テニアン旅行記3〜2007年のクリスマス〜

January 18 [Fri], 2008, 8:47
爆発した酸素ボンベや空砲が転がるジャングルを掻き分け進んでいくと、まずでてきたのは戦時中に掘られたトンネルでした

さらに道なき道を切り開き 急な斜面を滑り落ちるように下り こんな狭〜い隙間も通っちゃいます

旦那曰く、ラッソー台地には戦時中、野戦病院だった洞窟があったらしいと、うちのオーナーさんも言っていたそうですが、とにかくびっくりするほど多くの洞窟がありました残念ながら正確にはどの洞窟が野戦病院だったのかはわかりませんでした。。 ここは2階建てのようになった洞窟


2階部分から 左からスティシー・michiさん・コール先生


こちらは石を積んで作られた見張り台


この見張り台の先にも大きな洞窟がありました

古い靴底や『DAINIPPON BREWER』と書かれた瓶が写っています
この『DAINIPPON BREWER』と書かれた酒瓶は、飲み水を溜めておくのに使われていたそうで、洞窟やジャングルのいたるところで見かけました

それから、この洞窟には何に使ったのか、長いパイプがゴロゴロ…

牛の骨もーっ

コール先生曰く、この牛は近くの牧場で飼われていた牛が、戦後野良になってこの洞窟に迷い込み、出られなくなってしまったようで、戦時中に捕まえて食べたものではなさそうだとのこと 確かに奥には胴体の骨が綺麗に揃って残っていたし、ハイクの道中、当時牧場を仕切っていたのであろう朽ちたバラ線をあちこちで見かけました
たくさんの洞窟を見て周り、神社へと引き返す途中、先生が連れて行ってくれたところには、大きな大きなクレーンがありました

先生も日本軍のものか米軍の物かはわからないそう もう少し先には、日本軍のラジオタワーの残骸なんかもありました

ジャングルを抜けて神社へと辿り着いたときには、12時をまわっていました
8時にサンホセ村で集合してラッソー神社へやってきたので、約3時間半、ジャングルを歩き回っていたようです
神社に戻ってきたときの晴れ晴れとした達成感といったらもうっ(笑)
テニアンに住んでいても、何度テニアンを訪れても、こんな貴重な経験はなかなかできるものではありません。地形や土地をよく知っている人と一緒でなければ、絶対に来れるところではなく、今回のテニアン旅行は、このハイクに参加できて、本当に衝撃的で貴重な思い出になりました
コール先生には、心から感謝感謝です そして誘ってくれたmichiさん、ありがとうございました バナナもありがとう 生き返りました michiさんのHPから拝借したジャングルで3人並んでバナナを食べるの図


こちらも必見
ほぼ毎週参加しているmichiさんのHPPAPA COCONUTS TINIAN
コール先生のブログHikes on Tinian
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