その161 愛の共同体

February 25 [Sun], 2018, 10:30
「愛の共同体」

ヨハネの福音書13:34-35
13:34 あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
13:35 もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」

イエス様は十字架につけられる前の、いわゆる最後の晩餐の席で弟子たちに「新しい戒め」として互いに愛し合うように命令されました。どうしてイエス様は繰り返し弟子たちに、愛し合うように求め、そして17章で、「彼らを一つにしてください」と祈られたのでしょうか。

1、一人では生きていけないから。
天地創造の際、神様は最初の男性アダムを見て言われました。「人が1人でいるのはよくない」(創2:18)。そして助け手としてエバを与えられました。この時から人は、1人では生きていくことができない存在なのです。そして私たちクリスチャンに、兄弟姉妹と呼びあうことのできる神の家族を与えてくださったのです。
この地でめぐみ教会が建てあげられていること。それは一人では守りきることが困難な信仰を、互いに励まし合い、祈りあうことのできる愛の共同体を建てあげるということです。信仰者が週に一度でも共に集まり、主を礼拝する。そこにクリスチャンならではの互いに受け入れあい、愛しあうという掟が存在するということを忘れてはなりません。互いに愛し合う愛の共同体となりましょう。この地に、愛の共同体である教会を建てあげあいましょう。

2、聖霊を招くから。
 イエス様はこのヨハネ13章から16章の告別説教の中で、もう一つ大切なことを教えられました。それは聖霊というもう一人の助け主が来られるということです。イエス様は弟子たちが自分の力で何かできるとは考えておられませんでした。聖霊によらなければ、何もできないと知っておられたのです。そして、この聖霊というお方が、どのような条件のときに、彼らを訪れるかを教えられたのです。聖霊という神は、人間が互いの弱さを認めつつも、互いに愛し合う、一つとなるところに好んで訪れてくださり、私たちを変え、私たちに力を与え、喜びを与え、導かれるのだと教えられています。
イエス様が建ててくださる教会には互いに愛し合い、心を合わせて祈るクリスチャンたちが必要です。そこに聖霊が来てくださるのです。愛の共同体は、聖霊に満たされる教会です。聖霊に訪れていただくために、互いに愛し合う、愛の共同体を目ざしてまいりましょう。

3、最大の伝道だから。
「世の人たちは、どうやってあなたたちをクリスチャンと認めるのか。どうやってあなたたちがキリストの教会だと認めるのか。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたが、ああこの人たちは本当にキリストの弟子だ、クリスチャンだ、教会だと認めるのですよ」と、イエス様は教えられたのです。愛し合い、一つになっていることこそが、最大の伝道です。 
 神様は必ずこの日本の教会をも顧みて、「こういうことはかつて見たことがない」と言われるような偉大なリバイバルを与えてくださると、私は信じます。
そのために、このイエス様の戒めを守りましょう。聖霊に好まれ、最大、最強の伝道ができるような、そんな教会を目指して、突き進んでまいりましょう。

今週の暗証聖句
いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。         1ヨハネ4:12

その160 壁を破る教会

February 18 [Sun], 2018, 21:23
 「壁を破る教会」

エペソ人への手紙6:10-20
6:10終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
6:11悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。
6:12私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
6:13ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
6:14では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
6:15足には平和の福音の備えをはきなさい。
6:16これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
6:17救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。
6:18すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。
6:19また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。
6:20私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。

 教会の本当の敵=悪魔。

パウロはこの手紙の中で一貫してはっきりと目に見えない、霊的な存在、私たちを惑わして、悪い方向に導こうとする悪しき存在について教えています。そしてこの敵に警戒するように呼びかけています。この敵の究極的な破壊のターゲットは教会です。私たちはスクラムを組んで、本当の敵が誰なのかをしっかりと見極めなければなりません。パウロはここで2回も神の武具を身に着けなさい。敵の攻撃に備えなさいと教えています。

