親の成熟がモンスターを減少させる

2008年08月28日(木) 19時11分
『ムチャをねじ込む親たち モンスター・ペアレント』本間正人氏著 2007年12月中経出版発行を読みました。

この本は、無理難題を訴える相手にどう対応したらよいかを教えてくれる本です。交渉術が書いてあります。

今、テレビでは「モンスター・ペアレント」というドラマをやっていますが、この本の第4章には、「誰もがモンスターになりうるという事実があります」と書かれています。

「 とくに危ないのが、‘モンスターに襲われた人’です。モンスターから受けた屈辱、それに対する怒り、復讐心。これらが大爆発を起こしたとき、その人自身がモンスターに変身して、ほかの誰かに襲いかかる可能性があります。モンスターが、新たなモンスターを生み出す土壌をつくっているのです。」

そして、「 読者のなかには、‘親’の立場にある人も多くおられることでしょう。この‘親’が成熟することこそが、モンスターを生み出さないことにつながる」と著者は考える、と書いてあります。

「‘親が成熟する’とは、社会や他者と健全に関わることができるようになる、ということです。一人ひとりが大人の自覚を持って生きることで、教育現場のみならず社会全体のなかで、モンスターは確実に減っていきます。また、将来、子どもがモンスター化することを防ぎます。」

「 真の大人は、‘未来’に対しても責任を持たなくてはなりません。次の世代のために、ふたたびこの国に‘節度と思いやりのあるコミュニケーション’を回復させる義務がわれわれにはあります。
それには、自分自身も学び、子どもにも学びの機会を持たせることが重要です。」

そして、この本は、「子どもがいかにして他者との接し方を学ぶのか、親は何を子どもに伝えていくべきなのか」を述べています。

<子どもをモンスターにしないための心得>

T.自己中心的な面を協調できるように変えていく

モンスターにとって、‘他者’はモノであり、道具です。他者が苦しもうと、涙を流そうと、モンスターは痛みを感じません。‘他者にも人生があり、心がある。あたなの人生の道具ではない。’子どもをモンスターにしないためには、この事実をしっかりと認識させなくてはなりません。
 
@そのためには、実際に共同作業を体験させることが効果的です。できれば低学年の間に、‘集団でなければ味わえない楽しみ’を経験させましょう。チームスポーツ、合奏や合唱、キャンプ、ボーイ(ガール)スカウト、児童会活動など。

これらを勉強の妨げとは決して思わないでください。知識はいつでも身につけることができますが、協調性を身につけるのは年齢が後になるほど苦労するものです。

A子どもの‘友だち作りの力’をアップさせるために、親が言動に注意する。

禁句…「あんな子と付き合っちゃダメ」「あの子に負けちゃダメ」「あの子って乱暴ね」「勉強できないのね」「あの子のおうちは・・だから」…よその子どもに対して軽蔑を示したり、無用なライバル意識をあおったりするのは厳禁です。そんな言葉で友だち作りの機会を封じてはいけません。

「その子はやさしいんだね、動物が好きなのね」「へえ、面白い子ね、その子といると楽しいんだね」…子どもの話をよく聴きながら、その子の‘いいところ’を見つけてほめるのです。親の一言で、子ども同士の心理的な距離は、ぐっと近づきます

いろいろな人と接し、いろいろな価値観に触れることで、子どもは‘自己中心性’の殻を破ることができるのです。子どもが人間関係を築く過程では、苦しい思いもするでしょう。けんかをすることもあるし、傷つけられること、逆に友だちを裏切ってしまうこともあるでしょう。しかし、そうした‘痛み’もまた、成熟の一過程です。

U.非難より具体的な提案を


「いやな世の中になったもんだ」「だから世の中はよくならんのだ」などという非難なら、誰でもできます。「今がダメなら、こうすればいいのでは?」というビジョンや具体的な提案があってはじめて、物事は好転します。これは、人間関係の全てに通じる鉄則です。提案なき批判は、やる気をそぐだけです。

子どもを叱る時も、非難のメッセージではなく、「〜してみようよ」「こうするといいのよ」と、時にはお手本を示しながら、「Let’s」のメッセージを投げるのが正解です。「いい子になりなさい!」ではなく、「目の上の人とすれ違う時は会釈をしようね」「電車の中では、お年寄りに席をゆずってね」と、日々の暮らしの中で「どう行動すべきか」を伝えること。その繰り返しが、子どもの中に独自の価値基準やモラルをつくり上げていきます

