新しい環境

May 25 [Mon], 2009, 21:10
最近ずっと更新できなくてすみません・・!!


環境が急に変わって、余裕を失っていました^^;

今は、こんなとこで働いています。




この植物、何だと思いますか?



さくらんぼ?

いやいや!

これは、トマトなんです!


実は今、トマトのハウス栽培のお手伝いをさせていただいています!

自然に一番近い場所で、命の源を育てる農業は、

最高のエコ!

ですよね!


連続投稿させていただいていた、エコストーリーも、

合い間にこんな近況報告をはさみつつ、

また、マイペースに進めさせていただきたいと思います!



とか、言いながら、まとまった文章を書く時間がなかなかつくれそうにないんですけど・・・。

時間を見つけて書くので、気長に待っていて下さいね♪

以上、短いですが、ご報告でした!!^^


96

ポイ捨てとの戦い

May 09 [Sat], 2009, 16:24
前回までのあらすじ。

犬の散歩を通して、自然の美しさに気付いた僕は、

同時に、ゴミが自然を汚していることを悲しく思うようになった。

そんな中、最初は人のせいにするだけだった心にも、

自然を守りたいという気持ちが生まれ、少しずつゴミを拾うことに。

ゴミを拾うたびに、自分の心も綺麗になっていくと感じるようになっていった。


しかし、ある日から、目の前でポイ捨てをする人を見かけるようになり、

僕は戸惑いやいら立ちを感じるようになっていった。




はい。前回の分をつけたしました。

二行分の出来事で、ずいぶん長い記事を書いていましたね^^;


でも、正直悩んだんですよ。

それでも散歩中、ゴミは拾いつづけていたんですが、

どんなに拾っても毎日ゴミは捨ててある。

僕一人だけが拾っても、誰かが捨てているかぎり、

ゴミはなくならないんじゃないかって思ったときは、すごく悲しい気分になったんです。


だから、「ポイ捨てをどうにかしないと!」って、真剣に悩みました。

そこで、勇気を出して、行動に移すことにしたんです。


最初は声をかける勇気が出なかったので、

ポイ捨てをした人の前で、落ちているゴミを拾ったりしてみました。

その人が捨てたタバコじゃなくても、道には落ちているので、

先回りして拾ってみたり、立ち止まっているなら、近くで拾ったり、

すごく、変なヤツだと思われたかもしれません。

その人だけじゃなく、通り過ぎていく人の目から見ても。

でも、それで少し、度胸が付きました。


次は、声をかけてみることにしました。

歩きタバコ禁止区間で吸いながら歩いている人になら、

法的にも悪いって言えるので、多少言いやすかったです。


「ここは歩きタバコ禁止ですよ。」って、

すると、その場に捨てようとするので、

「ポイ捨てしないでくださいね。」って、

言ってみると逆ギレ率、半々くらいです。

「関係ないだろ」みたいな、、、

でも、素直に聞いてくれる人も中にはいました。

そこで、またすこし度胸がついたので、

今度は捨てた人にも声をかけてみました。

いやー、もう、キレるキレる。。

拾うはずはないので、拾って返すんですが、

そうとう相手もムカつくんでしょうね、

見ていないとまた見えないところに捨てそうな人だと、

ゴミ箱があるところまでついていきます。

自分で自分のしつこさが嫌になりそうなときもありました。

それに、「この人、これからはもう捨てなくなるんだろうか。」

そういう疑問もありました。

「このやり方でいいのかな。」って、

一時的にしか、変わらないんじゃないかって。


それでも、ポイ捨てが悪いことだって、意識が高まるし、

見ている人もいるし、知らんぷりする人ばかりじゃないってことも、

実感して、捨てにくくなっているとは思います。


それでも、このやり方は、危険だとも思いました。

怒鳴られるし、相手によっては殴られそうになるし、

だから、女性にはおススメできません、

もっと別の方法でポイ捨てをやめさせられないかなって、

また、悩むようになりました。


そして僕は、捨ててしまうのには、何か理由がある。

それを見つけて、改善していくことが大切だと思うようになりました。



長くなってしまったので、次に続きます。

体験談って、案外長くなるものなんですね!

