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泣きつく / 2011年02月20日(日)
祖父がまもなく死ぬとかなんとかで明日急遽帰省。

妹は母親に八つ当たり。
母親は私に愚痴る。
父親は私を信頼してる。


私も自分のことでいっぱいいっぱいなんだけど。


割りと気持ちがぴんとしてる。




頭が混乱してるというより、とっても疲れているのだなあ。



私だってふらふらになるよー。



どうしたらいいんですかねほんとに。



もうだれにも応えたくないよ。





 
Posted at 16:32/ この記事のURL
うなされるという / 2011年02月10日(木)
夢でうなされるのはしょっちゅうで、それは別に今始まったことでもなく。

中三の受験前は、受験の合格発表の夢とかよく見たし、
それは大学受験の前も然り。

あと、起こり得ないようなこととか。

まあ、夢なので、大体意味分からないものが多かったりする。

その時の心境を如実に表すのはよく分かるけど。

今日は珍しく全然思ってなかったことが夢に現れた。
いや、思ってなかったというか、なんとも気にしてなかったと言った方が適切なのか。

加えて、それが実際に起こったことであって、そっから話が発展していった。

自分ではそんなことないつもりだったけど、ちょっと心に引っかかっていたのか。

それをいつまでも引きずってもしょうがないのだけども。

自分の備忘録も兼ねて書いとくと、先週昔付き合ってた人に会った。
会ったというより、目撃したというかたまたま同じ電車に乗っていたという。
自分のが先に気づいて、知らない振りしてたけど、そのあと乗り換えた電車も同じで、
あっちもいよいよ気づいた。

話すことも近づくこともなく私は逃げたけれども。

出会って別れて時間は流れていくもんだね。

なんでもそうだけど、始まると終るわけで。

終わりがいつかくるのかもしれないけれど、それはなるべくずーーーーっと後であってほしいよな。

今の楽しい気持ちが苦い思い出に変わるのはもう嫌だ。

部屋の片づけは出来ないけれど、人と別れた後は、その痕跡を全て捨ててる。
高校の頃からそうやってやってきた。

けど、記憶は消えないものだね。

なんかのきっかけで思い出してやな気持ちになることもある。

その時は楽しかったのに、振返ると忘れたい出来事になってるのは不思議だ。

楽しいと思ったことは、そのまま、楽しかったことに変わってほしい。

何をどうしたらいいのか分からないけど
分かってても言わなくていいこと、
言ったら台無しになることあるけど、
もしかしたら自分の場合は
なんにも言わないままでいるから上手くいかないのかもしれない。

家族のごたごたにしたって、もしかしたらその時その時にちゃんと言っていれば
今は別の風になっていたのかもしれない。
まあ今のままで別に良いのだけれども。それは結果論であり、
当時は、辛かったしね。

母親のヒステリックは、自分さえ我慢すればいいという忍耐に由来するのかもしれない。
我慢しててその場をやり過ごしても、たまるものはたまるわけで、ある程度の量たまったら爆発するのだよな。

そういうの見てて、それでやな思いしたから、
それで、なるべく何も言わないでおこうとか考えてたけど、
結局それが母親も原因だったのでは。

家に関して言えば、私は上の子で、しっかりしてなきゃいけないという暗黙の了解がある。
別にそれはそれでいいし、親もすっかり信頼しきってる。

母親は長女だった上に、母親がいなかったから、その意識がより強かったのだと思う。
あの世代だと親が離婚してるとか凄い珍しかったらしく、
大学で親の話題になると、母親がいないことを隠して
帰省すれば母親がおいしいご飯作ってくれると知人に嘘ついてたそうな。

複雑だろうな。
うちの母親は、私が雑誌なりテレビなりにでると、それをこっそり、自分の母親に連絡してるとか。
たまに大阪遊びに行くという口実で会いに行ってるとか。

それは親を慕う感情なんだけど、その一方で、結構恨んでるという話も聞いてるから。

私の祖母にあたるその人と二人であったのは大学一年の冬が始めてで、
おばあちゃんなんてとても言えなくて、名前でしか呼べなかったけど、
その祖母に当たる人は、すごく優しくて、優しかったのだけど、
祖母としての優しさなのかと聞かれると、そうだったのかどうか悩ましい。
自分が祖母を祖母として見れないからそう思うのかもしれないけれど、
母親に対してひたすらわびていた。

