足りないもの

October 13 [Fri], 2017, 4:56
久しぶりに意味ある早朝に目が覚めたのに
だらだらとヤフーニュースをみてコーヒーを飲んでる。

やるべきことがあるから目が覚めたはずなのに
それはやりたくなくて、ほかのことにうろうろと迂回する。

自分のわるいくせ。

わかっているけど、できない。
やるべきことが目の前にあると、どうしても、目を背けてしまう。
ぎりぎりまで背けて、もう間に合わなくなるくらいまで背けて、ようやくやる、みたいな。
そういう、わるい癖からなかなか抜け出せない。


最近同期の子が皆フルタイム勤務に戻った。
ここ数年で、みなそれぞれ子供をもち、一番下が3歳になって、バランスをまた仕事に戻す。
そんな当たり前の展開だけど、
どうしてだろう、私はなぜ人を好きになることができないのか
自分以外の人間はみなそこに留まっておけばいいのにと思っている。
他人の家庭も生活も、自分には関係ないのにね。

でも、こうやって皆がまた出世レースに戻ると
この中で誰が一番はやく次の資格を得るのかと、余計なことを考える。
もともとは、こだわりはないのだけど、昇格の時期になるとそんな話をする人たちだから、きっとそこに欲求があるのだろうと思うわけです。
そうすると、できれば自分は最後にはなりたくないなぁ、とか思ったり。
こだわりがない、と強く思うのは、きっとものすごく執着があるからだろうとも思う。
出世だとか、出身学校だとか、成績だとか、そんなものに意味はないと思っていて
そして自分自身はそこにコンプレックスもないんだけど、
それでもきっと心の奥では一番こだわっているんでしょうね。
負けず嫌いだから。
自分は常に、高い評価を受けてきちゃったから。

でも考えてみると私が一番ブランクが長いわけだから、一番遅くて当たり前なんだよね。
おまけに時短を8年も取っている。圧倒的に皆より長い。
あと5年くらいは上がらなくったって不思議じゃない。
そもそも、今の資格になったのも、一番遅いんだから。

でも、ブランクなく上がりたいと思う自分もいる。
焦ってフルタイム勤務しなくたって、評価されうるということを、示したい。
会社にいる時間は短くても、家で努力をしてきた自分に、何か対価があっても悪くはないと思う。
だって、結局時短だとダメだってなったら、誰も安心して時短の制度使えないでしょう?
使わないと、必要ないと思われる。
そうじゃないんだよね。
だから、私は自分の選択に自信をもって、これからも家庭も仕事も全く犠牲なくやっていく。
やりきりたい。

一方で、絶対的に足りないものに絶望を感じる。
自分でどうにかできないか、がんばっていた時期もあるし、これまでの人生で、人よりも努力が足りないことはないと思うんだけど、足りていないということは、生まれ持った能力の欠如だと思う。
そんな風に開き直ったとしても、能力がないことに変わりはないのだけど、何か病名がつくと楽になるように、努力では補えない欠点なのだと思えば、少しは楽になる気がする。

なぜ、こんな風になっているのかは、わからない。
でもきっと、その分足りているものがあるはずだ。
そう思うしかない。


何が書きたかったか、忘れてしまった・・・・



そう、私は人に好かれない。
そのことを書こうと思ったんだった。

保育園や学校の保護者達をみていると、目が合うと話しかける人と、存在に気づかないふりをする人がいて、私は当然後者の方で、その違いはなんだろう、と考える。

私はきっと人を基本的に排除する姿勢でいる。
自分に好意がない人を好きにはなれないように、私のもつ、すべての人への排他的な空気が、好かれない要因なんだろうか。

もちろん、私に話しかけたとしても、何もその人にとって特になるような情報を持ち合わせていないし、面白くもないし、そんな直接的な要因があることは確かなんだろうけど、ほぼ初対面で、別にそんな判断材料もないにもかかわらず、話しかけられる人と、避けられる人がいるのは、なぜなんだろう。

それはだからもう、顔つきとか空気、なんだろうなあ。
こちらとしては笑顔で挨拶もするんだけどね。
それでもにじみ出る、人の悪さみたいのが、きっとあるんでしょうね・・・。

私の姉はきっと逆のタイプで、よく話しかけられると言っていた気がする。
確かにそんな包容力みたいなのが、にじみ出ているような気がするし、一緒にいて安心感があるような気がする。
私はきっと、その逆なんだろう。
おまけにその予想を裏切らず快いこと何も言わないしね。


最近、同期の間で子育てが大変だという話になり、
私はどうしても大変だった記憶がなくて、その通りに言ってしまうのだけど、大変じゃないってことは何の話題にもならないし、大変だっていう人に対して、大変じゃなかった、なんていってもほんと何にもならないよなって、今更ながらに気づくわけです。
あ、そ、じゃさよなら、ってなもんで。

あなたは余裕あるんでしょうね、とか、あなたの子はさぞいい子なんでしょうね、とか思われるのが関の山で、いい気持にできるわけがないよね。
彼女たちが求めているのはただただ共感であり、意見でも同情でもないわけです。
それをなぜ、私はわかんないかなぁ。
そういう無神経が、人に好かれない理由なんだろう。
こういうところが、私に欠けているところなんだよ。

でも考えてみれば、小さい頃からこういう傾向はあった。
他人の気持ちを考えずに発言してしまうところ。
病名がつくほどではないけど、他人の不幸を望んだり、あらゆることを忘れたり、他人の気持ちを考えられないところは、何かしらの脳の欠陥だろうと思う。
よく、ここまで普通に社会人として、しかもある程度見た目成功しているような人生を歩めているよなって、人ごとのように感心する。
あと20年くらい、このまま逃げ切れたら。
そんなこと可能だろうか。

でもさ、子育てが大変とか言う人って、結局自分から大変にしてるんだよな。
予定を詰め込みすぎて疲れ果てていたり、余計な心配して疲れていたり、自分の趣味で睡眠時間削っていたり。
私からすると、子供が病気になった時に実家に1週間まるまる預けちゃうなんてことができる時点で、大変なことなんてないじゃん、て思うんだけど。

