ちんちん電車

2007年04月28日(土) 9時30分
大阪市の南側からは二本の路面電車がでていて、普段暮らしている者にとってはごく普通の光景で
その当たり前の風景が妙に懐かしさを憶えるのは、路線回りの市街が常に最新の開発より十年単位でゆっくりと進むために未だに昭和の匂いを残した街並みが多いからで
そこには年を追うごとに手狭になる人の息吹を受け止める隙間がちゃんと残されていて
ふと立ち止まると、自分が生きているどこに居るのかが当たり前のように分かるのだ

大阪と言う街は人が造っていて、どんなインテリジェンスビルが建とうとも、どんなにお洒落なショッピングセンターが出来ようと、そこに無くされた人の普段着の歩く空間をすぐに取り戻してしまう
そこには困っっている人に声を掛ける人達がいる
街の昔を語ってくれる人達がいる

ぱっちん

2007年04月27日(金) 2時24分
「うわっナンじゃこりゃ」「げっ気持ち悪ぅ」「恐いーっ」
初めて見た人は大抵満足のいく反応をしてくれるのがウチワエビである。はっきり言って海の生き物は機能的に上手く成り立ってさえいればどんな造形もアリなんだなあとタコやイカ、ナマコ・ウミウシ・ハリセンボン・マンボウ・クラゲ・シュモクザメ・ヒトデ・カレイ・ホウボウ・ホヤなんかに勝るとも劣らない不思議さを実感させてくれる、実に人間の潜在意識をくすぐるトンデモナイ雰囲気を持ってくれている。
だがしかし、これはれっきとした海老である。海老であるからにはもちろん美味い訳で、私なんかの場合、他人様が余りの異形さに恐れ騒いでる横でその殻の下に隠れている滋味溢れる白い身を想像して思わず生唾を飲み込んでいたりするのである。

まあ解りやすく言えば伊勢海老の仲間な訳で、近い種に伊勢海老を押しつぶした様なゾウリエビと言うのが居て、それを更に縦に縮めたようなのがウチワエビとオオウチワエビなのである。身も伊勢海老のそれに似ていて、甘みは伊勢海老に一歩譲るが食感と言うか歯ごたえはこちらのほうが一枚上で、私としてはどちらの良さも甲乙つけがたく、ただ産地以外での流通が余りない事もあって太平洋域の沿岸に立ち寄った際には少々時期外れであろうとつい手荷物のひとつに加えてしまうのである。

まず手元の半分は矢張り刺身で味わいたいのだがこれを美味しく食べるのには少しコツがあって必ず実行して貰いたい。そもそも海老には私が勝手に海老汁と呼んでいる体液が結構沢山入っていて、知らない人は捌く際に単なる水だと思って流してしまうのだがこれが海老の、実に海老の味わいの元となる美味さの一つで、頭と胴を分けた時に頭の方にある海老汁をこぼさない様に器に注ぎ、更にミソも混ぜ入れて刺身を浸して味わって戴きたいのである。
そして残りの半分をどう調理するかであるが、蒸し・天麩羅・茹で・炒めと何の料理にもしっかりと個性を無くさないで存分に身の美味さを堪能させてくれるので色々と試してみると良いだろう。茹でる場合は少し強い目の塩にしたほうが良いようである。

美しく透明に透き通った生を味わい、白く気品のある茹でた身を堪能する。食べ終わる頃にはさっきまで恐いと感じていた顔も可愛く思うようになっているはずである、多分…

マグロ馬鹿

2007年04月26日(木) 11時10分
で、マグロを喰い続ける訳さ。夜に那智勝浦に入って夕食に先ずマグロ丼を食べ、徹夜で仕事をして朝食にマグロの刺身定食を注文し、夜に帰って前出の刺身を作り、翌朝はちょいとマグロを切っておかずにし、夜に帰って私の特製マグロ丼をガッツリと、朝には残ったマグロのヅケでサラダ仕様のマグロ飯を作って今に至るんだけど飽きないのよねコレが…
朝のサラダ仕様のマグロ飯はこんな感じで

