その56 鍛えてもらえます

December 29 [Mon], 2014, 12:20
「鍛えてもらえます」 
へブル人への手紙12章6−13節

12:6 主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」
12:7 訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。
12:8 もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。
12:9 さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。
12:10 なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。
12:11 すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。
12:12 ですから、弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい。
12:13 また、あなたがたの足のためには、まっすぐな道を作りなさい。なえた足が関節をはずさないため、いやむしろ、いやされるためです。

キリスト教信仰の特徴の一つは、信仰者はときには神によって試練(訓練)を受けることがあるということです。時にはそれは厳しく、出来たら避けたいと思えるものですが、神はそこに良い目的を持っておられるのです。

1、神は愛する者を訓練する。
12:6 主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。

「神は善い者を祝福で満たし、悪い者に裁き(罰)を与えられる」という概念はその通りであり、聖書の神もそうです。しかし善い者には何の苦労も苦しみも危険もやって来ないかというとそうではありません。ヨセフは牢に入れられ、ダビデは命を狙われ、パウロは批判と迫害を受けました。しかしすべてのことには神の計画と配慮があったのです。
苦しみのなかを通るときに、神の愛を疑ってはいけません。神に愛されているからこそ、通らされる訓練を前向きにとらえましょう。人生を近視眼的に見るのではなく、長い目で私たちの人生を眺め、最後は良いもので満たそうとしてくださる神の愛と知恵深さを信頼しましょう。

2、訓練には目的がある。
12:11 すべての懲らしめは、 そのときは喜ばしいものではなく、 かえって悲しく思われるものですが、 後になると、 これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。

訓練されて初めて私たちは自分の弱さを知り、神に頼ることを覚えます。また、通らされた苦しみは通った者でしか分からないことがあります。その体験を通して、後で同じ苦しみを通っている人達を慰め、励ますことができるのです。
そのように、何故苦しみを通らされたかを後で振り返ることによって、私たちは神の愛と約束の確かさを理解することができます。

2014年を振り返ってみましょう。苦しいことも悲しいことも、主が一つひとつのことを通して、さらに神を良く知り、信頼するように導こうとしてくださっていることを覚えましょう。そして来るべき年が、さらに主の栄光が表されることを求めていきましょう。

今週の暗証聖句
あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。Tコリント 10:13

その55 本当の支配者

December 20 [Sat], 2014, 14:38
「本当の支配者」
ルカ2:1-7

2:1 そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。
2:2 これは、クレニオがシリヤの総督であったときの最初の住民登録であった。
2:3 それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った。
2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので、
2:5 身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。
2:6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、
2:7 男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。

キリストの誕生には当時のローマ帝国の皇帝の命令が深く関わっていました。その命令に動かされる世界中の人々のなかに、ひっそりと生まれた赤ちゃんがいたのです。

1、人の思いにまさる神の計画。
初代ローマ皇帝のアウグストは全世界に住民登録を命じました。皆自分の故郷に戻らなくてはならず、多くの人が、喜んでではなく、嫌でも従わなければならない状況だったと思います。ヨセフとマリヤはそのような地上の支配者の命令に翻弄されて、何百キロもの道のりを遠く、ヨセフの先祖ダビデの町であるベツレヘムへと旅をしなければならなかったのです。救い主の親にしては、随分弱弱しい、情けない姿に映ります。しかしその「仕方なし」の旅が、何百年も前から予告されていた預言を実現させたのでした。

箴言 19:21 人の心には多くの計画がある。しかし【主】のはかりごとだけが成る。

神を信じ、神に従いたいと願うのであれば、人生に起こるすべてのことが神の計画のために用いられます。何故ならそれが私たちの人生の目的だからです。時には「何故こんなことが?」「どうして私がこんなことを…?」ということもあるかもしれません。でも全てのことを益に変えてくださる神を信じ続けましょう。

2、神は居場所を捜しておられる。
この物語の象徴的な言葉は7節の「宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」という言葉です。天地を創られ、すべてを支配しておられる神のおられる場所がなかったのです。すべてを捨てて、へりくだって人として生まれてくださった主の謙遜を表すと同時に、人間たちが目先のことに振り回されて、本来迎えるべき神を心から締め出してしまっている様子を象徴するようです。
確かに私たちは、日頃様々な目先のことに追われながら生活しています。恐れたり、不安になったり、やらなければならない日常生活の細々としたものに心をとらわれます。しかし神は私たちの心の扉を開き、私たちが迎えるのを待っておられるのです。

黙示録3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。

私たちの人生の本当の支配者となってくださる主をお迎えしましょう。主が私たちの心の王座に座られ、自分の人生を支配することを願うときに、主はすべてのことに意味を与えてくださいます。

3、本当の支配者は私のために命を投げ出す。
生まれたばかりのキリストが「布にくるまれ、飼葉おけに寝かされた」という記述も象徴的なものです。布にくるまれとは死体を意味し、飼い葉おけは当時の死体を置く場所と同じです。そして家畜小屋は洞窟にあり、まさに墓を連想させる場所だったのです。このようにキリストは生まれた直後から、死を暗示され、十字架への道を歩み始められたことが分かります。聖書はこのような赤子こそが、私たちの生と死を支配する者だと教えています。
自分の力で歩くには人生はあまりにも危険で、痛みに満ちています。しかし主に人生の主導権を明け渡すならば、主が最も良い道を歩ませてくださいます。この方を信じていきましょう。

