うっすい

2007年05月12日(土) 11時30分
都市部の建築物の特徴として土地が狭い、地価が高いと言うのがある。地面がどうあろうと上に立つ建物には直接関係無いだろうと思われるかもしれないが、実際には冗談にならないほどの土地の値段に個人の土地の所有者にとってはそうそう容易に土地を買い広げるという訳にはいかない上、お隣さんもまたそのお隣さんも個人の地主だったりするため結局は自分の持っている土地をどう使うかの方法に頭をひねる事になるのだがひねると言ったって地面が広がる訳も無く最終的には土地の形そのものに上に上にと伸ばす以外の手はなく…
ここら一帯は第一種商業地に指定されているので土地に対する建蔽率は100%でビルの形を見れば下の地面の形が解るのである。

ここは線路と府道(大阪府なので県道ではなく府道)に挟まれた狭い普通の家が一見も建たないような狭い土地。しかしオーナーは頑張った、建てたのである。地上13階建ての立派なビルは手前が1.5メートル弱、奥もメートルに満たないが立派に建っている。趣味ではない大真面目にやった結果である。

なんとなく…

2007年05月07日(月) 22時52分
テレビのコマーシャルで世界のけったいな動物を取り上げる事は多い。エリマキトカゲしかり、クリオネリマキナしかり、その中でも特に目を引いたのがこいつ謳い文句は「宇宙人がやってきた」である。
なるほどそう言われればそんな気もするが当然れっきとした地球の生物でイモリの仲間。日本ではコマーシャルの影響で[ウーパールーパー]と呼ばれるがウーパールーパーと言うのはアルビノ(白子)固体を示す言葉で本来は[アホロートル]または[メキシコサラマンダー]と言うのが正しい。
しかし、この容姿で[アホロートル]と言う語感は日本人に向けてわざと冗談を言っているようだがれっきとした名前なので優しく見守ってやってほしい。
そして赤ん坊のような顔は実は赤ん坊である。赤ん坊でありながら大人である。これは幼形成熟と言って蛙で言えばオタマジャクシのまま大人になったようなもので実際に両生類には時折り見られる特性で、こういう形で完全に進化してしまったかと言うと生息している場所の水位が下がったりするとちゃんとイモリになったりもするのである。まあベビー服を着たままの24歳の引きこもりだと思って貰って大差無いと言うところか…

海月

2007年05月02日(水) 13時24分
クラゲ人気は相変わらずで、ペットショップだけではなしにアクセサリーショップやリビングの売り場にも
売られていて、老若男女を問わず家に持ち帰っては薄暗くした部屋でふわりふわりと漂う半透明の生物に見入って「良いなあ」「のんびりするなあ」「癒されるなあ」などとのたまいつつポカンと口を開けたりなんぞして呆けた顔をクラゲに向けるのである。
「悩みが無くて良いなあ」と人生の悲哀を顔に滲ませながら見入る暮らしに疲れた人は言うのである。
しかしクラゲ本人にしてみれば思考を司る器官がナイのだから、本人が悩みがあるかないかも解らなければ自分自身の存在も理解していないのだから大変とかどうかと言う問題自体が存在しないのである。
唯、何も無い状態のクラゲはそうかもしれないが実際には波に打ち上げられては乾燥し、海がめに(人間にも)食べられ、嵐にあちこち千切れたりしてなかなかに不幸な事も多くてもし知能があったりしたら「良いなあ」と呆けた顔で眺める人間共よりもっと不幸な自分の身を嘆いているのかもしれないのである。

釣りをしていて漂うクラゲを見ていると、やはり彼(彼女?)もプランクトンの多いところに何となく集まっては来るのだが、風に潮にとどんどん流されてそれでもまた力無い遊泳力で餌のあるところに何となく集まって…と私なんぞは「う〜ん結構大変だなあ」と同情すらしてしまうのである。

ちんちん電車

2007年04月28日(土) 9時30分
大阪市の南側からは二本の路面電車がでていて、普段暮らしている者にとってはごく普通の光景で
その当たり前の風景が妙に懐かしさを憶えるのは、路線回りの市街が常に最新の開発より十年単位でゆっくりと進むために未だに昭和の匂いを残した街並みが多いからで
そこには年を追うごとに手狭になる人の息吹を受け止める隙間がちゃんと残されていて
ふと立ち止まると、自分が生きているどこに居るのかが当たり前のように分かるのだ