結局、自分がこうしたい、とか思うことが多い人ほど、子育ては大変なんだろうと思う。

でもそれって全然悪くないっていうか、魅力ある人生を歩んでいる人ってことだよね。
だから結局のところ彼女はよく頑張っているし、素敵なんだろう。
子育てが大変じゃない私は、なんにも頑張ってもいないし、空虚な人生だ。
大変さなんて、人それぞれ。
大変だ、という人がいたら、大変だねって、共感しなくちゃいけない。
それが正解だったんだ。
もう二度と、私は大変と思ったことがない、なんて余計なことは言わない。
もう手遅れかもしれないけど。


先日遊園地に行って、一番下の娘とダンボのような回転する乗り物に乗り、動きだすのを待っている時、
娘が「どきどきする」(正確な言葉を忘れてしまった)というようなことを言った。

こんな小さな、たわいもない乗り物で、鼓動が速くなる、その小さく純粋な存在に、その感性に、私は心を打たれたのです。
記憶能力が乏しい私は多くを忘れてしまったけれど、子供たち三人とも、こんな風に天使のような感性をもち、その純粋さに心打たれることが多々ありました。
そんな奇跡を3度も経験したことは、私にとって幸せ以外の何物でもないと、そのとき強く思ったわけです。

日々いろんなことがあり、自分にたりないものを思い知り
好かれない自分や遺伝子を残してしまったことに絶望を感じることもあるけれど
今自分が目の前にしている、子供たち存在は、何よりも、そんな私のくだらなさをはるかに凌駕するほどに、貴重で尊いものなのではないか。
足りないものを思うよりも、今もっているものの圧倒的な価値を、私はもっと大切にするべきなんじゃないか。


子供たちの小さな手や、すべすべの肌や、キラキラした目や、惜しげもなく差し出される愛情を、私はもっともっと信じるべきなんじゃないか。

そんな風に思わせてくれた瞬間でした。


人間そんな簡単に変わることはできない。
私はきっとこれからもこんなくだらない人間を続けてしまうことだろう。

それでも、何かに気づき、変えようとする気持ちを持ち続けなくてはならない。

足りないものを埋めるのは、自分だけじゃない。

そんなことを、徒然なく思い、また日常が始まる。


さぁ、今日は金曜日!
一つ大事な発表があるから、練習しなくちゃ。。。











しつこくもんもん

September 02 [Sat], 2017, 10:09
先週末ある勉強会があって、内容は面白かったんだけど、なんとなくもんもんとしている。

仕事をしていると、担当するプロジェクトの当たりはずれっていうのは実力に関係なくでてくると思う。
その、当たりの例を見ていると、自分であっても成功できたのではないか、と思う。
誰が担当するかは運であって、うまくいくプロジェクトはうまくいくし、いかないものはいかない。
そんな側面と、それでも誰が、というのが大事な側面もあったのかもしれないし、何よりプロジェクトをうまく進められたということで本人が自信をもつというのは、まぁ、当然かなという気もあって。

端的に言うと、なんとなく、これは妬みなのかなぁ、
あんた運が良かっただけだよって言いたい自分を感じた。
やれやれ。

プロジェクトの進む方向が、こちらが正しいと信じることができれば
それを主張して軌道修正するのなんて、別に難しいことじゃないと思ってしまう。
そして、別にその方向性の見極めに、何か特別なものがあったわけじゃないもんね。
サイエンスだから、ある程度正解はだれにでもわかる。

特に私なんかはそもそも空気を読めるタイプではなくて、正論があるんだったらガンガン言ってしまうタイプなので、間違いなく主張しただろうと思う。
だからね、そういう面がよかったと言われると、まぁ、誰でもよかったんじゃね?とうがった見方になるよね。

でも結局のところ事実は厳然と、悠然と、無機質にそこにあるのであって、
成功しそうな彼のプロジェクト、正論を突き詰めても行き先がない自分のプロジェクト、
その差はどうにもしようがないよね。

大体、プロジェクトの行き先に間違いがないと信じられるんだったら、
いくらでも頑張れる気がするんだけど、自分の場合は、それがね・・・信じられないという根拠はあるけど、信じる根拠が希薄だから苦しい。
目先のことをなんとか打開したとしても、行き場のない厳然とした現実にはばかられるんだ。

もし彼がすぐれているんだとしたら、こういうプロジェクトも、うまく進められるんでしょうか。

そんなことを考えて、もんもんとするわけです。

彼が、自分がラッキーだったという謙虚な認識でいれば、きっとそんなこともあまり思わなかったかもしれないけど
自分が進めたっていう、自分のものっていう姿勢がね・・・
最後のセリフにでているから、鼻につくんだよね。

あ、本音でましたね。
別に誰が見てるってわけでもないから本音でいいんだった、
そうそう、鼻につく。
うざい。
最近私のことを馬鹿にするような態度だからさらにうざい。
いや、むしろそれがあるから徹底的にうざい。

調子乗ってんなよ、運がいいだけだよ。
みたいなね。

でもまぁ、それも含めて実力ですから。
じゃあ、彼に勝る何かがあなたにあるわけ?
と、もう一人の自分があざ笑い、もちろんあるわけもないから、行き場のない劣等感が積みあがっていくだけ。

おまけにほんと最近馬鹿にされるからね。
余計にね。
煮えくり返るよね。
はいはい、あなたは成功の道をまっすぐすすんでますよ。
どうせあなたが正しいですよ。
なんであえてこんな私に牙向くかな。
あの子みたいに、心の中でだけ馬鹿にしとけばいいのに。


ここに感情を書き出すことで何かが解消されることを願いつつ、
もう40にもなろうというのに、醜態をさらすわけですよ。

でもまぁ、何も解消されないか。
結局は、他人の問題ではなく、自分の問題であるというのはわかっていて、ある程度やるべきことも見えていて、それなのにうじうじとしている私は何なの。

あれ、やるしかないよね。
完全に、詰み路が見えている将棋のように。
一手一手、指してくしかないんだ。


そうそう、最近AbemaTVで将棋を見ていたら、あまりに面白くて、
そして斎藤七段が素敵すぎて、はまっている。

棋士って、天才なわけで、そのうえ人間的にも優れているわけじゃないですか。
所作が美しく、人格的にもおだやかで(知らんけど)、うーん、なんて素敵なんだろう。

将棋を学びたくなったよね。

こんな感じで、ほかのことを考えようと思う。
仕事は、お金をかせぐことだから。
上手に切り替えられたら、いいな・・・


最近、家で何もしてないんです。
そうすると、どんどん何もしなくなる。
おまけに、自分は研究なんて本当に好きなんだろうか、とか
向いていないんだろうな、とか、もうあきらめに近く、思っている。

