嘘と過去

2008年11月26日(水) 18時31分
一人暮らしを始めて大体三年くらい経つ。
部屋の中を整理してたら、フリスキートムと言うLCDゲーム(ファミコンが世に知られる前の20年以上前に
流行ったゲーム機で、ダイオード照明のようなもので作られた
単色カラーのゲーム画面のパネルを見ながら遊ぶもの)が出て来た。
私は当時一台8000円近くしたこの様な玩具やゲームウォッチ(今の携帯ゲーム機のモノクロ版みたいな液晶ゲーム。
電卓を少し発展させた様なもので構造は同じ)を、小学生の分際で30台以上所持していた。
決して家が裕福だったわけでは無いと思うがその頃親は賃貸業を営んでいたから
まあ一般的には余裕のある家庭だったのかも知れない。
だが私はそれらの玩具をただ無償に与えられてたわけではない。
当時私のお小遣いは、中学を卒業するまで毎月2000円だったし
それが当時多く貰えてるほうだったのかは分からないが
とてもこの様なものを持てるわけは無かった。
しかし私は当時、教育熱心な親に小学生の頃から英会話スクールに通わされており
少なくても高校卒業までは英語については勉強する必要が全くなかった。
英会話と言うのは潜在的に記憶力を高めるのかも知れない。
私は中学校卒業くらいまでは常に成績はトップであった。
だがそれは頭が良かったからでも勉学に努力したからでも無い。
記憶力が、優れていたんだ。
勉強など全くしなかった。
だがテスト前日に教科書を全部読んで所謂一夜浸けするだけで、
その内容を全く忘れずに居る事が出来た。
そのおかげで、毎回高成績。満点も度々あった。
カンニングに極めて近い能力だが、愚かにも当時私はそんな事は思わなかった。
親や周りも私の事を頭のいい人間と評価し、私は次第に孤立していった。
その辺りの話しはまたいつか書くとして、当時私は
ゲームが無類に好きなモヤシっ子だったので、親は私の成績の更なる向上を促す為に
賞与制度を作ったのだ。
それは、テストで満点取ったら、成績で全教科5がついたら
ゲーム機を一つ、与えるというものだった。
ゲーム機は既に親が沢山無造作に買い揃えてあり、
いつも父親の書斎の
私が背が届かない棚の上に積んであった。
これはたまらない。
しかし満点やオール5と言うのはそう簡単に出来るものでも無い。
ましてや私は上記の様に「誤認された」秀才だったからだ。
だが私は欲しかった。ただただあの棚の上のゲームを欲しかった。
そこで、私の心に悪が宿った。
成績を、改竄したのだ。
たとえば返って来た98点や99点の答案を修正し
赤マジックでばつXを○にし100点と書き込みし親に渡した。
教師は、惜しい点数だと間違いヶ所を控え目に点をつけるだけだった癖があったので
この改竄は全くバレなかった。
成績も満点でも毎回98点でも5である事は変わらなかったし。
こうして私は嘘に嘘を重ね、まんまと親から高価なゲーム機を騙し取っていたのである。
今、あれほどあったゲーム機は一つも無い。
数年前、カメラ資金欲しさにオークションで売り払ってしまった。
だがそれよりも私の中の、過去を無かった事にしたいという気持ちが処分させたのかも知れない。
今では貴重な、面白いゲームもあっただけに資料的に残念だが、
話しは戻るがこのフリスキートムだけは、何故か処分せずに持っていた。
何故か。
それは、これだけは自分の努力で勝ち取ったものだからだろう。
当時私はカナヅチで(今でも大して泳げ無いが)それを憂いた母親が
珍しく、5m泳げるようになったら当時欲しくてたまらなかった
このゲームを買ってくれると言ってくれたのだ。
私は必死になってついに泳げるようになった。

電池を入れてみた。
あの頃と変わり無い電子音が鳴り、ゲームは起動し静寂な私の部屋を一時賑わした。
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