大阪と言う街は人が造っていて、どんなインテリジェンスビルが建とうとも、どんなにお洒落なショッピングセンターが出来ようと、そこに無くされた人の普段着の歩く空間をすぐに取り戻してしまう
そこには困っっている人に声を掛ける人達がいる
街の昔を語ってくれる人達がいる

ホームセンターはプライベートセンターなのだ

2007年04月23日(月) 2時11分
ブログを書こうと思ってふと気付いた事だが、私の買い物好きはかなり女性的である。
元来私は女性の買い物に付き合うのが苦手で、若い頃にどんなに気に入った女性との買い物でも一緒に見て回ると言うことは先ず無く、外で待っているかそうでなければ別の暇を潰せる所へ行って後で待ち合わせると言う具合で、場合によっては相手が買い物に行きたい日には一緒に出掛けない事も度々あって、それは何十年もたって今の女房との外出でもなんら変わる所は無いのである。
しかしそれは買い物に興味が無いのではなくて女性の買い物の対象がほぼ間違いなく服とアクセサリーに限定されていたからで、この二つは私にとって最も興味の無いジャンルであったから面白く無かったのであって、事実よく考えて見ると私は女性とも結構買い物に行った事があって、その時にはああでもないこうでもないと店の隅から隅までくまなく見て回り、気に入った物が無ければ別の店に行ってまた同じ事を繰り返す、そんな事をしっかりとやってはいたし今でもそういった行動は基本的に変わってはいないのである。唯、私の興味を引く買い物の対象と言うのがファッション以外であったため女性との買い物が苦手だと意識していたが、自分の好きな物に関しては実に女性的に買いもしないものまで面白おかしく見てはひっくり返し、それでも何か気に入った物が見つけたくて良い物が無くて何も買えなかったりするととても面白くない気分になるのである。
私の必要が無くても見たくて、何か一つでも買いたい物を見つけたい店と言うのは、本屋・古本屋・道具屋・古道具屋・食料品屋・厨房機器屋・文房具屋・雑貨屋・美術道具屋・電気屋・陶磁器屋・工具屋・釣具屋・山用品屋で、そう言った所に入ったならば一緒にいる人間が同性であろうと異性であろうと関係無く、ただ陳列している商品を物色する事に没頭し、それが若い頃のデートの最中なんかであった時には相手に外で待たれるか或いは他で時間を潰されるか、はたまた一緒に出掛けてくれないかの私と変わらない行動をとられていた訳で、勿論今の女房との外出でも何ら変わる事はないのである。
そう言う訳で私にとってホームセンターはまさに宝の山で、書籍以外ならば大抵の物が店内に満ち溢れていて、それぞれの専門店に行くのとはまた違った楽しさが味わえる遊園地みたいなものなのである。先日も知人が工具を買うと言うので同行し、見るとは無しにふらついていて店を出る頃には私の買ったものが一番多かったと言う相も変わらずの結果になってしまった事に今更自分でも驚かない私なのでありました。

仕事に必要な物なので無駄な買い物では無いが今日明日に必ず必要な物でもないのである。そんな事より気に入って買える物があった事が幸せな私な訳なのよホントに…

吸う

2007年04月22日(日) 3時37分
色んな花がそこここに見られるようになり、朝夕に感じる肌寒さも日中になると温かさがそれを忘れさせてくれるようになると春もそろそろ終盤に差し掛かり、新学期にザワついていた子供達の空気から街も落ち着きを取り戻す。
梅・桃・桜の一連の華やかに彩られた光景が終わると野にシロツメクサが、田園にはレンゲが、そして街角にはツツジの花が赤く白く花弁を開き春の花の第二幕の始まりとなる。
昔の子供はこういった花の蜜を吸うのも春の一つの楽しみで、レンゲの花びらの一つひとつを丁寧に中の芯を壊さないようにそっと抜いてうす甘い蜜のほのかな甘みに新しい季節を感じたり、ツツジの花のがくを取って後ろから吸う蜜の華やかな甘さを楽しんだりして自分自身までもが華やかな心地に酔ったりしたものである。
私は特にこの遊びが好きで、父と山に分け入って山菜や野草に親しむのとは又違った甘い幸せに学校の帰りなどは特に美味しい蜜の出る花が咲く自分だけの場所で春の終わりをかき集めるようにいつまでも没頭していたのだ。
子供は新しい季節をいち早く見つけて遊ぶことの天才で次の季節がくれば、それまで楽しんでいた季節の遊びのことなどすっかり忘れて新しい遊びに夢中になり、一年を過ぎて同じ季節になってまた新たな旬を体で感じていくのである。
先日に見かけた街角のツツジも美しい花を緑の葉を押しのけるように咲き誇り、私は今でも幼い頃の新しい季節の寿ぎと同じ喜びを体の奥で感じるのである。昔のように一面を花びらで一杯にするほどに甘い蜜を堪能することは無いが、ひとつふたつをそっと吸ってみるのである。