V.一元的比較ではなく、個性をほめる

‘いい子’という概念は、しばしば「勉強のできる子」「口答えせず言うことをよく聞く子」に集約されがちですが、これは「大人から見て都合のいい子」という意味にすぎません。子どもは、というより人間は、もっと多面的に評価されるべきです。

「手先が器用」「アイデアが豊富」「ギャグセンスが優れている」「美しいものに対する感性が鋭い」など、そうした部分を積極的に認めてもらっている子どもは、モンスターにはなりません。

とはいえ、‘ほめ殺し’も危険です。「これに関してはうちの子が一番ね」「あの子よりあなたの方が上手よね」などと、競争意識ばかりを刺激する表現をしてはいけません。人をおとしめることによるほめ方は、子どもの中に‘自分への肯定=他者への否定’という構図をつくり上げてしまいます。

一見競争原理だけで動いているように見える資本主義経済も、実際は綿密なチームワークによらなければ動かないものです。社会に出るには、多様な価値基準で人を見る能力と、自分の価値を多角的に判断できる能力が必要です。そうでないと、周囲と連携プレーを行うことができません。だからこそ、家庭では子どもの‘成績以外’のよさを引き出す教育を行うべきなのです。

W.溺愛は子どもの‘依存心’を大きくする

親は時々、我が子を‘自分の分身’のように錯覚することがあります。もし子どもがよその子にぶたれたら、「うちの子に何するのよ!」と、猛然と食ってかかるのです。美しい母性愛も、度がすぎると毒になります。

‘子どもは自分とは別の人格である’‘子どもは先天的に適応力や強さを持っている’ということを、親は早めに意識する必要があります。

どんなに気をつけても、子どもは転んで擦り傷をつくるものです。人と付き合えば、傷ついたり悲しんだりすることもあります。人生で大きな壁にぶちあたることもあります。しかし、壁にぶつかることで、はじめて自立心は芽生えるものです。

痛みを感じている子どもを見かねて、そのたびに抱き上げていたら、自立心はつまれてしまいます。そして、依存心を大きくし、自分では何ひとつせずに「まわりにセッティングしてもらって当たり前」と思う人間になってしまいます。そんな子どもが大人になって、挫折を味わうと、「アイツのせいで失敗した」「僕という人材を活かせない社会が悪いんだ」「うまくいかないのは社会が悪いからだ」「僕が理解されないのは、時代が僕についてきていないからだ」などと言い出すカンチガイ人間になることでしょう。

<自分がモンスターにならないための心得>

集団本能と心の安定

2008年08月25日(月) 22時00分
以前、記事PTA活動でご紹介した川端裕人氏のブログで知った教育学者・中原淳(東京大学准教授)のブログを訪れてみました。

8月19日に書かれた記事には、某県の小学校(正確には小中学校)で実施された「組織開発のワークショップ」に参加し、さまざまな学校関係者と対話をしたが、その中で感じたことの1つに以下のことがあったと書かれていました。

「 2日間という限られた時間ではあるけれど、様々な背景や考えをもった教員、職員、管理職など学校の全スタッフが集まり、日々の仕事のやり方を振り返りつつ、‘どういう学校を、一緒につくっていけばよいのか’をともに考え、‘対話’を積み重ねる。

 我々は、話しているつもりでも、話せていない。
 聞いているつもりでも、本当に聞いていない。
 言葉を届けているつもりでも、届いていない。
 そういうことが自分にもたくさんあるな、と感じた。
 
 特に僕は話を「聞けない」。
 他人の話の終わりを、「待てない」。
 「聞く」「待つ」・・・これは僕の課題であると思う。

 ちなみに、内田樹さんの言葉ではないが、

 我々は、言い過ぎるか
 言い足りないかのどちらかである。

 僕の言葉は、他者に届いているのか、についても
 一抹の不安を感じた。」

実はこの夏、PTAの盆踊り委員長をやってみて、私が一番に感じたことがこの言葉と同じようなことでした。

一部ですが、話したつもりのことが伝わっていない。話した意図も伝わらない。伝言も60%伝われば良い方で、時にメールでは全く反対の意味に伝わっていたことさえありました。

