13.10秒前

December 17 [Sun], 2006, 10:36
「と、とりあえじゅ。や、やれるだけやってみる」

松岡さんは、見るからにがちがちになっていた。
時間までまだ大分あるというのに、緊張のためか既に呂律が回っていない。

今回の市の企画を勝ち取ることが出来たら、それはウチの会社始まって以来の大仕事になる。
誰もが浮き足立っている中、松岡さんはいつものように企画を発案した。

それに少々の修正と詳細が書き加えられ、うちの会社の案として市に提出すると、あれよあれよと最終コンペティションまで勝ち残っていった。
本来なら、ウチのような会社が最終コンペティションまで残ってること自体、凄いことなのだ。

市から手渡された資料に、大企業や業界で名立たる人たちの中に混じって、会社の企画メンバーが名を連ねてるのを見て、佐々原は今さらながら鳥肌が立った。

発案者の1人である松岡さんは、そのまま企画メンバーに任命されていた。
気負うことなく、いつものように仕事を進めていく松岡さんに、佐々原は改めて感嘆していた。
松岡さんは、佐々原の憧れの先輩なのだ。

そして、今日は市の重役たちを前にして、最終プレゼンテーションが行われようとしている。

しかし、ここに来て問題は発生したのだ。

「伊藤さんはまだなんですか」
小声で囁くと、吉井さんは少しだけ曇らせた顔を首を振った。

毎回プレゼンテーションを担当していた、もう1人の発案者。
伊藤さんが、電車のトラブルで遅れているのだ。

その代役として、壇上に立てるのは松岡さんしかいない。
けれどその松岡さんは今、緊張でがちがちになったままパイプ椅子に腰を下ろしている。
松岡さんが本番には強いが、極度のあがり症だというのは、社でも有名なことだった。

「大丈夫だよ。松岡さん」
吉井さんが松岡さんの肩に手を置いて微笑む。ここで自分の株を挙げるつもりなのだろう。
――けど。あたしは松岡さんと伊藤さんを応援してるの。

「コーヒー飲みますか」
「ありがと。でも、今はいいや」
慌てて佐々原は気を使ってみるが、珍しく松岡さんはコーヒーを断る。
「大丈夫だよ。松岡さん」
吉井さんは撫でるように、松岡さんの両肩をさする。

いつもの松岡さんなら何かしら反応をするだろうが、今の松岡さんは全くの無反応だ。
――い、伊藤さ〜ん。
早く来て、と佐々原は心の中で叫ぶ。

そのとき、廊下を足早にやってくる靴音がした。
「すみません。遅れました」
開いていたドアから入ってきたのは、息を軽く切らせた伊藤さんだった。

「伊藤」
「伊藤さん」

全く正反対の感情の込められた声が室内に響く。
松岡さんは黙ったまま、伊藤さんを見上げている。

「打ち合わせはどうなっていますか」
「1番最後にうちのプレゼンの番が回ってくる。時間的にはもうそろそろだな」
「では、予定通り先輩にプレゼンを担当してもらってよろしいですか」
「……うん」
「俺は補佐役に回ります」

「お2人で最終打ち合わせが必要ですよね?」
佐々原が提案すると、伊藤さんは少し首をかしげた。
「いや…」
「うん。ちょっと確認したいことが…」

両者から全く正反対の返答が返ってきた。
2人とも相手の返答に納得がいかないようだ。しかめっ面のまま2人は顔を見合わせている。
佐々原は微笑んで、2人を見つめた。

「お2人とも、最高のコンビですよ」
「10秒で破綻するようなコンビだよ」
松岡さんの言葉に、伊藤さんは軽く笑う。
ちょうどそのとき、市の職員らしき人が出番を知らせにやって来た。

「では、10秒経つ前にプレゼンを終わらせてきましょうか」
伊藤さんの言葉に、松岡さんは笑う。
緊張の色はもう見られない。

「任せなさいっ」

13.10秒前
お題提供:誰でもトライ20のお題
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