水辺に彼岸花のつぼみが色づきだすともう次の季節がやってくる

頑張ってください

2007年04月20日(金) 2時07分
はい〜っ、てな訳で四日ほど愛媛は西条と言う町に出張に行っていたのでありますが、この不景気のおり何処も同じで出張の目的である仕事以外に使える時間などは無く、スケジュール一杯に予定を立てられている状況では当地の地方色を楽しむ余裕なども無く、日本国中宮仕えの仕事一直線の悲哀を感じたりもしながらようよう大阪の我が家へと辿り着いた時には既に午前零時を回っていたりなんかして明日の朝の時間なんぞも気にしながら、しかしまあ私なりのケッタイな(怪体なと表わす表現が語音変化した可笑しなと言う意味の大阪の方言だと勝手に解釈するのである、フムフム)出先の重箱の隅的ツマラナ面白いものなんぞを一方的に書いてしまったりなんかしたりする次第なのであります所の私だったりするのであります。
と、仕事に行っての宿泊となればまあ昨今はビジネスホテルと言うのが相場でありまして、昔なんぞの様に鄙びた安旅館に拠点を置くなどと言うのはそうそう無くなってしまったのではありますが、それはそれでビジネスホテルと言ってもたかが一個人のイメージしうる想像の範疇を遥かに超えるパターンがあって、いつもながらに世の中の広さと言うものを実感したりしなかったりと色々な感想を持つのではありますが今回のホテルに於いては入り口を入る手前で先ず度肝を抜かされそうになった訳で…今日びビジネスホテルの宿泊代と言えば5000円から7000円くらいが相場なところを今回のお値段はと道路際に燦然と立ち誇る看板をと見れば[朝食付き4500円]と安いのは良いにしてもチェーン展開をしているホテルを除けばこの値段でまっとうに営業が成り立つ訳は無いと、ましてや朝食が付いているとなればこれはもう仕事の疲れをゆったりと癒せる満足のできる空間を望む事は諦めたほうが精神衛生上大きなダメージを受けずに済むなと覚悟してフロントと言う名の風呂屋の番台より小さなカウンターへと予約の由を告げるのであります。

実際に個人経営のビジネスホテルでのこの値段設定で納得出来る部屋に出会った事はかつて無かった訳で、極端な例で言えば一泊3500円とか3200円とかのホテルも知っているには知っているが、そこまでくるともうどれだけの境遇に耐えられるかの修行に入るつもりで覚悟を決めないとベッドの形をした変なモノの上で枕みたいな物を冷たい涙で濡らしながら朝を迎える事になりかねないのである。様々な想像をしつつチェックインを行い(不思議な事に予約の内容も間違わなかったし、必要事項もきちんと伝えてくれたのである)部屋に入ると確かにかなり古いし結構黴臭くはあるがそんなに悪い部屋でもなく荷物を下ろして一服点ける頃にはなかなかにゆったりとした気分で疲れた体を癒せたのである。
さて朝になって朝食ではあるが、まだ勿論油断はならない訳で、食パン一枚に粉臭いコーヒーにでもありつければ幸せとテーブルに運ばれてきたお盆の上には何故だか真っ当な、前夜に和食と頼んであった和食が乗っていて、この当たり前の事が当たり前に行われる事の不思議さに狐につままれたような違和感を感じつつ二日目の仕事へと赴くのでありました。

夜…ホテルに併設されている中華料理屋のバイキングが宿泊客に限り1650円のところを1050円と言う話なので冒険心もあらわにテーブルについてみれば回りに他の客の姿も見えず、それどころか料理の皿すら見当たらない。私たちの後について入ってきたフロントの人間が厨房の奥に消えて何が起きるのかと固唾を呑んで見守れば大皿や丼に入った料理が延々とカウンター係の人間の手によって運ばれてくるではないか。その数およそ20品、作りたての中華を食べても食べても取り放題。バイキングだから当たり前なのではあるが味も誉めるほどでは無いにせよ決して不味い訳ではない。