中原氏の伝わらないという意味は、その分野での経験の多い方々のために、それぞれのお考えに固執し、他の方のお考えを素直に受け入れられないという意味のように思います。上記のように感じたということは、多くの方に共感を得たという実感の方が少なかったか、ご自分のお考えを強く通そうとなさった方が参加者の中にいらっしゃったのだろうと想像します。

私の場合は、単純にお互いの話し言葉や文字の読み取り伝達能力の方にも問題があったように思います。子どものうちはテストなどで能力が判断されますが、大人になるとこんなところで言語能力やコミュニケーション能力が他人にわかってしまうんだなって、恥ずかしく思いました・・・。

また、何かを共同で成し遂げようとする時、自分の力をおしみなく最大限に発揮しようと考え行動する方と、自分の労力を最小限に抑える事の方が得とのごとくに行動される方がいらして、後者の方に仕事をお願いすると、第一声に「そんなことしなくてもいいのでは」などの反対の言葉をいただいたり、重い机を運ぶなどの大変と思われる仕事を避けようとする行動が見えるので、私のテンションを低くしないようにするためにかなりエネルギーを消費しました。

はっきりいってこんな経験は初めてだったので、7月から8月まで、自分の能力のなさにずーっと落ち込んでいて(時間がないとういこともありましたがどちらかというと精神的に)ブログを書く気力もなくなっていました。

そして、最近『改訂版 見える学力、見えない学力』岸本裕史氏著 大月書店発行の中で、「集団本能とこころの安定」の文章を読み、自分の体験と照らし合わせ、‘集団の中で得られる満足感がいかに人に自信ややる気をもたらすか’ということを実感した次第です。

「 さまざまな知識や、人間らしい情緒といったものは、大脳の新しい皮質がつかさどっています。学校での勉強や、家庭での学習を通じて、学力は年ごとにつき、高くなっていきますが、これは大脳の新しい皮質の働きです。疲れると、大人で8時間、子どもなら10時間ばかりの睡眠で元通りになります。

ところが、本能中枢のある大脳の古い皮質は、睡眠によって疲れが回復するということはありません。睡眠によって、知的中枢の活動が停止した後も、古い皮質は夢を見るといった形での活動を続けています。

 大脳の古い皮質の疲れ、とくに集団本能にかかわる部分は、安心して話し合ったり、遊び合ったりする中で癒されます。睡眠では疲れはとれません。

子どもの場合なら、戸外で友だちと遊びたわむれることで、その疲れはとれ、また強められていくのです。
大人でも、集団能力が満たされないときは、無気力になったり、ノイローゼに陥ったりします。

会社の帰途、居酒屋へ寄って、同僚とさかんに気焔(キエン)をあげる亭主族は、人間関係から来るあれこれのストレスを解消しているわけです。安心できる中間との語らいこそ、大脳の古い皮質の疲労を治す特効薬なのです。

会社と自宅をピストン往復する真面目な夫が、とつぜん蒸発したり、神経症になったり、ときには自殺するということが、ときどき報じられます。いずれも、大脳の古い皮質の疲れが蓄積され、それを癒すべき仲間や集団もなく、ついにパンクしたのです。

主婦たちが、路上や買い物で出会った知り合いと、いつ果てるともない長話にふけっているのをよく見かけます。それは、自然に身につけたノイローゼ防止法なのです。

子どもであれ、大人であれ、必ず集団の中でしか生きられないのです。でないと、大脳の古い皮質は承知しません。」

つまり、子どもであれ大人であれ、生きていくためには、自分が関係・所属する何らかの、またいくつかの集団において、大なり小なりの気の合う心の交流や共同で何かを成し遂げたという満足感を得ることが必要だということがわかります。

たとえ、期間限定の小さな集団であったとしても、そのメンバーと分かり合えたり・心地よい交流を持てたという経験は、新たな活力を生み出します。それがPTA活動であったなら、またボランティア精神を持つ保護者が大多数であるならば、その学校のPTA活動は否定されることはなく、また、子どものためだけでなく保護者自身のためにも活発に引き継がれていくことでしょう。

職場であれば、同じ職場のスタッフ間に仕事の達成感を通じた心地よい交流が日々なされていれば、その職場に長くとどまり働いてくれるスタッフが増えてくれることと思います。

