不登校の考察(事例)「小児科医林隆博氏心のカルテ」よりNo1

2010年05月25日(火) 17時04分
文部科学省の調査では、不登校児童生徒の定義は「何らかの心理的情緒的身体的、あるいは社会的要因・背景により登校したくないあるいはできない状況にあるために年間30日以上欠席したもののうち、病気や経済的理由による者を除いたもの」と定義しています。

自分の子どもを不登校にしたい親などいないでしょう。しかし実際には、普段の生活の中で親が気づかないで行っている行為が子どもに過度のストレスを与えてしまっているということがあるようです。

ベネッセのチャイルド・リサーチ・ネット(インターネット上の子ども学研究所)に、小児科医林隆博氏の書かれた「心のカルテ」という記事があります。そこには、林医師が診療にたずさわったいくつかの家族のことが書いてあります。

これらが不登校の原因全てではないとは思います。しかし、これらのことで子どもを不登校にしてしまうという事実はあるので、私たち親や大人は自ら気をつけ、また、まだ知らないでいるママ友や知り合いのお母様方に伝えていき、家庭内が原因で発生するものを減らせたらと思います。

<心のカルテ1>より

 A君は小学校二年生。それまで別に変わったこともなく親の言うこともよくきくいい子だった。ところが二年生の新学期が始まって少したったころから、朝になると「頭が痛い」とか「おなかが痛い」とか言ってメソメソすることが多くなった。

 親は心配して医者に連れていくと風邪薬をくれた。そういえば体温は三七度くらい、微熱もあるようで、その日は学校を体ませた。夕方には元気が出てきて、見舞いに来てくれた友達から受け取った連絡ノートも見て、学校の支度をした。

 ところが翌日またおなかが痛くなった。「少しぐらい我慢しなさい」と言ったら泣き出してしまった。パジャマも着替えようとしないので仕方なく学校に電話してもう一日休ませた。三日目の朝になるとさすがに母親も変だと思った。医者に連れていくと「もう治ってます」という。が、まだグズグズしている。きっとズル休みにちがいない―。しかってその日は学校に行かせた。三日ほどはよかったが、翌週の月曜にまたおなかが痛くなってしまった。今度はいままでとちがい「痛い」と言って泣き叫ぶ。

 祖父に仕事を休んでもらい大きな病院に連れて行った。ところが病院に着いてみると痛みは治まる。小児科医は「盲腸は五歳の時に切ってありますし、便の様子から腸炎でしょう」と言いった。薬をもらい、二日間家でおとなしく寝かせると、おなかの痛みもなくなった。三日目に病院に行くと「便も正常、もう治ってますよ」と言われた。

 しかし翌日の朝、A君は母親の期待を裏切って、またおなかが痛いと訴えた。「もう治ったから大丈夫って言われたでしょ」と言っても、目に涙をためて靴をはこうとしない。「お母さんがついていってあげるから、学校に行きましょう」と説得してようやく一時間目の途中から登校した。

 母親は一時間目の終わった後、担任の先生にこれまでのことを話すと「不登校かもしれません。ここで休ませるとくせになりますから、毎日送ってでも連れて来てください」と言われた。

 「不登校」の一言にショックを受けた母親はその日、夕方まで何をして過ごしたか覚えていないほどだった。父親が帰ってくるやいなや、子どもたちを祖母のところに行かせ、相談した。父親は寝耳に水といった表情をした後「こういうことは年寄りの知恵を借りるのが一番だ」と言って祖父のところに相談に行った。

 話を聞いた祖父は形相を変えてやって来て「こんなことになったのはお前が甘やかしすぎたからだ。うちの家系にはそんな変な者はおらんのにこれじゃ一家の名折れだ」と厳しく母親を責めた。母親は″こんなことなら相談しなければよかった″と内心思いつつ、あすからのことを考えると途方に暮れるばかりだった。

翌朝、意を決したようにA君をおこした母親は着替え、そして食事をさせた。終始無言の食卓の向こうで祖父の厳しい目が光っていた。A君はいつもとちがう家族のムードに圧倒されたのか、この日は素直に母親の言うままに手を引かれ学校に行った。


