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会う会 / 2010年10月31日(日)
著名な人とお喋りしてきた。

なんていうか、鉄道趣味にも色んな人がいるんだけどある程度分類できるのかもしれない。
もともと楽しんでる人。
もともと楽しんでるのか最近楽しんでるのか知らんけど、マスコミ的流れに上手いこと乗って時代のお客さんになってる人。
それでお金儲けしてる人。
鉄道趣味の中の人のつもりでいるけど、実は上手いこと使われてるだけの人。

私は素朴にたのしんでいたいなー。

でも自分は流されやすいから、影響されやすいから
春にだいぶ危惧したことがある。

ちやほやされてるうちに軸がぶれて、すっかり中の人気取りしちゃわないかということ。

そしてちょっとそっちに傾きつつあるかもしれないという事実に気付いた今日この頃。

確かに半永久的に鉄道趣味はなくならないだろうし、鉄道ブームと言うのも周期的にやってくると言われてる。
しかしながら四つ目の人は一番残念な立場で、今だからいいのだけどおいしいのだけど、はやりすたりで自身の人生すらすたれてしまうよということ。

だからジャーナルが好きなのかもねえ。
この安定感が堪らないよ。
売上的には右下がりの回帰直線を描けるかもしれないけど、そうではなくて誌面の落ち着き具合。
安心して読める。

野心家なのかなー。

下心があるだけで野心家みたいにかっこよくはないよ。

しかしまあチャンスといのがどこに落っこちているか分かんないから、
数打ってる感じはある。

あと、比較的順調なのかもしれない。
最初はなりふり構ったらあかんよなーと思ってたから。
悪評が立とうがなんだろうが、まずは自身の存在を知ってもらうことが大事だろーと思ってて
どんな立派な主義主張したとて、それが誰の目にも止まらなかったら意味ないから。
0に何掛けても0ですからねー。

これでどこまでいけるのか分からないけど、
ぼんやりしてるうちに水は流れていくから。しっかり掬わないと。

そんで、そっから上に行けたら。
自分の現状は大体把握してる。
文章を褒められることはあるけども、それは、まあ学生の割にはという前置きがあるからこそ褒められている。
そっからだよなー。ほんと。
今から続けて行けばいいのかな。
上にいけるのかな。
分かんないけど良いことも悪いことも一緒くたにやりたいな。

それにしても孤独だねえ。
こういうのは。
自分との戦いってこんな感じなのかな。
誰のためにやってるかっていうと、純粋に自分のためだし。
なんでも三日坊主な自分がこっそり続けてきたことと言えば、文章を書くことぐらいだし。
ただ文章って大変だなーって思うのは、それを構築する脳味噌と考えが必要だってこと。
二つの要素が必要となるから苦しいのだね。
いくら素晴らしい考えの持ち主でもそれを文章に出来なかったら意味ないし
同様に、いくら素敵な言葉をたくさん知ってても、それを使うための主義や主張が無かったらどうしようもないし。

私は、どうなんだろうか。

余りにも立派なフィールドで修行させてもらってるよな。
トップの人自らアドバイスくれるし、考え方の指針になる。
恵まれてるよ。

ライター志望って世の中にたくさんいるんだろうな。
その人たちに負けないなにかっていうのが自分にはあるのかな。

とりあえず、留まらないことなんだろうね。

妬みの対象になりえる人がたくさん周りにいるから、良い励みになるなー。

負けたくないんだー。
へろへろしていたいけど。勝負どころはなんとなく把握してるよ。

有名にならなくてもいいんですよ。
名前が売れなくていいんですよ。

そうじゃなくて、まず世に何かを産み落としたい。
そんでそれになんらかの感想を持ってくれる人がいてくれたら嬉しい。

自分の夢を叶える為なら、なんでもやるよーだ。

 
Posted at 02:29/ この記事のURL
あめしとしと / 2010年10月28日(木)
雨に打たれて死んでしまいたい。

ナメクジみたいにどろどろに溶けてなにも残らなかったらいいのに。


 
Posted at 15:27/ この記事のURL
どこが寒いのお腹が寒いの。はらわたがたりない。 / 2010年10月27日(水)
人は私をなんだと思っているのか。

とたまに思う。

寄せては返す波のようだね。みんな。

言葉は難しくて。
難しいから言わないでおこうとすると、響かない。
だから言おうとすると、おまけのようにいらないことまで言ってしまう。
単に自分が不器用もしくは能なしなだけか。

