コワイよお

2007年03月31日(土) 23時29分
半世紀近く生きて来て知った事、歯医者は怖い。基本的に病院嫌いではあったが、歯医者の場合はほとんど行った事が無いので皆が嫌がる理由なんぞ知る由も無かったが今回の事で身を以って知る事となった。私が今回知ったと言うだけの事で他の人達にとっては珍しくも何とも無い事なのかも知れないが、歯医者では痛い所を直接触られていじくり回される訳で治療の一環とは解っていても、いや治療だからこそ先生は解っている痛い所をつついて「痛い?」と聞くのではあるが、痛い所のそれもここぞという所をあえてつつかれるのは何とも言えない辛いものがある訳で、口を開けたまま「あがっ、ぐう」と呻く我が身の哀れさと余りの痛さに身悶えしつつ器具をカチャカチャと操作され「ハイ、うがいして」と言われる頃には気力も萎え、再び治療台に体を横たえ施術が再開して同じ様に痛みが走っても「ぅぐぅ…」程度の反応になって鞭打たれる牛の様に従順になってしまうのである。痛みを堪え救いを求めてやっと辿り着いた歯医者の会計で薬を貰い治療代を払う時には来た時より更に痛みの増した患部に失いそうになる意識を何とか保つのが精一杯の態で挨拶もそこそこに院を後にするのだ。

家に帰り早速痛み止めを飲んで痛みが減っていくのを大人しく待ってからようやく治療の効果が表れた事に気が付くが先生に感謝の気持ちはあれど日に日に歯医者への恐怖感が高くなっていく。これは感情の問題では無くて感覚の問題なのだ。恐くて痛い事するから嫌あぁ、な子供感覚そのものであってこんなものは到底ぬぐえるものではないのである。
まあしかしながらヒデエもんであるイテエイテエと呻く我がの顔の半分が実に痛々しく腫れている。この顔で明日から痛み止めを飲みつつ仕事である。こんな時は本当に金持ちで居たいなあとならぬ想いを願いつつも願って叶うものでも無し、我が顔の腫れた左半分だけで作った顔と元の右半分だけで作った顔の合成を見比べて一人イヒイヒと訳も無く笑うケッタイな親爺になって痛みを忘れようとする自分でもよく解らない行動に出る私なのである。

痛いんだってば

2007年03月31日(土) 0時59分
と言う訳で痛い顎を押さえつつ日がな暮らし、夕べは痛み止めのお蔭で幾分かの睡眠は取れたものの朝になってもまだまだ痛い歯茎に前屈みになりながら歯医者で患部を洗浄して貰い昨日の内に飲み切った痛み止めを追加して貰って自宅にこもる。テレビの番組を横になりながらも見れていると言う事は恐らく少しはマシにもなっているのだろうが持続的に痛みが続いていると言うのは何とも気の滅入るもので、何だか僕って駄目な人なのよお…しくしく、ってな気分で時が過ぎていく。
昼食に嫁さんが作って行ったカレーでも食べようとやおら起き出し、野菜も取らねばと冷蔵庫を開けるが到底咀嚼に耐えうる口の状態ではなく何種類かの野菜とヨーグルト・ミルクに少しマヨネーズを入れてミキサーでグッチャグチャにした得体の知れないモノをカレールーに混ぜ込んだご飯と共に痛くない方の顎を下にして首をかしげたままの状態でスプーンでそろそろと口の奥に流し込む。
意外なものは意外な時に見つかるもので、この苦肉の策の火を通さない野菜粥の様な見た目には吐瀉物っぽい(失礼)青白いドロドロが結構イケる。今日のカレーやシチューと共に添えても良いし、朝にベーコン&ベーグルと一緒にと言うのも悪く無い気がする。夕食の時に息子にも勧めたが流石に見栄えが見栄えだけに一言で拒絶されたがもう少し工夫をすれば中々の新メニューが出来そうな気配である。

ではあるがその為にもう一度台所に立つ気力も無しに生の人参をバリボリ喰う息子の姿に思わず自分の頬を押さえながら「悪いけど皿を引いて置いてくれえ」と泣きを入れ、矢張り「イテエなあ、痛いよお」をホザキ続ける私なのでありました。
ん〜、痛みがずっと張り付いて他の事を考えられやしねえ

い痛ってえぇっ!