たっぷり漬けダレに一晩浸かったマグロにさっとポン酢をかけた水菜と若布が実に良く合うんでワシワシと…

ついでに特製マグロ丼のレシピをば
もやしを10秒ほど湯にくぐらせオイスターソースと胡椒で和えて飯の上に敷き、刻んだ大葉をぱらりとかけてヅケにしたマグロを敷き詰め上に青葱をたっぷりとかければ出来上がり。オイスターソースのもやしが山葵醤油の風味と相まって何とも言えない妙味ですぞ。
ヅケのタレは、本来なら昆布出汁に鰹を加えて醤油と味醂で煮詰め柚子の香りをつけてから生醤油と合わせて山葵を溶き入れるのだけど、手間を省くなら刺身醤油に二割ほど味醂を入れて山葵を(あくまでも控えめに)溶いて切り身を20分ほど漬け込めばOK
コツは溶いた山葵の他に食べる直前に山葵を添えること。辛過ぎずしっとりと山葵が馴染む

夏のマグロ

2007年04月26日(木) 0時18分
和歌山の東南部、那智勝浦と言えば那智黒石が有名でこれを使った碁石なんぞはちょいとした値段のものもあって愛好家には憧れのもので、私も原石を含めると割合多くコレクションしているものの一つ。
古くは金の真贋を証明する[試金石]としても粘板岩の中で特にきめの細かいこの石が重用され、輝石ではない石の中では特別な位置を占めているしその石そのものの存在感も侮れない。
他に名勝と言えば那智の滝などもあるがもう一つ見逃せない名物がある。
かつてこの辺りは隣町の太地を中心に日本の捕鯨の拠点として活躍し、近海捕鯨から遠く南氷洋の巨大捕鯨船団に至るまで鯨取りの名手・名人が多く活躍していたのだが世界の捕鯨禁止の流れ(私は全く納得していないが)の前に日本の国が腰折れ、必然的に捕鯨の炎も消えていったのだが、遠く航海をしながらの漁のノウハウや近くの本州最南端の串本漁港集積場の充実したインフラ等の条件がマグロの漁を発展させてきたのである。こう書けばお解かりだと思うが、このあたり一帯は(串本から那智勝浦にかけて)マグロが美味いのである。中でも那智勝浦は生マグロの水揚げ日本一で、その季節ごとの旬のマグロが楽しめるマグロ好きには堪らない街なのである。マグロと言えば当然クロマグロ(本マグロ)がその頂点に君臨するが、値段も高いし旬も限られてくるしミナミマグロもやはり割高である。次はメバチと言う事になるがここは今からが旬のビンナガに目を向けて頂きたい。ビンチョウとも呼ばれるこの小型のマグロは主にツナ缶の原料になったり回転寿司でお馴染みだが新鮮なものをきちんと処理したものを味わって見ればビンナガに対する意識を変えざるを得なくなってしまうこと請け合いである。と言う訳でちょいと那智勝浦に仕事に行ったついでに買って帰ってきたのがその日水揚げされたばかりのビンナガで、身の滑らかさも締まり具合も良く、うっすらと浮かんだ虹色の脂の色が食欲をそそるビンナガでは中型の40キロクラスの切り身を1キロ半ほど。値段も100グラムあたり200円ちょっととへたな蓄肉を買う事を考えるまでも無くお買い得なのも魅力である。以前から知っていた那智勝浦の水揚げ生マグロ専門店の手から氷と一緒に厳重に包まれたトロ箱を受け取って一気に4時間の行程を休憩も取らずに一目散に家路へと向かう、目的は勿論新鮮なマグロの暴れ食いである。