なんとか、やり過ごせればそれでいい。

もう、負け犬の心境です。
それがまた、嫌われるんでしょうね。

やれやれ。




もんもん

March 23 [Thu], 2017, 3:55
今日会社で報告した内容と、そのときのやり取りが無意識下で再現されて、目が覚めたら寝れなくなってしまった。
勉強を始める気にもなれないので、そんなもんもんを書き出すことにする。

言われていることはもっともだと思うんだけど、自分が言ったことはどうだっただろうか。
それを反芻している。
もう少しかみ砕いて話す準備をしておけばよかったか。
でも本質的なことは、間違っていない、とも思う。

結局は、見た目のわかりやすさの問題だ。
ある特定の状況に絞って検証したとしても、それには意味がないと個人的には思っている。
だから、本質的には必要ないと思うんだけど、ただ説明するときには、そういうバックグラウンド情報があった方がわかりやすい。
それに異論はないので、そこは修正すればよいのではないか。

聞き手のレベルや要求に応じて話を変えればいいだけのことだ。
今回は何ができるか、の視点で説明したけれど、次回はするべきことに対してどうアプローチできるか、という視点での資料にすればいい。

そうだ、そういうことだ。
せっかく議論したのだけど、自分はヒトの意見をきちんと咀嚼できなかったかもしれない。
そこは反省点。
資料を作り変えて、またレビューしよう。


話は変わり、昨日はのみ会だった。
後輩くんは終わり間際に到着。
今回も接触なし。
なんか、悲壮感があるんだよなぁ。なんかとっつきにくい空気。
この間、彼の自己アピールを否定はもちろんしなくとも冷静なコメントでけん制した感じになったので、また嫌われたかもしれない。

まぁ、別にいいや。
自分を嫌う人間を好きになるほど私は大きな人間ではないし、人の自己アピールにのっかってあげるほど親切でもない。
そうして、ますます嫌いになり、嫌われる。
どうせそんな人間なんだわ。


また話は変わり、先輩の女性に、私の「家庭を優先します」宣言に対して本当にそうだよね、と声を掛けられた。
私は、自分を唯一の存在にしてくれる子供に対して感謝の気持ちをもったばかりだったので、一社員だけど、唯一の母である、と理由に書いていたから。
先輩は家庭と仕事のバランスを、仕事に重きを置いているバリバリのキャリアウーマンなんだけど、母の日に衝撃的な言葉を言われたらしい。
ここに書くのもはばかられるくらい・・・。
そんなことを自分が言われたら、私なら心折れるな、と思ってしまった。
でも彼女はそう生きる道を選んだのだから、背中で育児するしかないんだと思う。
将来子供がそんな母をどう思うのかは、まだわからない。
自分の人生を諦めた母よりも、追い続けた母を誇らしく思う日もあるだろう。
私には、できない選択だけど。

私の持論は、育児と仕事の「両立」なんかできないということ。
どちらかをしているときは、必ずどちらかはやっていないんだ。
母としての役割をどういう風に果たすかは、十人十色だと思うけど、私はできるだけ近い存在でありたいと思うし、きっとそれ以上に自分自身が子供を見ていたい。

女性には、いろんな選択がある。
私には、育児を人任せにする選択は、現実的にもできないし、自分自身が、したくない。
だからと言って、そういう選択をする人を否定するつもりもない。
親自身の人生をも大切にしようとする社会の流れの中で、どんな選択が正解かなんて、誰にもわからない。
ただ思うことは、何かのしわ寄せが子供にいかないように気を付けるべきだということ。

会社で上の立場になるために家庭が犠牲になっているとするならば、その本質的な問題は、やはり現代の働き方にあると思う。
皆が定時に帰れる社会だったら、きっとどちらも大切にできるだろう。
それと同時に、私は女性が男的な成功を求めすぎているような気もしている。
会社で上に上り詰めることだけが成功じゃない。
そんなものは、男社会が植え付けた固定観念なんじゃないか?
母親であることを、もっと大切にしてもいいんじゃないか、という気もするんだ。
それが具体的に何なのか、はよくわからないけど。

私の思う、理想の母親は、仕事はしっかりとこなし、子供を素直にまっすぐ成長させ、そして立派な一人の人間として自立させること。
子供を持った以上、一番優先されるべきは、子供を育て上げることだと思う。
子供とのかかわり方は千差万別、いろいろあるけど、うまくいった成功例をもってして、「だから私も、うちの子もこれで大丈夫」なんて傷を舐めあうようなことは、やめた方がいい、と思うんだ。
仕事上仕方がないことだってあると思うけど、夕飯を一緒に食べられないような生活が、子供にとって正解である確率は、一緒に食べられる生活に比べて低いってことは、だれにとっても明らかな気がするのです。
だから、私は今のスタンスを貫こうと思う。
結果、出世から外れたとしたら、それが私の実力。
遅くまで頑張っている人たちを押しのけてまで出世したいなんて、思えもしないしね。

でも先輩が言われた、「必要な時に居なかった」というのは、私にもあり得る状況だ。
そんな風に思わなくてすませることができれば、私の両立は成功したと言えるのかなと思う。

自分の発した言葉が、誰かを傷つけるとしたら、それは意図したことではない。
家庭か仕事かの選択を迫られる、今の社会が、おかしいんだ。
子育てだって、向き、不向きがある。

ただ、自分を犠牲にできる覚悟がないのに子供を持つべきではない。
子供を育てるということ、親になるということを、まるでファッションのように考えているとしたら、それは絶対にダメだというのは、すごく感じる。
結局、犠牲になるのは子供だから・・。


と、最後は話がそれた上にやや偉そうになってしまった。
自分の選択が絶対正しいとも思わない。
仕事で大成しない言い訳だともいえると思う。


でもさ、言い訳したっていいじゃん。
他人に迷惑をかけないんだったら、自分の好きなように生きればいいじゃん。
誰かに正しいって肯定される必要ないじゃん。
自分の人生だもん。
子供にだけ責任もてば、それでいいんだよ。