総じて言えば値段が安いだけで不満なところの特に無いちゃんとしているホテルなのである。勿論シャンプーや歯ブラシが置いていないとか、設備がやたらと古いとか、蛇口をひねってからお湯が出るまでに結構時間がかかるとか満足とは言えないところも多々あるにはあるがそのくらいの事は全国各地を仕事で回った経験で言えば実に取るに足りない事なのである。少々気になってホテルの人間を合い間あいまに観察して見ると…入れ替わり立ち代り入っているカウンターの四人と厨房の料理人・支配人らしき人物の会話の内容がどうも自然すぎて気付いたのだがたぶん、おそらく家族とその身内的な関係にあるようなのだ。成程、私の杞憂であった。身内で誠実に慎ましやかにこの客商売を営んでいるのであろう、二日目の夜からは安らかな眠りに就いた事は言うまでもない。

唯…エレベーター前に敷かれた薄汚れたぬいぐるみの毛玉のようなババチいカーッペットは片付けておいてくれたほうが次回も利用し易いとは思うのである。

結構よく食べていたのだ

2007年04月15日(日) 11時21分
吉野家と言えばアメリカ産牛肉の輸入禁止で、いち早く豚丼をだしたところまでは良かったがその後のへんてこりんな代理メニューで後発の牛丼屋に大きく追い詰められた感があるが、この不器用さは実はこの会社の個性とも言うべきもので、ずっと昔から新メニューを出しても上手くいかないし、一時は食材を輸送と保存を便利にする為に全て乾燥処理をしてその不味さに倒産にまで行き着いて西部のバックアップでようやく暖簾を保ったりもしていた新しいものに対するアプローチが根本的に間違っている人間味のある会社でもあるのだ。しかし何でもかんでも新しい事に手を出す事が良いかと言うとあながちそうも言えないのは、現代のジャンクなファーストフードとしては最も古い部類に入る吉野家は、四十半ばを越えた私にしても若い頃からの暮らしの一部になっていて余り変化をして欲しくない老舗の味の一つなのである。だからこそ後発の[すき屋]や[なか卯][松屋]なんかは本筋の牛丼での勝負を避けて色んな展開をしているのであって吉野家にはやはりドンッ!と牛丼一本で王道を進んでいって欲しいと思うのである。
その吉野家に牛丼が戻ってきて数ヶ月、私も久し振りの[吉牛](吉野家の牛丼は関西ではこれで通じる)の食べ方を忘れていて、先日に数回目の復活牛丼でやっと‘私の‘吉牛の食べ方を思い出したのである。吉牛の丼におけるアイテムは五つ、丼・生姜・醤油・七味・卵でこれをいかに組み合わせるかで食べる人間が自分の吉牛を持っているのである。牛丼には[つゆだく]なるオーダーもあるが吉野家のご飯は意外にも美味いのでここは普通の並盛を注文し、何もかけないで一口ふたくち丼の隅を掘り込む様に食べ、そこに紅生姜をたっぷりと詰め込む。辛いもの好きの私であるが吉牛には七味を余りかけない、店に置いてある七味がてんで味気無い事も理由の一つだが私はあくまでも丼と紅生姜だけでガッツリといくのである。詰め込んだ生姜を一口でワシワシと口に放り込み更に生姜を丼の隙間に追加、続いて丼を半分ほど食べて生姜、丼に半分空いた隙間に生姜をまた入れて…の繰り返しで約二分弱で食べ切るのが私流。生姜好きの私は一回で丼とほぼ同量の生姜を食べるが決して混ぜたりはしないし他の卵なんかもかけない。変わっていると言う人も居るが吉牛好きのベテランは皆、自分流の食べ方を持っていて、だからこそ色んな新しいバリエーションのメニューなんぞは不要になるのである。
特別に美味い訳でもない普通の、あくまで普通の食べ物としてずっとあって欲しい普通の吉野家なのである。

夕闇に浮かぶ吉野家の看板は昔を思い出す。牛皿を生卵に浸して食べ、味噌汁と御飯ですき焼き風と言って贅沢に思えた学生時代、経営していたショットバーの開店前の食事を週の半分くらいこれで済ませて居た事、数え上げればきりがないがもう三十年の付き合いである。

