雪月花(2011.5.16)

May 16 [Mon], 2011, 20:45
 福島県内全般の人々がいま、いちばん悩んでいるのは、草むしりのことである。放射性物質が降り、その土壌から生えてきた草。そこには多かれ少なかれ放射性セシウムが吸い上げられているはずである。この草を毟れば、土壌のセシウムはかなり減ると思えるが、さて毟った草はどうするのか? これは学校などで土を削いだ後の問題と同じように感じる。しかしこのことについて復興構想会議で質問したら、今日内閣官房を通じて環境省の見解を教えてくれた。
 5月になってから災害廃棄物安全評価研究会というものがあり、そこでは本来、草のことなどは想定していなかったようなのだが、私の質問を議事に取り込んでくれ、結論を5/2には県のほうにも伝えたらしい。それによれば、草は燃えるゴミとして焼却場に持ち込んでもらってかまわないという。焼却した後の煙は集塵機を通ってから煙突に行くわけだが、その際、重金属などは集塵機に吸い集められるから空気中には飛散しないというのである。なるほど。
 ただし、持ち込まれる草の量があまりに大量になれば、集塵機に凝集する放射性セシウムの始末があらためて問題になる。これについては、あらためて県や焼却場などに指示する、というのが環境省としての見解だそうである。
 まぁ個人のレベルで悩まなくていいのは助かるが、これを面倒がる農業者は大勢いるのだろう。事実、今日うちの寺の境内で刈られた草も、刈ってくれた人が自分の土地に運ぶから心配するなと言う。「それじゃNさんの土地にセシウムが蓄積しますよ」と言っても、「当分使わないから大丈夫だ」と、楽観的すぎるのである。
 どうか皆さん、ご面倒ではありましょうが、ゴミ焼却場まで、お運びくださいますよう、伏してお願いします。

 ところで今日は、福島市内で行われた路上除染もご紹介しておこう。これとて、洗い落とされた放射性セシウムの行方をよくよく考えれば、新たに下水処理場が心配になる。しかし、子供たちの通学路をきれいにしようという人々の取り組みには頭が下がる。居ても立ってもいられないのだから仕方ないだろう。
 『ジャータカ物語』に確か火事を消そうと必死に体を濡らして現場まで飛んでいく小鳥の話があった。「そんなことしても無駄だよ」と言われても、小鳥はじっと見てはいられないのだ。それが生きるということだと、菩薩の生き方が示される。効率や効果について、外から批判するのは簡単なことだ。しかし今、当事者たちは暗中模索と言われてもじっと座視することはできないのである。

福島市内の道路除染作業
 



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