バベル

June 15 [Fri], 2007, 23:31
そろそろ終わろうかという時に慌てて行って来ました。

発端はモロッコ。現地でヤギ(羊?)を飼育する一家の
父が知人から、放牧するヤギを狙うジャッカルだかコヨーテを
子供達に撃たせる為に、遠くまで命中するというライフルを
譲り受ける。兄弟の兄は真面目で不器用。しかし、早熟で器用な弟は
上手に遠くの岩に弾を命中させるが、兄にはそんな弟の存在が
少し面白くない。
一方、信頼関係を崩し今後を話し合う為、幼い2人の子供を
サンディエゴの自宅でベビーシッターに任せてモロッコへの
ツアーに参加する夫婦。妻は神経質で夫に苛々している。
所変わって日本では仕事に多忙な父と聾唖者の高校生の娘が
高級マンションの高層階に暮らしている。
娘の母は亡くなっており、年頃の娘は父とはそれまで
あまりコミュニケーションがなかったのだろう、
母はもっと話を聞いてくれた、と不満を漏らす。
友人は踊ったりハイになって男子と遊んだりして
その場を楽しくやりすごしていて、自分もそうして
心の空虚さを埋めようとするけれど、本当はありのままの
自分を受け止めてくれる人を求めてもがいている。
そんな時、事件はモロッコで起こる。
兄弟が自分がより遠くへ命中させられる、と競ううち
軽い興味から弟が、走って来るバスに弾を命中させてしまう。
弾はツアーバスに乗るサンディエゴの夫婦の妻の肩に命中。
救急車も呼べない、病院も近くにない状況で
親切な地元の乗務員の自宅に安置し、大使館へ連絡するが
政治的問題でヘリが飛ばせず救助は難航。困難の中、
夫婦はプライドを捨てて語り合い、和解していく。
サンディエゴのベビーシッターは翌日の
地元メキシコでの息子の婚礼に備え帰省予定だったが
雇い主の異国での事故で子供達を見る人手がなく
やむを得ず連れて帰省し、無事婚礼の祝宴を満喫するも、
飲酒運転で無謀な甥の運転で、国境で尋問されて
やけを起こした甥は途中の砂漠に3人を残し
逃亡してしまう。シッターは子供達を長く育て
愛しており責任感もあったが、故郷で職がなく
長年米国で働く不法入国者だったのでつい隠そうと
子供達との関係を尋問された時も挙動不審になり
誘拐犯と誤解されて国に強制送還されてやり直すことになった。
日本の聾唖の娘は自宅に父を尋ねて来た刑事に
自殺した母の死因をめぐり父が責められるのを
守ろうと、母はベランダから飛び降りた、と
作り話をすると同時に、満たされない自分の
空虚さを満たしてもらいたいと刑事の前で裸になり
刑事を驚かせるが、刑事は露骨に彼女を異常な目で見る
周囲の人々と異なり、話をしようとしてくれた。
家を後にした刑事はマンション入り口で彼女の父に会い
聞きたかった事…モロッコで事件を起こしたライフルが
かつて狩猟を趣味としていた彼がモロッコで世話になった
知人に譲渡したもので、彼が確かにその銃番号の所有者で、
知人はいい人物であった事…を聞き出した。
そして余談として娘から聞いた妻の飛び降りに
お悔やみを述べると、娘からの作り話に驚いて
実際は銃での自殺で、第一発見者が娘だった、
と話す父の実話に愕然するのだった。
モロッコではやっとテロによる発砲との
米国の疑念が晴れ、ヘリによる救助が果たされるが
追いつめられた兄弟と真実を知って悲しむ父は、逃げるところを
銃撃する警察の銃弾で兄が撃たれ瀕死になり、
兄に反抗していた弟も兄を守ろうと命がけで助けを求め
警察の前に飛び出して確保される。
そして日本では刑事との会話を終えて帰宅した父が
全裸でベランダで風に吹かれる娘を目にし、驚きながらも
近寄り抱きしめる。娘は今までにない穏やかな表情を
していた。
この話のテーマは、大筋では2つあると感じられて
1つは、言葉や慣習、偏見、政治的軋轢などにより
人間同士が当たり前に取るべき行動が
取れない状況のもどかしさ。
もう1つは銃に象徴される武器の怖さや
それをいかに人間がきちんと管理や扱いが出来ない
愚かな生き物で、扱い切れない危険な物が
いかに世の中に溢れているかということ。
と、私は感じましたね。
1丁のライフルが色々な人間模様を浮き彫りにしたけれど
日本の男性も好意でモロッコ人に譲渡し、
その譲渡された人も、譲られて子供に渡した家族も
撃たれた夫婦、子供、ベビーシッター家族、
誰もがどこにでもいる家族や身近な人を思う人々。
そうそう、バベルの塔の事が書かれた旧約聖書の
創世記11章では
「全地は一つのことば、一つの話しことばであった」
のに、人々が
「頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。
 われわれが全地に散らされるといけないから」
と傲慢になったので、それをご覧になった神は
「降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、
 彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」
と、今のように言葉の通じない世の中を作ったので
人々はやっと塔を建てるのを諦めたという話が書かれていて
今の世の中の、家族や身近な人々との関係から
政治的な軋轢までの混乱、こじれと、
何か非常事態に遭遇しなければ素直になれない人間の傲慢さ、
でも素直に謙虚に相手と向き合う時、理解し合える希望も
示唆していると思いました。
トラバさせていただいた記事の中で、聾唖の女子高生が
自分を理解しようとしてくれた刑事にこっそり渡した
メモの内容が垣間見えたという方の見解が
載せられていましたが、それによると彼女は母親に
殺されるかもしれないと思った、ということが書かれていて、
防衛のために彼女が撃ったか、父親が守ろうとして
撃ったのでは、という見解でした。
もしそういうメモの内容が本当なら、私はきっと
母親は彼女の障害による将来を案じる気持ちからや
多忙でそんな自分たちを顧みてくれない夫への失望から
娘を道連れに心中を計ろうとして、生きたい娘の
気持ちを汲み取れなかったのかな〜と思いました。

色々考えさせられるということで、印象に残る映画
ではあったと思いました。