大皿に大根・人参・胡瓜に水菜・若布を盛り上げ、その上にビンナガの刺身をドカッドカッと乗せて家族で「美味いなあ、ウメエなあ」とひたすら喰う。滑らかな舌触りと深いアミノ酸のコクの割りにあっさりとした味が幾らでも喉の奥にすいこまれていく。血合いの潮汁とこれだけでも充分に納得が出来る美味い晩飯となるのである。

昨日は刺身、今日はヅケ丼で1キロを家族で食べてしまった。我が家の魚の消費量は依然として多い…

ホームセンターはプライベートセンターなのだ

2007年04月23日(月) 2時11分
ブログを書こうと思ってふと気付いた事だが、私の買い物好きはかなり女性的である。
元来私は女性の買い物に付き合うのが苦手で、若い頃にどんなに気に入った女性との買い物でも一緒に見て回ると言うことは先ず無く、外で待っているかそうでなければ別の暇を潰せる所へ行って後で待ち合わせると言う具合で、場合によっては相手が買い物に行きたい日には一緒に出掛けない事も度々あって、それは何十年もたって今の女房との外出でもなんら変わる所は無いのである。
しかしそれは買い物に興味が無いのではなくて女性の買い物の対象がほぼ間違いなく服とアクセサリーに限定されていたからで、この二つは私にとって最も興味の無いジャンルであったから面白く無かったのであって、事実よく考えて見ると私は女性とも結構買い物に行った事があって、その時にはああでもないこうでもないと店の隅から隅までくまなく見て回り、気に入った物が無ければ別の店に行ってまた同じ事を繰り返す、そんな事をしっかりとやってはいたし今でもそういった行動は基本的に変わってはいないのである。唯、私の興味を引く買い物の対象と言うのがファッション以外であったため女性との買い物が苦手だと意識していたが、自分の好きな物に関しては実に女性的に買いもしないものまで面白おかしく見てはひっくり返し、それでも何か気に入った物が見つけたくて良い物が無くて何も買えなかったりするととても面白くない気分になるのである。
私の必要が無くても見たくて、何か一つでも買いたい物を見つけたい店と言うのは、本屋・古本屋・道具屋・古道具屋・食料品屋・厨房機器屋・文房具屋・雑貨屋・美術道具屋・電気屋・陶磁器屋・工具屋・釣具屋・山用品屋で、そう言った所に入ったならば一緒にいる人間が同性であろうと異性であろうと関係無く、ただ陳列している商品を物色する事に没頭し、それが若い頃のデートの最中なんかであった時には相手に外で待たれるか或いは他で時間を潰されるか、はたまた一緒に出掛けてくれないかの私と変わらない行動をとられていた訳で、勿論今の女房との外出でも何ら変わる事はないのである。
そう言う訳で私にとってホームセンターはまさに宝の山で、書籍以外ならば大抵の物が店内に満ち溢れていて、それぞれの専門店に行くのとはまた違った楽しさが味わえる遊園地みたいなものなのである。先日も知人が工具を買うと言うので同行し、見るとは無しにふらついていて店を出る頃には私の買ったものが一番多かったと言う相も変わらずの結果になってしまった事に今更自分でも驚かない私なのでありました。

