ひっそりと再開します。
ばななちゃんからも「ブログ止めちゃうの?」とメールもらっていたからね。。。
26日(月)の夜、大切ながん友、ばななちゃんとお別れしてきました。
私のブログでもたびたび登場していたばななちゃんが、9月22日の15時頃に亡くなられたのです。その日の夜に連絡をもらったけれど、なんだか信じられなくて。「そんなばなな・・・」とおやじぎゃぐをつぶやいてみたり、そもそも私は海外から戻ったばかりで「きっと私は時差ボケで、悪い夢でも見てるのだろう」とか、とにかく2日くらいはぼ〜〜〜〜〜っとしていました。

スカイツリーが完成したら登ろうって言ってたのに。もう登ってるかな
24日(土)は巻き爪クリニックの通院日。実はこのクリニックは下町にあるのです。私は週末の午前中に行くことが多いので、夕方から勤務のばななちゃんとお昼くらいなら会えるかな、段差の無い店なら行けるよ、ということで待ち合わせようかなどと話していました。前々回の通院日にも両国のレストランで約束していたのだけど、急に体調が悪くなってドタキャンだったの。そのリベンジをするからね、話したいことたくさんあるのよ〜と、ばななちゃんから「長いメール」が来てました。
私はお盆明けに夏休みを取る予定だったのが、大事な顧客の仕事で1週間の名古屋出張、さらにその翌週は乳癌学会@仙台(9月2〜4日)と東京を留守にしてました。「あ〜忙しくてなかなか会えないけど、花火堪能して」とメールを入れたら、「乳癌学会に行くのね。いい情報があったら教えてね。楽しみにしてるよ」との返事。だから私は再発患者さんのセッションもしっかり聞いてメモも取ってきたのよ。。。
乳がん学会の翌週から夏休みを取り、海外に行ってたのですが、ばななちゃんのことが気になって。でももし海外からメールしたら心配するだろうし、あの長いメールで高い料金がかかっちゃったら申し訳ないと思い、帰国したら連絡しようと考えてました。「守り神」になるというブレスレットのおみやげも買ってたの。。。
巻き爪クリニックの後、隅田川沿いを歩きました。屋形船、スカイツリー、ビアホール・・・・。下町生まれのばななちゃんゆかりの場所です。川の流れを見ていたら、なんだか泣けて、泣けて。涙が止まらなくなってしまいました。川辺の遊歩道はほとんど人もいなかったので、わんわん泣いて、川に流してきました。
去年、秋に温泉に行ったことが昨日のことのように思い出されます。最初は6月?に行くはずだったのね。でもばななちゃんは肋骨を骨折してることがわかって、不参加。実はそのとき一緒に泊まったのが「かい君ママ」で、昨年大みそかに先に旅立たれました。温泉の写真を探してたら、ばななちゃんのとかい君ママの笑顔が現れて、またまた涙。寂しいね。

ほっこ君とばななちゃん。台風の翌日は晴れたので、ほっこ君がドライブしてくれたの
そして秋にはしっかりリベンジしたのよね。新宿駅からふたりで中央線に乗って、べちゃくちゃ、ず〜〜〜とおしゃべり。駅に着いたら、ほっこ君から「昨日、松茸とすき焼き食べてお腹壊したから遅れる」って連絡。駅で洗濯ネットに入った猫と会って、ばななちゃんと二人で写真撮り合った。1泊して翌日の会計のときに、次の予約を入れちゃったの。秋の紅葉シーズンだから無理かなと思ったのだけど、一室だけ空いてたのね。それで二人で即決めちゃった。

ばななちゃんとふたり、駅の改札でからかってた猫。
ところがその11月末の紅葉たけなわのはずの日、台風が直撃したのよ。え〜〜〜〜っ、なんなのさと思ったけど、ふたりともキャンセルする気ゼロ。とりあえず電車が動いてればいいよねえ、やっと取った休日だもんねと、またまた新宿駅からしゃべり続け。電車はがらがらでした。駅に着いたら、さらに激しい雨。お昼を食べようと、傘をさして何も無い駅前をうろうろ。びしょびしょになりながらファミレスに入り、なんだかおかしくてげらげら笑っちゃった。駅からのバスも貸し切り状態。でも見えるのは雨だけ。山も渓流もなんも見えない。停留所で降りたら、「がんに効く猿の腰かけ」を売っていて、ふたりで「がん見」したのを思い出す。宿で前日から泊まってたほっこ君に合流。私たちはさっそく山に登って岩風呂へ。雨の中サンダルで登り、ぐちゃぐちゃになって戻り、ほっこ君に笑われた。「ゴム長あるのに〜」。

落ち葉の上を歩いたよ。前日はすごい濁流で驚いたよね
もんじゃを食べに行ったこともあった。門仲のブランドもんじゃは高いねと、後で話し合ったわ。私も下町生まれで、小学生の頃は100円程度でほとんど具の無いのを駄菓子屋で食べてたから、そうだそうだと下町話でも合ったのよ。ばななちゃんは小唄とか踊りをやっていて、私は三味線&長唄だった。気風の良さでは足元にも及ばなかったけれど、子供の頃の話がつーかーで通じるのは嬉しかったな。
もっともっと一緒にあちこちの温泉行きたかったなあ。ばななちゃんが遠慮してもお節介でも、もっと優しくいろいろすれば良かったなあ。
地震後に病院にお見舞いに行った時、ばななちゃんは歩けず、車椅子だった。車椅子を押してデイルームに行き数時間話したのだけど、私はiPadを持っていてtwitterを見せたのよ。そしたらばななちゃんの病院の先生が何人も出て来て、わ〜、これは面白い、やらなくちゃねと言ってた。退院後の新しい楽しみができたし、早く歩けるようにならなくちゃと。それから次にお見舞いに行った時は杖で歩けるようになってた。頑張ったんだねえ。本当によく頑張ったよ。

病院でパンダパンを二人で半分にちぎって食べたよ
本当に最後まで頑張って、私たちが呆然とするくらい、元気な姿と声と「長いメール」を残して逝ってしまったね。お疲れ様でした。もうゆっくりしていいからね。といっても、天国でもちゃきちゃきしてるのだろうけど。
寂しいけれど、私もまた頑張ってみるよ。見守っていてね。