『女性死刑囚  十四人の黒い履歴書』 225

March 21 [Fri], 2014, 21:03

風間さん支援関係で最近書いたものを転載します。
まず、10日ごろ発行された『救援』という新聞に書いたもの。
深笛義也さんの『女性死刑囚  十四人の黒い履歴書』 という本の感想兼 宣伝兼を目指してだったが、・・・数字に間違いもあるし、宣伝になっているのか?
次は今日発行のたまじょつうしん152に掲載された「風間博子さんのこと」を転載します。


『女性死刑囚  十四人の黒い履歴書』紹介(感想)       
2013年12月発行のこの本は、2年前に出た同じ著者の『女性死刑囚 13人の黒い履歴書』というムック版のいわば増補として刊行された。2年の間にひとり、北村真美さんが確定して増えたわけだが、その後木嶋さんと上田さんが一審で死刑判決。16人となっている。死刑廃止運動でしばしば起点とされる、執行再開の93年以後の判決や執行は約250人か? その中で女性は13人(16人のうち3人は93年以前)、5%に満たないこの率には一驚であるし、腑に落ちる数字でもある。暴力は怖い。生物学的性差は歴然としてあり、弱い者にとって暴力は怖い。そういう場面に出くわすせば、女性はせめて加害者にはならず、被害者になることが多いのだ。そしてこの「5%」という数値は、社会的性差を表わす、例えば大企業のトップの男女比率などと至近なのが、まさに不気味というか・・・。

ムック版から書籍へ。この間に、14人のうちの一人、私たちの支援する風間博子さんは再審請求を出した。この本では再審請求の内容が詳しく書き加えられている。著者の深笛さんは2011年3月3日号の『アサヒ芸能』への記事執筆前から膨大な裁判資料を読み込み、風間さんの無実を確信し、支援会にも参加してくれるようになった。

風間博子さんの名は『救援』読者にはおなじみかもしれない。大道寺幸子基金「死刑囚の表現展」で入賞の常連、2010年には『潔白の罪』『無実という希望』の連作で優秀賞、昨年は技術賞を受賞している。多才で、地に足の着いたしっかりした女性だ。犬の飼育と販売をする会社をきっちり切り盛りしていたはずだ。夫の関与する凄惨な連続殺人事件に巻き込まれ、共謀共同正犯として死刑判決を受け確定してしまった。事件解決を焦る警察と検察が、夫の共犯者の供述だけでストーリーを作り上げた。その供述だけが唯一の証拠である。供述の共犯者は微罪で服役、しかしその彼は裁判中から、風間博子さんは関係ない、自分は出来ていた調書にめくら判を押しただけだ、と証言しているが。あまりに不自然で不可解な強引に曲解する判示が多すぎて、どれを再審への新証拠としてよいいのか分らない。やってないことを証明することは本当に難しいことだ。この本には、再審へ丁寧な説明がある。さらに、風間さんの抱えたDVへのジェンダー視点が重要だと説く。夫からの暴力を覚悟の上で、税金対策を口実に離婚を切り出して果たした、それを判決は偽装離婚と断定し、「二人は運命共同体」だとして共謀の主犯とされた。「夫からの暴行の恐れがある場合、夫には偽装結婚だと納得させて籍を抜き、―中略―暴力を避けるために夫に従うことがままあることもドメスティックバイオレンスへの対処としては当然ある。裁判官はそのような世情も知らないのだろうか」と。全く、緊張感にあふれる家で、息をひそめて暮す女のことを知らないのか? 恐怖で警察に通報もできずに、心療内科に通ったのだ。

風間さんは何故こんな世界に関わったのか、と疑問だった。しかしこの本でいづれも息をのむような凄惨な事件を辿ってみて、誰もが紙一重でそういう体験をすることもある、あっちとこっちを分ける発想が間違いだ、個人的なことは社会的なことだ、と思った。

ソレニシテモ、富山の誘拐殺人犯宮崎さんの同行男性に刑事が「女房同然の女の罪はかぶってやれよ、それが男だ」と男の責任論を振りかざしたというくだりには笑って怒る。それ程に女は人間じゃないのか? ジェンダーバイアスそのものだ。人権問題としてこのことに「怒る視点」も著者にはあると感じた。
風間さんの雪冤の道のりは長いが、この本などを得て、希望への大きな曲がり角を曲がることができた。