仕事に必要な物なので無駄な買い物では無いが今日明日に必ず必要な物でもないのである。そんな事より気に入って買える物があった事が幸せな私な訳なのよホントに…

吸う

2007年04月22日(日) 3時37分
色んな花がそこここに見られるようになり、朝夕に感じる肌寒さも日中になると温かさがそれを忘れさせてくれるようになると春もそろそろ終盤に差し掛かり、新学期にザワついていた子供達の空気から街も落ち着きを取り戻す。
梅・桃・桜の一連の華やかに彩られた光景が終わると野にシロツメクサが、田園にはレンゲが、そして街角にはツツジの花が赤く白く花弁を開き春の花の第二幕の始まりとなる。
昔の子供はこういった花の蜜を吸うのも春の一つの楽しみで、レンゲの花びらの一つひとつを丁寧に中の芯を壊さないようにそっと抜いてうす甘い蜜のほのかな甘みに新しい季節を感じたり、ツツジの花のがくを取って後ろから吸う蜜の華やかな甘さを楽しんだりして自分自身までもが華やかな心地に酔ったりしたものである。
私は特にこの遊びが好きで、父と山に分け入って山菜や野草に親しむのとは又違った甘い幸せに学校の帰りなどは特に美味しい蜜の出る花が咲く自分だけの場所で春の終わりをかき集めるようにいつまでも没頭していたのだ。
子供は新しい季節をいち早く見つけて遊ぶことの天才で次の季節がくれば、それまで楽しんでいた季節の遊びのことなどすっかり忘れて新しい遊びに夢中になり、一年を過ぎて同じ季節になってまた新たな旬を体で感じていくのである。
先日に見かけた街角のツツジも美しい花を緑の葉を押しのけるように咲き誇り、私は今でも幼い頃の新しい季節の寿ぎと同じ喜びを体の奥で感じるのである。昔のように一面を花びらで一杯にするほどに甘い蜜を堪能することは無いが、ひとつふたつをそっと吸ってみるのである。

水辺に彼岸花のつぼみが色づきだすともう次の季節がやってくる

頑張ってください

2007年04月20日(金) 2時07分
はい〜っ、てな訳で四日ほど愛媛は西条と言う町に出張に行っていたのでありますが、この不景気のおり何処も同じで出張の目的である仕事以外に使える時間などは無く、スケジュール一杯に予定を立てられている状況では当地の地方色を楽しむ余裕なども無く、日本国中宮仕えの仕事一直線の悲哀を感じたりもしながらようよう大阪の我が家へと辿り着いた時には既に午前零時を回っていたりなんかして明日の朝の時間なんぞも気にしながら、しかしまあ私なりのケッタイな(怪体なと表わす表現が語音変化した可笑しなと言う意味の大阪の方言だと勝手に解釈するのである、フムフム)出先の重箱の隅的ツマラナ面白いものなんぞを一方的に書いてしまったりなんかしたりする次第なのであります所の私だったりするのであります。
と、仕事に行っての宿泊となればまあ昨今はビジネスホテルと言うのが相場でありまして、昔なんぞの様に鄙びた安旅館に拠点を置くなどと言うのはそうそう無くなってしまったのではありますが、それはそれでビジネスホテルと言ってもたかが一個人のイメージしうる想像の範疇を遥かに超えるパターンがあって、いつもながらに世の中の広さと言うものを実感したりしなかったりと色々な感想を持つのではありますが今回のホテルに於いては入り口を入る手前で先ず度肝を抜かされそうになった訳で…今日びビジネスホテルの宿泊代と言えば5000円から7000円くらいが相場なところを今回のお値段はと道路際に燦然と立ち誇る看板をと見れば[朝食付き4500円]と安いのは良いにしてもチェーン展開をしているホテルを除けばこの値段でまっとうに営業が成り立つ訳は無いと、ましてや朝食が付いているとなればこれはもう仕事の疲れをゆったりと癒せる満足のできる空間を望む事は諦めたほうが精神衛生上大きなダメージを受けずに済むなと覚悟してフロントと言う名の風呂屋の番台より小さなカウンターへと予約の由を告げるのであります。

実際に個人経営のビジネスホテルでのこの値段設定で納得出来る部屋に出会った事はかつて無かった訳で、極端な例で言えば一泊3500円とか3200円とかのホテルも知っているには知っているが、そこまでくるともうどれだけの境遇に耐えられるかの修行に入るつもりで覚悟を決めないとベッドの形をした変なモノの上で枕みたいな物を冷たい涙で濡らしながら朝を迎える事になりかねないのである。様々な想像をしつつチェックインを行い(不思議な事に予約の内容も間違わなかったし、必要事項もきちんと伝えてくれたのである)部屋に入ると確かにかなり古いし結構黴臭くはあるがそんなに悪い部屋でもなく荷物を下ろして一服点ける頃にはなかなかにゆったりとした気分で疲れた体を癒せたのである。
さて朝になって朝食ではあるが、まだ勿論油断はならない訳で、食パン一枚に粉臭いコーヒーにでもありつければ幸せとテーブルに運ばれてきたお盆の上には何故だか真っ当な、前夜に和食と頼んであった和食が乗っていて、この当たり前の事が当たり前に行われる事の不思議さに狐につままれたような違和感を感じつつ二日目の仕事へと赴くのでありました。

