終えた資料を、すっかり静かになった智に渡した。
しずしずと元の場所に座りなおした智は、渡された資料に目を落す。

「気分転換に場所を変えようとおっしゃったのは、どなたでした?」
「……あたしです」
「なら、さっさと仕事してくださいね。先輩?」
「……はい」

やっと資料と向き合い始めた智に、ひとつ小さくため息をついて、伊藤はコーヒーカップを持ち上げる。
すると、先ほどの学生のカップルが席を立ち、店を出て行くのがちょうど視界に入った。


「あの頃と今との違いなんて、あるようで見つからないな……」


「え?何?」
資料から顔を上げた智は、コーヒーカップに手を伸ばした。
それに答えることはせず、伊藤は、やってきた店員にコーヒーを二つ追加注文する。
それを見た智は、横から注文を継ぎ足した。

「うんと濃いの、お願いします」

05.未完成
お題提供:誰でもトライ20のお題
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