夏祭り

2006年11月19日(日) 2時31分
薄闇の広がる夏空の下、たくさんの人ごみの中をかきわけて二人の子供が走っている。
「ほら、急がないと花火はじまっちゃう」
「ま、待ってよ。」
赤い浴衣の女の子が青い浴衣の男の子をぐいぐいと引っ張る。
全く知らない人々に囲まれ、押され、揉まれ、それでも必死に女の子を追っかける男の子は今にも泣きそうだ。
男の子は女の子がどこへ行こうとしているのか知らない。親たちから黙って離れたことがとても悪いことをしたような気がして、男の子の不安は増す一方だった。
パニックを起こす寸前の男の子を支えているのは、右手とつながった女の子の小さな左手。
「はぐれたら置いてくからねっ」
ようやく人ごみを抜けて今度は山道を突き進みはじめたころ女の子が強く宣言した。
「そんなぁ……」
息を切らしていた男の子は一息つく間もなく顔を青ざめさせる。
右も左もわからない山中で彼女と離れて一人になる。想像して心細さに絶えれなくなった彼はつないでいた彼女の左手を意識しないままに、強くさらに強く握り締めた。
もしかしたら痛かったのだろうか、女の子が振り返り男の子を見つめた。けれど彼女は何も言わずに彼の右手をぎゅっと握り返した。
どこかで花火の打ち上がる音がした。

じーじーじー。
何か懐かしい夢を見ていた気がする。鳴り止むことのない蝉の鳴き声は夢のものか、現実のものどちらなのだろうか。
どちらにしろ五月蝿いことこの上ない。
鬱陶しい湿気を含んだ夏の暑さのせいもあって、気持ちよくは寝られなかった。そもそも寝ていい時間ではないけれど。
あと5分ぐらいかな。
葛木智弘は机の上に突っ伏していた顔を上げ、腕時計で時間を確認する。今からまた寝るにしては残った時間は少なく、そもそも寝られそうになく仕方なしの暇つぶしに国語の試験の答案用紙へと目をやる。
葛木智弘と自分の名前が読み辛くはないがそれほど綺麗というわけでもない字で書いてあるのを確認して作業終了。窓の外に視線を移し全く見えない雲を青い空の中に探す。
解答を確認しないのは、やらずともわかっているという余裕からではなく、やったところでどうしようもないという諦めからだった。
わかる問題と選択問題だけ適当に答えて、わからない問題は悩むこともせず放置した。おかげでテスト時間の半分が暇になった。
他のクラスメイト達のように、うんうんと悩んで問題とにらめっこすれば空欄のいくつかを正解で埋めることができるかもしれないけれど、この気だるい暑さの中で僕はそこまで頑張る気になれなかった。
「ようし、そこまで。後ろから解答用紙を前に回すように」
チャイムと同時にテストの監督をしていた武田の声が教室に響き渡る。
武田は各列から回されてきた答案を教卓で一つにまとめると礼をすませ、速やかに教室を出て行った。
今の国語の試験を最後に、三日間あった一学期の期末テストが終了した。はやくも教室中に開放感が溢れていた。
テストのための名簿順の座席から通常時の座席に戻るがてらに、テストの出来や放課後どうするかなどの会話がそこかしこで聞こえる。
「智弘、どうだった?」
「んー、いつもどおり」
例に漏れず僕も友人の坂本昇と毎度の会話をしていた。いつもどおり。平均点。可もなく不可もなく。
「そっか。お互い様だよな」
にししと昇が笑う。二人して平均点前後、にかかるかどうか。
「でさ、明日の夏明だけど――」
昇は話を続けようといていたが、担任の岡本が教室に入ってきたので肝心なところで強制的に中断させられる。
またあとでなと言って、僕も昇も慌てて席に着く。
窓から二列目の一番後ろの席、席替えから3ヶ月も経っていないが、そこが智弘の座席だった。
昇が言おうとしていたのは、明日の夏明祭のことだろう。僕らが生まれるずっと前からこの時期この街で開かれているお祭りだ。
地元の僕らにはすっかり馴染みの夏祭りで、祭を省いて「夏明」と呼んでいる。
元はそれなりに歴史のある伝統的なお祭だったらしく、祭りの名前も大層なものだったらしい。祭りの時期がちょうど梅雨明けと重なるため、いつのころからか今のように夏明祭と呼ばれるようになった。
今じゃ誰も本来の祭りの名前を知らないという。
僕らにとっちゃ、何の関係もない話だ。
テストの終了、勉強からの開放、夏休みへの期待、夏というものに対する漠然とした興奮、夏明祭は僕らに明るい色の想いを喚起してくれる。
そこに受験だとか、進路だとか、先の見えない将来なんてものへの不安なんかこれっぽちも入る余地はない。
中学三年生だからって、受験生だからって特に何がどうするわけでもなく、いつもどおり、今までどおり今年の夏も始まって、終わる。当たり前のように僕はそう思っていた。
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アイコン画像佐賀代表なんてそんなんじゃないですよ☆Σ笑
» yaplogのちFC2 (2006年12月21日)
アイコン画像白っぽいそれ?どれ?あれ?これ。
» 怠惰ときどき更新 (2006年12月20日)
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