夜…ホテルに併設されている中華料理屋のバイキングが宿泊客に限り1650円のところを1050円と言う話なので冒険心もあらわにテーブルについてみれば回りに他の客の姿も見えず、それどころか料理の皿すら見当たらない。私たちの後について入ってきたフロントの人間が厨房の奥に消えて何が起きるのかと固唾を呑んで見守れば大皿や丼に入った料理が延々とカウンター係の人間の手によって運ばれてくるではないか。その数およそ20品、作りたての中華を食べても食べても取り放題。バイキングだから当たり前なのではあるが味も誉めるほどでは無いにせよ決して不味い訳ではない。

総じて言えば値段が安いだけで不満なところの特に無いちゃんとしているホテルなのである。勿論シャンプーや歯ブラシが置いていないとか、設備がやたらと古いとか、蛇口をひねってからお湯が出るまでに結構時間がかかるとか満足とは言えないところも多々あるにはあるがそのくらいの事は全国各地を仕事で回った経験で言えば実に取るに足りない事なのである。少々気になってホテルの人間を合い間あいまに観察して見ると…入れ替わり立ち代り入っているカウンターの四人と厨房の料理人・支配人らしき人物の会話の内容がどうも自然すぎて気付いたのだがたぶん、おそらく家族とその身内的な関係にあるようなのだ。成程、私の杞憂であった。身内で誠実に慎ましやかにこの客商売を営んでいるのであろう、二日目の夜からは安らかな眠りに就いた事は言うまでもない。

唯…エレベーター前に敷かれた薄汚れたぬいぐるみの毛玉のようなババチいカーッペットは片付けておいてくれたほうが次回も利用し易いとは思うのである。

結構よく食べていたのだ

2007年04月15日(日) 11時21分
吉野家と言えばアメリカ産牛肉の輸入禁止で、いち早く豚丼をだしたところまでは良かったがその後のへんてこりんな代理メニューで後発の牛丼屋に大きく追い詰められた感があるが、この不器用さは実はこの会社の個性とも言うべきもので、ずっと昔から新メニューを出しても上手くいかないし、一時は食材を輸送と保存を便利にする為に全て乾燥処理をしてその不味さに倒産にまで行き着いて西部のバックアップでようやく暖簾を保ったりもしていた新しいものに対するアプローチが根本的に間違っている人間味のある会社でもあるのだ。しかし何でもかんでも新しい事に手を出す事が良いかと言うとあながちそうも言えないのは、現代のジャンクなファーストフードとしては最も古い部類に入る吉野家は、四十半ばを越えた私にしても若い頃からの暮らしの一部になっていて余り変化をして欲しくない老舗の味の一つなのである。だからこそ後発の[すき屋]や[なか卯][松屋]なんかは本筋の牛丼での勝負を避けて色んな展開をしているのであって吉野家にはやはりドンッ!と牛丼一本で王道を進んでいって欲しいと思うのである。
その吉野家に牛丼が戻ってきて数ヶ月、私も久し振りの[吉牛](吉野家の牛丼は関西ではこれで通じる)の食べ方を忘れていて、先日に数回目の復活牛丼でやっと‘私の‘吉牛の食べ方を思い出したのである。吉牛の丼におけるアイテムは五つ、丼・生姜・醤油・七味・卵でこれをいかに組み合わせるかで食べる人間が自分の吉牛を持っているのである。牛丼には[つゆだく]なるオーダーもあるが吉野家のご飯は意外にも美味いのでここは普通の並盛を注文し、何もかけないで一口ふたくち丼の隅を掘り込む様に食べ、そこに紅生姜をたっぷりと詰め込む。辛いもの好きの私であるが吉牛には七味を余りかけない、店に置いてある七味がてんで味気無い事も理由の一つだが私はあくまでも丼と紅生姜だけでガッツリといくのである。詰め込んだ生姜を一口でワシワシと口に放り込み更に生姜を丼の隙間に追加、続いて丼を半分ほど食べて生姜、丼に半分空いた隙間に生姜をまた入れて…の繰り返しで約二分弱で食べ切るのが私流。生姜好きの私は一回で丼とほぼ同量の生姜を食べるが決して混ぜたりはしないし他の卵なんかもかけない。変わっていると言う人も居るが吉牛好きのベテランは皆、自分流の食べ方を持っていて、だからこそ色んな新しいバリエーションのメニューなんぞは不要になるのである。
特別に美味い訳でもない普通の、あくまで普通の食べ物としてずっとあって欲しい普通の吉野家なのである。

