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腹痛 / 2010年07月31日(土)
相方が死にたがってる。
しかし私は自分の腹痛の方が問題なのだ。

体温が恋しい。
人肌に触れたい。

厨房工房はかわいすぎて、無理だよな。
頭一生懸命回転させてるのとか見てるとにやにやしてしまう。


明日結局何時なのかわからなくて、いらだつ。

インターン?行く暇ないっすよ。

ぎゅーってしたいされたい。
ささやかな欲ですよ。ささやかな欲だけど、今最大の欲。
安心したいよ。ほっとしたいよ。

 
Posted at 13:27/ この記事のURL
眠くて朝だ / 2010年07月31日(土)
時間のやりくりしないと、無理。

だけど何を削れば良いのか。
時間の使い方が下手すぎて取捨選択ができない。
元来たくさん寝なあかん体質なのに。四時間睡眠とか、もう、辛い。

夜は夜で遊ぶ約束をしてるけど、帰ったあともやらなあかんことあるから、朝がえりとかなったら困る。
そんなんなったら適当に帰らせてもらおう。
誘ってもらっといてあれだけど。

泣きたいよな。だけど、踏ん張る。だけど、一人で生きていられるほど、人間嫌いでもないんだよ。

 
Posted at 08:47/ この記事のURL
文体。 / 2010年07月30日(金)
根府川ネタをいつもと違う文体で書いてみた。

普段の弾丸みたいな書き方に飽きたし、軽薄な感じに自己嫌悪だったから。
疾走感はあるけど、趣が、ないのだよな。

人に見せる自分としてはあれがまさにそうなんだけど。

あとは、こういうのもかけるんだからな、というアピールの気持ちがあったのだな。

怖かったけどね。

人の評価を気にしすぎるきらいがあるから。


んで、朝携帯見たら、知り合いのプロの物書きの方からメールが来てた。
寝ぼけながら見たんだけど、根府川ネタを誉めてくれてた。

つまり嬉しかったわけです。

文体に旅させてみたけど、結果良かったな。
そもそも自分の手に馴染んでる文体はこれだもんな。

自分を大事にしても、良い評価がもらえることも、あるみたい。

とはいえ、あれは趣味なので。
これからバイト。
今から22時までの長丁場。

疲れてくると目が見えなくなるんだよな。
うーむ。
乗りきれるかなあ。

頑張ろ。

数学は旅情もへったくれもないんだよな。

あー、家帰ったら山崎まさよし聴こ。
なぜか好きになったよ。

もともとワンモアタイムは好きだったけどね。

 
Posted at 11:24/ この記事のURL
自分もたいがいにしとけという / 2010年07月30日(金)
比較的人の悪口いいやすい人間ではあるけれど。

他人の文章とか、話とか聞いてて、いらっとすることが、ある。

それなんでだろーと思ったら、人の悪口に終始しているから。
そんなにお前さんは達観した人間なのかと思う。

不思議なことではあるけれど、物事を知れば知るほど自分のサイズがいかに小さいか分かってくる。

だんだんえらそうなことが言えなくなってくる。

立派な人の性格が謙虚なのはだからなのかもしれない。

それでも未だにえらそうなことをつい言ってしまう自分は、まだまだだってことだよな。

交通経済専攻にすれば良かったのかなーと悩む年頃。

 
Posted at 02:15/ この記事のURL
みせるみせない / 2010年07月29日(木)
私の入り口は、特定の人にしか見せない。

脆いから。

特定の人には、いっぱいいっぱい介入してほしい、いっぱいいっぱい触れてほしい。

わがままなのは承知しているけれど。

なんでも言うよ。
なんでも見せるよ。

化石じゃないから、生きているから。

潰せば潰れる、ただの人間だから。

でも、他の人には何も教えないよ。

 
Posted at 03:51/ この記事のURL
よるがすき / 2010年07月29日(木)
ずっと、このまま、夜が途切れず存在すればいいのに。

夜の気持ちはとっても辛くて、日中に夜のことを想うと、どうしてあんなに沈んでいるのだろう、と自分ですら不思議になるのに。

それでも夜が好きだな。

一人の時間を過ごすことを許されている気がするから。

寂しさは堆積されていくけれどね。

見えないのに、遠くの夜空を見つめてしまう。

見えない知らない誰かも、同じ気持ちでいたらいいのになと。

一生出会わない認識し得ない赤の他人のことを考えてしまうよ。

巡り合わないのも、運命だね。

でも折角なら、心臓の鼓動を、肌から直接、耳の鼓膜に伝えたい。

人を鏡に、自分が生きているものであるという実感を欲する。それが夜。

一人だと、死んでいるのか生きているのか分からなくなるから。


 
Posted at 03:31/ この記事のURL
説明しようがない / 2010年07月28日(水)
一部を話しても誤解される。
それは当たり前で、誤解が嫌なら全部話せと言うこと。
でも、話せることと話せないことがあるのですよ。

ならいっそ何も話さない方がいいのか。

功名心に駆られて話しちゃうんだよな。

複数の案件を抱えていて、他に話さないでね言われてることも。

期待をされてはいるのだけど、取り囲まれているのだけど。

自分一人で全てを把握しておくのはいささか負荷でしょ。

そもそも私は何を望んでいたんだ。

そりゃまともに就職することでしょう。

最近の就活にいらいらしてる一方で、私は一年のときから地味な就活をしていたのですよ。
芝桜。
草がはえるとみっともないから芝桜を植えておく。
つまり護岸工事。
それが期せずしてメインになってしまった。
そんな感じでしょ。

