マウロ・パガーニ & アレア at 川崎クラブチッタ 2013.04.28

May 12 [Sun], 2013, 17:30

4月26日(金)、27日(土)、28日(日)とイタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル 最終楽章 2013に行ってきた。

前売 14,800円で三日間皆勤賞なので相当額の散財だ。

4月26日(金)
マクソフォーネ/ムゼオ・ローゼンバッハ
4月27日(土)
イル・ロヴェッショ・デッラ・メダーリャ/フォルムラ・トレ
4月28日(日)
マウロ・パガーニ/アレア

と、どの日の見逃したら後悔しそうな面々ばかりなので思い切った。
27日(土)、28日(日)でフレッド・フリスの「マサカー」のライブとも重なったが、やむなく振らざるを得なかった。フランスのアンジュも27日(土)に来日公演があったのを振ったわけだが、こちらは29日(月)の二日目公演に行けた(おかげで同日あった「すきすきスウィッチ」のライブを振らざるを得なかったが)のでなんとかなった。
それにしても4日連続のライブなんて海外にいてもそんな経験はなかったはず。
主催がそれぞれ違うせいだが、それにしても重なったらお互い客を食い合う組み合わせだろうから、なんとか申し合わせをするとかできなかったものだろうかと切に思う。

イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァルも今回で3回目を数え、「最終章」と銘打たれている通り、イタリアのみでまとめるのは今回が最後で、次回からはイタリア以外のバンドもアリなのだろう。
考えてみればイタリア一国のプログレッシヴ・ロックのバンドを集めたフェスが3回も行われるというのはどれだか異常なことか。高額のチケット代を揶揄する向きもあるが、主催者の情熱には敬意を払いたい。
個人的にも過去の2回のフェスは経済的な事情もあり、3日間皆勤というのは無かったが、今回のメンツはイタリアのプログレッシヴ・ロック好きにはまさにトドメを刺すようなメンツで、しかも確かすべて初来日であったことを考えると、やはり行くべきだったと自らに言い聞かせている。

さて、今回のライブの感想であるが。。

初日、二日目のマクソフォーネ、ムゼオ・ローゼンバッハ、RDM、フォルムラ・トレを観て、まあどれもそれなりに良くて期待を大きく下回ることはなかった。
基本的には「再結成バンド」の幻のプレミアム・ライブであり、一部の老齢化したオリジナルメンバーが若手のメンバーを交えて「伝説の名曲」の再現プラス新作プロモーションといった内容だった。
各バンドとも、最近新作を出しているようで、それなりに練れた演奏をしてくれて、まずまずだったと思う。

マクソフォーネはその音楽の特徴でもったホーンセクションが不在で、キーボードで代用されていた。
一説には英語の歌詞で歌われるとのウワサも聞いたが、ほぼイタリア語で歌ってくれたのがうれしった。
なによりよかったのが演奏終了後に会場出口にメンバーがならんで出てくる観客一人一人と握手してくれたこと。これは良い思い出である。

個人的に良かったのは新作発表したてのムゼオ・ローゼンバッハかな。
マティア・バザールのドラマーでもあるジャンカルロ・ゴルツィのドラミングがとても楽しかったのと、同じく元マティア・バザールでもあるアルベルト・モレノがキーボードをあまり弾かずに踊ってばかりで、もう一人のキーボード奏者ばかり演奏させていたこと、そしてヴォーカルのステファノ・ガリフィの視線がステージやや上手のモニタースピーカーあたりに視線が落ちがちだったことが心に残った。
タブレット端末あたりを使った歌詞カンペでもあったのかな。。

RDMはこれまで本人たちが一度もやったことがなかった「Contaminazione」のストリングス・アンサンブルとの共演を強行した。これまでニュー・トロルスとオザンナが日本でストリングス・オーケストラとの共演を成功させているが、今回のRDMは前出2グループにくらべ圧倒的に「現役感」の無いバンドだったので無残な演奏を聴かせるのではないかとの危惧が大いにあったが、始まってみると「限られた時間のなかでよくぞここまで」と思わせる演奏を披露してくれた。やはりニュー・トロルスやオザンナに比べると完成度は落ちるが、これは致し方あるまい。これでバカロフ三部作を日本ですべてのライブ再現するという「夢のまた夢:が
本当に実現してまったわけだ。

フォルムラ・トレ(というかアルベルト・ラディウス)は最も評価の分かれるところ。
去年の同時期イタリア・プログレッシヴ・ロック出演直前に心筋梗塞で来日中止、二年越しの来日実現ということで、フォルムラ・トレ、イル・ヴォロ、ソロ以降の名曲の数々を演奏してくれただけでよしとすべきなのだろう。
代表曲はやってくれたものの、トレ、ヴォーロのオリジナルメンバーはラディウスだけだったので、やはりソロの来日の色合いが強くならざるを得なかったのだろう。
主な感想はラディウスのギタープレイがサンタナの影響を受けているのだなと思ったことか。
そう思って改めて聴くと、トレやヴォーロの曲はすこしファンキー・ロックのテイストがあるかもしれない。