焦燥感が募る。
大人になってからでもなんとでもなるとしても、だとしても、年齢と言う利点をもっと活用しなければと思う。
これが足がかりになるのかどうか見極めたいと思っているし、そこで留まっていたら何も起こらないから、どうにかしないとと思う。
ただ、筋から外れたことをしても、まるで無意味でその辺りを判断できる能力が欲しい。


部屋が寒い。
体が寒い。
いや、お腹の中が寒いのかもしれない。
臓物が一個足りない感じ。
体とは奇妙なもので、なんにもない時はなんにも省みないのに、不都合が生じると、とたんに恨み始める呪い始める。
私に不足しているものはなんだろう。

なんで一人だとこんなに不安定になるのかな。
結局人に依存して生きているのだね、私と言う生き物は。

人は私を強いという。立派だと言う。自立していると言う。

言って突き放す。

そんなことないのにね。

弱弱しくて自分でも困っているのに。

つきつめなくても自明の理だけど、私も一人の人間で。
感情もあるし、悩みもある。

別に、全員に理解してもらおうなんて、さらさら思わない。
虫のいい話ですよ。
というか、そんな弱点を人に晒せるほど強くない。

臆病でどうしようもないから、こんなんなんだよ。

ただこれを分かってくれる人が世の中に一人だけでもいいからいてくれたら、至高だなと思う。


窓の外に見えるタワーマンション。
こんな時間だけどまだ明るい。
一人暮らし用ではないから、複数の人が、一つの空間にいるんだろうね。

四六時中人と過ごすことは辛いけど、一日中一人で過ごす方がもっと辛い。

今日はどこからか憂鬱の風邪をもらってしまったみたいなので、原稿その他諸々は放置して布団に入ろう。
本読もう。


どこか旅に出かけてしまいたいな。
しかし旅は帰ってこなくてはならないので、旅に出かけていた分のしわ寄せを食らう。
必要とされていると言う理解でいいのかな。


三年の最初の頃に懸念していたことがある。
その底なし沼にちょっと突っ込みかけていたことに気付いた。
自省だね。
鉄道は好き。
乗るのも写真撮るのも模型で遊ぶのも全部楽しい。
ほんとにそれだけで、鉄道趣味界とか言うわけのわかんないとこの中の人になるのは嫌だ。
あくまでお客さんだよ私は。
底なし沼に入ると、あたかも自分が鉄道のなんかのような気になる。
それは至極錯覚であり、またひどくあほくさいことでもある。

別に遠くに行かなくてもいいし、はしゃがなくてもいい。
ぼんやりと列車に乗っていたい。
逆に騒ぐのに疲れている。

騒ぐことだけじゃなくて、あらゆることにつかれているのかもしれない。

本当はもっとしっとり呆けていたい。

もっと強くならないとだめなんだろうけど、結構泣いたりしてしまうね。相変わらずだ。

締りの悪い蛇口みたいに目から垂れてくる。


 
Posted at 23:58/ この記事のURL
ほんとうに好きなのか / 2010年10月26日(火)
文章を書くことが。

と思わずにいられない今日この頃。
産みの苦しみ、誕生のよろこび。そんなところですかね。

書きたくて書いているはずなのだけど、書いているあいだは、ひたすらに苦しいですよ。

うねるうねるうなる。

書いて消して書いて直してという。

こうやってブログにあーだこーだするのは独り言だから苦しいも楽しいもなくて、
自己満足なのだけど、読み手を意識すると諸々変わってくるよ。

誰が読むのかということを考えるとね。

書くときは結構真面目にやってますよ。

音楽とかテレビとか全て消すしね。
じゃないといらん言葉が頭に入ってきて邪魔するやんかい。

しかhし、文章を真面目に書くと言うのは、まじまじと延々と鏡で自分の顔を見るくらいに苦難ですよね。

気持ち悪くなるよ精神的に。
たぶんもっと立派でまともなん書けるようになったら自己陶酔できるんやろうけど、そもそもそんな能力、母ちゃんの腹の中に忘れてきたよという。

あれだよねー、今度お披露目される例のやつはまだまだ消化不良感が漂ってる。
ぎこちなさが否めない。
だからあんなにだっさい文章になってしまったのだと思わずにいられない。
文章の流れも単語一つ一つもなんとなくださいよな。
まあ、媒体そのものが渋いからそれでいいし、それが受けるのだろうけど。
読者層を考えてもあれがいいのだろうけどー。