そう思って、またがんばろうと思うのでした。
私なんて、まだまだ、子供のこと見れていないんだけど。
そう、偉そうに言ってみたところで、結局は、

「私が子供と一緒にいたい。」

それだけのことなんだよね^^;
それを母親の役割だのなんだのって持ち出して肯定的に言っているだけ、なのかもしれない。

読書:赤い指、予知夢、ブルータスの心臓

March 23 [Thu], 2017, 3:11
東野圭吾ばっかり。

・赤い指

自己主張のできない男が息子が犯した殺人の罪を痴呆だと思っている母に負わせようとする話。
実はお母さんはボケていなくて、警察や本人に気づいてもらえるようにしかけをしている。

たくさん読んだわけではないけど、なんとなく、この人の作風ってこんな感じかなぁと思った。
実はこんなこと考えている、とか、くるっているように演技していて実は正気、とか、そんな感じの心理的な衝撃みたいなのを最後にもってくるような話を、前にも読んだ気がする。

でてくる主人公のダメな父親、夫っぷりとか、妻のダメな母親、義理の娘っぷりとか、息子のどうしようもない愚息感とか、そんなことにイライラしたりした。
基本的には主人公の視点で描かれるのだけど、警察の人の心情も入ってきて、そのあたりの伏線は面白かったかな。

年老いた親に何をするのか、みたいなね。

そんな内容だったから、読んだ後なんとなく暗い気持ちになった。
おもしろくはあったんだけど。

・予知夢

ある男が子供のころからある名前の女性と結ばれる運命にあるという予知夢を見ていて、その通りにその名前の女性の家に忍び込み、その娘の母親に追い払われて事故を起こすという事件から始まる。
ガリレオ先生のところに事件の解決のお願いに行って、予知夢の謎を解く。
結局、小さい頃の記憶が予知夢として残り、娘の母親が実は真相を知っているっていう展開だったような。
細かいことは忘れてしまったが、予知夢の謎が解かれていくのは、もっともらしく面白かった。

・ブルータスの心臓

冒頭、ロボットが誤作動?して死んでしまう事件の発生の場面から始まる。
その後、あるロボット企業に勤めるエリート社員の視点から書かれていく。
その人は会社で上に上り詰めることだけを考えていて、そのために社内の情報屋として秘書だったか、の女性と関係を持つようになる。
会社の社長だったかの娘と政略結婚することを考えているときに、関係のあった女性が妊娠したことを知る。
どうにかしてその問題を始末しないといけないと思っていたある日、上司に呼ばれて行ってみると、実はその上司と、彼のライバルの青年と、3人がその女性と関係しており、子供が誰の子かはわからないということをきかされる。
そしてその3人の共通した問題である、その女性を殺し、始末しないかと相談され、3人が大阪から東京まで死体を運んでそれぞれにアリバイを作るというリレー殺人を行うことになる。
主人公はそこで名古屋から東京までの車の輸送を担当することになる。
当日、実際に3人目に引き渡すときに、遺体を確認すると、それは予定していた女性ではなく、一人目で実際の殺人を行うはずだった男性だった。
とにかく予定通りことを進めることにし、翌日遺体が彼のマンションで発見される。
数日後、彼らのもとに社長(?)からの万年筆が届けられ、香典返しだろうと思ったライバルの青年がそれを使い、遺体となって発見される。実はその中に青酸カリが仕込まれていた。
主人公の男性は、その箱を開けなかったため難を逃れたが、その青酸カリを使って妊娠した女性を殺してしまう。
警察の捜査の様子も描かれ、だんだん核心に迫っていく。

最初は特に目立たず描写されていた秘書の女性が、実は冒頭で事故死した男性の婚約者で、現在言い寄っている男によって事故死にみせかけられて殺されていた。殺された最初の男は、その事実を知っていて、その男に女性の殺害をさせようとしたが、自分が殺されてしまった。
主人公はその事実を掴み、最後彼を呼び出して始末しようとしていたのかな、のだけど、最終的には瀕死の彼にブルータスと名付けた開発中のロボットを操作され、殺されるという結末だった。
結局妊娠した女性は実は最も上の人間とも関係があり、子供は殺害を計画した3人の誰の子でもなく、その人の子供だった。

最後のシーンは、結構怖かった。
ロボットって、そういう怖さがあるよね。
冒頭のロボットのシーンが、暗くて冷たいイメージと勝手に動く怖さみたいなのを想像させるので、そのへんの構成もよくできているなと思ったり。
結局は、人間の命令通りにしか動かないんだから、本当に恐ろしいのは人間なんだけど。

展開のテンポがよくて最後まで一気に読めたし、最後の最後まで誰が犯人なのか真相が読めないところも面白かった。
警察の推理がちょっと、実際にそこまで読めるのか?と思いはしたけど、だんだん犯人に近づいていく感じも面白かったかな。

今回は東野圭吾をたくさん読んだけど、どれも無駄な展開がなく面白かったです。さすが。



読書:蒲生邸事件

March 19 [Sun], 2017, 6:34
久しぶりに本を読めた。
宮部みゆき。

予備校の受験のために上京した孝史が、存在の暗い謎の男と同じホテルに宿泊する。
そこはかつて蒲生陸軍大佐の住んでいた屋敷の跡地で、彼は未来を予見したような書物を残したことで歴史に名を残している人物だった。

そこで孝史は謎の男が2階の階段から飛び降りるところを目撃する。
あわてて下を探すも、彼はみつからなかった。どうにも気になって探していると、突然2階のエレベータの入り口で再びみかけることになる。
気味が悪いと思っていた夜に、そのホテルは火災に見舞われる。
気づいたときには逃げ場がなく、もうだめだと思っていた時、謎の男に助けられ、50年まえの2.26にタイムスリップする。そこはまさに2.26事件が起きようとする世界であり、日本が戦争へとすすむ激動の時代の始まりだった。

謎の男は平田という名前でその時代に自分の籍をつくり、そこで暮らそうとしていた。
かれは時間旅行者で、何度も歴史を変えようとしたが、変えられなかった。歴史は決まった運命を進もうとし、彼が何かをしても、歴史は登場人物を変えるだけでその流れを変えることはできない。そんな自分を「まがものの神」だという。