2007年03月29日(木) 23時59分
一昨日から左下の親知らずの周辺の歯茎が痛み出した。疲れ過ぎたり寝不足だったりするとたまになるのでそんなに気にしていなかったが時間を追う毎に痛みが増してきて、夕べはついにまんじりとも出来ずに朝を待って歯医者に駆け込んだ。小乳歯の時以外は虫歯になった事も無く、当然歯医者に縁が有る事も無く過ごしてきていたので歯に関しての知識が無い私は余りの痛さに[歯が奥まで腐っているんじゃないか]とか[顎に癌でも出来たんじゃないか]と本気で心配しつつ歯医者の治療台に横たわったのである。

結論から言えば歯茎が化膿していただけで痛いといえば確かに痛いがそんなに珍しいものでは無かったようで、患部の歯茎を洗浄し薬を入れて経口薬を貰って帰って来たのであるがとてもじゃないが仕事に行けるような状態ではなく二人ほどに電話を入れて仕事を休む由を伝えたのではあるが、普段歯の痛みなんぞと無縁な私としてはたかが歯くらいで休むなんてえのは仕事をナメているんじゃ無いかとも思っていたら意外にも電話の向こうではえらく心配してくれて、勿論休んで下さいと・ゆっくり養生して下さいと心遣いを貰い、ナルホド皆はこの痛みを経験しているんだなと・こんな痛みを体験した事があるんだなと妙なところで感心しつつ一日のた打ち回っていたのであります。
ん〜まだ全然治りゃしねえ、明日も朝から歯医者へ直行だあ、痛てえよ…しくしく

団子と言っても

2007年03月28日(水) 3時29分
釣りには色んなジャンルが有って、その釣りでしか使わないようなものがそれぞれにあるのはご存知の通り。もちろん竿なんかはそれぞれの釣りに特殊化していてそれに合わせたリールも中々兼用すると言う訳にはいかないのだが、釣り方そのものに関わるアイテムにも多様な違いがあって面白い。
私達チヌのカカリ釣りをする者にも他ではちょっと見られないの必須アイテムに団子と言うものがあって、これだけは実際にこの釣りをして貰わなければ理解しにくいのだが、どんなものであるのかくらいは見て頂ければ解るかも知れない。
団子のベースにも糠・オカラ・赤土・山土と色々あるのだが最も一般的な糠の団子についてお話しよう。
ベースとなるのは糠、米を精米する時に出るあれである。普通は漬物を漬けたり筍を茹でたりするものだがこれをベースに砂と集魚剤を入れたものが基本、それにチヌの注意を引くためにコーンや押し麦、牡蠣殻なんかを釣り人の好みに応じて配合してものを釣りの前にサビキなんかで使うアミエビと混ぜて仕上げるのである。この糠団子も色々な配合のものが沢山出ていて釣具屋さんで自分の好みに応じて買ったり、それをベースに自分の配合を加える者、糠団子自体を自分で作る者など様々だが最終的にどんなものを混ぜてどんな配合になっているかはカカリ釣り師にとってそれぞれの思い入れがあって中々他人に教えたくない秘密である事が多いのである。

鈎に餌を付けてこの団子に包んで海の底まで沈めて釣りをする。言わば錘と集魚を兼ねたこの釣り独特のアイテムで、この扱いに慣れる事がカカリ釣りの第一歩と言って過言ではないし、団子を上手く使いこなす事がカカリ釣りの魅力とも言えるのである。但し、匂いはちょっとしたもので古い糠漬けと魚のワタを混ぜて湿っぽくしたような曰く言い難い臭気を放っていて初めての人はこれに閉口する事も多い。
まあ慣れれば慣れるもので、この匂いに喜びを感じる頃には大抵どっぷりとこの釣りにハマってしまっているのだなあ。