たまじょつうしん152  2面記事
「風間博子さんのこと」
風間博子さんと知り合ったのは、2009年の3月ごろだった。京都在住の知人が、風間博子さんが、埼玉愛犬家連続殺人事件の共謀共同正犯として一審二審の末 最高裁で死刑判決が確定しそうなので面会に行ってほしいと言ってきた。東京拘置所で面会し、風間さんが知的で地味でしっかりした、普通の人であることに驚いた。絵や書や文章にとても才能のある人だとは知っていたが。やはり風間さんは6月に上告棄却で確定死刑囚となった。私は、親族以外の(監獄)外部交流者の3人のうちのひとりとして、交流が続いている。

風間さんは1957年生まれ。最愛の父を亡くした83年に、15歳年上の犬の繁殖業を営む男・Sを“父のような”と勘違いして結婚、アフリカケンネルを共同経営。動物好きな彼女はハンドラーとしてドッグショーでも活躍した。しかし風間さん本人へのDVと前夫との子への壮絶な暴力、虚言癖などに堪えられず、93年1月、夫には税金対策を口実に念願の離婚をした。が、商売は共同で続けた。

事件は身の毛もよだつ様相である。輸入犬の金銭トラブルから、93年4月と7月に元夫Sが子飼いのYの協力で3人を殺した。3人とも、殺されたのち群馬の山中で解体、焼却されて川に流されてしまった。風間さんはそれとは知らずに、被害者の車を東京に捨てに行くことを手伝ったり、7月の事件では、殺された死体を車で群馬の山中へ運ばされた。解体現場を見せられた。しかし、夫の殺人を知ったことで体調を崩しながらDVを受け続け、またも同居を決め込んだSに怯え、95年1月5日の逮捕の日までこのことを口に出すことができなかった。まだDVへの社会の関心も薄いころ、助けを求めることもできず、ただ暴力を恐れ、子どもを守りたいとどんなに心細く八方ふさがりであったか、想像に難くない。

警察は4月の事件後7月にはS、Y、風間さんの行動確認を始める。事件当日も張り込みしながら見失い、逮捕まで1年半もかかった。解決を焦る捜査側は94年11月にYを別件逮捕。取り調べ検事による、司法取引よりもひどい方法でYの供述調書を取り、作ったストーリーにより殺人実行犯のYは死体損壊・遺棄のみで3年の実刑、風間さんはSの共謀共同正犯として犯人に仕立て上げられ、死刑が確定した。検察は自作のストーリーを貫くために様々な工作をしている。時には役所に残る登録日をさえわざと違え いかに夫婦仲よく共謀したかにつなぐ、あるはずの捜査資料を彼女に有利なものは証拠採用しないで隠す、彼女の無実を示す「ないはずの車」を「あったが張り込みが見落としたのだろう」と堂々の証拠として通す。論告書、判決文、弁論要旨、控訴、上告趣意書など膨大な資料を読めば、いや 一部を読んだだけでも、いかにこの裁判がいい加減なもので、風間さんが無実であることを認めないために数々の証拠を捻じ曲げているかがよくわかる。こうして下った判決だった。司法による冤罪の作り方がよくわかるできごとだ。一人の人間の人権をこんなにも軽く踏みにじるのか? そしてまた、一坦決着したことを覆せば司法界の秩序が乱れるというのか? 死体なき殺人のこの事件では証拠がほとんど残らない、証拠はYの供述だけである。ところがYは公判では「博子さんは関係してない」と証言している。Yのこの発言後も、判事は論告書の「証拠」を採用したままだ。原判決が覆ることはなかった。

しかし風間さんは12年1月に再審請求している。そして無実であるのだから、希望を失ってはいない。私は、風間さんと社会とを繋ぐ交流誌『ふうりん通信』を年に数回発行して再審を支援している。最近、マスコミもこの冤罪事件に関心を持ち始めた。




裁判員制度のもたらしているモノ 224

January 29 [Wed], 2014, 21:15


今朝、図書館へ本の返却に行き、10時からの訪問現場まで時間があったので、小さい分館の良さ、すぐそこに新聞があった その読売新聞を見て驚いた。
1面トップに「求刑超え判決 評議検証』これだけでは一体何のことかいな? だが。
「全国の地裁、裁判員裁判で急増」
つまり、「懲役○年」という量刑に、検察の求刑よりも重い判決が増えている、ってことだ。