もっと短くまとめられるようになりたいな。


読んでくださって、ありがとうございました!!



96

ポイ捨て

May 02 [Sat], 2009, 17:39
前回のあらすじ。

犬の散歩を通して、自然の美しさに気付いた僕は、

同時に、ゴミが自然を汚していることを悲しく思うようになった。

そんな中、最初は人のせいにするだけだった心にも、

自然を守りたいという気持ちが生まれ、少しずつゴミを拾うことに。

ゴミを拾うたびに、自分の心も綺麗になっていくと感じるようになっていった。




と、あらすじから入ってみました。前回のつづき、お話したいと思います。


こんなふうにして、せっかくゴミを拾うことの喜びを感じられるようになったのですが、

ここにはまた問題が起こります。


それは、

目の前でゴミを捨てる人が現れた。

ということです。


ぁあ!?

って感じです(笑)正直、ムカッときました。

って言っても、僕がゴミを拾っているときじゃないんですけどね。

学校に行く途中、歩いていたら、ポンッってポイ捨て。

それまでだったら気にしなかったのでしょうが、

自分が拾う立場になったため、

「おい!」

って感じになりました。

「あなたは、何も考えないで捨ててるかもしれないけど、拾っている人がいるんだよ!」

って、言いたくなりました。でも言えませんでした。

悔しかったです。


それから、頻繁に、ゴミを捨てる人を見るようになりました。

特にタバコ。これは多いですよね。

小さいから、案外気にせずに捨てるんですよ。

これくらい捨てたって、大したことはないって。

イヤ、タバコをポイ捨てしている時点で、

この人、歩きタバコもしているんですけど。

ツッコミどころ満載です。だけど、言いにくいですよね。

本当に困りました。


だってそんなこと言ったら、

「あんたが勝手に困っているだけだ。困らせるつもりはない」

って言われますもん。

確かにそうだけど、それは違うぜ。おみゃあさん・・。

困るのに勝手もなにもないですよね・・。

よくあるんですよ、

「カタすぎ、マジメすぎ、考えすぎ。もっと気楽に生きたら?」

みたいな言われ方。


だけど、何が過ぎているっていうのでしょうか?

どれだけ信念を固く持つか。

どれだけ真面目に生きるか。

どれだけ考えて行動するか。

自分で決めることじゃないですか。

そりゃ、他の人から見たら、過ぎてみえることも多々あるでしょうが、

僕は過ぎているだなんて一切思っていません。

悩んで苦しむことがあっても、悩まなくて、苦しみをさけ続けて、

何も乗り越えられない人間になるよりも、

悩みまくった方がずっと幸せですよ。

って僕は思います。

悩んでいるときは、逃げだしたくなることもありますけどね。


そんなこんなで、また逃げ出したくなるような悩みに直面したわけです。

不法投棄ならまだしも、タバコぐらいじゃ、

「気にしているアンタの方がヘン。」と言われてしまいます。

大体、タバコ一つ捨てたくらいじゃ、地球は壊れないって。

世の中の常識って、言い訳ばかりです。

ずるい大人たちにとって都合のいいことばかり言っています。


「僕が、気にしているのは、タバコ一つが及ぼす地球への影響じゃなくて、

ゴミを平気で捨ててしまう、あなたの心に巣食うエゴのことなんだよ。

あなたの自分勝手な行動が、他の人間に与える影響っていうのは、

街を一つゴミの山にしてしまいかねないほど、大きいんだ。」


大げさに思いますか?