『ムチャをねじ込む親たち モンスター・ペアレント』本間正人氏著 2007年12月中経出版発行のあとがきの最後は、以下の文章で締めくくられています。

「‘話が通じる’ということは、当たり前のことのようで、社会的動物としての人間にとって、至上の幸せなのかもしれません。」

お祭り系の行事には、ゴミの処理ときれいなトイレの提供が、大人として親として行事の主催者側の立場として重要なことと私は感じたのですが、私の考えに共感し、一緒にゴミ処理やトイレ掃除をしてくださった方がいらしたことは、私の大脳の古い皮質の疲労回復に大きな役割を果たしてくださいました。本当にありがとうございました。o(^-^o

今年の夏、神宮の花火大会の場所取りのためのレジャーシートが粘着テープで道路にはられたまま放置されていたというニュースをテレビで見ました。マナーという面で、大人の良識ある行動が問われていました。公共の施設をきれいに使うこと、公共のトイレをきれいに使うこと、汚したらきれいにふき取って出ること、道路にゴミを捨てないこと、こういうことがマナーとして当たり前のことだという認識を親としてもち、子どもに教えていく姿勢がしつけの一つとして必要と思います。

また、『読む力は生きる力』 脇明子氏著 2005年1月岩波書店発行には、「主婦にとっては手間のかかる大変な行事ではあるが、地域のお祭りが子どもの成長にとって大切な役割を果たす」ということが書いてあります。子どもは、祭りごとの行事はとても楽しみにしているようです。

盆踊りの行事が終わり、ポスター掲示のお礼の挨拶に学童と児童館に行った時、
学童の先生には「盆踊りの準備のために校庭で遊べない日がありましたが、それでも子ども達は盆踊りがあることの方が楽しみだったようです。」子ども達には「とっても楽しかった!」児童館の館長先生には「学校周辺の3つの町内会の方々と合同で行い、他の小学校の夏の行事よりも規模が大きいので、他の小学校の児童も毎年楽しみにしているんですよ。」というお言葉をいただきました。

PTA活動は大変なこともありますが、上記のようなお言葉をいただいたり、共感できる方々との活動は、喜びにつながります。自分のコミュニケーション能力不足は、真摯に受け止め、人間性を高める糧にしたいと思います。

読書力が人生を支える

2008年08月15日(金) 0時40分
「子どもが本を読むことの大切さは誰もが口にしますが、それはなぜでしょう?
子どもたちがこの困難な世の中でなんとかうまく育っていくために、本を読むことが大きな助けになると直観的にわかっているからです。・・・本来子どもたちの周囲にうまい助けがたくさんあれば、本を読むことの必要性はそんなに大きいものではなかったのです・・・。」

『読む力は生きる力』 脇明子氏著 2005年1月岩波書店発行の冒頭に書かれている言葉です。
娘に本を借りてきてもらったら、頼んだものと間違えてこの本を借りてきてくれたので、読んでみました。
この本は、読書の専門家である著者が、大学生に教鞭をとりながら、大学生の読書能力の低下を感じたことから分析し、本来読書がもたらす効果をより有効に発揮させるための正しい・良い読書の仕方について考察なさった本です。

多くの育児書には、「小さい時から本を読んであげましょう」「本をたくさん読ませましょう」などと、多くの本に触れさせることが推奨されています。しかしこの本を読むと、ただ単にたくさんの本に触れさせただけでは読書の効果は発揮されないことがわかります。

「何でもいいからたくさんの本を読みましょう」には、害があるそうです。
朝の10分読書の場面をのぞいてみると、ただ絵を見ているだけの子どもが少なからずいるそうです。絵の多い、字の少ない絵本を多く読んで、数をこなそうとする傾向が強くなるそうです。

近年は印刷技術がすばらしくなり、美しい挿絵の絵本が増えました。そのような絵本ばかりを与えられていると、子どもたちは、文字を読むことよりも絵を見ることの方に重点を置くようになり、高学年になっても字ばかりの本を読むことを苦手と感じるようになるそうです。

そうなってしまうと、例え中学・高校、大学生になったとしても、有名な良い本であっても、‘読みきれない’という状況になるそうです。内容を理解するどころか、途中で読むことを放棄してしまう・・・。例えば、夏目漱石の『吾輩は猫である』などは、読む力が無いと歯がたたない本のようです。

