16.右側通行

December 28 [Thu], 2006, 19:46
「あんたも面倒な相手を選んだわね」

加奈子がそう言うと、伊藤君は軽く苦笑した。
「それは友達の言い草じゃないですね」

じゃんけんに負けた智はドリンクバーへ、飲み物を調達中だ。
智がカップを片手に右往左往するのを眺めながら、2人は口を開いた。

「智はね、右側通行を遵守できないタイプなのよね」
両手にカップを持った智は、手前からやってきた他の客にぶつかりそうになりつつも、ゆっくりこちらにやってくる。

「……右側を通ったり、左側を通ったり。そのせいで厄介なことになっても、何が起こっても、本人に自覚がないのが始末に悪いですよね」
何の例えか分かったらしい伊藤君は、そう付け加えて、もう1度苦笑する。

「努力型の天才肌だしね。昔から」
周囲から浮かないようにしようって考えは、智にはない。


「……あの事故の後」

伊藤君の顔をちらりと見ると、その横顔からは表情が見えなかった。
加奈子は自分でも突然話が飛んだと思ったのだけれど、伊藤君は黙ったままだった。

「今だから言うけど」
加奈子は一旦口を閉じた。
「リハビリの後、智が別の高校に移るって聞いた時。正直よかったって思ったの。」

加奈子は智を視線で追っていた。
カップに注ぎすぎたのか、恐る恐る足を踏み出している智は、視線をカップに降ろしている。

「智が競技から離れることが出来るって思って」
ふいに伊藤君の視線を頬に感じた。

加奈子たちが座るテーブルに近づいた智は、ようやくカップから視線を上げた。
「実際は、更にのめり込む結果になったけどね」

――あの高校で、あんた達に出会ったおかげでね。

あの頃、違う制服を身にまとい、見知らぬ人に囲まれる智を見て。
正直言うと、ちょっとだけ疎外感を感じていたのかもしれない。

ちょっと、悔しかった。

「伊藤君は右側通行でも左側通行でも。自分がどこを歩いてるのか自覚しつつ、全く気にしないタイプよね」
あのときのお返しとばかりに、ちょっと突っついてやると、向かいから小さく笑った声が聞こえた。

「――大原さんは、右側通行でも左側通行でも。突っ切って行くタイプですよ」
思わず伊藤を見ると、伊藤は智からカップを受け取っていた。

「ちょっと!?コーヒーはあたしのだからね!伊藤はコーラ!」
「はいはい」
「これ、加奈子の」

智は、伊藤君と何やら言い合いながら、加奈子の隣に腰を降ろす。
それに相槌を打ちながら、差し出されたアイスティを一口に含んだ加奈子は、智を見た。

砂糖たっぷり。
甘口仕様にレモンを乗せたアイスティ。

今回のように思いっきり落ち込んだ日に。
智が加奈子に差し出すのは、いつも甘党の加奈子向けのものだった。

「加奈子?」
智は、見つめられるのが居心地悪いのか、どうしたのかと訊いてくる。

ふいにさっき伊藤が呟いた言葉が、頭の中によみがえる。
『本人に自覚がないのが、始末に悪いですよね』

――本当にね。

こんな日に、1人にしないでくれた智が嬉しかった。
こんな気分の自分を、大げさに慰めて煽ろうとしない、智が嬉しかった。


言いたいことはたくさんあった。
けれど、口に出来たのはたったひとことだけ。

「……ありがと」

16.右側通行
お題提供:誰でもトライ20のお題
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