 子どもの不登校に気づいた家族はどう行動すればよいのでしょうか。一つのモデルとしてB君のばあいを想定してみましょう。
 小学校二年生の一学期に不登校の兆候が現れたB君だったが、母親に無理やり学校に連れて行かれ、数日は登校した。しかし翌週の月曜からまたいつもの腹痛が出現した。学校の先生に電話で事情を話すと「送ってでも連れて来たほうがいい」と言われ、遅刻しながらも送って行った。

 教室に入ってしまうとB君は別に変わった様子もなく元気にしている。早速、担任の先生と話し合い、症状としては「不登校の始まり」かもしれない。しかし母親も担任の先生もまったく原因として思い当たるふしがない。とにかく帰って父親と相談することにした。

 夕方帰宅した父親に事情を話した。父親は腕組みをしながら話を聞いた後、「一度本人に聞いてみよう」と言ってB君を呼んだ。「学校の先生が怖いのか」「だれかいじめる子がいるのか」「勉強がわからないのか」「給食が嫌いなのか」―B君はとくにそんなことでは困っていないようす。

「じゃあ学校が嫌いなのか」と尋ねても首を横に振る。「よしわかった。じゃあ安心だ。お父さんはお前が学校嫌いになったかと思って心配したゾ。お父さんだって少しぐらい頭やおなかが痛くたってがまんして会社へ行くんだから、お前も頑張って学校へ行くんだゾ」と言ってB君を励ました。

 その後、母親は担任の先生にいわれたように毎日B君を学校に連れていくことにした。そのあいだ、三歳の弟は祖母がみてくれることになった。

 父親は今年から町内会の役員をしていましたが、家がこんな時だからと会長さんに話して祖父に代わってもらった。そして暇のできた日曜などは親子で出掛け気分転換をはかり、来週一度、会社を休んで、夫婦で担任の先生に相談に行くことなどを決めた。B君の不登校がきっかけで途絶えがちになっていた家族の会話がかえって復活したようにさえ思えた。

 B君の家族は、A君の家族とちがい、B君の問題に対して全員が前向きに取り組んでおり、一人ひとりがその役割をはたしているのがわかります。家族というのはちょうど人の体のようなものです。心臓にしろ肝臓にしろ、正しく役割をはたしてこそ、全体として健康でいられるのです。ところが家族のなかに全体の調和を乱したり、自分の役割をはたさない人が一人でもいると、子どもの病気はどんどん重症化するばかりか、しまいには家族全休に広がり、家族の全員が心の病気に冒される結果になるのです。このばあい、病気の中心である子どもの治療とともに家族全体に対する治療にも目を向ける必要があります。
 子どもの心の病気がもとで家族の調和が乱れてしまったのか、それとも家族の関係がうまくいっていなかったために子どもが心の病気になったのか、ということはちょうど鶏と卵の関係のようなものですが、あえて答えを出すならば、後者のほう、すなわち家族の問題のほうが先だと言えます。ほとんどのケースで、不登校児童を抱える家庭では、以前より家族関係にひずみがあったにもかかわらず、家族のだれ一人としてそのことに気がついていなかった。あるいは気がついていたのだけれどもあえて口に出そうとはしなかった、というのが本音のようです。

 子どもの心の病気がきっかけで以前からあった問題が表面化したにすぎません。少し酷な言い方をすれば、そのような家庭に生まれた子どもはいずれはそうなる運命にあったとも言えます。責任は病気になった子どもにあるのではなく、長年にわたって家族関係のひずみを放置していた、あるいは気がつかないでいた大人たちのほうにあると考えています。何の問題もない家庭のなかで、子どもが手に負えないぐらいひどい不登校に進展するのはかなりまれなことのように思えます。
 しかし、では家族のだれに責任があるのか、というとこれがまたはっきりしません。家族というのは皆でつくるものですから、だれか一人の責任とは言えないのです。客観的に判断してこの一人が悪い、と言える人がいたとしても、その人を悪いまま放置していた他の人たちの責任も追及されるべきです。ですから家族が悪いというばあい、家族のなかのある一人が悪いというのではなく、全体として家族が正しく機能していないということなのです。