祖母は多分、祖父と離婚するときに、それが最善の選択だったからそうしたのだろう。
でも、それが今となっては後悔の原因になってる。

母親は、良かれと思っていろんなことに耐えてきたけど、
それがきっかけで、ヒステリック起こすし、現状として今苦しんでる。
この苦しむきっかけは私が組み敷いてるってのもあるけれども。

そんなん知ってるから自分は絶対あんな風になりたくないと思ってきた。

けど、気づいたら同じようになりかけている気がする。

人は、私が言いたいことをはっきり言える人間だと言う。

それはある一面からみたら正しい。

けど、ほんとの自分のこころのわだかまりをうまく人に言うことはできない。

損得感情のかたまりだからな。
外面はいいもんな。

その外面の時は言いたいことをはっきりという。

もっとも、外面なんてのは自分でわざわざ作ったものであり、
その外面で動いているときは、自分の気持ちは置いてけぼりで、
わりと機械的に動いてる部分がるというか、論理的というか、要は小賢しい。

そんなんどうでもいい。

上手く立ち回っているだけ。

家族にしてもそうだけど、もっと深い関係性においてはそれがまるで上手くいかない。

よくないなと思う。

余りにも臆病で、恐れすぎてるんだろうな。

結局自分可愛さのあまり自分の首を絞めるという。

頭がやっぱりまだまだ弱いな。

 
Posted at 17:56/ この記事のURL
今までついた嘘とこれからつく嘘 / 2011年02月10日(木)
嘘はついても繕うのが大変だからなるべくつかない。

そうすると、どこぞのESの、今まで付いた嘘で一番良かったものは何ですか?に答えられない。

嘘は、難しいよ。

嘘はつかないけど、言わないことはあるよ。

敢えて言わない。
分かってるけど知ってるけど、まあ言わなくていいだろうと。

言わなくていいことをわざわざ言って色々駄目になるなんてあほくさいから。

皆そうやって、お腹の中に貯めながら生きているのかなあ。

私は、楽しく生きたい。
円滑に生きたい。

安定を求めるあまり不安定のどつぼにはまっているのですよ。

とりあえず、早く身を立てたいよな。
それしか考えずにずっとここまで来たから。

金銭的に独立することがただ一つの目標であって、
いろんな気持ちの変化はしても、
それだけは変わらない。不変の気持ち。


だから働き口が見つからなかったら私は生きていく意味がないのだな。

別に高給取りになりたいとかそんなんじゃなくて、とにもかくにも自立したいわけで。
誰にも頼らずに生きることなんてのは不可能で。
だから金銭的にはせめて自立したい。

小学生のころからずっとこれだけ考えてたもんな。


なんていうか、それが基礎。

その上でああだこうだしたい。

先立つものがないとね。
お金のゆとりは心のゆとりだよ。

などと思いつつ、ESを書く。


 
Posted at 01:09/ この記事のURL
5年 / 2011年02月06日(日)
このブログでかれこれ5年。

明日は会社の面接。


五年前にこんな五年後を想像できてたのかと問われたら、そんなはずはなく。


未来というのは恐ろしいくらいわからないものだね。

日々考えること、昨日と今日じゃたいして変わらないけど、年単位ではこんなに違うんだね。

当たり前のように日々を過ごしているけど、私も変化している。


正常な成長なのかもしれないけど、もうもとに戻れないというのは怖いよ。


今が絶対じゃないという不安定さ。
先の見えないことは希望であり、足がすくむ要因でもある。



生きている限りはこうやって変化していくのだろう。
その自分を受け止められるのは自分だけで。


この時間の流れのなかにしか生きられないという事実。


もう22歳なんだもんね。

きっと振りむいたら、この瞬間も幼い頃の思い出になるのだろうけど、今はこれが精一杯だから。
ただ自分にだけは素直でありたいよ。


今を大事にしたいよ。
今を諦めることも将来に悲観することもなく。






 
Posted at 00:40/ この記事のURL
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