フードプロセッサーがやって来た

2007年03月27日(火) 10時41分
随分前から欲しかったものにフードプロセッサーがある。何度か買おうとデパートや調理器具屋で現物を前に悩んだこともあるのだが、一昔の前のものは大抵図体がでかかったし、最近のものはどうもカップが小さくて頼りない感じがして調度良い物に出会わなかったのだが、いつも頭の片隅にあっていつかはきっとと思っていたのである。
そんな或る日、出張先のホテルでする事も無しにテレビを見ていて転寝ふと目がさめた深夜、点けっ放しのテレビの画面に映し出されたものに目が止まった。フードプロセッサーである、ご他聞に漏れずやたらと明るいアメリカ人のカップルが周りを取り囲むオーディエンスを前に「ほおら、こんなに凄い」「さあっ、こんなことも出来るよぉ」と次から次へと同じ様な事を繰り返し実演して見せ、回りの善男善女たちは最初に否定的な意見を言った後その実力にいたく感心すると言った番組にではなく注目したのは勿論商品にである。機能的には混ぜる・刻む・砕く・おろすと下の歯が回転する機構なので至極当たり前なのだが兎に角ガタイがコンパクトで変な色でもない。これならウチの狭い台所でも置いて置けるなあと、何と言っても前から欲しかったフードプロセッサーだしなあと思いつつも基本的に通販商品を信用していない私としては「良いなあ、欲しいなあ」「でもなあ、通販だしなあ」と「そんなに高性能な訳無いよなあ」「でも良いなあ」と眺めている内にきっちりと通販番組の罠にハマってしまった。なんせ特別特価である、オマケにもう一台付いてくる…???…もう一台?…そう特別特価で一台買えば二台届くのである。
よっぽど良いものであればもう一台なんて付いてくる訳はないのだがそれよりも二台は魅力である。私は気に入った物があるとそれが無くなった時が不安でついつい買い置きをしてしまう癖があって、使い勝手の良い釣りの小物、ペンやノート、財布から日常の大抵の物は予備を持っているのである。
二台あれば…番組が勧める様にお友達と一台づつなんて事は勿論しない、私のフードプロセッサーが万が一の時に実に安心である。幸い電気器具の修理くらいならその辺の電気屋よりはマシな技術も持っている(プロだから当たり前だ)、と言う事はよっぽどのボロでも無い限り結構長く使えるのである。かくして「さあっ、今すぐお電話を!」の掛け声と共に携帯電話を握り締める私なのであった。オペレーターの対応がきちんとしていたのも良かった。へそ曲がりの私は、接客の対応が悪いとか言葉遣いが悪いとか言った事に自分の事は棚に上げ切って敏感に反応する実に嫌な親爺で哀れにも私に接客をしたために重箱の隅をつつくような嫌言を散々聞かされる羽目になった善良な人は数知れず、逆に対応が良いと言う理由だけで商品を購入したり契約をする事も多いのである。蛇足ながら最近私が感心した対応ベストスリーと言えばインターネットプロバイダーのOCN・自動車保険のソニー損保・通販のショップジャパンで勿論全て契約をしてしまったのである。