フツウ検察は、被告に有利な事情が考慮されて刑が軽くなることも想定し、求刑を重めに設定することが多い、と記事にもある。
チラッとニュースなどでも見かけるが、求刑よりも2〜3割引きの判決で決着していることが多いと感じている。
ところが、・・・
裁判員制度が始まってこの5年件で、5,794人のうち50人に、逆に求刑の2〜3割増しの判決が言い渡されているという。
例として、
「交際トラブルで男が女性を暴行死させた傷害致死事件」15年の求刑に20年の判決
「発達障がいのある男が姉を刺殺した事件」16年の求刑に20年の判決
「女性に乱暴しようとして男がけがを負わせた強姦致傷事件」12年の求刑に15年の判決

いずれも考えただけでも凄惨な事件だが。
男の被告を憎むカゲキなフェミニストぞろいの裁判員グループだったわけでもあるまい。
ちなみに尊属殺人が一般の殺人よりも重い刑となる「尊属加重規定」は、今はなくなっている。

最高裁関係者が言うことに、これ等の判決に「どのような要素を重視して刑を重くすべきだと判断したのか不明な判決が散見される」って・・・!?!
そこで裁判所は、有罪無罪、量刑を話し合う「評議」を見直す、
つまり、アメリカの陪審制度のように有罪・無罪の判決だけ(量刑判断は含まず)にするとか、
裁判員に量刑判断のための指導をやり直そうとしているという。
ッテ、最初っから、素人にこんなことをやらせるべきじゃないことはわかってたんじゃないのか?


太田昌国さんは最近(1/23記)あるミニコミ誌に、外国(他者)への対抗として(国民)内部の団結が求められ、それは偏狭な民族主義として他国への悪罵(ヘイトスピーチなど)などを許し、いわんやそれに付和雷同しないものがいるならそれをあぶり出し抑圧する、
・・・そしてそういうことが、
一握りの愚かな反動政治家だけが諸悪の根源ではない。社会全体が何かの感情に駆りたてられているような、そういう時代が始まっている、と書いている。

裁判員制度で最もアブナイことは、市民を「判決する者」と「されるもの」に断絶、
てめーら悪いことをした者は俺たちが懲らしめる、というそう言う構図づくりではないかと、ずっと思ってきた。
それに自分の生活に必死で、社会の仕組みのことなど、他の人のことなど考える余裕もない人が多いこの時代に、
罪を憎んで人を憎まず、人の罪にまで関わり、その人が罪を背負って生き直す道を一緒に探るような余裕のある人は少ないだろう。
しかも社会に流れるファシズムの臭い、自分が世間から切り捨てられないようにと必死で空気読むだけで精一杯ではないのか?

ともあれ、東京新聞には出ていなかったこの記事が『読売新聞』に出ていたのには意外だったし、そのことに驚いた。
しかし、
今ここで数字は上げられないけれど、死刑判決がこの5年ですごく増えているでしょう。
「厳罰化」はそこではひと目で分かる「制裁」方式なのですよ。
どうせならそのこともしっかり調べて書けよ、ヨミウリ!

同じ、今日1月29日の東京新聞朝刊には、小林よしのりが秘密保護法反対で、ごくまともなことを言っている。
「自民党の一党支配にはなったが、野党がこけただけで得票数は低い。そういう政権は相当に謙虚になる必要がある。そうしないと、民主主義は機能しなくなる」って。
謙虚になれるようなひとならば、トップに復活はあり得ないし。
それから、この一点で(ワン・イシュ―で)小林と一緒に声を上げることはできません。
細川と「反原発で一緒」ナンテ間違っても言えないように、ネ。


ピン太の死  223

December 22 [Sun], 2013, 19:06


ひとつのモノと化したウサギを抱えた時は思わず涙が出た。
12月20日昨夕、荼毘に付すべく車に乗っけられて家を出た。
13年間一緒に生活した中だった。
人間で言えば130歳にもなろうかという、大往生だった。

ここ一週間ほど、転んでばかりいて、寝る時のケージの中でも転ぶ。
起き上がるためにバタバタとフェンスにぶつかる音がよく夜中にしていた。
でも前の日までは、朝開けてやればケージから飛び出て、でも転ばないように受け止めてあげると、エサを求めてその場所で私の顔て催促する。
「ピンちゃん、また食べるの? いつまで食べるの? うんちが出るし」と。
部屋中というぐらいに新聞紙を敷き詰めて、ピン太の粗相に備えていたが、それでも日に2回はケージの外でおしっこをし、2~3枚重ねの新聞紙やその境では当然下のカーペットまで沁みこんでしまう。
出がけにその場所を発見すると、濡れた10枚もの紙をまとめ、ティッシュでふき取り雑巾で拭き、・・・「ピンちゃん・・・!」と大変だった。

