その164 川を渡れ!!

April 22 [Sun], 2018, 10:30
川を渡れ! 

ヨシュア 3章1−17節
3:1 ヨシュアは翌朝早く、イスラエル人全部といっしょに、シティムを出発してヨルダン川の川岸まで行き、それを渡る前に、そこに泊まった。
3:2 三日たってから、つかさたちは宿営の中を巡り、
3:3 民に命じて言った。「あなたがたは、あなたがたの神、【主】の契約の箱を見、レビ人の祭司たちが、それをかついでいるのを見たなら、あなたがたのいる所を発って、そのうしろを進まなければならない。
3:4 あなたがたと箱との間には、約二千キュビトの距離をおかなければならない。それに近づいてはならない。それは、あなたがたの行くべき道を知るためである。あなたがたは、今までこの道を通ったことがないからだ。」
3:5 ヨシュアは民に言った。「あなたがたの身をきよめなさい。あす、【主】が、あなたがたのうちで不思議を行なれるから。」
3:6 ヨシュアは祭司たちに命じて言った。「契約の箱をかつぎ、民の先頭に立って渡りなさい。」そこで、彼らは契約の箱をかつぎ、民の先頭に立って行った。
3:7 【主】はヨシュアに仰せられた。「きょうから、わたしはイスラエル全体の見ている前で、あなたを大いなる者としよう。それは、わたしがモーセとともにいたように、あなたとともにいることを、彼らが知るためである。
3:8 あなたは契約の箱をかつぐ祭司たちに命じてこう言え。『ヨルダン川の水ぎわに来たとき、あなたがたはヨルダン川の中に立たなければならない。』」
3:9 ヨシュアはイスラエル人に言った。「ここに近づき、あなたがたの神、【主】のことばを聞きなさい。」
3:10 ヨシュアは言った。「生ける神があなたがたのうちにおられ、あなたがたの前から、カナン人、ヘテ人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、エモリ人、エブス人を、必ず追い払われることを、次のことで知らなければならない。
3:11 見よ。全地の主の契約の箱が、あなたがたの先頭に立って、ヨルダン川を渡ろうとしている。
3:12 今、部族ごとにひとりずつ、イスラエルの部族の中から十二人を選び出しなさい。
3:13 全地の主である【主】の箱をかつぐ祭司たちの足の裏が、ヨルダン川の水の中にとどまると、ヨルダン川の水は、上から流れ下って来る水がせきとめられ、せきをなして立つようになる。」
3:14 民がヨルダン川を渡るために、天幕を発ったとき、契約の箱をかつぐ祭司たちは民の先頭にいた。
3:15 箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、──ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだが──
3:16 上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられた。民はエリコに面するところを渡った。
3:17 【主】の契約の箱をかつぐ祭司たちがヨルダン川の真ん中のかわいた地にしっかりと立つうちに、イスラエル全体は、かわいた地を通り、ついに民はすべてヨルダン川を渡り終わった。


このヨルダン川を渡るという行為は、私たち信仰者に何かを教えています。新しいことを始めること、未知の世界へ足を踏み入れること、障害物をものともしないで、信仰によって立ち向かっていくことなどが、このヨルダン川を渡るという行為を表しています。信仰を持ってこの地上を生きるうえで、いつまでも同じ荒野をぐるぐると回っているだけではいけません。挑戦して、乗り越えて、新しい領域に進んでいかなければならないときがあるのです。

川を渡るために…
1、 きよめを求める。
3:5 「あなたがたの身をきよめなさい。あす、主が、あなたがたのうちで不思議を行なわれるから。」
神様の素晴らしい御業を体験するにあたって、ヨシュアが、イスラエルの民に最初に命じたことは、身を清めなさいということでした。彼らは神様を信じていました。しかし彼らが神様の約束された地に入るためにはまだ必要なものがありました。それが清められるということでした。
聖書は明確に、私たちすでに救われた信者にも、さらにきよくなるように。神様を悲しませる罪から離れるように。自分をきよめなさいと何度も勧めています。
今朝、主の前で、きよめを求めましょう。

