百万回生きたネコ

December 20 [Wed], 2017, 23:20
 我が輩はネコである。名前がどうしても思い出せない。金色に輝く名前だったような気がする。黄金虫のような。
 百万回ネコとして生き、百万回ネコとして死んだ。全てノラネコとして。
 百万回生きると色んなことがあった。もしもしが、しもしもになり、それからイフイフになった。噛みつき亀の歯がなくなり、噺家になった。

 名はない、縄ない。泪橋の近くでエアー縄跳びをしていた。そこに、キンキチの旦那がやって来た。
「あまえいいバネしてるじゃねえか。拳闘やってみないか」
 こうして吾が輩は、丹下拳闘倶楽部の門をくぐった。門をくぐると検討の嵐だった。
タイソンとアリはどちらが強いか?
辰吉、薬師寺戦の敗因は?
 吾が輩はおっちゃんに言ってやった。
「拳闘と検討の見当違いだって」
「じゃ、遣唐してやろう」
ロミオと行こう遣唐使。
ライセンスを剥奪されているおっちゃんは、日本ではもう試合が組めないのだった。
 中国でひねり魔王との一戦だ。ゴングが鳴る。健闘を誓って鳴り響く。魔王の不規則な動きを交わしつつ、ネコパンチの応酬だ。蝶のように舞い、蜂のように刺す、なんてできない。ネコだもの。魔王のコークスクリュウにマットに沈むこと百万回。寝子だもの。
「立て、立つんだ○○」
おっちゃんの声だ。○○とは何だ。名前がないということだ。
 世界の終わりと最終ラウンド。燃え尽き、吸い殻のようにコーナーに戻る。魔王は、ボロ雑巾のようになっている。ひねり過ぎたのだ。如何せん、ひねり過ぎたのだ。如何にもねじりん棒だ。

 さぁ。判定の時。
「勝者、チャンピオンひねり魔王」
 『年貢の納めどきが来やがった』
おっちゃんに訊いた。
「ところでファントマネー、いくらだい?」
「百萬だよ」
「百万回生きて、百万回倒されて、ファイトマネーが百萬かーい」
会場のどこかで誰かがルネッサンスしている。チャイナシートの少女が呟いた。
「ミリオンだね」
 やっと、思い出した。吾が輩の名前は、ミリオン。

 ミリオンは、もう生まれ変わらなかった。また、生まれてくる必要もなかった。我が輩は、吾が灰、真っ白な灰になり、燃え尽きたのだから。
 ミリオンは、少女の所までヨロヨロと歩き、膝の上で硬くなった。少女は、とても大きな五円玉が膝の上にあるような気がした。


 ミリオンが泪橋に来るまでどこにいたのか、あなたは知りたいと思っているはずだ。百万回、生を持った間に。ミリオンは決まった場所を持たないノラネコだ。あなたがミリオンの居場所を決める。あなたの心に浮かんだ場所、それがミリオンがいた場所だ。
 例えば遠い昔に行った場所について考えていたとする。−−誰かがあなたに質問をした。けど、あなたはどこに行ったのか思い出せない。
 それがミリオンのいた場所だ。そう、もしかしたら、そのとき日照りが続いた後の雨降りで、落ちかかる雨に唄っていたのかもしれない。
 それがミリオンがいた場所だ。
 あるいは、誰かがあなたにどこかに行ってしまえと命じた。あなたは言われたように、風とともに去って、宛もなくどこかを目指した。
 それがミリオンがいた場所だ。もしかしたら、子供のとき遊んだ場所とか、あるいは歳をとってから窓辺の椅子に腰かけていたとき、ふと心に浮かんだ場所であるとか。
 それがミリオンがいた場所だ。
 それとも、あなたは海際の王国の海辺の近くをポーっと歩いていて、アナベルが雪山のように咲いていた。
 それがミリオンのいた場所だ。あるいは、あなたはじっと覗きこむように、街並みを見下ろしていたのかもしれない。あなたを愛していた誰かが、すぐそばにいて、あなたに百万ドルの夜景を見せてあげようとしていた。見せられる前に、あなたにはもうその感じがわかった。そして、それから、あなたはその夜景を見た。
 それがミリオンのいた場所だ。それとも、こういうことだろうか。ずうっと遠くで、誰かがあなたを呼んでいる。その者たちの言葉は、預言の言葉のようで、聞こえるようで聞こえない。木霊が目礼する場所。
 それがミリオンのいた場所だ。
 お風呂に入って、プカプカしていた、もうちょっとで眠ってしまうところだったのだが、あなたは何かのことで笑った。ひとり笑い。茜色に包まれた。
 それがミリオンのいた場所だ。それとも、どこかで美味しい物を食べていたのだが、どこで食べたのか度忘れしてしまった。でも、美味しい、という記憶だけがある。
 それがミリオンのいた場所だ。
 ひょっとしたら、春の日の夕暮れで、トタンがせんべい食べている。
 それがミリオンのいた場所だ。それとも、歌姫がわかれうたを歌い、飛べないペンギンが、銀の龍の背に乗り、飛ぼうとしている、中島みゆ○ソング・ブックがあるような。それがミリオンのいた場所だ。
 鯨は雪解けを泳いでいる。鮭が母なる川に帰って行く。覆水は盆に返らず、情けは自身に返ってくる。
 それがミリオンのいた場所だ。

 そしてミリオンは、最後に自分の名前を思い出させてくれた少女の膝まくらを選んだ、と僕はそう思っている。
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:石神哲哉
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 血液型:A型
  • アイコン画像 現住所:東京都
  • アイコン画像 職業:会社員
  • アイコン画像 趣味:
    ・数学
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