昨日の朝はケージを開けてあげても横たわったままで、しかも足はバタバタするが、とても起き上がれるレベルの足さばきではなく、ちょっと場所が移動するか向きが変わる程度だった。
ケージから出てくることなどできない。
いつも通学に付き合う孫が来たので、ちょっと家に入らせ「ピンちゃん起てなくなってしまったよ」と。
ふたりでケージの外で立たせようとしてもダメだったから、「もうすぐかな」と。
とりあえず火葬の件で市役所と民間の動物霊園とに問い合わせておく。
11時から12時半まで店番で留守。
1時過ぎに、まだお腹が少しぴくぴくしていて、顔を撫ぜると反応するウサギを残し、Kさんの日本語学習のために外出。
4時前に帰ると、寝ている位置が少し変わり、ケージ内でも入り口付近で、寒いだろうからと掛けておいたバスタオルはずり落ちていた。
体温はない。
ピクリともせず、全く動かない
うーん、ついにか。よく頑張ったねェ!
一日ぐらい家に置いてやりたかったが、次の日からの3連休を考えれば、やむを得ない。
4日も置けない。
4時までに電話をくれればその日のうちに、という役所に掛け合い、迎えに来てもらった。
1人でお見送りも寂しいから、孫娘に近くの学童保育から早退してもらい、一緒に見送った。
いつも駄菓子を買いに来る3年生の男子どもに見つかってしまい、ナンデ泣いてるの? だけどアレはゴミ車だよ、と言われてしまった
役所と民間では同じように合同葬の場合は火葬に立ち会えない、当然ながらお骨は返ってこないのだが、料金が5倍も違う。
特定ゴミ扱いされても仕方がない
府中の〇〇院に埋葬されるからね、おねぇさん、とおにいさんには慰められる。

元気だったころを思い出す。
マンションの部屋中駆け回り、ベッドへ飛び乗り飛び降りていたころ。
ここへ越してからも、玄関や掃出し窓から素早く飛び出して、植え込みや隣の公園まで走って行ってしまう。
捕まえようとすると、草むらから叢へと上手に逃げ回り、近所の人に助けてもらったこともある。
私が腰の手術で2か月間入院して帰った日、そばに来て離れなかった。
ウサギは声を出せないが、心の声を聞き取っていた。

それは昔の元気はないけれど、留守や就寝時の他は放し飼いだから、タテ10メートルぐらいの室内を自由に歩き回っていた。

2年前からは実は「コレが最後のエサ買いかな?」と思いつつも2か月に一度「まだ大丈夫だったね」と。
何度かはどうにも元気がなく、食用もなくなって、これはあと一週間かな、と覚悟したところまた元気が出て・・・という具合。
眼は白内障で白目だけになり、目ヤニで頬がえぐれた。
耳からも何かの液が出たようで、時どき触ると、毛がこびりついていた。
お尻が汚くて、おしっこが固まってこぶのようになってしまい、重くて体が傾ぐので仕方なしに切り落とすのが大変だった。
多分1か月前に骨折して、座るのにも前足を延ばしていた。
ことほど面倒見の悪い飼い主だった。ごめんね、ピンちゃん
元々ペットを飼うという発想ではない。
娘が3か月キップで海外に出る時に預かった。
一緒に暮そうね、というだけだった。ごめんね、ピンちゃん!

今のところは忙しさに取り紛れ、・・・昨日の朝は外国人の子どもの日本語教室でのおたのしみ会の責任者(司会の子どものセリフ入り台本まで書いて乗り切った)、夜は、米で売れなかった70年代初期の歌手が南アでよみがえった「シュガーマン」という映画のDVDを近所で見る会、今日は確定死刑囚風間博子さんの支援誌「ふうりん通信」を編集、ついでに地域女性史のレポートもやり始める。
そうしていればピン太のことを忘れて居られる。
いや、一仕事終わった後「ピンちゃん、終わったよ」声をかけそうになる。

ロップイヤーのイケメン
こんな写真しか残せなかったのが残念!