でも、たとえば、ゴミを捨てる人がいて、拾う人が一人もいない街だったら、

たとえタバコ一つずつでも、誰かが捨て続ければ、

街がゴミの山になることは、間違いない。

今の街は、それが職業でも、ボランティアでも、

誰か拾う人がいて、ようやくゴミの山にならずにすんでいるだけなんですよ。

でも、目の前でゴミを捨てられて、拾う人がイヤになっちゃったら、

ゴミは減らなくなって、だんだんと増えていく。

それが小さなタバコであってもです。

それだけで、拾う人の気持ちを踏みにじるには十分すぎるほどなんですよ。

だから、捨てるものが小さいとか、大きいとか、本当は関係ないんです。

ゴミを捨てるという行為が、他の人にもゴミを捨てさせ、

拾う気持ちを失わせてしまう、悲しい行動なわけです。


でも、ポイ捨てしている人に、それを一瞬で説明するのは、かなりの難題です。

せめて拾って、「落としましたよ」っていうくらいが限界です。

これだって、ムカつきますし、危険がともないますけどね。


って、何だかんだで書いているうちに長くなってしまいました。

感情がこもりましたね。読んでいて不愉快な気分になってしまったらごめんなさい。


僕の尊敬する恩師の言葉で、

「瞋恚(怒り)は善悪に通じる」という言葉があるのですが、

怒ること自体が悪いのではない。

悪に対して怒るのは、善に通じる。

という意味なんです。


そういった意味からも、感情をこめさせていただきました。

また、よかったら読んでやってください。


96

犬の散歩で目覚めたエコ

May 02 [Sat], 2009, 16:43
こんにちは^^

前回エコとエゴについて書かせていただきました。


ゴミを減らすことは、地球だけじゃなくて、人間の心も綺麗にする。

植樹は、地球だけじゃなく、人間の心も豊かにする。


これは、僕の持っている哲学です。信念です。

今回は、そう思った理由について、体験を交えてお話させていただきたいと思います。


去年の秋まで、僕の家では犬を飼っていました。

20年近く生きていたので、ずいぶん長生きだったのだと思います。

その犬が亡くなるまで、足の弱くなったその子を連れて、

僕は散歩に行っていました。


当時、僕は自分の悩みに押しつぶされて、学校に行くことも辛くなってしまっていました。

引きこもりがちだった僕も、かわいそうな飼い犬を放っておくわけにもいかず、

億劫がりながらも、散歩に連れて行っていました。


もう年寄りで、ゆっくりと、何度も立ち止まりながら歩くその子と歩いていると、

周りの景色がよく見られます。

青々と茂る雑草、小さな名も知らぬ花が、とても美しいと感じたのもその頃でした。


疲れ果てた僕の心は、ゆっくりと自然と触れ合う中で、だんだんと元気を取り戻していきました。

木々や草花、鳥たちや虫たちが大好きになったそんな頃、

だんだんと今まで気にしなかったものが気になるようになりました。


それは、道に落ちているゴミでした。

美しい緑の風景に、空き缶が落ちている。

けなげに咲く小さな花のすぐ横に、タバコの吸いガラが散らばっている。


何だろう。この違和感は。

絵画に絵の具を落としたかのような、音楽に雑音が混ざったかのような、

いらだちのような、悲しみのような、戸惑いのようなものを感じました。


「何でこんな綺麗なところに、平気でゴミを捨てられるんだろう。」


最初はそう思って通り過ぎていたけれど、それまで癒されていた風景に、

それからは心安らぐことができなくなってしまっていました。


「捨てた人のせいで、いらいらする。どうしたらいい?」

そんなふうにして、僕の中で葛藤が始まりました。それでも、

「僕が捨てたんじゃないし、ゴミは捨てた本人が拾うべきだ」

そう思って、腹立たしく思いながらも、通り過ぎる日々が続きました。


でも、そんな僕も、自分のことを振り返ってみると、

自転車のかごに入っていた袋や、お菓子のちり紙なんかが、

風で飛ばされてしまったことがあったことを思い出しました。

捨てようと思ったわけではないけれど、きっとあれもゴミになっていたのだろう。

ここに落ちているものも、そういうゴミなのかもしれない。

誰も、地球を汚したくて捨てている人なんていないのだろう。

そう思うようになりました。


よし、それなら、あの日拾えなかった自分のゴミを拾うつもりで、

このゴミも拾わせてもらおう。


そうやって、僕は散歩道に落ちているゴミを拾うようになりました。

その日から、僕はいらだつこともなく、自然をもっと身近に感じながら、