2、 みことばを聴く。
3:9 「ここに近づき、あなたがたの神、主のことばを聞きなさい。」
神様は一見ユニークな方法で、イスラエルにヨルダン川を越えさせようとしています。先頭に祭司たちを立たせて、契約の箱を先頭にして、民たちはその後ろをついてくるようにというのです。これからイスラエルは神さまの言葉の後を行く。神様がくださった教え、戒めから逸れないように進むということではないでしょうか。
今の私たちにとっても、神の言葉であるこの聖書は変わることのない権威と価値のあるものです。神様はこの聖書の言葉を通して語られ、戒められ、教えられ、私たちがそれを尊重し、心から従いたい、守り行ないたいと願うならば、必ず護りと祝福を持って、私たちに臨んでくださるお方です。
御言葉を通して、今が川を渡るときだ、という確信をいただきましょう。

3、行動を起こす。
3:15 箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、
彼らは水が止まるのを待って、確認してから渡り始めたのではありません。祭司たちが箱をかついで、水のなかに足を踏み入れたその時に、奇跡が起こったのです。これが信仰であり、川を渡るということだと聖書は教えているのです。
神様は、私たちに本当に信仰があるか、私たちがまず行動を起こして、この足が水に入るのを見ておられます。それを見てから、ご自身の御業、ご自身の栄光をあらわされるのです。
このお方を信頼して、信仰の第一歩を踏み出す、信仰生活の勝利を勝ち取っていこうではありませんか。

今週の暗証聖句
聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。 ヘブル12:14

その163 選び取る

April 08 [Sun], 2018, 10:30
選び取る

申命記30:19-20
30:19 私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。あなたもあなたの子孫も生き、
30:20 あなたの神、【主】を愛し、御声に聞き従い、主にすがるためだ。確かに主はあなたのいのちであり、あなたは【主】が、あなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓われた地で、長く生きて住む。

この聖書の言葉は、モーセが40年の荒野の旅を終えるにあたって、約束の地カナンに入っていこうとするイスラエルの民たちに、いわば遺言のように語っている箇所です。ここでモーセが「選びなさい」と言っていることに注目してください。彼は決して「あなたがたはこれから自動的に導かれて、自動的に祝福されて、自動的に幸せになるのだ」とは言っていないのです。大切なポイントは、チョイス、選択です。選びとる主体は、神の側にあるのではない、私たち人間の側にあるのだというのです。
人間の問題の根底には、「自分の力では何も変えることができない」というあきらめがあります。「自分はこんなふうになることを決して自分で選んだわけではないし、そしてこれからも自分がなりたいようになることを選ぶことはできない」という不満、失望があるのです。
しかし今朝私たちは、自分自身の選択によってみずからの歩みを決定することができることを覚えましょう。遺伝子や育った環境で人生が決まってしまうのではないのです。もちろんある程度の影響を受けることはあるかもしれません。しかし、それで100%人生を支配されるのではありません。私たちは、たとえどんな状況に置かれていようが、私たち自身の選択によって、神を選び、いのちを選び、祝福を選び、自分の人生を高め、良い方向へ軌道を修正することができるのです。

1、いのちを選ぶ=キリストの十字架を信じる。
最初の人アダムが食べてはならないと言われた木の実を食べることを選択したことによって、人間は神から離れて生きなければならなくなりました。人間はこの地上で有限の存在として、いつかは死ぬ存在として定められてしまいました。心の中に神を持たずに、死んでいく存在だということ。これが人間の苦しみの根源です。私たちがゴールとして死しか選べないのであれば、私たちの人生は絶望であり、何をやっても同じことです。
しかし神は私たちにいのちという選択肢をも用意されています。ご自身の御子イエス・キリストをあの十字架の上で苦しませ、死なせ、葬らせ、そしてよみがえらせることによって、このことを信じるすべての人にもう一度新しいいのちを与えようとされているのです。

祝福を選ぶために...
2、神を第一とする。
私たちは日常生活の中で、神を第一とするか、それとも第二第三とするか、常に選択を迫られていることを忘れてはなりません。

3、求める。
神の愛と祝福には限界はありません。「今日は一つ祝福をいただいたからこれ以上望んだらずうずうしい。明日にしておこう。」などと考える必要はありません。子どものように、ありのままの姿で神に大胆に祈り求めましょう。

今週の暗証聖句
だから、 神の国とその義とをまず第一に求めなさい。 そうすれば、 それに加えて、 これらのものはすべて与えられます。マタイ6:33