特定秘密?   222

December 01 [Sun], 2013, 22:23

特定秘密保護法への反対運動が私の周りでもこの一か月盛り上がっていて、
とくに2011年4月までは政治のセの字にも関心がなかった、
半径四里四方の世界で生きてきて原発で目が覚めた、政治の問題だと分かってきた少し若い世代が猛然と動いている。朝7時~8時、昼2時~3時と毎日沿線の駅に立ち、自主的にチラシを作り、シール投票を呼びかけ、26日の衆院本会議通過後は 自公みんなの参議員にファクスを送る文面や宛先が回ってくる。

安保に関する、つまり「戦争をするための」すべての情報、それに条文には30回以上の「その他」を入れて、何が「特定の秘密」となるのか分かったもんじゃない。
それを漏らしたら罰則、知ったら罪だとは、・・・
まさに治安維持法だし、不利益情報隠ぺい法だし、まっしぐらにファシズムへ向かう工程にあるべき法なのだ。


その資料を地元ではない友人たち10数人にBCCで流すと、これが誰からもウンともスンとも言ってこない。
「内向き」ってわけなくて、しっかり自己主張してくれていることを期待しますが。

8月以来ブログと遠ざかり、振り向けばなんとあれこれと忙しく過ごしてきたかと。
それは健康体ではないのだし、その割にはということだが。

11月23日発行の「たまじょつうしん 149」に掲載したミニコラムを2つ転載します。

「花は咲く」
6年生のR君が「ぼく昨日『花は咲く』の練習してて泣いちゃったよ!」と言う。「そうか、感動したんだね! いい歌だよね」と返しながらも、毎月11日に調布駅前 原発いらない集会で歌う『花は咲く』は、メロディーを知らないせいかイマイチ乗れなかった。でもフィリピン2世で学校ではつらい思いもするというR君が心を揺さぶられたとは。ネットで探すと、・・・驚き、涙が止まらなかった。「叶えたい夢もあった、変わりたい自分もいた」「傷ついて傷つけて、報われず泣いたりして 今はただ懐かしいあの日々を思い出す」日常が、あの地震と津波と原発事故で突然に奪われた。何気ない日々がいおとしい。悲しみと憤りに希望はあるか、と岩井俊二はこんな言葉で綴っていたのか。R君ありがとう。
一小の音楽祭、ぜったい観に行くよ! (鈴木)

「羽田空港」
日米地位協定の下に横田ラプコンというヤツがある。1都8県(東京 栃木 群馬 埼玉 神奈川 新潟 山梨 長野 静岡)に及ぶ広大な空の高度4〜7000mまでもが横田基地の管制下にあり、羽田を発着する西行きの便はこれを飛び越えねばならない。デ、一旦房総へ向かって高度を稼ぎ、西に向きを変える。これでは羽田に新たな滑走路は造れない。ウーム、だから成田に新空港、だったのか。「成田」と「安保」がこんなに密接だったとは。生きてることって、政治的なのネ。(鈴木)
 

「沖縄の戦争」と「オスプレイの飛行を日本全土で可能にする日米地位協定」   221

August 20 [Tue], 2013, 21:41


「たまじょつうしん」8月号は毎年「平和特集」で、今年のテーマは「沖縄を考える」。
8月20日発行の「たまじょつうしん146 2013年8月号」に、掲載した拙記事
『沖縄の戦争』と、
友人(大先輩でありボスでもある)・石川康子さんの記事
『オスプレイの飛行を日本全土で可能にする「日米地位協定」』を本人の了承のもとに転載します。

『沖縄の戦争』

 昭和20年6月23日の朝、安里(あさと)要江(としえ)さんは12日ぶりに真っ暗なガマから出て日の光を浴びた。
数日前に9ヶ月の我が子がひっそりと餓死し、暗闇の中で死に顔も見られもせず、骨と皮だけになった体をなでさすって、埋めた。
 家族10数人で島の半分を逃げまどい、南の果ての壕の奥深くにたどり着き、気力・体力も尽きかけていた。

はじまり
 沖縄戦はその前の年の10月10日、米軍の大空襲から始まったといえる。
西海岸を埋めた空母や戦艦から一日でのべ1400機もの攻撃機が襲来し、那覇市の90%が焼失。
同時に、空で米軍を食い止める航空要諦として建設した15ヵ所の飛行場と、主な港湾が潰滅した。
 この時点で作戦の第2案だった「地上戦」への変更が余儀なくされる。
何としても本土決戦をくい止めるために沖縄を防波堤にと、住民を巻き添えにした。
そして米軍にとって沖縄は、本土上陸や東アジア制覇のための絶好の位置にあった。
3月末からの米軍の上陸作戦は、まず西方の慶良間(けらま)諸島を後方基地として確保、30隻の艦艇からの艦砲射撃で4月1日には本島に上陸、日本軍司令部のある首里への猛攻撃へと進んだ。

