その177 人生のパラダイムシフトB

September 16 [Sun], 2018, 10:27
「人生のパラダイムシフトB」

士師記6:11-16
6:11 さて【主】の使いが来て、アビエゼル人ヨアシュに属するオフラにある樫の木の下にすわった。このとき、ヨアシュの子ギデオンはミデヤン人からのがれて、酒ぶねの中で小麦を打っていた。
6:12 【主】の使いが彼に現れて言った。「勇士よ。【主】があなたといっしょにおられる。」
6:13 ギデオンはその御使いに言った。「ああ、主よ。もし【主】が私たちといっしょにおられるなら、なぜこれらのことがみな、私たちに起こったのでしょうか。私たちの先祖たちが、『【主】は私たちをエジプトから上らせたではないか』と言って、私たちに話したあの驚くべきみわざはみな、どこにありますか。今、【主】は私たちを捨てて、ミデヤン人の手に渡されました。」
6:14 すると、【主】は彼に向かって仰せられた。「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」
6:15 ギデオンは言った。「ああ、主よ。私にどのようにしてイスラエルを救うことができましょう。ご存じのように、私の分団はマナセのうちで最も弱く、私は父の家で一番若いのです。」
6:16 【主】はギデオンに仰せられた。「わたしはあなたといっしょにいる。だからあなたはひとりを打ち殺すようにミデヤン人を打ち殺そう。」

私たちが変えるべき三つ目のパラダイムは「自分は持っていない」です。多くの人が「お金があれば…、家があれば…でも私は持っていない…」と言う考えに捉われています。もう一つは「私は強くなければならない」です。聖書は明らかにこの間違ったレンズを取り外しなさいと命令しているのです。

1、神様の視点で自分をみる。
聖書が私たちに教えていることは、神様は私たちと違う視点で、私たちを見ておられるということです。ギデオンは「自分には人々が一目置くような血統がない。人の上に立てるような経験もないし、年齢でもない。自分は何も持っていない」と主張しました。しかし神様は敵を恐れて、穴の中にいるようなちっぽけな若者、ギデオンを「勇士」と呼ばれたのです。
私たちが自分の目で自分を見る姿と、神様が私たちを見る目は全く違うのです。私たちは自分を見ていつも「自分はあれを持っていない。これを持っていない。あれがあれば、これがあれば。」そのような思いに駆られる存在です。しかし神様は私たちを全く違ったように見ておられ、私たちに近づき、「あなたは勇士だ」と宣言することのできるお方なのです。神様に豊かに用いられるクリスチャン生活を送るために、まず自分自身に注目し過ぎることをやめて、ありのままを愛してくださる神様に目を向けましょう。自分は持っていない、という欠乏感ではなくて、自分は主にあって豊かにされていることを覚えましょう。

2、神様は人間の弱さに働かれる。
ギデオンが「一体この現状は何でしょうか。どうしてこんなことになっているのですか。私たちはあなたに捨てられてミデヤン人の手に渡されています」と言ったその言葉に対して、天使は「今あなたが言ったその力で、行きなさい」と言われました。
 私たち人間は強さを求めます。人から弱いやつと思われるよりも、強いと認められたいという意識が働きます。しかし一方で、人は皆弱さを持っています。大切なことは、私たちがこの弱さをどのように捉えるかということです。見かけだけ取り繕って、強がる人を神様は助けることをなさいません。むしろ自分の弱さを認め、「自分にはできない、でも神様にはできる」と信じる人に、偉大な力を与えられるのです。
神様は人間の弱さを強さに変えてくださるのです。ギデオンの弱さはその低いセルフイメージと自信のなさにありましたが、主は彼を勇士と呼び、そして文字通り勇士へと変えてくださいました。
今自分の弱さを嘆いておられる方はその弱さが、強さに変えられるのです。自分の力に頼らずに、神の力に100%頼る人こそ真の勇士です。自分の強さを誇る、自分の力に頼る、という世の中のパラダイムから解放されて、自分の弱さを誇り、神の力に頼るというパラダイムを持ちましょう。私たちが「足りない、足りない」「自分は弱い、弱い」と嘆くことをやめて、偉大な主に信頼して一歩を踏み出す時に、私たちの周りの世界が変わっていくことを信じましょう。自分が聖霊によって変えられていくならば、自分の周りにも変化が起ることを期待しましょう。

今週の暗証聖句
私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。 ピリピ4:19
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