 では家族が正しく機能しているというのはどのような状態をいうのでしょうか。それは、
 @夫婦が精神的にも肉体的にも一致していて円満であること。意見の食い違いがあったばあいはお互いに納得がいくまで話し合って、その結果決まったことをもとに一緒に行動すること。
 A夫婦や祖父母は各世代のなかだけで@の問題を解決すること。すなわち互いに過干渉をせぬこと。
 B大人たちが自分たちの対立のなかに子どもを巻き込まないこと。
 C家族のなかに発言権がなくただ従うだけの人をつくらないこと。
 D兄弟のあいだに愛情の偏りをつくらないこと。とくにBCと関連して兄弟のだれかと母親あるいは父親が家族のなかで少数派のグループをつくらないこと。
 E家族の皆が自分の役割を正しく実行し、また全体をまとめる指揮官がいること。指揮官は父がいるかぎり父が務めること。
 以上の六項目がきちんとおこなわれているばあい、家族は正しく機能するようにできています。

<心のカルテ2>より
不登校や子どもの心身症を予防するために家族が気をつけるポイント、それは「家族内のバランス」です。
「家族のなかに発言権がなくただ従うだけの人をつくらない」「兄弟の問に愛情の偏りをつくらない」「家族内に少数派、弱者のグループをつくらない」の三点です。
 わかりやすくするために一つ例をあげてお話しましょう。

 I家のお嫁さんはよくできた人だった。I家に来て十数年、おしゅうとめさんの言うこともよく守り、朝早くから夜遅くまでよく働いてきた。口数の多いおしゅうとめさんにもよくがまんをして、一度たりとも意見を述べたことはなかった。夫は仕事一途で帰りも遅く、夫のいないあいだにおしゅうとめさんの小言を受けるのは本当につらいことだったが、いつも自分さえがまんすればすべて丸く収まるのだと思い耐えていた。

 子どもは三人で男の子が一人と女の子が二人。上の二人は父に似てきちょうめんで祖父母にもかわいがられたが、末っ子の妹は甘えん坊でだらしなく、しかられることのほうが多かった。しかしお母さんにとってみれば妹が一番自分の気持ちを理解してくれているようで、心の優しいいい子だと思っていた。お母さんは「もし家を出るなら、この子だけは連れて行こう」などと考えたこともあったが、とてもそんなことはできるわけがない、とあきらめてしまっていた。

 そんな母親に似たのか、妹は外では口数も少なく、幼稚園でも友だちは少ないほうだった。小学校になって朝の登校が歩いて三十分以上と遠いこともあって登校を渋り始めまた。最初は友達や先生が迎えに来れば登校できたのだが、そのうち先生が迎えに来ても家から出なくなる、という典型的な経過をたどるようになった。結局は母親が毎日教室まで送っていくというかたちで再登校を始めただが、どうもこのままでは終わりそうにない・・。


 I家の場合、妹の不登校の原因はどこにあったのでしょうか。それは家族のバランスの悪さにあったと考えられます。「家族の中で発言権がなくただ従うだけの人」が母親で、その母親と妹とが「少数派で弱者のグループ」をつくっていたのです。このばあい症状は最も弱い立場にいる母親に同情した妹に発現します。言い換えれば、妹の不登校は母親の苦悩の代弁とも受け取れます。
 このようなケースでは妹の治療は困難をきわめます。妹は母の苦悩が治らないかぎり決して治ろうとはしません。かといって治療者が不用意にI家の家族関係に介入しようものなら、「母が妹を連れて家を出る」という、より複雑な結果を生みかねないからです。

<心のカルテ3>より
 D家は六人家族。両親と祖父母そして子どもが二人。一人目の姉は両親が結婚してすぐにできた子どもだったが、その後しばらく子どもができず、五年たってやっと生まれたのが男の子だった。生まれた時に体重が少し少なめだったため、おじいさん、おばあさんは大変心配したが、幸い体のほうは丈夫で、退院が三日遅れただけで元気に帰って来た。