戦場の沖縄人 
 疎開船・対馬丸は潜水艦の攻撃で撃沈、その後疎開することができた住民は8万。
残された40万人は、「鉄の暴風」と言われる 海からの艦砲とグラマンの機銃にさらされ、15万人もの島民が亡くなった。
 北部ヤンバルの人々は早期に米軍の捕虜とされ、むしろ食住は確保された。
しかし多くの住民には、捕虜=スパイだから「生きて虜囚の辱めを受けず」と軍の戦陣訓を強要され、砲弾は激しく、かつ捕まれば 中国で皇軍がしたように強姦・股裂きは必定だと とに角逃げた。
軍の誘導と強制による地域住民の集団自決はチビチリガマなど各所で起った。
障がい者や病人は住民の逃避行の置き去りとされ、つまりは生き延びることができなかった。
 防衛隊として9歳から75歳までの男子が根こそぎ動員され、その内半分以上の13,000人が戦死した。防衛隊の名簿はずさんで、確かな数はつかめない。
男子中学生が鉄血勤皇隊に、女子学生は学徒隊に動員され、一部が自決したひめゆり学徒など60%の1300人が戦火の犠牲となった。
朝鮮からの強制連行で軍夫とされた者、また従軍慰安婦とされた1000人の多くのその後は「不詳」とされている。

呆然と。そしてあめりかーの世に 
 軍司令部は早々に摩文仁(まぶに)へ撤退。
しかし6月23日に自決した牛島司令官の遺書は「持久戦をがんばれ、日本を守れ!」の訓示であった。
その後も3万の軍人と10万の民間人が逃避行の果て島尻を逃げまどい、兵士たちは無条件降伏も知らず9月半ばまで戦闘状態にあった。
安里さんは数百人とともにカープヤーガマから救出され、ガマには同数ぐらいの遺体が残された。
 捕虜収容所には一応食べ物はあった。
が、肺結核の体で鉄の暴風と飢餓地獄を生き延びてきた安里さんの夫はここで息絶えた。
顔に銃弾の破片を浴びていた4歳の息子は急に膿を吹き出して亡くなった。
この戦争で9人もの親族を亡くしたのだった。 
 何が何だかわからないが、すぐさまあめりかーの世になった。
あのひどい「いくさ世(ゆう)」のことを話すことができたのは、20年も30年もたってからだった。
時たま垣間見るヤマトは日々豊かになっていく。
このヤマトの守備前線として「沖縄戦」はあった。
そして今、米国の「軍の島」とされてオキナワはある。』


 こんな小さい記事ですが、これを書くために7月から8月初旬にかけて沖縄戦に関する本を8冊ほど読み、最後の方には半年前に図書館に予約した『冷血』(高村薫)上下の順番が回ってきて尻に火が付き、かといって私のボランティア仕事はほぼ夏休みがなく、かなりタフなスケジュールの日々でした。
ついでに一言いえば、『冷血』は合田雄一郎の心理をよく追い、死刑制度をも語らせる ブッカ―賞ものの小説でした(日本に、良い小説を認める賞があるのかどうか知らないので)。