タイムスリップしたあとの孝史は蒲生邸での事件に関わりながら平田や、彼の叔母、黒井の時間旅行の目的を知ることになる。
そして最終的には自分の時代に帰り、ふきと約束した場所で再会しようとするも、彼女はすでに亡くなっていて、その手紙を読み、ふきの歩んだ人生、その時代に人間として生きるために残った平田の人生を知ることになる。

****

結構長かったのだけど、ミステリー、恋愛、SFありで面白かった。
時間旅行をできる平田が光に嫌われて存在があいまいで暗いということや、時間旅行をしても歴史の流れは変えられないということや、昭和初期には今ではスイッチ一つでできることも意味のある仕事だったが、未来ではどうやって人間として必要な仕事をしようと思う孝史の気持ちなんかは、共感できてよかった。
ただ、黒井はなんでもう少し前に戻ってそもそもその人の出会い自体を変えてやらないんだろう、とか、なんで自由なタイミングの未来に戻らないんだろう(火事が起きる前のホテルに戻して逃げればいいじゃないか)、とか、なんで平田は人間らしく生きるためにわざわざ過去に生きたんだろう、自分の生まれた時代を生きればよかったじゃないか、とか、私の理解しきれていない物語の設定が気になったりした。
小説の中では矛盾なく描き切れているのかもしれないけど、理解しきれなかった。でもわざわざそれを探しに読み返すことはしない。
全体的に面白かったから、満足です。


ミニクイ気持ち

March 18 [Sat], 2017, 8:58
最近またミニクイ自分にうんざりすることがあった。
Resercherとしても未熟だし、いったい私のよさはどこにあるのだろう。

自分だったら、どうしただろうか。

そう考えた時に、いい方向に向かわなかったかもしれない、と思うことが多くて、正解は一つではないのだけど、自分の力不足に失望する。
おまけに、どうにかして自分が悪いわけじゃないとか、相手が大したことないとか、そういう風に思おうとする心の動きが自然と発生することをとめられなくて、そんな自分にも失望する。

こんなとき、たばこがあったら、きっと吸っていると思う。
今でも、手にしたい衝動にかられる。
特に、お酒に逃げることもできない自分は、どうやってこんな負の感情を発散させればいいんだろうと思ってしまう。

でも、たばこを吸えば何かが癒されるわけでもないし、口の中に残るまずい味とか、心の片隅に潜む発がんリスクへの恐怖とか、吸い殻の堕落感とか敗北感が、きっとさらに自分を卑屈にするだろうと思うと、どうにかコンビニへ寄る足をとどめさせる。

大体、せっかく残業して稼いだ15分くらいの給料が、半分税金の煙草に消えていくことは、私の帰りを待つ子供たちの気持ちを裏切る行為だ。
そんなことはできないし、したくない。

だから、もんものとして帰宅し、旦那に愚痴り(ごめんね)、共感も得られないことに腹を立てたり、口に出したことへの後悔を感じたり・・・
いいことないよね。

でも、こうしてキーボードをたたいて文章にしていると、気持ちをうまくまとめられた満足感とか、少しでも客観的にみたときの問題のくだらなさへの気づきが、私を癒してくれるのを感じる。

そして、書きながら、前向きな気持ちがわいてきていることを感じる。
懲りない自分。

何度考えても、なんにも希望も能力もない、もしかすると世界一つまらない人間だけど
私の姿が見えないだけで泣いてくれる娘がいることが
もしかしてこの世で唯一の真実であり希望なんじゃないかと思えてくる。

私を唯一の存在にしてくれた子供たちに、感謝します。

そうか、私は同時に両親にとっては唯一の次女なんだわ。
だから親にも感謝しなくちゃいけないね。
考えるとこころが乱される両親なのだけど、そんなゆがんだ気持ちは取り払わなくてはいけないんだね。
感謝します。


というわけで、書いているうちに、仕事で感じたストレスが少しずつ薄れてきた。
大体、せっかくの晴れた休日にそんな記憶にさいなまれるなんて、もったいない。
休日に気持ちを切り替え、また来週から前向きにがんばる。
それしかないし、そうしよう。

大丈夫、みんなたいしたことないジャガイモだよ、ジャガイモ。
フライドポテト、最高じゃない。
なんのこっちゃ。


話はかわり、先日大学の教授が亡くなったことを知った。
私にとっては大きな先生だったが、全国紙ではニュースにもならず(少なくとも私はみつけられなかった)、地元の新聞に訃報が短く記載された程度。
彼が運営していた研究室も、数日後には新しい責任者の写真がのり、何事もなかったかのように世界は回り続ける。

そんなものか。

もちろん、彼を知る人の中では大きな出来事なんだけど、それでも、結局は人ひとりの生涯なんて、一瞬の出来事に過ぎなくて、世界の大多数の人間にとって、そこらへんのアリがいなくなったくらいのことでしかないんだ。

そう思うと、小さな小さな社会で頭一つだそうと思うことが、とてもちっぽけなことに思えてくる。
そんなこと思っていても、何ひとつ変わらないんだけど、それくらい、頭をだすかどうかなんて、所詮自分の問題でしかないんだということだ。
だから、好きにしたらいい。
あの人が、この人が、と思っていたところで、そんなこともなんて事はない。
結局は、自分。
自分という小さな、不可侵の世界の中で、自分自身がどうあるかについてのみ悩めばいい。
他人のことは考えなくていい、というわけではなくて、問題は自分自身のものあり、自分自身がどうにでもすればいいということ。

わかっているけれど、いつも他人のことを気にしたり、他人からどう思われるかを気にしてしまう。

でも、そんなことは些細なことだ。

私にとって、世界は私のものでしかない。
どう考えても私の自由だ。
だからのびのび生きればいい。
自分に価値をもたせてもいい。
私は自分の世界の中で自由に空を飛び、海を泳ぎ、時空を超えることもできる。


あんまり書いていると、精神的におかしくなってしまったみたいになるね。

現実離れしてる場合でもないから、掃除しなきゃ。

でもこうやって、ときどき自分の精神を自由にして、遠くまでおもいっきりいって、
現実に帰ってくるという作業をすることは、日常の追い込まれそうな深い悩みから、一瞬でも自分を解放できる
貴重な時間なのかもしれない。