今週の暗証聖句
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。ローマ8:28

その54 男の従順

December 13 [Sat], 2014, 10:50
マタイ1章18−25節
「男の従順」

1:18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
1:19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
1:20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
1:21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
1:22 このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。
1:23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
1:24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
1:25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。


クリスマスが生み出されるためには、一組の若い夫婦の信仰が必要でした。今日は夫ヨセフに焦点をあてていきましょう。

1、神様に対する従順だけが物事を変える。
ヨセフは御使いが伝えた神様の言葉に従順に従いました。その従順が、クリスマスを生み出し、世界を変えたのです。この名もない地方の若者ヨセフの従順が救い主の誕生をもたらしたのです。
私たちも、神様に従順に従う時に初めて、問題の解決が与えられ、私たち自身と私たちの回りの世界を変えることができということを信じなければなりません。ヨセフの従順によって、クリスマスの計画が前進したように、私たちも神様に従順になることによって、神様のパートナーとなり、神様と共同して、神様のご計画をこの地に実現することができます。何と言う大きな特権であり、喜びでしょうか。今朝も私たちは自分自身の信仰を振り返り、神様の言葉に従順に従ってきたかどうか問い直し、神様と喜びを共有できる信仰者となる決心をしていきましょう。

2、従順は罪を認めることから始まる。
「この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」21節
聖書の教える罪とは、何か法律を破るような犯罪ではありません。行いではなくて状態を指すのです。聖書は何かの行いではなく、神様との壊れた関係こそが、罪の状態だと教えています。
2000年前神は、御子イエス・キリストをこの世に送り、十字架に架けることによって、この恵みを信じるすべての人の罪を赦そうとされたのです。私たちは、救い主イエス・キリストの十字架を通して、すべての罪が赦されるのです。私たちがイエス・キリストを信じることによって、永遠の裁きから解き放され、天の御国を受け継ぐことになったのです。
この自分の中にある罪を認めることが、神様に従うことの一歩です。ヨセフの従順が、全ての人を罪から救うために来られるイエス様の誕生を用意しました。今私たち一人一人の従順も、私たちの周りの多くの人を救うきっかけとなることを信じましょう。私たちの周りにある、人間関係や、孤独や、怒りや、嫉妬や、あらゆる苦しみからの解放の答となるのです。

3、従順の結果は神が一緒にいてくださるという賜物。
「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)」23節
この時代の人には神様が人間とともにいてくださるなどという概念はありませんでした。しかしイエス様がこの地に来られたことによって、まさにインマヌエル、神様が私たちと一緒におられるんだという喜びを得ることができるようになったのです。イエス様は彼を信じるすべての人の心の中に住んでくださり、私たちがどこにいようと、どのような状態だろうと一緒にいてくださり、私たちを愛し、導き、守り、助け、この方によっていつも、平安と喜びを持つことができる。これが、イエス様のインマヌエルの約束です。

今週の暗証聖句
「見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。1サム15:22

その53 少女の決断

December 06 [Sat], 2014, 21:22
少女の決断 ルカ1:26-38

1:26 ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。
1:27 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。
1:28 御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
1:29 しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。
1:30 すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。
1:31 ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。
1:32 その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。
1:33 彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」
1:34 そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」
1:35 御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。
1:36 ご覧なさい。あなたの親類のエリサベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女といわれていた人なのに、今はもう六か月です。
1:37 神にとって不可能なことは一つもありません。」
1:38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

小さな少女マリヤの決断が世界を変えました。
マリヤによる決断は・・・
1、 主に従う決断
「わたしは主のはしためです。」自分は小さな、取るに足らない娘です。しかし主に仕えます。そのような決断によって、神様の御子がこの世に生まれるというご計画が動き出したのです。神様は必ず人を通して、ご自身のご計画を推進されようとします。それも、人々から認められるような、能力のある人ではなく、誰も気にもかけないような小さな人を選ばれて、その人を通して、ご自身のご計画を全うされようとされるのです。

主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。
2歴16:9

このクリスマスの物語が小さな少女の決断から始まったように、私たちも今決断が求められています。自分を無にして、主よ、あなたに仕えたいのですと決断をするのであれば、私たちの人生を通して、大きな神の御業が起こることでしょう。神様に仕える決断をしましょう。

2、 自分を変える決断
マリヤは「お言葉どうりこの身になりますように」と答えることによって、自分が今までと変わってしまうということを恐れませんでした。人が変わるためにはその人の外側ではなく、心の内側から変わらなければなりません。

誰でもキリストのうちにあるなら、その人は新しくつくられた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、全てが新しくなりました Uコリ5:17

人は自分の力では決して変わることはできません。聖霊の力によらなければ、人は新しく生まれ変わることはできないのです。この聖霊に委ねて、自分を変える決断をしていきましょう。

3、 世界を変える決断
「神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」
私たちは自分が幸せになるためだけではなく、周りの人々に良い影響を与えるために救われたのです。神様はあなたを通してこの世界に光が広がることを願っておられるのです。救い主を待ち望んでいるのは、なにも2千年前のユダヤの人々だけではありません。今、現在の日本にも数多くいるのです。
私たちクリスチャンが主に従い、主に用いられたいと決断するならば、私たちの周りの世界が動き出すはずです。
主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。ルカT:45
今年一年で皆さんはどんな決断ができたでしょうか。またどんな決断ができなかったでしょうか。小さな女性の決断が、やがて全世界の祝福のスタートとなりました。皆さんもほんの小さなことであっても神様のために何かをする、自分の力でするのではなく、神様の言葉が自分に働くように、委ね切っていくという決断をしていきましょう。

今週の暗証聖句
「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」 ルカ1:38