散歩の時間を楽しめるようになりました。


あの日僕が捨てたゴミを、こうして拾っていてくれた人がいたのかもしれない。

何も知らずに、迷惑をかけてしまった人に、恩返しをすることができているようで、

嬉しい気持ちにもなれました。

そしてまた、僕は今地球を汚すのではなく、

そういう人たちと一緒に、地球を綺麗にする側の人間になれたんだ。

目には見えない、どこかの心温かい人と、友達になれたような気がして、

幸せな気分になりました。


そのとき、減っていたゴミは小さなものかもしれないけれど、

色々なものに縛られて、地球を知らずに汚していただけだった僕が、

たくさんの人たちと一緒に、地球を守っていると思えるようになった。

自然が大好きになって、大切に想えるようになって、

嬉しくて、幸せに生きられるようになった。


目に見えるゴミよりも、僕の心の中のゴミは、ずっと少なく、

綺麗な心に近づいていったのではないかと感じました。


たくさんの人に想いを馳せ、一緒に生きている喜びを感じられるようになったことも、

僕にとって大きな幸せです。

今、都会で孤独に苦しんでいる人たちも、こんなふうに思えたら、

寂しさに押しつぶされてしまうこともなくなるのに。

だから、もっとみんなが一緒に地球を守れるように、

心のゴミを拾えるように、手をつないで生きていけるように。


僕にとってのエコとは、そういうものなんです。

人間の心にある、思いやりや、優しさ、温かい心を、

引き出して、育ててくれる行動なんです。


人間の持つエゴに打ち勝つにも、

そういう愛情が一番重要なのではないでしょうか。


そう思うから、僕はエコを大切にしていきます。

目先の結果ではなく、人の心に生まれる優しさを信じるために。



この体験談には、続きがあります。

前置きだけで長くなってしまったので、まとめてしまいましたが、

本当にお話ししたい出来事はこれからになります。

長くなりますが、また読んでもらえたら嬉しいです。


96

エコとエゴ

May 02 [Sat], 2009, 15:38
アースデー・コンサートに行ってきたということで、

エコについて書きます!!



皆さんは、地球を環境破壊から救うためにはどうしたらいいと思いますか?


ゴミを減らす。

水や資源を節約する。

CO2排出の少ない、公共の交通機関を利用する。



色々な方法が言われています。

実際、僕も少しずつ意識するようにしています。


そんなふうにして、努力している人はたくさんいますが、

それでも、環境は破壊されている。

とてもじゃないけど、これを止めることはできないんじゃないかって、

思うこと、たくさんあります。

ここには大きな問題がひそんでいるんですよ。


「エコなんて、やりたいヤツだけやればいい。」

「めんどくさいし、自分はぜいたくしたいからやらない。」

「地球がどうにもならなくなるころには、もうこの世にいないから」



そんなふうにして、エコにまったく興味をもたない人、

それどころか、精一杯努力している人を、バカにする人たちが、

悲しいことに、この世界にはたくさんいます。


僕らが一生懸命、エコ活動をしているときに、

彼らは、気のままに " エゴ "活動をしているという状況なのです。


人間のエゴというものは、本当に悲しいものです。

戦争も、エゴの産物ですし、

現在、核兵器をなくすために、

国連をはじめ、世界中が努力を重ねている中でさえ、

核の実験を重ね、保有国になろうとしている国もあります。


核も、戦争も、招くのは死のみです。

破壊しかない。

地球を最も破壊しているのも、戦争であり、

人間のエゴなのです。



だから、地球を救うためには、まず、人間をエゴから目覚めさせなければいけない。

というのが、僕の考えです。


僕は、エコとは、人の心のゴミをなくしていくことだと考えています。

地球を汚すのが当たり前になってしまっている人間の心に、

地球を綺麗にしたいという思いを芽生えさせることがエコだと考えています。


現実の、ゴミを減らしたり、木を植えたりというエコ活動の一つ一つに、

そういった想いが込められたら、エコとは他人ごとではなく、

自分の心のことだと思えるようになるのではないでしょうか。


僕がこのように感じた、エコに関する出来事を、

次の記事で書いていきたいと思います。

長くなって申し訳ありませんが、よかったら読んでみてくださいね^^


96


P R
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