夕闇に浮かぶ吉野家の看板は昔を思い出す。牛皿を生卵に浸して食べ、味噌汁と御飯ですき焼き風と言って贅沢に思えた学生時代、経営していたショットバーの開店前の食事を週の半分くらいこれで済ませて居た事、数え上げればきりがないがもう三十年の付き合いである。

釣り人特権と名付けた幸せ

2007年04月14日(土) 17時19分
春に入って多忙な日が続き、合間を縫ってインフルエンザにかかったり歯茎が腫れたりと、はっきり言ってロクな事の無かった最近に、身辺でも心の安定を妨げる様なゴチャゴチャが続き唯でさえ落ち着きの無い私には実に不幸な、普通の人なら当たり前の毎日が何とかならないものかとほとんど脱走に近い強行軍で無理矢理一方的に承諾も無く勝手に休みを取って先日やっとこさ釣りに出掛けたのであります。実際に世間の方達が普通に頑張っている日常と言うのは私にとって多分に無理が生じる訳でありまして、仕事をするにせよ遊びにかまけるにせよプライベートな時間を過ごすにせよ基本的に能天気でフザケテ居たい訳で、真剣に取り組みたいのは世間にも暮らしにも何も貢献しない釣りに関わる時だけと言うのが本音な私なのであります。
と言う訳で某日、前日から数えて28時間労働の徹夜明けに廃人同様の体を抱えてやっと帰宅した私は一時間余の仮眠を取って、いきなり意気揚々とさっきまでのふらついた様子は何だったんだと疑われるくらい意気揚々と南へ車を走らせたのでありました。駐車場に着いて船が出るまで1時間の仮眠を取り目を覚ませた時には前日までの疲労はどこへ行ったのやら何だか全身快調で元気一杯に釣り場へと向かう船に乗り込むのでありました。

釣果は満足出来るものでは無かったものの一日集中力も途切れず、10人余の釣客の中で私一人だけが何とかチヌの顔を見れて中々に頑張れた釣りの内容に納得して帰りの車上の人となったとたんに猛烈な疲労と眠気に襲われ、おまけに先日完治したはずの歯茎まで痛み出し、理由を考える間も無く釣りに行く事に夢中になり過ぎて体調さえも忘れていた自分を思い知ったのであります。