さて、今日は土曜日。
あっというまに何回も来る土曜日。
でも、何でもない一日が、なんて尊いんだろう。

掃除しよう。
そして本を読もう。
なんとなく、うまく現実に着地できそうな気がする。






コイガシタイ

January 29 [Sun], 2017, 9:45
なんだか久しぶりの更新になった。
ということは、しばらく気持ちが落ち着いていたんだろうか。

いや、書こうかと思いながら、ほかのことで忙しかったんだ。
ただいま、私の落ち着く場所。


最近の動き。

前回の日記は、屈辱的な感じだったけど、その後彼の仮説が否定される結果がでたため、収束。
私の感覚の方が、もしかすると正しかったのかもしれない。
でも、やってみてはっきりするというのは、大事なことだ。
結果から何かを言うことはできない。

最近、自分のプロジェクトで、役に立てそうなネタを見つけた。
私の一番の長所は、自ら仕事を生み出せることだと思うから、この仕事がうまくいったら、すこし自信が持てるかもしれない。
アイデアを温めて、邁進する。
うまくいかなくても、自分のスキルアップにつながるはずだ。
想像すると、とても楽しみ。
しかもすでにやってみます宣言をしたから、完全に自分発信の仕事にできる。
がんばろう。正念場は続く。


後輩くんのことは、残念な方向に収束した。
最近、もはや全然話さないくらい、疎遠になってしまった。
隣の席なのに。

一緒に仕事をしても、黙々と作業をするのみ。
話しかける価値もないという、彼の中の切り捨てにあったのだと思う。
何か、そういう判断をさせることを、私はしてしまったか、言ってしまったのだろう。
月日がたたないと気付けないし、たっても気づいていないことがあるのかもしれない。
残念だけれど、仕方がないと思い諦める覚悟ができてきた。
というのが、最近の私の進歩かもしれない。

先輩と仲がいいことにも、何も思わなくなってきた。
彼は、自分の役に立つ人を選んでいるんだろう。
当然のことだ。
それなら、私は何かを嘆くよりも、彼が再び価値のある人間だと思えるように、努力するしかない。

先日飲み会があったけれど、ほぼ目を合わさず。
だから、当然メールも来なかった。
たぶん、初めてのことなんだけど、当たり前のこと。
いつやめるか惰性になっても気の毒だから、これでよかったと思う。
ありがとう。あなたのおかげで私はずいぶん救われた。
嫌われてしまったことは私の不徳の至りだね。
でも仕方ない。受け入れて、自分の糧にする。
本当はすごく悲しいけど、私にはそれでもどん底にならないプライドが残っている。
あなたなんかに負けない、と思う、くだらないプライドが。

がんばるベクトルを見つけられそうだから、そう、ちょっと気持ちが落ち着いている。
下期の評価が悪くはなかったことも、結局結構安心材料になっている。
できていないことがいっぱいあって、本当は評価なんてされるはずないんだけど、それでもまだ「だませている」。
だから、騙せてるうちに、自分が追いつく。
それしかないじゃない。

そうだ、フルタイムに戻ったんだ。
年末からの、大きな変化。
先月久しぶりにフルでの給料をみて、なんとなくうれしかった。
今までサービスだったことを、全部きっちりもらうんだ。
そして、そのうち昇進することを目指したい。
それをしなくてはいけない年齢なのだから。

こうして書いていると、少し前向きかもしれない自分に気づく。
本当は、やるべきことが山積していて、直面するとやばいんだけど。
と、思っていたら頭痛がしてきた・・・
あぶないあぶない、抗ヒスをごくり。
気分が高揚すると、落ち込みも大きいから
イライラをコントロールできなくなる。
平常心。


いろいろ考えていて、最近また思うことは、
恋がしたいね。

後輩くんとの自分勝手な仮想恋愛は、現実が厳しすぎてもはやできなくなったので
それに代わる何か、気持ちが高ぶるようなことがしたい。
浮気願望とかではなく、ただ、女性でも男性でもいいんだけど、誰かを好きになりたい。
そして願わくば、多少なりとも関心をもたれたい。

なんて書いていたら、逆にものすごく落ち込んできた・・・

私なんかは、開けても何もないんだ。
見られても、困ってしまう。
だから、空想でがまんする。
今まで奇跡的に私に関心を持ってくれた人のことを思い浮かべて、誰かの関心の対象になっている自分を妄想する。

あれ、なんか泣きたくなってきちゃったよ。


学問は人を選ばないから。
だから私は学問が好き。
こういうときは、ひたすら論文と向き合うに限る。


誰かを好きになりたい。
自分に価値を見出したい。

いくつになっても、同じことだ。
たとえおばさんになっても。












ちっさい奴

October 29 [Sat], 2016, 8:47
昨日も発作で家族に迷惑をかけた。

昨日は、上司と話をしている時点で、みるみる体調が悪化した。

仕事でのもやもやが二つ。

いずれも、考えすぎっていうか、自分の失敗を認めたくないというか、保身というか、そういう醜い気持ちが生んでいると結論付けざるをえない。
自分だけが評価されたいという気持ちの暴走。
そんなちっさな自分に、心底うんざりする。
いったいどこから、こんな醜い気持ちが湧き出るんだろう。
自分を苦しめるとわかっていても、消えない気持ち。

これまでも何回か書いているけど、担当プロジェクトの話。
またしても、後輩が役に立ち、私は役に立たない構図ができようとしている。
理論的に考えれば彼が妥当なことはわかっているし、データはすべて彼の説を支持しているのだから、肯定すればいいだけなのに、気が付けば否定するような材料ばかりを並べ立ててる自分は、物事が正しいかどうかよりも、彼をつぶしたい気持ちが強かったんじゃないのか?
こうして書くだけでも血の気がひくような敗北感と劣等感を感じる。
勝ち負けじゃないのに。
そんな私の気持ちなんて、自分が思っている以上にそこかしこにでているんじゃないかと思う。
そしてそれがまた彼を盛り上げているんじゃないかと思うと、そうでもそうでなくても考える必要がないことなのにさらに湧き上がるこの屈辱的な気持ちが、自分をさらに追い詰める。

私は担当者として、プロジェクトにプラスになることを考えなくてはいけないはずなのに、結果的にはヒトのあらを探すようなことばかりして、何も前進させていない。
人のプレゼンを聞いてまず考えることが、いかに否定するかだ。
そういう思考の構造が、すべての苦しみの根源だ。
もう耳も遠くなるくらいのストレス。
ここから脱却するには、どうしたらいいのだろう。