さて、1日目、2日目はある意味、予想の範囲内だったのだが、3日目のマウロ・パガーニとアレアは私にとって1日目、2日目とは違って、いろいろなことを考えさせるライブになった。
まずは、マウロ・パガーニ。

彼は今やイタリア音楽界の大物的な存在なのだそうだ。
PFMがここ数年幾度も来日したが、マウロ・パガーニは来なかった。
2010年はフラヴィオ・プレモーリとのコンビで、そして2011年は東日本大震災でアレアと共に来日が予定されていたがいずれも直前でキャンセルになっていた。
まさに待望の来日ということになる。

キーボード、ドラムとのトリオでの演奏で、PFM時代の曲、ソロになってからの曲を披露してくれた。
PFMのメンバーはいずれも演奏技術にかなり達者であったのにくらべ、昔から正直マウロ・パガーニのヴァイオリン・プレイには少しばかり力量的に疑念を抱いていたので、そのへんも確認したいという意味もあった。
やはり会場的に盛り上げるのはPFMの曲だったりするのだが、基本的にアレンジをトリオ向けに変えているので、1日目・2日目のバンドたちとはテイストが違う。
いわゆる再結成バンドが全盛期のコピーをするというのとはかなり趣が異なるのだ。
マウロ・パガーニは自身の過去と今の音楽を、今のスタイルで訥々と聴かせる。
曲によってギター、ヴァイオリン、フルートと忙しく持ち替え、多才ぶりを披露したが、正直演奏家としてはどれも一定のレベルにはあるものの、特別目を惹くようなものがなかったという点も確認できた。
やはり「マルチプレイヤー」はともすれば、どの楽器も「モノ」にならないというところか。
それでも1日目・2日目のバンドたちとは違った種類の満足を得ることができた。

それはなぜだったのだろう。
ではマウロ・パガーニがマウロ・パガーニたる所以はどこにあるのだろう。

いろいろ考えていて行き着いた結論は、マウロ・パガーニのライブが1日目・2日目のバンドたちに比べて「聴衆に阿ていなかった」からではないかということだ。

それなりヒットパレードだたったのだが、たとえばMCで「クリムゾンのライブを観て影響を受けた」と語ったり、「地中海音楽」や故ファブリィオ・デ・アンドレやアレアの話をしたりと、彼の「音楽遍歴」というか私小説のようなライブで、名曲の演奏も含めて過去から現在にかけての「自分」をそのまま出した、そんなライブに思えた。

これはマウロ・パガーニという人の考え方をそのまま出したライブだったのではないだろうか。
これは実は、素晴らしい演奏技術や卓越した作曲能力、編曲能力などよりはるかに大切で、またある意味とても言葉やかたちにしづらいものなのではないかと思う。
そしてこの姿勢こそが、今なおイタリア音楽界で彼が尊敬されている所以なのではないかと一人で勝手に考えていた。

続いてアレア。

デメトリオ・ストラトスとジュリオ・カピオッツォを失ったアレアはどんな演奏をするのだろう?やはりジャズロックやクロスオーバー/フュージョン的な音楽を演奏するのか?それとも。。

緞帳が上がると、ステージ中央に辮髪の如く後ろ髪のみを残したヘアスタイルで異様なオーラを放つパオロ・トファーニが胡座をかいてギターシンセを抱えていた。
スタート直後はそのパオロ・トファーニのフリー・インプロヴィゼーションを展開。
iPadを使いサンプリングも取り入れたギタープレイとエレクトロニクスを組み合わせた演奏内容で、パオロ・トファーニ自身のデメトリオには及ばないものの鍛錬されたヴォイスもそのパフォーマンスを彩る。
やがて他メンバーが次々とステージ上に現れ、アレアの往年のナンバーを次々と超絶技巧で演奏していく。
デメトリオのヴォーカルのメロディはピアノでなぞっていく。
デメトリオのヴォーカルの喪失感は大きい。
気がつくと脳内でデメトリオの声を重ねて聴いてしまう。
また、時折サンプリングで聞こえるデメトリオのヴォイスが不在の喪失感をかきたてる。
だが、アレアはやはりアレアだった。
デメトリオもジュリオも凄いプレイヤーだったが、他のプレイヤー、パトリツィオ・ファリセッリ(ピアノ)もパオロ・トファーニ(ギター)もアレス・タヴォラッツィ(ベース)もやはり稀有のプレイヤーだった。
オリジナルから微妙にアレンジを変えながらも一定のクォリティーで演奏してみせ、それでいてデメトリオ不在の空白を否定せずあるがままに見せる。
過去は過去、そして現在は現在として受け入れながらも、今のアレアをめいっぱいの緊張感で演奏してみせた。
そして名曲「7月、8月、9月(黒)」では曲の由来として披露したのは故郷を追われたパレスチナ人たちが、子々孫々に「いつか、もどるんだ」との遺志で、もう使えなくなった家の鍵を受け継いでいくというエピソードを紹介し、観客たちと一緒に持っている鍵を振り鳴らすという
パフォーマンスを行った。

