4年前

December 26 [Fri], 2008, 23:00
昨日の深夜から今朝未明にかけて、TBSで恒例の 「小田和正 クリスマスコンサート」があった。4年前に初めて見たのだった。
’04年の12月25日。いつもなら、甘っちょろいフォークなんか、と 見るはずの無い夫が珍しくチャンネルを回して、「なかなかイイネェ」などと言っていたか。

1週間後に死が迫っていようとは
「肩が痛くて仰臥して寝れない。」と言って、そのころからコタツに座って寝ていたらしい。
座椅子ぐらい買ってあげればよかった。そんなことも気がつかなかった。

夫は、その年の5月に、腸閉塞という自覚症状で発覚した盲腸ガンを手術。
転移・再発の可能性60%と言われていたそのとおり、8月に肝臓への転移を指摘され、抗がん剤投与のため20日間の入院。その後は週に1回の通院・点滴(抗がん剤)治療の10回計画終了間際だったか。
8回終わった後の検査で、却ってがん細胞の増悪があり、年明けには新しい治療法を・・・と言われていた。
20日だったか、日曜日のいつものサイクリングながらの買出しに、「ちょっとしんどいから、買出しだけだな。」と一緒に行ってはくれた。
22日の時点では、お昼は外へラーメンを食べに行き、(店の仕事は出来なかったが)朝はシャッターを明けに来て、夜は閉めに来た。
25日頃からは、「悪いけど 夜は行けないなぁ。」
26日。朝も「ちょっと行けない。」 お腹が膨らんでいる様子に気がつく。「腹水?まさか。」
27日。大分調子が悪い。確か日曜日だった。2人で弱気になって、私はなぜか 10年前の兄や義姉の死のことなど考えて夫の前で泣いたりした。
年末29日まで店をやるつもりだったが、結局27日で終わったのだったか、28日は営業したのだったか、忘れてしまった。今はまだ確かめる気も起きない。その頃日記を付けていたかどうかの記憶が無い。しかし毎日のメニュー記録はまだ捨てていないはず。それを、今はまだ・・・というか、今ではもうすでに・・・・というか、確かめてみる気が起きない。

29日、あまりに苦痛がひどいので、救急室から入院。
その前に夫は、台所のシンクで 椅子に座って自分で髪を洗い、ヒゲを剃った。
初めて 個室に入った。結果的にはそれで良かった。最後ぐらい周りを気にせず、のびのびと出来たのだったか。
モルヒネのためか、ウツラウツラと、アタマが回っているようだった。
前の日までは家でいなり寿司を食べたり、そうそう、アルバイトの人が作ってくれたクリスマスケーキも少し食べたりしたのだった。
全く何も食べなくなった。
30日に、当時横浜に住んでいた娘が帰り、「ちょっとまずいかも。覚悟しよう。」と話す。
31日。朝から病院に行ったが、大雪注意報がでて、自転車で行っていた私は早めに帰る。杏林からは30分かけて山を下りるようなので。娘を残す。しかし夕方には娘も引き上げてきた。
予報どおり大雪となり、凍りつくといけないから と、入り口の雪かきをしたりした。
29日から31日まで夜NHKで「蝉しぐれ」を放映した。テレビがあんまり好きではなくて、マラソン・サッカー以外には殆ど見ない私が、自分でリモコン持って、しかも時代劇なんかを見ちゃったのだった。
この 『蝉しぐれ』 がとてもよかった。主演の内野聖陽と原作の藤沢周平のファンになってしまった。
夫に言うと、「へっ!」っていう顔をされたが。

31日の夜は娘の夫も来たなかで、「”もしもの時” が近いかもしれない。葬儀はせず、荼毘に付す。その前の日に義理の人だけに知らせて、お別れしてもらおう。」などと相談してしまった。
その日の寝しな、元旦の朝5時。病院からTELがくる。「トイレに行こうとしたらしく、部屋を出ようとして滑って転んでしまった。血圧が非常に下がってしまって アブナイ状態です。すぐ来てください。」
タクシーがナカナカつかまらず、やっと病院についた時は 昏睡しているようだったが、私がいることは分かり、不審に思ったか、「今、何時?」と聞いたのが最後の言葉だった。「7時だよ。」と答えた。
昏睡に入り、12時25分、心臓が止まった。
あっという間の10日間だった。

病院の説明では、「こういう末期の人は、何が起こるかわからない。」
手術前から懇切な説明はあったけれど、”余命” だとか ”末期” だとかの言葉は聴かなかった。
28日に、点滴投与を杏林から委託されてやってくれた個人病院に ”痛み”について相談した時、初めて「末期ですよ。麻薬で痛みを和らげるしかない。」と言われたのだった。
末期だと言う認識はなかったにせよ、自覚症状が出るくらいなら、それなりの進行性のものだったということなのだろう。
ぼんやりしていて 何にも知らず、フツウにしていられて却って良かったかもしれない。

 夫との関係がどんな風であったのか? 同行2人であったか? 共依存であったか? あきらめデあったりしたか?  そんなことをいつも考えているのだけれど、まだまだ書くことが出来ない。
しかし、書き留めておかねばならない出来事が4年前にあった。
この時期だからこそ、しなくてはいけないのでは・・・・と思い、事実だけでも書いておこうと思った。


クリスマスコンサートの小田和正、確かにうまい。あのトシで、あんなボーイソプラノのような声が、と、圧倒される。
歌詞も、ちっとは社会性も出てきたようで。
でもやっぱり、アレですよ。財津和夫ですよ。声に表情があるもの。物語ってしまうもの。


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