私は別に将来は旅行記やレポートを書きたい!わけではなく。
むしろ俵万智に憧れるわけっすよ。
もしくは草野心平。
以前古書店で、草野心平と金子光晴と言うなんとも私むけの詩集を購入した。
たたき売りされてて100円くらいで買ったんだっけ。
こんなに素晴らしいものが、こんなに安くていいのか!というその時の感想。そして今も大事にしてる。
うーむ、あんだけ卓越した才能がねえ、あったら良かったと思うのよ。

まあ、才能が全てではないのだけど。それを良く分かったのだけど。
運と言う部分も多分にあるとおもう。
しかし運も勝手に降ってくるわけではないから。
やらしいことも含めてあれやこれやとやらないと手に入らないっすよな。
自然体でふらふらしててもどうにもならんわね。

結局そこっすよなー。
上京した時から一貫してるねー。
東京と言う土地に血縁者はもちろん、そもそも知り合いすらおらん状態で。
それで面白い目にあいたいと考えるもんだから、そしたら、なんやかんやせずにはいられないでしょうと。そして現在に至る。


空からぽとりと才能の滴が降ってこんものかしら。

悩むったら悩む。

私なんていう人間はたかが知れてて、しかも能力以上のことをやろうとしても無理なわけでして。
そうなると、せめて能力いっぱいいっぱいのことが出来るようになりたいよね。
要は、くやしいっちゅうことで。

ただ気持ちが空回りにならんかとかは気にする。
結構自分の周りには見てて痛々しい人がいるから。
それを自分にあてはめて考えたりしてるよ。

ふと二十歳の原点なんぞが読みたくなってくる。
卒業したつもりだけど、読んでしまうよね。

ああ、自分の無能を呪うよ。
もっと、ちゃんとなんかできないのかなあ。
なんか残したいよ。

今と言う面の広がりと、過去から未来への時系列的な伸び。
三次元の世界で泳いでいたいよ。

 
Posted at 01:18/ この記事のURL
だいぶ安心 / 2010年10月23日(土)
メール送ってから、ずっと返事がきてなくて、あれどうなったんだろう、あかんのかな、なんなんやろ、ひどすぎて怒ってるンかな
と不安やったことがあったけど、帰宅してメール見たら、なんと、既に形になってた。

バイト終わって、おじさんたちに呼び出し食らって、酔っ払い最終形態みたいな人たちに、散々罵倒されて、ああもうやだーと凹んでたとこに吉報。

嬉しくて、うまく言葉に出来ない。

ここにきて、やっと現実味を帯びてきた。
もちろんここで終わりではなく、やっとスタートラインに立ったわけだけど、それでも、そのスタートラインに立つまでが結構つらかったから、ほっとしてる。

自分は最低限の日本語すら書けないのではなかろうかとひどく落ち込んだりもした。
睡眠時間を削って、あまり人にも言えず、ひっそりと夜に言葉と向かい合って、文章書くのが嫌いになりそうだったけど、
なんとか結果が出て、助かった。

文章を書くのは苦しい。
産みの苦しみだと思った。

でも、それが形になるのは、嬉しい。
苦しくて嬉しい作業なのだね。

母親は、作詞家になりたくて、つまり言葉でご飯を食べたかったみたいだけど、結局だめだったとかなんとかかんとか。
それを知ってるから、越えてやると思ってて、ちょっとだけ超えた。

もっとだよなー。
ここで終ると一発屋ですたごちそうさまになるから。

もっともっと。

地元にいたころから変わり者扱いされてて、上京しても相変わらず変わり者認定で、周りが自分から一歩引いているのがなんとなくわかってる。
得体のしれない生き物扱いなのを感じている。
なら、もっと得体のしれないやつになってやろうとも思う。