思考回路の問題だから、薬でどうにかなる話ではない。
現実的に体調が著しく悪くなることに関しては、薬が必要だと思うけれど、その原因を根本から除くには、自分の思考回路を変えるしかない。
でもそれは、これまで30年以上も生きてきた中で培われたものを抜本的に変えるということだから、難しいだろうことは容易に想像できるし、それができる自分を想像することもできないのだから、おそらく無理だろうと絶望的になる。

ではどうするか。
さらに上をいくことだ。自分としてはこの考え方で乗り切るしかない。

今まで否定的なことを多く言ってきた。
いかにして否定しようかという気持ちがあったからそういうことばかりを並べようとしたんだ。
だから、かれに、あの人全力で否定しようとして馬鹿じゃない、とか、ほれみたことか、的な圧倒的優位な鼻高々な見下せるような材料を数多く与えてしまったのだ。
正しいと思うことを反対されながらもやって結果自分が正しいっていう、気持ちのいい成功を感じる種をいっぱいばらまいてしまったのだ。
バカな自分。
みじめ。
最適な言葉だね。
でもこれも、勝ち負けで考えているから感じるみじめさであって、いろんな考えをぶつけ合うことは間違いではない。
そう、自分をなぐさめる。

考え方を変えたい。
今の考え方では、何もかもうまくいかない気がする。
でも難しいだろうというのもわかる。

仕事というのは、どういうことかともう一度振り返るべきだ。
私は、自分のことばかりを考えている。
それが一番問題なんだ。
勝ち負けじゃない。
だれの成果であれ、物事が正しい方向に進み会社として社会に貢献できることが大事なことなのに
自分だけが成功したいと思うから、何事もうまくいかないんだ。
その思考を、変えるしかない。
そのうえで、謙虚に真摯に努力する。


映画:Your name

October 20 [Thu], 2016, 6:38
君の名は。

タイトルは英語にしてみました。

新海誠という監督のアニメーション。

大好きな俳優さんが声優をしているという理由で、見に行きたいと思っていたけど、公開されてからの人気がすごくて、でも見に行く時間がなくて、先に監督の過去作品をHuluでみた。

ほしのこえ
雲のむこう、約束の場所
秒速5センチメートル
言の葉の庭

たくさん見れて、全部切なかった。

秒速5センチメートルは、村上春樹の島本さんだなって思った。
あの小説では、主人公には妻子があったけど、こちらの作品では、こころの一部分がずっと満たされないから、見ている方がもがくような切なさ。

ほしのこえは、ちょっとエバっぽい。
どんどん地球から離れていく女の子。
こちらも、二人の間の圧倒的な距離が切ない。

雲の向こう、約束の場所は、ちょっとSF要素が強くて、こちらもエバっぽい要素がつよい。
でもハッピーエンドより。

言の葉の庭はことさらに描写が美しくて、雨って美しいんだなって思った。
この作品も、ハッピーエンドに近づくんだけど、結局は二人は離れている。

そして「君の名は」。

売れるように大衆向けにしやがって、が最初の印象。
話は、いろんな小説の発想の切り貼りみたいな感じはしたけど、時間がたって結論からすると、面白かった。
ただね、盛り込みたい要素をどうやってつなぐか、という発想で物語をつくったんじゃないかっていうのが透けてみるようで、なんとなくの失望感みたいなのはあったよね。
だから、なんか泣き所がなかった。
予習のし過ぎだね。
べつに、監督の昔からのファンってわけじゃないけど、昔からみて好きだった人は、ちょっと寂しい気持ちはあったんじゃないかなって思う。

でもまぁ、ハッピーエンドだからこそ、こんなに売れたんだよねぇ。
やっぱりハッピーエンドじゃないんじゃないかって思うと、見てて息苦しくなったから、ほんと最後の安心感はたまんなかったね。
ようやく、ハッピーエンドきたーーー!!って感じ?

売れようと思って作った作品かな。
それが感じられるところは若干のマイナスだけど、監督自身もそう言っていたし、それは全然悪い試みじゃなくて、私の好きな物語の要素は盛り込まれていて、おもしろかった。
声も、最高。
音楽が、ずっと担当していた天門って人じゃなかったのも、気になったけど。
この人は、なんとなくさみしい気持ちになっているんじゃないかと、余計な心配をしたりして。

でもいいね。
こういう話、好きだよ。

夢で何かの世界をつなぐという発想←これ大好き。脳は無限の世界を作れるからね。
選ばれた人間。
時空を超えた愛。
古くからの言い伝え、伝統と、そこに隠された運命。
やるべきことがなぜかわかっているっていう、村上春樹の小説的な展開。
美しい絵。
かわいくて魅力的な主人公。

こんな要素を盛り込まれたら、面白くないはずがない。
上手に盛られた豪華パフェのような、作品でした。



こころの奥で

October 20 [Thu], 2016, 5:32
最近2日連続でいやな夢を見た。

起きた直後から記憶は薄らいでいく。
あんなにはっきり覚えいていた夢の内容も
今はもうぼんやりしている。

君の名は、での二人みたいだ。

さて、それはさておき夢の話。

一つは、小学校での参観日の話。
なぜか、保護者への質問があり、私が答え、しかも違ってますよって冷たく言われる。
そして恥をかくっていう夢。
家に帰って、教科書を見直して、絶対私が間違えたのは仕方がないんだっていうのを旦那に主張しようとするのだけど、該当の部分が見つからない。
なんで?なんで?と思っているうちに、これは夢なんだと気付いて、覚醒する。
そんな夢。

そしてもう一つは、今夜、会社での夢。
後輩くんがでてきて、詳細はもうわすれてしまったけど、とにかくこちらも使えない人間だと馬鹿にされたり冷たくされる夢だ。

ちょうど昨日また機器のトラブルがあったという話を聞いたばかりだし、とにかく何か会話をするたびに何かしら心を浸食されているということなのだろう。

心の奥で、彼の態度の一つ一つに対して、自分が傷つくとらえ方をしている。
そう感じる。

彼がミーティングで放った一言、最近の挙動、先輩への信頼や依存、そういう、私とは関係のない部分で、無駄にかき乱されている。

だから、最近は会話をするのもストレスだ。
接触しないで済むのなら、そうしたいのだけど、同じグループだからそうもいかない。

たぶん、自分が何かを間違えて指摘されたりすることが、すごくストレスなんだと思う。
典型的なきっちりA型の彼は、細やかにいろんなことに気づいていつの間にか対応していたり、今までなんとなく放っておいた小さな問題を細かく拾って解決しようとしている。
そしてそのトラブルのたびに頻繁に先輩に相談している。

