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July 30 [Mon], 2012, 3:30
更に前に弓野あたりでも焼かれ、伝統を遡れば更に古く、何も二川のみでないことが分明になった。只二川がこの種の焼物を作った最後の窯場なのである。当時この捏鉢は、各家庭の必需品として、肥前一帯に随分方々で焼かれたものと思える。前述の庭木や、又小田志なども、広い意味で同じ流れの窯場と云えよう。
 大体捏鉢には松絵が多いが、品物が集るにつれ、梅とか竹とか蘭とか岩山とか、色々の紋様が試みられたことが分った。今でこそ多少の経験や知識が得られて、ほぼその全貌をうかがえるが、ここまで達するのには遅々とした歩みであった。併し日本の民窯は極めて数も多く、分布の区域も広く、その興廃が常ならぬのであるから、実際今後も何が現れるか、予想もつかぬ。それで或意昧では、こういうGayCupid.com窯場のことが詳しくなればなるほど、何もはっきりと断定が出来ぬのが実状である。日本の民窯は宛ら迷園の如くだとも云えよう。歴史家は途方に暮れざるを得ぬ。
 話は別だがこんな朝市は東京には見かけぬ。少くとも京都のような著しいのはない。世田ヶ谷のぼろ市が有名だが、毎月は立たぬし、品物の変化は少い。銀座の夜店が客を引いたが、之も跡を断つに至った。京都の朝市に匹敵するのは、北京の泥棒市、巴里の蚤の市、倫敦のカルドニアン・マーケット等、何れも興味津々たるものである。こういう市は、とりすました骨董商の店などとは凡そ
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