さてさてようやく届いたフードプロセッサーはやはり大したものではなく、それは想像の範疇内で一分以上回し続けるとオーバーヒートするだとか(実際に一分とは言わないが使い続けてオーバーヒートしやがった)材料が上手く刻めない時は中身をきちんと歯に当たる様に調整しろだとか色々と但し書が多くて「それはまあそんなモンだろう」と事前に納得していなければ少しムッとしたかもしれない程度のものであったがそこは道具は使いようと考える私は、取り合えず上手く使えるコツと方法を見出すべく今夜の料理を始めるのでありました。材料は思ったように綺麗に切れるのでは無くどちらかと言うとグッチャグチャに潰れると言う感じでこれを生かすのがコツだなと、綺麗なみじん切りは包丁だなと理解しつつ鶏ミンチに玉葱・人参ピーマンを合わせたつくね焼きとトマト・赤ワイン・ウスターソースの生ソース、冷凍チヌをつみれにしたおすましとコールスローと言うメニュー。ナルホド上手く使えば決して悪いものでもない…フムフムと新しい玩具に実はニマニマした私なのでありました。

ぺろんとめくると

2007年03月26日(月) 12時01分
生き物ってのは本当に上手く出来ていて、生まれたての赤ん坊の指なんかを見てもその精巧さには思わず惚れ惚れしてしまうし、空を飛ぶ鳥の風切羽の緻密で美しいフォルムに満ち溢れた無駄の無い機能性の高さが素晴らしいまとまりを持っているのにも感心させられる。その素晴らしさは見えるもの見えない部分に限らず全ての生き物を形作っているのだが、中でも魚の体表の多様さと面白さは特筆に価するのではないか。
魚と体表と言えば鱗を想像するが、その鱗も大きくてがっしりとした如何にも外敵や岩礁などから身を守る為であるのが解るものから一目では鱗と解らないくらい小さな鱗でしなやかさと堅牢さを兼ね備えたものなど多彩である。面白いのは鰯の鱗で、触れば解る通り簡単に剥がれてしまいこれでは身を守る為には役に立たないだろうと思うのは間違いで実は喰われかけた時に鱗を剥がしてするりと逃げてしまう為だと言うのだから面白いものである。他にも苦味と軽い毒性を持ったヌメリをまとっているもの、棘や甲冑のように威嚇も兼ね備えたものなど凡そ人の考えるバリエーションなど及ばない多様さを持ってあらゆる海や川に暮らしているのである。特に河豚の仲間は神が色々と工作を楽しむ為に作ったのではないかと思えるほど自由で面白い展開を見せてくれ、ハリセンボンやハコフグのように解りやすいものから一般的な河豚の皮のしなやかで強い素材、そしてカワハギの仲間に見られる強い固い皮と実に楽しいのである。

写真はウマヅラハギの固い皮とその中に包まれた美しい白身。
大体において鱗や固い皮、ヌメリなどは実に口当たりが悪く如何にも体を守っているんだなあと実感するのだが、嫌な体表をまとっていればいるほどその中に有る身は美味いのである。

炊いたん

2007年03月25日(日) 11時48分
大して見栄えの良いおかずでもない、人様に聞かせるほど特別に美味いものではないのかも知れない。しかし私には堪らなく嬉しい味のするそんな一品なのである。

料理の名前を[ミンチと玉子と豆腐の炊いたん(煮た物)]と言う。私の母は料理に名前を付ける事をしない人であった為、母の思い付きの料理やよく名前の解らない料理は素材と調理法を羅列するのがその料理の名前になるのが普通で、筍の土佐煮は[筍の鰹節と炊いたん]だったし鰹節が若布に変われば若竹ではなく[筍と若布の炊いたん]、チンジャオロースーは[牛肉とピーマンと筍の炒め物]、鰻巻きは[鰻の卵焼き]と言った具合で料理の名前を聞いて中身が解らない物はなかったのである。その習慣は私にも受け継がれていて思い付きで作った料理にお洒落な名前をつける事はなくて[白身魚のトマトマリネオリーブオイル風味・大葉、浅葱添え]などと矢鱈と長たらしく説明口調な名前にしなくては料理を表わせないような気がするのである。
さてこの[ミンチと玉子と豆腐の炊いたん]であるが、作るのに20分と掛からない手軽で簡単なおかずは私の子供の頃の好物で、肉じゃが程度の出汁にミンチを入れて灰汁を取ったら豆腐をぐちゃぐちゃと入れて玉子で仕上げるだけのものがすき焼きの鍋一杯に出てくるのをカレースプーンで小鉢に取り、何杯も何杯もお代わりし、その度毎にご飯も食べ続け最後に突き出たお腹を真上に向けて「ふうふう」と唸るのがお決まりで、更に翌朝に残ったものをご飯と混ぜて温め直したものもちょっとした嬉しさなものであったのだ。これは今でも時々は作り食卓にも乗せ、家族にも不満の無いメニューの一つであるが私には単に美味しい以外の何か嬉しさが付きまとうのである。この料理は親父が若い頃から山で作っていたと言い、母が結婚してから思いついて作ったと言い、その由来が適当で意見が違うにも関わらず幸せな面白い話として語られるほどに平穏で家庭が温かかった頃の我が家だけのおかずであり、私の家庭料理のアイデンティティーの一つとしての幸せの象徴でもあるからなのだろう。人によってそれはカレーであったり鯵のタタキであったりときっとあるのだろう。うちの息子は将来、何を自分のソウルフードとするのだろうか…