そういうのが、ときに自分への攻撃となることへの恐怖。嫌悪。
先輩への過度の依存への嫌悪。嫉妬?
以前、飲み会で、先輩と同じグループの人に、しょっちゅう来てるけど何してんのって、疑いの目を向けられていた。
やっぱりそう思うよね、甘えが過ぎるよねって、内心思った。
でもそのあといいこと言われていたのでちぇっと思ったんだけど。
いやな奴、私。

だから、嫉妬とはちょっと違う感情のように思う。
伸びていくのが気に入らない、という感情もあるのかもしれない。
自分以外の人間は下でいてほしいという感情。
そう、人の成長なんて、うっとうしい以外の何物でもない、と思っている私は
昇格なんてできるわけないんだけどね。
この感情の方が本当だろうか。

そうだね、バカにされたくないっていう気持ちが
二つの夢に共通して感じられる。
そして、実際には自分も自分をばかにしているし、他人からも馬鹿にされていると感じている。

そうだ、それが気に入らないんだわ。
後輩くんは、私をばかにする人間として、私の中で危険信号がでている。
そして先輩には、いろいろ相談していて、私より上位にいることが、気に入らない。
嫉妬とかいうかわいい感情でもなくて、もっと醜くて攻撃的な気持ちだ。

なんでだろう、いつもこういう気持ちに悩まされる。
実際は、他人はそれほど自分に興味もないし、バカにしているかもしれないけど、それを気にするなんてナンセンスだ。
わかっていても、激しく苦痛を感じる。
要するにプライドがめちゃくちゃ高いのかも。
いつだって自分は特別だと思っている、そういうところは、あるかもね・・・。

だから、珍しく評価をしなかったマネージャーに厳しくたてついたんだわ。
あんたに何がわかるの?って。
私がやったことのレベルの高さを理解できないなんて、お前の方が馬鹿なんだって、思ってる。
あはは、本当に思ってるよ。わたしって救いようがないね。
ほら、マネージャーさん、引いてるじゃん。
必死に取り繕ってる。
それがわかるだけに、むなしさを感じた。

結局、結果がすべてなんだって、頭では理解している。
努力も成果につながらなきゃ、意味がない。
でもそれって、意味がないよねって言っちゃったら、激しくモチベーションをそぐよねぇ。
そんなこといったら、我々のやってる仕事なんて99%くらい、無駄じゃん。
なんて、思ってしまった。
だから、珍しく、イラっとしたんだよね。
初めてのマネージャーさんだから、私って怖い人間なんだって、思っただろうなぁ。

成果につなげなくちゃいけない。
だからね、育成なんて、二の次になるんだよ。
自分がまず評価されないと、人の評価をサポートしてらんないじゃないか。
一番苦労する部分を、評価もされないのに整備して、成果だけもってかれるなんて、まっぴらごめんなんだよ。
そんなの私が卑小な人間だからじゃなくて、当然のことだ。
と、激しく思う。
ほんと、成果につなげなくちゃいけない。
成果なんて、つくるものだ。プレゼンの仕方で簡単に騙せる人たちだもん。
と、また馬鹿にしている、私。
昔の上司だったら、鋭いつっこみもあったと思うけど、今それできるほど頭働く人、正直いないんじゃない?と思う。
どれだけ偉そうなの、私。
こんなだから、ダメなんだね。

そう、そのマネージャーは、後輩くんの重箱の隅の掃除を高く評価しているようだ。
そういうところもね、気に入らない。
もちろん、年齢に応じた評価をするべきだから、それを評価されるのはいいと思うけど、私のやっている仕事を理解できずに評価できないなんて、バカだと思っちゃってるよ。
おもいっきり本音を言うとね。
だって、あなたの本来の仕事は、最終的に成果につなげられていない私の仕事を、どうしたらつなげられるのかをアドバイスすることでしょう?
結局何もできてないよねって上司に言われて、うーんって、否定できなかったんだよって、そんなクソみたいな報告を私にすることがあんたの仕事じゃない。
そんなの私のモチベーションを著しくそぐだけで何のプラスにもならないじゃないか。

思い出したらまた腹が立ってきた。
まえのマネージャーの方がよかったわ。
何が違うんだろうって思うけど、やっぱり向き・不向きがあるのね。

ついでにいうと今の部門長も、バカだと思ってる、私。
あいつも、すぐに、で、結論は?っていう。
それも大事なんだけど、結論先に聞くのは私も同じだけど、あの人の聞き方は、なぜかとてもやる気をそぐ。

部署の成果。不祥事がないこと。そればかり見ている。
そう、感じるんだと思う。
まぁ、上司としては当たり前のことなんだけど、そういうのって、上手にくるんだ方がいいんじゃない?

結局は、今の上司と、あわないってだけだ。
それは仕方ない。あう、あわないは、人間だからあるはずだし、自分に合う方がすくなんだ。

とにかく、自分自身を過大評価して、何か近づきがたいオーラをまとって、実質何もないっていうのが、今の私だ。
虚勢をはって、損しかないね。

こういう思考回路が何もかもだめにすると思いながら、そう客観的にあざける自分もいながら、結局はこういう思考の自分を捨てられもせず、むしろ捨てる気もなく、精神バランスを崩して発作。

どうしようもないパターンですね。
どうしようもない。

救いがあるとしたら、自分が思う自分を、他人もそう思うように、目に見える成果をだすことだ。

成果。
成果。
私はこれにこだわっている。
だれよりも、評価されることにこだわっている。
バカだねぇ。
だから他人に攻撃的になり、嫌われて、結局成果がでないんだ。

はぁ。
もう嫌になっちゃう。



とにかく、後輩くんが嫌いになり、それは自己防衛だし、攻撃でもあるし、それでも冷たい態度を取られるのには傷つくクソみたいな、ほんとにクソな自分が心底うざい、今日この頃。

だから、あんな夢ばかり見る。
薬が手放せない。





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