たかだか一時間半ほどの帰路のはずが、あちらに寄り仮眠しこちらに泊まって休憩し体が持たないと軽食を取り三時間を掛けてやっと家に辿り着いた後ぐったりと数時間を意識不明で過ごしたのであります。
とは言え私には、まだ今夜中にやって置かなければならない事があります。たった二枚ではありますが火を通しての調理用と刺身で食べる為のそれぞれに締め方も持って帰る方法も分けているチヌを明日最高に美味しく食べる為に処理をしておかなければいけません。
鉛の様に重い体をやっとの思いで持ち上げて台所へ魚を持って行き、包丁の刃を確認してから捌いていきます。焼き用に捌いた切り身に今回は少し強い目の塩をしてもう一枚のチヌの腹身と共に余分な水を吸わせるようにペーパータオルをひき、刺身用に柵取りした一枚は背身と腹側に分けて身が乾燥しないで旨味が充分に出るように身を重ねないようにして冷蔵庫へ。頭は兜割りにして冷凍し、引いた皮を湯引きして切って置く。下処理もようやく終わり、寝静まった家族を起こさない様に洗わなければいけない釣具と共に風呂に入って体を拭けば一日の最後を締めくくる幸せが待っています。
処理した魚の端切れや美味いところをちょいちょいと取って置いて軽く一杯。一日の釣りを思い出しながらニヤニヤとつまむのです。

本日は刺身の柵の端切れと骨の間に残った身をスプーンでこそいだ剥身、皮の湯引きにポン酢をかけて焼酎のロックでゆっくりと流し込みます。釣りの合間に見た海の光景、穂先の微妙なアタリや魚の引きなどを思い出しながら長い一日が終わる頃には丑三つ時を迎えて一人の時間はゆっくりと過ぎていくのです。

キビレと言う美味さ

2007年04月14日(土) 17時14分
鯛の仲間にも種類があって、私がよく釣りに行く黒鯛(チヌ)もその仲間だが他にも大きく分けてもヘダイ・チダイ・キダイとキチヌがある。更に大きく分ければマダイ・チダイ・キダイの赤い鯛が鯛科で、ヘダイ・クロダイ・キチヌの銀色の鯛がヘダイ亜科と言う事になって実は食いしん坊の方達にはとても重要な意味が含まれているのである。鯛科の魚は癖が無くほんのりとした甘みが身上で、ヘダイ亜科の魚はしっかりとした旨味と深い味わいが特徴。どちらが良いと言うことではなく食材の適性を生かした食べ方が勿論大事なのだけど、冬が過ぎて鯛達が活発に動き出してはいるけれども水温はまだ上がり切らない、そう言う時期のヘダイ亜科の美味さはちょっと表現し難いくらいに凄いものがある。
その中で旨味が最も深いのがヘダイで、刺身はもとよりどんな料理にしてもしっかりとした味が楽しめ、クロダイ(チヌ)は魚の特徴が良く出て魚好きにはたまらない感動が味わえる。そしてキチヌはその中間の味わいと言うか両方の良さが最大限に生きた驚きの魚である。

余り大きく為り過ぎずに充分に年を経たキチヌは身が驚くほど締まっていながら決して硬く無く、絹のような滑らかな食感と深い味わい、そして遠くから響いてくるようなヘダイ亜科特有の風味が堪らない美味さを醸し出す。きちんと手を掛けた刺身や酒蒸しなど素材を生かす調理で今の時期に是非食べておきたい妙味である。

キチヌと言う名前は標準和名で、腹鰭と尾鰭の一部が黄色いところから通称キビレと呼ばれ、キビレチヌの名前からキチヌと名付けられたが、やはり私は見た目通りのキビレと呼びたい。

ちなみに魚屋で見分ける時は、マダイは知っていると思っていたらエラの縁が赤くなっているのはチダイ、体が赤くても肩から腹の辺りに薄黄色い色がほんのりと入っていたらキダイで、わざと全てを鯛として売っている場合もあるが意外と知らないで売っている魚屋さんも多い。チダイは余り大きくならないが味はマダイとそう変わりなく、キダイは少しあっさり目だと覚えておくと良いだろう。同じ様に黒鯛(チヌ)として売っていても鰭の一部が黄色ければキチヌ(キビレ)で、口が丸くてちょっとトボけたような顔をしていればヘダイである。
P R
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