 
 では、石川康子さんの

『オスプレイの飛行を日本全土で可能にする「日米地位協定」』
 沖縄で起っていることは「日米地位協定」を知らないとわからないらしい、とずっと思っていた。なぜ米兵は犯罪を犯しても罰せられないのか、県議会を初め沖縄のすべての自治体の議会が反対決議をしてもオスプレイが配備されるのはなぜか。しかもそれについて日本の首相が、「日本がどうしろこうしろと言える話ではない」と明言するとは? 「事前協議」という言葉を聞いたことがあったけど?
 例会のテーマを「沖縄」と設定し、初回の講師の平山基生さんが「必読」と推薦された前泊博盛さんの『日米地位協定入門』には「本当は憲法より大切な」と前置きがあり、帯には「謎はすべて解けた!! やっぱりそうだったのか! 」とあるので読んでみた。
 のっけからびっくりすることばかり。「たとえ日本政府を含む日本人全員がオスプレイの配備に反対したとしても、・・・アメリカは<接受国通報>という名の通達を1本出せば、日本全土の上空で・・・超低空飛行訓練を行う権利がある」と書いてある。「日米地位協定と国連軍地位協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」(1952・5・15)によって、米軍機と国連軍機には日本の航空法を「適用しない」と定められているからだ。
 さらに驚いたことには、アメリカ軍関係者は軍人・軍属・その家族すべてに関して、日本入国に関しては何の手続きも不要(日米地位協定第9条)、従って日本政府は在日米軍関係者が何人日本にいるかも全く把握していないという。沖縄駐在の海兵隊員が1万8千人でそのうち8千人がグアムに移動するのでその費用は日本がもつ、という話があったが、この数字にも全く根拠がなく、実際に移動するのは3千人とのこと。こうなると堂々たる詐欺だ。
 アメリカ兵の犯罪が裁かれないのは第17条5(c)のため。現行犯を取り押さえて身柄を確保しない限り、起訴されなければ日本側は身柄の引渡しを要求できない。身柄を拘束できなければ取調べを行うことができず、そのまま帰国されたりしてうやむやになる。 ちょっとみただけでも基地はまさに治外法権の世界。これが国会の審議を必要としない「協定」で定められているのだ。
 日米安保条約そのものが一方的な、不平等条約である。当時国務省顧問だったJ.F.ダレスはこの条約の目的を「われわれが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間駐留させる権利を確保する」ことだと語っている。それを具体化したのが「地位協定」なのだ。旧安保条約では、アメリカが日本を防衛する義務はなかった。1960年の改訂で第5条「いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであるということを認め、自国の憲法上の規定と手続きに従って共通の危険に対処するように行動する」という文言がはいったが、それ以後も、米国議会では「日本防衛の義務はない」という答弁が度々聞かれた。
 安保条約締結の52年当時は、敗戦国日本の地位はその程度のものだったかも知れない。問題は、「この条約が調印されたら代表団の少なくとも1人は暗殺されるだろう」とまで言われた不平等条約の本当の姿を国民に見えないようにし、条約に書けないことは「協定」に、協定にも入れられないことは「密約」で、ひたすらアメリカの意を迎えてきた日本の政治のありかただ。国民に真実を知らせ、民意をバックにしっかりアメリカと交渉を重ねていれば、今ほどの従属はなかっただろう。地位協定は沖縄だけに適用されるのではない。オスプレイを嘉手納に配備することが難しいとなれば横田に配備することもできるのだ。 日米安保条約と地位協定の内容をよく知ろう! 』


田舎に生きること 220

July 28 [Sun], 2013, 22:32

昨日今日は、山口県に一時間に130ミリもの雨が降り、だいぶ被害が出ているらしい。
この一週間は山口県周南市でおきた5人への放火殺人で震え上がった
その少し前には広島で16歳の少女がリンチで殺された事件。

かの地方の人たちは、全国区のテレビニュースに「県名」を意識していると思う。
いつも、どの地方でも、
悪いニュースには恥じ、全国からバッシングされたような・・・。
良いニュースには、「いくつ目かの日本一だぞ!」と。
郷土意識は根強いね。
福島の親戚だって、3・11以前は、福島は自然災害の少ないところだから 首都機能の移転を! と熱心だった。

3代目ぐらいの東京人は、何県で何が起ころうがほぼ県名を気にすることはない。
2代目は知らず、
初代は、とりあえず、いなか者であることを避けたい、と思っている。
「いなか者」とは、エゴと本音むき出しで 狭い料簡を振りかざすことだ。
概念としての「いなか者」だから実は、住んでいる所は実際には都会でも田舎であっても構わないのだが。

概念としての「いなか者」だが実は、いろんな意味で現実の田舎住まいはきびしい。
勿論例外もあるが、都会の方が人間関係はフレンドリーだね。
上澄みの善意で良しとして、深く他人と関わらなくとも良し、
デモ家族に何か障がいでも起これば、すぐに「家族会」なんかできて人と繋がることができる。
何より自分と違う人を排斥しない、そのまま拘わらないでいられる余裕を持つことができる。
人がたくさんいれば、中には排斥に加担しない人だっているわけだし、一人ぐらい味方もできるかもしれない。

知り合いは田舎でガンになっただけで近所や親せきにどうのこの言われて嫌気がさし、娘の住む東京に引っ越してきた。

例えば先日の参議院選で健闘した三宅洋平を見ていると、彼はヒップ
四角四面のスクウェアではない。
田舎には住めないが、支持者や友だちが一杯いるからどこでもやっていける。
山尾三省だって屋久島でよく頑張ったけど、実はいじめもあった。
しかし、彼らには自己肯定感情という支えがあるからね。


山口県周南市の某氏は、集落の中で孤立した。
ウーム。
狭い狭い集落の中で苛められたら、相手を殺すか、自分が死ぬかしかないのか?
ことばを失う程に痛ましい事件だが、
どこか分かるような気もするのだ。
学校か会社かでいじめられた経験のある人なら分かるよ、きっと。
精神が異常になるくらいの その人なりの体験をしたのかなぁ?