地元の友達と会っても会話が続かない、話のネタが無い、感覚が違う、方向がそれてる。
しょうがないよな。

ただ、人間だから、感情が私にもあるし、悩む。

あとは、それをどうにか出来たらなー。

一人でなんでもできるから、一人で大丈夫。というわけにはいかないねー。
さすがに心はね、人と変わらないから。むしろよわっちいし。

夜って静かだね。


 
Posted at 01:43/ この記事のURL
突発的悔しさ / 2010年10月21日(木)
ふと悔しくなることがあり、今まさにそれ。

悔しくてしょうがない。
明らかに睡眠不足なのに眠くならないよ。

言葉をかきつづけよう。
投げ出したらもともこもないから。

書けることだけ書いていこう。

言葉で描けるようになりたい。

最近そればっかりだけど、己の凡才を呪い、他人の天才を羨む。

泣きたくなるけど、泣かない。

鈍い痛みの伴うものが、いい。




 
Posted at 02:57/ この記事のURL
潜ると籠るは違う / 2010年10月21日(木)
思ったことをそのまま言葉にする。
怖い。
言葉として正しいか、ということに関しては勿論だけど
それが自分の正直な気持ちと整合性とれているか。

自分を偽るべきところと偽ってはいけないところがある。

言葉は後者だよ。

書くようにという要請がぼちぼち来る。
適当にやってもいいのかもしれないのだけれど、折角のチャンス、
予行練習でもなんでもいいけど、気持ちを込めて書きたいよ。

ちょっと気持ちが落ち着かない。
そわそわでもいらいらでもなくて。

なんだろう。

思い通りにいかないし、思い通りにするための行動を自分がとってないし、ね。
だめだなー。

考えることも頭に浮かぶことも沢山ある。
鉄道のことも沢山ある。
筋を見失うのが怖い。

手元に3000円あったとして。
鉄道好きで集まって騒ぐために使うのか、一人で何か乗りに行くために使うのか。
あくまで私が好きなのは、鉄道好きで集まることではなく、乗ることなので満場一致で後者採択。
つまりそういうこと。

最近夜が静かだなー。

キーボードの音しかしない。

しみじみさみしいなあと思う。

同じように、しみじみさみしいなあと思ってる人がきっとたくさん日本にいるんだろうな。

何を考えたらいいのだろう。

そういえば、ちょうどあとひと月で陽の目を見るのか。
一応デビュー作になるのか。
望みとはひょんな機会に叶うもんだね。
叶うときはあっさり叶う。
しかも、ちょっとした快挙もおまけで付いてくる。

ストイックに続けていると、時たま結果がでるんだね。

ただ、それが、自分の性質に向いていればだけれども。

もっと、もっと、文章が書きたいよ。

ここは、毒吐く独白の場所なので、文体も構成も、ここでは意識しない。

そうではなくて、もっと、要請されたい。

人から求められたい受け入れられたいってことだなー。

雰囲気やニュアンスや文脈じゃ分からないよ。

真正面からストレートなのがいい。

文章。
それで自分がどこまでいけるのか分からないし、
全てをなげうってまで取り組む勇気はないけれど
もっと、もっと、形になってくれれば。

願わくば自分の言葉に、まるごと自分の気持ちと力が宿ればいいのに。

それにしても。
素直とわがままの境界が分からない。

気持ちも体も野暮ったいけれど、今以上に。もっと。

 
Posted at 01:52/ この記事のURL
なんかようわからんけどかりかりする / 2010年10月20日(水)
ぐちぐちしてるのは普段からだけど、最近はあまり毒吐いてなかったかなあと。
鉄道関連のあれやこれやに思うところがあり。
鉄道ブログで書いてしまおうかね。
ちょっとした警鐘な意味合いも込めて。

なににカリカリしてんだろ。
自分のこのところの濃密な生活(やることが多い)ということも関係してるな。
つまるところ八つ当たりになるのか。

自分の場合は、言いたいことを言わずに貯めこんで自爆することが結構あるので、
ちゃんと言うべきなんだろうけどね。
心臓が小さいなあ。

毎日を考えると、ちょっと大変だなあ。
社会人の人はもっと忙しいのだろうけど。
多分、大学生という母集団の中では、割と大変な方だと思う。

まあ、どれもこれも自分の選んだことなので、不満があるならやめればいいだけのこと。
でもやめたらくやしいからね。
自分はその程度の人間だと言う烙印を押すにはちと早い気がして。
自分にずば抜けた才能がないことぐらい重々承知なのだけど、人並な人間だってことくらいようく分かっているんだけど。
それでも、悔しいからね。

