02.一等賞

October 02 [Mon], 2006, 5:17
「意地っ張りですよね」

「誰が?」
白身魚に伸ばしていた箸を止めて、智は顔を上げた。
「意地っ張りな上に、頑固なのよね」
隣に座る加奈子が身を乗り出して、伊藤の話に同意した。

「だから、誰が?」
「高橋」
伊藤の口から出てきた名前に当てはまる人物を、何人か頭の中でリストアップする。

「高橋?」
「あんた。人の話、全然聞いてなかったわね」
カルアミルクに口をつける加奈子は、ため息をひとつついて首を振った。

「ドラマの話」

「ああ。最近話題の?」
頷く二人を見て、智は内心首をかしげる。
「最近見ることを義務化されてる伊藤はともかく。加奈子がそれ、毎週見れんの?」

不規則な就労時間を送っている加奈子が、毎週同じ時間にテレビの前に座れるわけはないし。
PC以外の機械がからっきしダメな彼女が、録画機能を使いこなせているとは思えない。

「浩太に録画したヤツ、もらってる」
事も無げに出てきた名前に、智はビールを煽る手を下ろした。

加奈子の実家の二軒お隣さんだった、浩太さん。
加奈子の元彼、浩太さん。

「加奈子さ、こ……」
「あたしの話は今、いいの。それより、今日はあんたの話よ」

智の言葉を途中で遮り、加奈子はきっぱりと断言した。
ドラマの話に熱中していたくせに。
智は、喉まででかかった言葉を飲み込んだ。
一緒に飲みに来てくれた二人には、何だかんだ言っても感謝しているのだ。

「何か言ってやったの?」
「何かって?」
「何か、よ」
加奈子は、真剣な顔をして智を見つめた。
向かいに座る伊藤は、黙ったままこちらを見ている。

二人にじっと見つめられては、黙っていられなくなり、智は口を開いた。
「別に。好き、とか、思ってたわけじゃないし」
居心地の悪さに、智は意味も無く、ジョッキについた水滴を指でなぞる。

「好意は持ってたんですよね」
「さあ、どうだろう」
疑問ではなく、確認形式の伊藤の問いに、智は曖昧に笑う。

曖昧にごまかしつつ、ピッチャーから空になったジョッキに、ビールを継ぎ足した。

ビールでは、酔えない。
何杯飲んでも、いくら飲んでも。ビールでは酔えない性質なのだ。
だからといって、得意でもないワインに手を出そうとは、さすがに思わなかった。


前後不覚に酔うのは、一度で十分だ。


それ以上何も言わずに、智はビールを煽る。
「トイレ」
席を立ち、店の隅へと足を進めた。
初めて飲んだとき、あんなに不快だったビールの後味が、口の中に残っていた。


「智意地っ張りよね」
「意地っ張りな上、頑固ですよね」
智が席を立ったついでに、どちらからともなく、二人はさっきの続きを始めた。

「あの鈍さには、ちょっと呆れちゃう。ほんとフィクションの世界よね」
「鈍さの選手権があれば、一等賞、取れそうですよね」
「でも良い子だから、幸せになって欲しいんだけどな」

「大丈夫ですよ」

加奈子は、事も無げに同意した伊藤を、ちらりと見た。
伊藤は、加奈子の視線に気づき、唐揚げを口に運んでいた手を止める。

「何か?」

完璧な笑顔で返された加奈子は、口に仕掛けた言葉を言えず、追加注文したカシスオレンジを口にする。


「……ドラマの話よね」
「ドラマの話ですよね」


02.一等賞
お題提供:誰でもトライ20のお題
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