一昨日話をした先輩は、「あれはぼくじゃないですよ!」ってみんなに言って歩かなきゃならないと思って・・・と笑っていたが。
東京からわずか100キロの田舎に引っ込んで本を読み(+酒を飲んで)暮らすことを選んだ彼は、4年で別荘地の地域社会から孤立したらしい
土着の地域社会とは初めから相容れなかったのだろうが。

「社会」ではなく「世間」だからね。
「世間」が法律。
その法律は、「同調圧力」を伴っている。
「自分」を持たず、流れに任せて大勢に付く。
新聞が〇〇党過半数越えと予想すれば、その党に投票する。

半径4里四方の外の世界で何が起こっているのかを視ることさえできず、
それが戦争を止められず、原発も止めることさえできなくしてきた。


「沖縄」問題は「日本」問題   219 

June 29 [Sat], 2013, 20:54


たまじょ通信145(2013年6月20日発行)1面に「例会報告」として掲載した拙稿に一部加筆したものを転載します。
沖縄・宜野湾市に半居住にされ 反基地運動に励む平山基生さんに一夕お話を聞いたことをまとめたものです。
平山さんは「沖縄・日本から米軍基地をなくす草の根運動」の代表。
亡き松井やよりさんの弟さんでもあります。

以下転載
「沖縄」問題は、「日本」問題     〜基地と安保条約

多摩女の今年のテーマは「沖縄についての総合的な学習」と決まり、個別には政治 歴史 女性 風習 芸能 食 ことば 自然などのトピックが目白押しである。
トップの今回は沖縄の現状を知るために、沖縄 宜野湾市に半ば居住して 草の根の反基地運動にがんばる平山基生さんのお話をお聞きした。

「屈辱の日」大会
4月29日の琉球新報がある。これです
平山さんが10部も持ってきてくださった。

1面と最終面を見開きにしたド迫力の見出しは「沖縄切り捨て再び 1万人が式典抗議」と、前日の宜野湾海浜公園での抗議集会の様子を伝える。
 安倍内閣が「主権回復の日」として61年ぶりに祝典を行ったサンフランシスコ講和条約発効の1952年4月28日は、沖縄では「屈辱の日」である。その日、米軍主体の占領軍はほぼ日本から撤退。沖縄はそういう日本から切り捨てられ、その後20年もの米軍施政権下、同日発効の安保条約(旧)と行政協定によって好きなように支配された。
土地は強制収容され、街での米軍と米兵による事件・事故さえ日本の法が及ばない基地内で頬かぶりされた。
本土の高度経済成長や列島改造論からも疎外され、米軍の支配と依存の島であり続けた。

温度差
がってぃんならん(絶対に許すことができない)」と声を上げた沖縄大会の様子は、沖縄タイムスも同じように一人ひとりの顔が見える写真で大きく報じた。
しかし沖縄と東京を行き来する平山さんには、本土との報道の温度差は歴然だ。
また 沖縄は72年5月だが、奄美も53年12月、小笠原も68年6月まで放置されたとは、本土のどのメディアが報じたのだったか? 否。
日本が植民地とした朝鮮や台湾からの在日の人たちが「国籍を奪われた」日、すなわち強制的に日本人にされていたはずがこの日から突如再び「外国人」とされ、日本人としてのすべての権利を奪われた日であったことを報じたメディアは? 否。

しかし沖縄だけでなく
在日米軍基地とは、
@ 米軍専用のもの、
A 米軍が管理し、自衛隊も共同利用するもの、
B 自衛隊が管理し米軍も使うもの、これらを合計すれば、204個所となる(防衛省発表はB種を入れずに133。ちなみに自衛隊基地は2600)。
沖縄は日本国内で人口が1%、面積で0.6%だが、在日米軍基地@〜B種の数では18%(37所)、同じく米軍専用基地@種の面積では74%を担う。
中でも普天間飛行場は世界一危険な、米本国では絶対にあり得ない環境に立地する。

 しかし、ひとり「沖縄」だけの問題か? 
列島全体でたくさんの土地と空の領域を提供している。
アメリカの戦争のための安保条約と、それを具体的に補完し、米軍の権益を守るための取りきめである「日米地位協定」(行政協定改め)のためだ。
沖縄だけでなく日本から米軍基地を失くさなければならない。
そこを平山さんは強調される。

沖縄と本土の温度差、というよりも自分の足元も直視しようとしない、鈍感なヤマトンチュ我らである。

戦時性暴力を認める大阪市長に、(自分の市でもない)八尾駐屯地にオスプレイを、なんていう与太ばなしをさせてはいけない。(鈴木ヒデヨ)

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