それでも気持ちはほんとにいっぱいいっぱい。
今はなんとか片付いたけど、部屋の荒れ具合と肌の荒れ具合からよく分かりますた。

本当は思う存分弱音を吐きたいよ。

でも、吐けないよなー。

吐くくらいなら止めればいいだけのこと。
それに、そもそも人前でいいかっこしてて、もはやキャラが一つ確立してるから。
そう言う人間だと思われて、それで得られた信頼と言うものがあるわけで。
崩すことはできないよ。

ただね、100人いて、100人から突き放されると、きついよね。
褒めてもらえるのは有難いことなのだけど。
褒めることは突き放すことですよ。

ああもう結構くたびれたよー。

脈絡のないことだけ話していたい。
そんなもん聴いてくれる人おらんか。
だからここにこうやってぼそぼそ書くのか。

まあ、私も、みんなが私をどう見ているかに関わらず、一人の人間なのですよ。

まだまだだめだねえ。
もっともっとがんばらないと。
全然ダメなのだけど、いっぱいいっぱいなのもほんとのところ。

スペック足りないな。

がんばろ。
倒れなかったらいいというのが信条ですよ。
倒れないんならまだまだってことで。
とか言ってて、いっかいほんとに倒れたけど。
あんときはあんとき。
今は倒れてないからまだまだやれる証拠ですねえ。

 
Posted at 02:26/ この記事のURL
浮遊する生き物 / 2010年10月19日(火)
浮遊と沈殿の間を行きかうから大変にくたびれてしまう。

どこからともなく原稿が舞い込んだ。
どうせ書くのは一気にやるのだから、どこかでやんないと。
締め切りが近いから、そそくさとやらないと。

取材は、適当にやる。
聞かれることがいつも同じだから、脳内に雛型がもはや形成されており、それをそのまま吐き出すだけだから。
自分で言葉を書くときは真面目にやる。
言葉はなまものだから。

文章として誕生した瞬間から意味を帯びてしまう。

夜も昼も山の中も街の中も一定のペースで闊歩出来たらいいのだけどね。

今のところ一年のほとんどを這うようにして生きてます。

褒め言葉と言うのは、過大評価と言うのは、人を真正面からみてくれない時にも発動します。

適当にあしらうときには適当に褒めとけばいいんですよ。

ということを重々知ってるので、逆にあしらわれる立場になると、心苦しくなるものです。


いかんせんバランスが悪い。

結局自分の本質は寝起きに現れていますよ。
なかなか起きられないし、起きても動けないし、そんな怠惰な、何もしたくないと思っているやる気のない人間が自分。
でもやらないとどうしようもないから、びくびくおびえながら取り組む小さい心臓と脳味噌。
でかい図体のでくのぼう。

始まるった瞬間からゆっくりと終わりに向かう。
だから始めたくないことが沢山ある。
それでも一時の感情ゆえに、虜になってしまう。
それが繰り返されて老けて死んでいくのかな。

求めてもつかむのは空ですよ。

本読んで寝よう。
言葉を沢山食らう。

そして吐き出す。

言葉ってすごいね。
私がゼロから精製できるから。

人を苦しめることも喜ばせることも出来る万能の凶器です。



でもできたら、それで、自分を幸せにしたい。

何をも隔てることなく、気持ちのそこにあるものをまっすぐに言葉にして、それで幸せになりたい。



いかに自分がしょぼいか。
そしてそのしょぼさを認めてもらえたらいいなと思う。

過大評価では無くて、正当評価がほしいよお。

 
Posted at 02:39/ この記事のURL
いっそ / 2010年10月16日(土)
自分の体をごみ袋にいれてしまったらいいのか。


はぁ。


頑張れと言われるのは嬉しいことだけど。


百人全員から頑張れと言われると逃げ場がない。

あなたにはさいのうがあると誉めていただけることは幸せだけど、疲れる。



ぐるりと円形になってパスをする。
私はそのなかのぼーるのきぶんです。

居場所がないなあ。


下らない話をする相手がいないこの現状。

こんなんいみがないなー。



久しぶりに泣いた。
まだまだ感情はあるのです。


人前でなくなんていつぶりだろう。


泣くこともできなかったのか。


自分では気づいてなかったし、気付きたくもなかったけど、いっぱいいっぱいだったんだねえ。

誰にもよりかかれないとしたら、その辺りを自分で察知しなくてはならないのな。



わたしってなんなんだろう。

一人の生臭い人間としての存在を認めてほしい。



一人でなくのか、また。





 
Posted at 04:06/ この記事のURL
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