最も凶悪な長物

2007年03月23日(金) 3時35分
大体において長物は美味い、と言っても何の事か要領を得ない方がほとんどであろう。この場合の長物とは海の産物を指す訳で、鰻・穴子・鱧を言うのだが私の場合これにウツボも入れている。
ウツボ…あの海の恐ろしげな顔をした凶暴な奴を知っている方は多いだろうが、これが中々に捨て難い美味である事を知る人は存外少ない。高知や和歌山の海沿いでは当たり前に食べていると言う事は、鮫などと同じ様に伊豆や房総でもきっと食べているのであろうが寡聞にして聞いた事が無いのは残念である。白身でしっかりとしていて滑らかな身は癖がなく、焼き・煮は言うに及ばず新鮮な刺身や唐揚げにも重宝する。私は薄く削ぎ切りにしたものを湯引きにしての梅肉和えが好きだが和歌山の漁師の家の軒先に夏になるとよくぶら下がっている干物も捨てがたく、また高知で一般的な厚く皮ごと切って湯引きしたものを土佐酢と大蒜で食べる鰹のタタキ風なのも嬉しい。
と言う訳で高知に行ってきたので早速である。前夜に前入りして一泊し、翌日一日仕事をして帰るスケジュールではゆっくりとした時間も取れず、当地の風情を味わおうとすれば勢い夕御飯時にだけとなってしまうので失敗の無いように居酒屋で無難なものを頼む事になる。

一品目は川海老の唐揚げ、四万十川の川海老は結構有名でその名も通っているが、実際に食べて見れば有名になる理由も肯けると言うもの。小ぶりな手長海老の中にはしっかりとした身がぷりぷりと甘く海老特有のうま味は舌を大いに喜ばせはするものの海の海老のようなくどさがない。塩とレモンで口に次々と運び込み焼酎を流し込むと「嗚呼、土佐に来たなあ」といつもの感じが戻ってくる。
若い頃には魚棚の飲み屋で地元の見知らぬ若い漁師達と意気投合し幾度となく呑み比べをした事などを思い出しつつ次の皿を待つ。

いよいよ真打、定石通り鰹のタタキと同じ風情で現れたウツボに生唾が出る。身もしっかりと締まっていて良く冷えた皮のゼラチンが嬉しい。生姜と葱を大蒜と一緒にウツボに乗せて思いっきりたっぷりと土佐酢に浸して口に運ぶ。匂いも癖もないウツボだが、味と言うより口の中での独特の舌に歯に滲み込む風合いとでも表現すべきか、正にウツボである。

これに鰹のワタの塩辛・酒盗と四万十川の特産川海苔の天麩羅を並べて今夜の箸を置いた。
こう言う日は敢えて鰹のタタキは頼まないで全国版に成り切れない地元の美味い物と過ごすのが良い。惜しむらくはハランボがあれば良かったのだけれどそれは又の機会にでも…