神の武具リスト
@  真理の帯。
 イエス様は「わたしが道であり、真理であり、命である。」と言われました。イエス様があの十字架の上でなされた救いの御業が私たち人間のためであったことを、私たちは知っています。
A  正義の胸あて。
心臓、つまり心を守るところです。
B 平和の福音の靴。
この教会は、この福音を伝えるために働かなければなりません。
C 信仰の大盾。
火矢とは私たちの心の内を攻撃する疑いや、恐れといったものです。そのような攻撃に対して、信仰をしっかりと持って、あなたの心を防御しなさいと聖書は教えているのです。
D 救いのかぶと。
クリスチャンは自分が確実に救われているという、確信と確証を持たなければいけません。
E  御言葉の剣。
私たちは、日々聖書の言葉を心に蓄えて、とっさの時に剣を抜けるように備えていきましょう。

本当の敵悪魔に対抗し、神の武具を身につけ、悪魔に造られた様々な壁を打ち破るために私たちがしなければならないこと、それは祈りです。パウロは祈りこそが、教会を一つにし、教会に力を与え、教会に壁を打ち破る勝利を与えるのだと知っていたのです。

1、どんなことでも、そしてどんな時にも、私たちは祈るべき。
祈りの内容に関して、神様は制限されているわけではありません。どんなことでもお願いしてよいのです。そしてどんな時でも祈ってよいのです。
2、自分のためだけでなく他のひとたちのためにも祈る。
 すべての聖徒のために、すべての教会員のために、すべてのクリスチャンのために、すべての教会のために、私たちは祈らなければならないのです。
3、牧師やリーダーたちのためにも祈る。
伝道者パウロが「私のために祈ってください。祈ってください。」と2回もお願いしています。彼は釈放されるように祈ってくださいと言ったのではありません。神の言葉を大胆に語ることができるように祈ってくださいとお願いしたのです。
 
今週の暗証聖句
彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。
使徒4:31

その159 私の教会

February 11 [Sun], 2018, 10:30
「私の教会」

マタイの福音書16:13-19
16:13 さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」
16:14 彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」
16:15 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
16:17 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。
16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
16:19 わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」

 「あなたたちは私を誰だと思っているのか」と尋ねるイエス様に対して、「あなたこそ生ける神の子、キリストです」とペテロは告白しました。そのペテロに対して、「あなたはペテロ(岩)だ。私はこの岩の上に私の教会を建てます」とイエスは宣言されました。

1、教会はキリストのもの。
 イエス様は言われました。「私は…私の教会を建てます」。イエス様は「私が天に帰ったあと、自然に教会というものができるだろう」とは言われなかったし、「あなたたちの集まりが、教会と呼ばれるようになるだろう」とも言われませんでした。明確な意思を持って、「この私が、私の教会を建てるのである」と初めてここで宣言されたのです。ですからすべての権威はキリストにあるということができます。その後イエス様は「ハデスの門もそれには打ち勝てません。」と言われました。ハデスとは死者が行くところであり、門とはその死の力の象徴です。「死の力をも打ち破る権威と力を、私が建てる教会は持っているのだ」と宣言されたのです。
「私が建てる」と言われる以上、すべての責任はイエス様が持ってくださいます。人間が建てるものなら、限界があるでしょう。人間の知恵や力にも限りがあり、失敗や罪を犯すことも、ときにはあるでしょう。しかし最終的に教会は、イエス・キリストが責任を取ってくださるところなのです。死の力をも打ち破るご自身の権威と力を行使してくださるところなのです。
私たちは何よりも、このイエス・キリストの権威に進んで従う群れとなりましょう。イエス様の霊が自由に働かれる教会。イエス様の御心通りに、歩んでいく教会。人間的な思いを一切排除して、ただただイエス様を愛し、イエス様に従う教会となってまいりましょう。