素晴らしい。実に素晴らしかった。
これはもう、各メンバーの音楽に対する姿勢によるもの以外の何者でもないだろう。

音楽はやはり楽曲や演奏技術、録音だけでないのだ。

アレアが初期に政治性を前面に押し出しながら音楽活動を行った理由が、今にしておぼろげにわかってきたような気がする。

ポピュラーミュージックが成熟し、多くの音楽が過去の遺産の焼き直しであったりする中、次々と音楽が消費されていく。
音楽が売れないという。
CDにせよダウンロードにせよ、音楽が売れないそうだ。
音楽を聴く手段がレコードからCDそして配信へと取って代わり、音楽を聴く装置がオーディオから携帯電話とヘッドフォンになってしまった。

思えば我々の年代が昔レコードを買っていたとき、音楽を演奏する方も聴く方ももう少し切実だったように思う。
音楽制作もそれを聴く側も「溢れかえる」ものの中から選ぶというよりも、自分が希求するものを追求したり、追い求めたり、手軽でない分真摯だったと思うのだ。

だとすれば、アレアは最初からそのことに気づいていたのかもしれない。
溢れる才能の音楽への変換というだけでなく、音楽を作り続ける意義を拡大する音楽産業の経済維持ではなく(それはレコード会社の考えるべきことだ)、アーティストとして真摯な姿勢を貫き続けるために、必要としたのかもしれない。
それは音楽が単体として超然と存在するというより、例えば「大衆文化」の一形態として生きていくために存在するものとして有るべきで、70年代イタリアの不安定な政治状況を考えればごくごく自然で当たり前なことだったのだろう。

そしてアレアは結成して40年の時を経て日本にやってきて、彼らが今も変わらず音楽に対して真摯であることを見せつけてくれた、私にとって今回の来日はそんなことを教えてもらったような気がする。

改めてイタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティバルを振り返ると、マウロ・パガーニとアレアはプログレッシブ・ロックというカテゴリーが単なるレッテルでしかないことを再認識させてくれたからだ。
偶然にも少し前ににジェスロ・タルのイアン・アンダーソンが、ベストヒットUSAのインタビューで「プログレッシヴ・ロックとプログ・ロックは違うものだ」と語っていたことにも奇妙に符号するような気がするのだ。
イアン・アンダー曰く「プログレッシヴ・は常に異なる音楽との融合により新しい音楽を創造するロックであり、プログ・ロックはプログレッシブ・ロックの後に洗われた、表現を大仰にした音楽のことだ」と語っていた。

その言葉が真実であるかどうか別sにして、1日目、2日目のアーティストは音楽性の違いこそあれ、いわゆるイアン・アンダーソンの言う「プログ・ロック」の様式美に殉じたグループだと思う。

もちろん、そのこと自体を批判する気はない。

21世紀に入りにわかにプログレが復活したと言われる今日、そのほとんどが「プログ・ロック」に継承者で、いわゆるプログレッシブ・ロックの復活ではないのではないかと思えるのだ。
もしかすると、あたかもスタイルがないのが「スタイル」みたいなパラドックス的論理よろしく、「プログレッシブ・ロック」とは音楽の形態を指すのではなく、考え方を指すのではないか?

そういう意味では、3日目のアレアやマウロ・パガーニこそが「プログレッシヴ・ロック」なのではなかろうか。
ただ、アレアにもマウロ・パガーニにも「君たちこそ本当のプログレッシヴ・ロック」と言ったら笑い出してしまうか、嫌がるんだろうな。

言葉ってつくづく難しい。

音楽を言葉で語ること自体が無理があるし、こんなこと考えている私をきっとあの日のパオロ・トファーニが知ったら笑い出してしまうだろう。

え?なぜパオロ・トファーニ?

パオロ・トファーニはマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの信者で入信するために一度アレアを抜けたそうだ。
私にはきっとそんな人生の選択ができないと分かっている分、そんなアナーキスト然としてパオロ・トファーニの価値観に憧れるのだ。
私がアレアの中で今は亡きデメトリオ・ストラトスの次に好きなプレイヤーはパオロ・トファーニであり、28日のライブの中で大方の人にとって退屈であったであろう、冒頭のインプロヴィゼーションが私はアレアのあの日のパフォーマンスの中で一番好きだったからである。



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