 待望の男の子の誕生に家族は一変した。くしゃみをすれば寒かろう、と布団を買ってやる。空気が汚れないようにと輸入品のパネルヒーターも買ってやる。お宮参りは上等の服をそろえ、豪勢にお祝いをする。初節句がくればお祝い、お誕生日にもお祝い、と万事がこの調子で大変な甘やかしようだった。

 この間、別に姉を大事にしなかったというわけではないのだが、お姉さんはもうききわけのできる年齢だったので、自分でも「お姉さんだからがまんしなきゃ」と別にうらやましがったりもしなかった。そのためD家ではことあるごとに弟中心、姉は日陰の存在となっていった。

 姉は学校のことも自分でテキパキと片づけ、家のお手伝いもし、弟の世話もする、という優等生に育った。両親もとくに意識してそうしたわけではないのだが、つい手のかからない姉に甘えて「お姉ちゃん、お願いね」と何でも任せておくことが多くなる。いつも甘えん坊ですぐに泣いては何でも買ってもらっている弟を横目に、姉はますます自立していった。

 そんな姉が中学生になったある日、突然に学校を休み始めた。もとはと言えばクラスの友人との口論がきっかけのようだ。「あの子のいる学校へ行くのは絶対にイヤ!」――そう言って学校へ行かない日が何日も続いた。学校の先生も来てくれて、原因となった友人の両親とも話し合った。しかし大人同士で話し合ってみると、子どもが言うほどには取り立てていやなことがあったわけではないようす。友人も学校の先生に頼まれたとおり「私が悪かったから」と謝って迎えに来てくれたのだが、姉はまったく部屋から出ず、会おうともしない。


 D家のばあい、姉の不登校の原因は姉弟のあいだの愛情の偏りにあったと思われます。しかしそれはだれかが意識的におこなったわけではないので、なかなか気づかれません。ちょっとした愛情の偏りが、姉に自主的に身を引かせることになり、その結果、何年にもわたって姉は愛情に飢えた日陰の存在となってしまったのです。その結果として姉はかえって自立した優等生になったのですが、友人とのトラブルをきっかけに心のもろさを暴露してしまったのです。

 学校でいつもいじめられる子ども、クラスが変わっても、転校しても、やっぱりいつもいじめられ続ける子ども、こんな子どものなかには実は家庭のなかでも日陰の立場の子ども、何となくうとましがられている子どもが数多くみられます。家庭のなかでいつもいじめられている子どもは、いじめられることに慣れてしまうと同時にいじめから逃れる方法を知りません。ですから家族内での弱者、あるいは弱者とグループをつくっている子どもは学校でもいじめられっ子になる要素が大きいのです。

 家族のなかに日陰の人や弱い立場の人をつくらない、というのは実行するのは途方もなくむずかしいことのようです。家庭にしろ社会にしろ、だれかが利益を上げ、自己を主張し、快楽を得るばあい、必然的にだれかが損をして、自己を犠性にして、苦しみを享受しなければならないのです。ですからそれをお互いに立場を変えつつ「おれはきょう得をしたから、あすはお前の番だ」などと言えるようになればいいのでしょうが、いつも得をする人と損をする人が決まっているというのが社会の常であり、家庭の常でもあるようです。

 でも本当にお互いが深く愛し合っているのなら、家庭内でも社会でも、相手の立場を考えて相手の利益を尊重するという関係が成立するはずです。「愛するということは相手が一番してほしいと思うことをしてあげること」と昔は教えられました。現代社会にはこの他人を思いやる精神が欠けているようにも思えます。

後日、心のカルテ1のA君の両親の面接でわかったことはA君の弟は生まれた時に心臓に小さな穴があいている病気(心室中隔欠損症)があったこと、病気は幸い六ヵ月のときに自然に治ってくれたのですが、両親や祖父母は極度に心配して弟のほうばかりに目がいってしまっていた、そして特に意識してそうしたわけではないのですが、結果的にA君にかける愛情が稀薄になってしまったということでした。

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