2、教会は私たちのもの。
 イエス様はご自身をキリストと告白したペテロに対して、私はこのペテロの上に教会を建てると言われました。私たちは、ペテロ個人の上にということではなく、キリストを告白する信仰告白の上に教会が建てられると考えています。大切なことは、キリストを主であると告白する信仰です。この信仰なくしては、イエス様は教会を建てられることはないのです。
 キリストの教会にとって、私たち一人ひとりは欠かすことのできない要素です。教会というところは、単に、出席をするとか、献金するとか、日曜日の午前中を一緒に過ごすということ以上に、一人ひとりに、その人にしかできない役割が与えられているのだということをみることができるのです。誰一人いてもいなくても良いという人はいないし、皆が同じことをするのではありません。
 40周年を迎えるこの年、リバイバルに備える教会の第一歩を踏み出しましょう。「収穫は多い、しかし働き人が少ない」と主は言われました。収穫の時が迫っています。長い間祈ってきた、家族、友人、地域の人たちが教会に押し寄せるようになります。人生が変えられます。本当の命を見出します。喜びが溢れます。そのような教会になります。信仰を持って、ご一緒にキリストの体である教会を建て上げてまいりましょう。

今週の暗証聖句
あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。               
1コリント12:27

その158 いつまでも残るもの イエスのたとえ33

February 04 [Sun], 2018, 10:30
「いつまでも残るもの」
イエスのたとえ33

マタイの福音書24:32-35

24:32 いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。
24:33 そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
24:34 まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。
24:35 この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。

 エルサレム神殿の崩壊を予告されたイエスに、弟子たちはそれが「いつ起こるのか」と質問をしました。

1、世界は完成される。
 キリスト教の歴史観は、「神が始められたものは、神が必ず完成される」ということです。確かにこの世界には様々な問題があります。不完全なことがたくさんあります。「神様がいるならどうしてこのような苦しみだらけ、矛盾だらけの世界になったのだ」と言う人もいます。その原因は罪です。創造主である神さまから離れてしまっていることが、神様と人間の関係だけでなく、全ての被造物に致命的な影響を与えているのです。しかしこの状態が永遠に続くわけではありません。世界を造られたイエスさまが、再びこの地に戻られることによって、必ず不完全なこの世界を完成してくださるのです。イエス様の十字架と復活を信じ、神さまとの関係が回復されている人にとって、その時は喜びの時です。あらゆる苦しみから解放される時です。私たちクリスチャンはこの完成の日を待ち望んでいるのです。

2、その日が近いことを覚えなければならない。
 イエスさまがここで警告されていることは、私たちはその日が近いことを悟り、備えていなければならないということです。イエス様がお戻りになる時が、具体的に何年何月何日かということは誰も分かりません。しかし私たちが目で見えること、感じることを通して、その日が近いことを知ることができるはずだと、イエス様は言われるのです。他にも多くの「たとえ」を使って、信仰者たちに目を覚まして祈っているようにと、イエス様はくり返し教えておられます。
 私たちは毎日の生活の中で、主なるイエスとしっかりと繋がっている必要があります。心をそらさずに、いつもまっすぐにイエス様と向き合いましょう。

3.永遠に残るものを信じよう。
24:35この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。
 この言葉は私たち人間が最終的に頼りにするべき人生の土台、どのように生きるべきかを選び取る基準は、聖書だけだと教えています。私たちは目に見えるものに心を奪われ、惑わされ、進む道を間違えやすいものです。しかしキリストの言葉にこそ、絶対にブレることのない人生の勝利の鍵と力があるのです。これからも聖書の御言葉をしっかりと握りしめて行きましょう。
 そしてこの譬えが私たちに促していることは、決して「信じる者だけが助かれば良い」ということではないことを覚えましょう。終わりの日までに残されたときに、一人でも多くの人がイエス様と出会い、創造主なる神様との関係を回復するように、私たちは福音を宣べ伝える使命が与えられているのです。
世界が完成されるときを待ち望みながら、「その時までに為すべきことをさせてください」と、聖霊の力を求めていきましょう。主が来られる日を恐れるのではなく、喜んで迎えられる人が一人でも多くおこされるように、この「良き知らせ」を伝えましょう。

今週の暗証聖句
24:14この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。