ボンゴくん

2007年04月10日(火) 0時46分
マツダボンゴマルチバンのミッションタイプが私の仕事で使っている車である。普通のワンボックスより一回りデカくてディーゼルの為やたらとうるさく、3000cc近くの排気量がある割にはパワーも無いし燃費も悪い。こう書くと全然取柄の無い車のように聞こえるが実際に車に乗る方からしてみても他人に自慢できるところなんて全く無いのである。他の部分を取り上げてもシートは硬いし電気系統も弱くてすぐに壊れる、クーラーは効かないしエンジンの熱気はじかに下から吹き上げてくると言った具合である意味巨大な軽トラックと言った方が的を得ているのだろう。実際この車は貨物車としては抜群にスペースが広い上、荷台にはタイヤケースの出っ張りもなく実に荷物に優しい、そう貨物様様な為の車なのである。
私が免許を取得して二年と二ヶ月、その時に9800キロほどの走行距離も今は約16万キロ。お蔭でデカイ足回りのやたらと悪いミッション車にも慣れたと言うか、この車で色んな事も試して見た。大きな声では言えないが雨の中でフルブレーキを踏んでどのくらいスリップするものかも試したし極端なハンドル操作をして横転する限界も確かめた。タイヤの横滑りや回転を合わせてのダイレクトシフトもクラッチを可能な限り切っての長距離の燃費効率の限界も試した。これはあくまで安全を確認できるところでの練習ではあったが車の方からも色々とプレゼントを貰い、高速でのバーストからエンジンも焼けて積み替えたし(これはトンネルの中で大音量と凄まじい煙とともにブッ飛んでくれたので中々に恐い思いをさせてもらった)水温計やオイルランプの不具合は言うに及ばず、いきなりクラッチが効かなくなり修理に出したらクラッチ版が粉々に粉砕していたなんて信じられない経験もさせて貰っている。恐らくはもう余り長く付き合う事もなく廃車になるのだろうが、私の運転の初めから付き合ってくれている愛着のある車でもある。

みんなであちこちぶつけ倒してくれて車体もボコボコになっているし工具をいつも満載にして傍目にもちょっと敬遠したいような車ではあるが決して嫌いにはなれないのも事実である。
だからと言って何か手間やお金を掛ける気など毛頭無いし、早く新しい車に代えて欲しいと我が雇い主に思う方が本音でもあるのだ。へっへっへ

ごく日本的

2007年04月06日(金) 0時00分
28年も前の事になるが、当時仕事に通っていた大和郡山の彫刻の工房へ、フランスで絵画の勉強をしていた男が働きに来た。私より幾つか年上の男は何と言うか適当と言うより幾分薄っぺらな感じで、生意気盛りに芸術なるものを今となっては鼻持ちなら無い態度で語る私にとっては余り尊敬出来る対象では無く適当に軽んじていたようにも思う。その判断がいかに間違っていたか、私がいかに人を見る目を持っていなかったかは、現在彼は奈良で公共施設などからも依頼を受ける画家として一家を成し、何も解らずに偉そうな事を吹聴していた私が立体の道を諦めて技術屋に転向した事でよく解るのである。しかし本格的に絵の世界に取り組み専門的な教育を受けた彼の言葉は、その口から出る軽薄っぽい単語とは裏腹に内容は確かで真実を言い当てている事が多く、彼がその工房を去る頃には私もすっかり彼の言葉を信じるようになっていたのである。
或る日、絵の上手さ(達者さ)について何人かで話しをしていた時に彼が「ヨーロッパで絵の勉強をすればいきなり(小手先の達者さは)絵が上手くなるよ」と言い、重ねて「ヨーロッパと言うのは大体において空気が乾燥して澄んでいるからそのままスケッチしたら勝手に絵葉書みたいな絵が描けてしまうのである」とこともなげに西欧の風景画と山水や南画・浮世絵などとの違いを看過したのである。この時の会話はその後も私の中でしっかりと根付き今でも私が風景画を説明する時の大きな支えにもなっている。
日本の風景と言うのはそのほとんどの場合霧や霞が掛かっていなくても遠くになるほど色が褪せていき適度な遠景では全体の色が空気の不透明度に緩やかな色合いに落ち着いて空気の厚みや深さを感じさせる大きな要因となっている。だから日本の風景画には遠近法が発展せずに距離と言うものを空気の厚みで表現する技法が体系化していったのだと春に霞む野や冬霧の木立を見て納得出来るのである。
デジタルカメラと言う古典技法の日本画と凡そつながりの無さそうな代物を「嗚呼、春だなあ」と思う山に向けてみる。日本人の私が日本の春だと感じる山の、軽やかに漂う空気の向こうにわずかに霞む光景を写せばやはりそこにはごく日本的な写真が出来上がるのである。
P R
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