これがいいことなのか、悪いことなのか、どうしたらいいのか、なにもしない方がいいのか。

答えが知りたいよ。


そうは言っても時間は過ぎるので。
今日は帰ってから投げ出さないで色々やろ。
やらなきゃどうにもならないでしょ。
やってから後悔しよ。

憶測の域を出ないなんて意味がないから。

全部、やる。

 
Posted at 12:50/ この記事のURL
つかれ / 2010年07月27日(火)
た。

部屋掃除しないと。
八月の計画たてないと。

明日以降に持ち越し。

さっき相方から、飲まね?と誘い。

行けるかっつうの。



明日は終日バイト。

どっか行きたいな。
一人より二人がいいな。
ほんとはね。


でも結局一人の方が楽だし好きなんだよな。

旅の一部だけ、誰かと共有したい。それすなわちサークルの合宿。

素晴らしい制度。


一人で踏ん張ってる感じ。

 
Posted at 23:37/ この記事のURL
よてい / 2010年07月27日(火)
今から
人とご飯→試験→バイト

明日
バイト

明後日
サークル

土曜日
バイト

日曜日
打ち合わせ

来週の平日
バイト

どようび
空白

日曜日
都電

一発泊まり旅行しようと思ったけど、無に帰した。
だから、来週の土曜は、岳南に日帰りで行こう。
18のが学割より安いかどうか計算しないとね。

先に自分で予定埋めないと、どんどん入ってきちゃう。


あと、日本海の切符。
今日試験とバイトの間に余裕があったら見に行こ。

列車乗ってる時間は好き。
移動という行動をしてることになってるけど、自分は座ってるだけだから。
つまり、何もしなくて良い、解放されるんだな。


しかし、気持ちの疲弊が激しいよな。先を考えると、特に。

 
Posted at 11:46/ この記事のURL
酷なこと / 2010年07月27日(火)
人を好きになるのもまた一つの苦行。

つまるところ、感情が動くと言うのは不安定を意味するわけで、安定ばかりを追求する私には辛いわけで。

最も、追及しているものほど得難いものはなく。
自分にそれがないから求めるのでしょう。

自然に感情を発露させることができれば、内側に保存する必要もなく、もっと楽になるのだろう。

しかし、それを許してもらえない環境にある。

そして、それは自分で選択した道なのですね。意識してるしてないに関わらず。

自分では最良だと思って選んだつもりなのに、人により自分の中に植えつけられた価値観に過ぎない。

背反することではあるけれど、多くの人に気に入られることは本来なら非常に喜ばしいことで、事実私もそれに満足している。
その一方で、それが自分の自然な振る舞いにより、得られたものではなく、あえてそう振舞うことによる取得であることから、心の中で、違和感ややりきれない思いを感じている。

人に気に入られるには、相手が望んでいるようにふるまえばいい。それが例え自分の想いとかけ離れたものであったとしても。
簡単な話。

そして私はそれが自分にとっても最良だと思っていた。信じていた。賢いと思っていた。

だけど、それはどうも違っていたみたいで。

自分を殺してそこまでやってなんになるんだってこと。

物理的恩恵を被ったとしても、それが心に響かなかったら全く以て意味がない。

精神的な喜びに繋がらない。

もっとむかしにそれに気付くべきだったのだろうけど、今以上に物が見えていない頃にはどだい無理な話。

もう引き下がれないし、道を変えることも出来ない。方向性は固まっている。

いや、ここで変更することも可能ではる。

ただし、その代償として、今まで積み上げてきたものは全て無に帰すことになるし、何も残らない。

まして、世の中の人が高い評価をしてくれるのは、今のこの振る舞いである。

それなら、いたたまれない自分の感情はどうなると言ったら、それこそここに出てきているのでしょう。

私は比較的多くの人と出会い、仲良くなっていっているけれど、そこには二つの意味合いがある。

一つは、表に出てくる「自分」としての出会い。

そしてもう一つが本当に自分のための出会い。

前者には感情の介入がない、一方で、後者は感情でのみ繋がることを求めている。

そうやって分断してしまうのも、感情と理性をわけようとしてしまうのも、もう、どうにもならないし、今更どうしようとも思わないのだけど。

何をするのでも、犠牲は必要だけれども、世渡りほど悲惨なものはないね。
何もかも隠匿しないとわたっていけないよ。

言葉も理論もいらないよ。
ただね、体温としての人に触れたいだけだよ。
言葉の上での繋がりなんて冷たいよ。

21年分、目に見える形での経歴がある。
それが先入観として相手に写るし自分もそれを意識する。

つまり、何も知らない相手と知り会えばいいのか。

でも、それも違う気がする。

そうじゃなくて。
表皮を全てむいてしまってから向き合えばいいんだ。
簡単にそれが出来るならとっくにしているけれど。
努力すればできることなんですか、勉強すればできることなんですか、経験を重ねればできることなんですか。

根本が同じだったら、上の方が変わっても、何も変わりはしないよ。

抑圧と開放。
収束と発散。

建前とか大義名分とかもういらない。
もう、なんにもいらないから。

あれだな、自分がすっかり二分されてる。
性質が二つある。
真逆なのだけど、どっちも本当。
どっちも大事。

発祥の土地は「じぶんだいじ」

自分可愛いから自分傷つけちゃう。
自分大事だから自分卑下しちゃう。

自分守りたいから死にたくなる。

ぷらなりあになりたい。

 
Posted at 02:32/ この記事のURL
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