懇意にする

2007年03月21日(水) 2時12分
私の懇意にしている焼き鳥屋である。どのくらい懇意にしているかと言うと、釣れ過ぎたチヌがあれば賄い用に受け取って貰ったり、食べもしないのにトイレだけ借りたり、火鉢用の炭をちょいと分けてもらったりそんな程度である。
数年前に今のマンションに引っ越して来た際に、近くにあった焼き鳥屋へ足を運んで見るとこれが存外に美味かった。素材も特別な物を使っている訳でもなくどちらかと言うとありきたりすぎるその辺のスーパーで売っている程度のものなのだが一つづつがきちんと美味しく出来ていてそれが気に入った。
私より一回りほど若い店主も聞けば居酒屋上がりで特別な修行をした訳でもない、要するに料理に対しての感が良いのである。これは私が店を選ぶ時に大切なポイントで、何かに特別に長けている料理人やその料理にちょっとした金を払って満足するのも良いが日常的に[普通に美味い]と言うあたりをきちんと押さえられる料理を出してくれる店を何軒持っているかは普段の生活に大きく影響してくると思うのである。

店が暇なら材料さえあれば大抵の我儘は聞いてくれるのだが、店にあるメニューだけで普段はほぼ満足出来るのも中々に嬉しい事である。少なくとも今までに10人以上は連れて行ったが全員が美味かったと喜んでくれるので勧め概のある店である。

普通の値段と味で普通に美味い大阪は住吉の[豆の木]、宜しければ一度

わたし・ひかり・ひとり

2007年03月19日(月) 14時15分
夜景と言うのが好きで小さい時から夜になると外を眺めるのが日課のようになっていた。特に遠くに光る街頭を見つめていると、どこか知らない所へ行ってしまいそうな不安と期待に胸を膨らませ少し怯えた。中学になると当時憧れていたアメリカへの想いも重なってジョンデンバーやニールヤング、ゴードンライトフット、イエス、カルロスサンタナ、クリーム、イーグルス、BBA、エリッククラプトンと中々理解してくれる友達も居ない中、唯一話の合う同い年との会話も大抵は夜景を見ながらだったし、そんな話をしているだけでそのままアメリカまで行ってしまえる様な、ロッキーの山小屋の横に、ルート66の傍らに立って居る様なそんな気がしたものだ。

中学を過ぎるとそれまで趣味半分に描いていた絵を少し本格的に描こうと取り組み、試行錯誤しながら掴もうとした自分のスタイルに一緒に居たのがニューヨークフィルの頃のレイナードバーンシュタインとキースジャレット、そして蝋燭の火。絵を描こうとする意気込みが自然になるまで何時間でも点けた蝋燭に見入り、蝋燭の炎が画面を時々揺らす中で絵を描いた。完成する絵が「ハレ」のものならば、創造する産み出す「ケ」の描くと言う作業の儀式であったのかも知れない。

闇の中の光と言えば親父に幼い頃から連れて行かれた数々の山で自分用のストーブ(登山用のコンロ)を初めて貰って一生懸命にポンプを押して点けた青い火に少し大人になった様な誇らしさを感じたものである。ホエブスやスベアなどストーブの名機も沢山使ったが、あの名も無い横置きタンクタイプのゴツイストーブが懐かしく、ガスを使う様になった今でも小さい青い炎の固まりは暮れ行く山の明け行く山の香りが私にはするのである。

人は闇が嫌いである。おそらくは遠く夜行性だったメガネザルの様な原始的な猿から大型化し昼行性になった人類の祖先が火を使う様になって以来闇に怯えつつ手元を照らす小さな炎にやがては明けて行く夜を耐え明日に希望を持ったのであろう。
時々は自分だけの光を見つけ見つめる事も良いものなのかも知れない。自分の中の自分が見えてくる
P R
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