その179 遣わされる モーセの生涯D

October 07 [Sun], 2018, 15:25
遣わされる モーセの生涯D

出エジプト7:1-7
7:1 【主】はモーセに仰せられた。「見よ。わたしはあなたをパロに対して神とし、あなたの兄アロンはあなたの預言者となる。
7:2 あなたはわたしの命じることを、みな、告げなければならない。あなたの兄アロンはパロに、イスラエル人をその国から出て行かせるようにと告げなければならない。
7:3 わたしはパロの心をかたくなにし、わたしのしるしと不思議をエジプトの地で多く行おう。
7:4 パロがあなたがたの言うことを聞き入れないなら、わたしは、手をエジプトの上に置き、大きなさばきによって、わたしの集団、わたしの民イスラエル人をエジプトの地から連れ出す。
7:5 わたしが手をエジプトの上に伸ばし、イスラエル人を彼らの真ん中から連れ出すとき、エジプトはわたしが【主】であることを知るようになる。」
7:6 そこでモーセとアロンはそうした。【主】が彼らに命じられたとおりにした。
7:7 彼らがパロに語ったとき、モーセは八十歳、アロンは八十三歳であった。

1、遣わされる者は神のことばを語る。
「あなたはわたしの命じることを、みな、告げなければならない。」 2節

 これは神様のモーセに対する命令でした。前の6章で2回に渡って「パロのところに行って告げよ」と言われ、その度にモーセは「私は口下手です」と神に申し上げるのですが、この7章の冒頭でもう一度モーセに命じているのです。その後を読んでみますと、実際に語るのはモーセではなく兄のアロンです。神様はアロンを立てて、モーセの代わりにパロに向かって語る人としました。しかし、主はあくまでも神の御心を語るのはモーセだと言われたのです。神様が行って語れと言われたことは、何としても語らなければならない。神様は厳かに命じておられます。
 
 聖書が一貫して教えていることは、神様がご自身の働きを進められるときには、必ず人を見出し、その人を遣わすということです。何でもできる全知全能の神は、あえて弱い人間を選び、遣わし、ご自身の言葉を語らせようとなさるのです。この神様のやり方は、今も変わっていません。この21世紀の世界にあっても、神様は同じように人を選び、人にご自身の言葉を語るように励まし、世界に送り出されます。そしてそのために聖霊を与えられると約束されているのです。私たちには準備ができているでしょうか。職場や、家庭や、地域社会で神様の言葉を語る、神様が生きて働いておられることを証言する準備が整っているでしょうか。おそらく誰も、「はい、できています」と答えることのできる人はいないでしょう。皆色々と理由をあげて「私にはできません。私には無理です。もっと他にふさわしい人がいるでしょう」とモーセのように言い訳をするようになるでしょう。しかし神様はあのエジプトで苦しむイスラエルの人々のように、罪の奴隷となり、希望を見出せない人たちを解放するために、私たちクリスチャン一人一人を遣わそうとしておられるのです。「あなたを遣わす」と言われる神様の声に耳を傾けましょう。聖霊の力によって力強い証人となることを求めていきましょう。

2、神の目的は全ての人が神のもとに帰ること。
「エジプトはわたしが主であることを知るようになる。」5節

 これが神様の御業の目的です。神様はイスラエルだけを救うことを目的とされていたのではなく、イスラエルを通して、全世界がご自身を知ることを計画されていたのです。このことを忘れて自分の救いだけで満足したり、ただ奇跡やしるしを見ることだけを求めたりすることは、神様の本質を見失うことになります。神様の願いは人々を驚かせたり、怖がらせたりすることではなく、ご自身が生きて、働いておられる神であることを教え、世界の全ての民が、創造主である神の元に帰ることです。

 ここに私たちクリスチャン、そして教会の存在理由があります。神様の願いは私たちだけが天国に行くことではなく、私たちを通して、御業を表され、全ての人がこの聖書が証言している神様を知ることです。神の光を輝かせる信仰者となりましょう。

今週の暗証聖句
「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」マルコ16章15節
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