その169 私は信じるD

June 10 [Sun], 2018, 16:34
私は信じるD 

ヨハネ16:7-15
16:7 しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。
16:8 その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。
16:9 罪についてというのは、彼らがわたしを信じないからです。
16:10 また、義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなるからです。
16:11 さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。
16:12 わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、今あなたがたはそれに耐える力がありません。
16:13 しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。
16:14 御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。
16:15 父が持っておられるものはみな、わたしのものです。ですからわたしは、御霊がわたしのものを受けて、あなたがたに知らせると言ったのです。

「我は聖霊を信ず」

1、聖霊は神である。
キリスト教には、三位一体という言葉があります。この使徒信条でも順番に出てきますが、父なる神、子なる神、キリスト。そしてこの聖霊なる神が、それぞれの位格を持ちながらも、一人の神として存在しておられるという教理です。キリスト教の中心的教えであり、この三位一体の神を信じるかどうかが、正統信仰と異端を区別する基準の一つとなっています。聖霊なる神は、知性を持たれ、感情を持たれる人格的な神様です。
私はこの教会が何よりも、この聖霊に喜ばれる教会。聖霊が訪れてくださる教会。聖霊が満ちてくださる教会。聖霊が働いてくださる教会であって欲しいと願っています。もうそれが私のたった一つと言ってもよい願いです。
イエス様が約束されたもう1人の助け主を信じて、認めて、求めるべきです。聖霊という神を信じましょう。

2、聖霊は私たちに内住される。
内住とは読んで字のごとく、うちに住んでくださる。生きてくださるということです。私たちがイエス様を信じて、告白した瞬間。イエス様の霊である聖霊が、私たちのうちに住んでくださるのです。
あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。1コリ3:16
聖霊はあなたの中にあっていつも一緒にあなたと歩んでくださるのです。あなたが一人ぼっちのように感じる時にも、決してあなたから離れない。あなたを見捨てない。繰り返しますが、悪魔は何とかして私たちを騙し、私たちが神から離れ、見捨てられた存在であると思い込ませようとします。しかしどうか忘れないでください。
神の霊は今もあなたのうちにいます。

3、聖霊は私たちに力を与える。
神様は私たちが弱い生き物であることをよくご存知です。ですから聖霊なる神は、私たちに力を与えてくださるのです。具体的にどのような力でしょうか。
@ 神を知る力 
A 祈る力
B 証する力
大切なことは、聖霊を求めて祈ることです。
「クリスチャンではあるけれど・・・」喜びが感じられない。自由が感じられない。何よりも私の信仰には力がない。そのような方は特にご一緒に祈りましょう。イエス様が約束してくださった、生ける水の川が心の奥底からあふれ出るような体験を求めようではありませんか。そうするならば、私たちの内側から、喜びが溢れ、感謝が溢れ、自由とされ、そしてどんなに大きな苦しみがやってきたのとしても、力強い信仰生活をおくることができるようになります。聖霊を求めましょう。注ぎを受けましょう。満たしを願って祈りましょう。

今週の暗証聖句
とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。
ルカ11:13
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