あはは・・。実は、私もこの本は未だ読みきれていません。(*´`*)

ですから、本好きな子どもに育てたり、本を読める力を子どもたちにつけてあげるためには、朝の10分読書の時間の使い方を、低学年のうちは読んであげたり、高学年になったら本を読む力をつけられるような良い本を紹介したり、本の選び方を伝授する時間に使った方が良い場合があるそうです。そういう意味では、図書ボランティアによる読み聞かせは、子どもたちにとっては有効な方法と言えるでしょう。

「良い本を読まなくては」と思い立った子どもに、ちょうど良さそうな本を選び手渡してあげることが、子どもの学力向上のためにも重要のことのようです。

それでは、子どもにとって良い本とはどのような本を言うのでしょうか・・・。

それは、「ちゃんと読みこなせば、マンガよりもアニメよりもゲームよりもおもしろいと子どもが感じる本」「人間や世界について基本的に前向きの姿勢をもつ本」であってほしいと、著者は語ります。

本屋の店頭に掲示してある購買人気のある本が必ずしも良い本とは限らないし、シリーズものの多くは全巻を読みきることが目的に読まれることが多いので子どもの頭に残らないことが多いそうです。

著者のおすすめの本は、
『ふたりのロッテ』ケストナー、『おもしろ荘の子どもたち』リンドグレーン、『冒険者たち』斉藤敦夫。シリーズものなら、『ドリトル先生』ロフティング(『ドリトル先生アフリカゆき』『ドリトル先生航海記』『ドリトル先生の郵便局』)、『ツバメ号とアマゾン号』ランサムだそうで、同じシリーズものの中でもおもしろさのレベルに差があるので、おもしろいものを選んで読んで欲しいそうです。

『あのころはフリードリヒがいた』リヒター、『たのしい川べ』グレーアム、『あらしの前』ド・ヨング、大学生におすすめなのが『エリコの丘から』カニグズバーグ、『夜が明けるまで』ヴォイチェホフスカ、『あの年の春は早くきた』ネストリンガー、『九つの銅貨』デ・ラ・メア。

う〜んドリトル先生は自分が小さい時に読んだことがあるかもしれないけど・・・他の本は縁が無かったかも・・・自分の子どもにも読ませていなかったですね・・・。

この本の巻末にある本の紹介には、あしながおじさん、家なき子、エルマーの冒険、おおかみと七ひきのこやぎ、くまの子フーウ、くまのテディ、クマのプーさん、クリスマス・キャロル、小鹿物語、ファーブル昆虫記、三びきのやぎのがらがらどん、小公子、小公女、セロ弾きのゴーシュ、宝島、トム・ソーヤの冒険、どろんこハリー、ナルニア国物語…ライオンと魔女ほか、日本の昔話、ねむりひめ、ハイジ、100まんびきのねこ、不思議の国のアリス、星の王子さま、ホビットの冒険、みつばちマーヤの冒険、ムギと王様、やかまし村のこどもたち、指輪物語、レ・ミゼラブル、ロシアの昔話、若草物語、など他があります。

それから、昔話の残酷な要素については、「残酷な要素を削るなどして和らげるというのは不用意にやるべきではありません。昔話に含まれる‘生きるための知恵’がだいなしになりかねません。」と著者は語ります。

「昔話の残酷な場面は、ほとんどが苦しみや悲しみを伴いません。登場人物が悲しんだり苦しんだりすれば、悲しいこと苦しいことに感じとれますが、子どもは抽象的な事件と受け取り、さまざまな危機を乗り越えてハッピーエンドにたどりつく物語のダイナシズムを楽しめるのです。そういう昔話の読み方が身に付くと、大人になって読んでもリアルな想像がかってにふくらむことはありません。子どもは、自分の身の丈にあった想像しかしないので大丈夫なのです。昔話を読む限り、大人はいつでも子どもの身の丈に戻れます。しかし、残酷性を想像がリアルにするとすれば、映像メディアや写真などで見た残酷シーンの数が頭の中にため込まれ、本来なら想像せずにすむことまでリアルに思い描かせているのではないでしょうか。」

「イギリスの昔話の『三びきのこぶた』が伝えている‘世の中というのは、こぶたがうかうかしているとすぐにおおかみに食べられてしまうくらい厳しいものだけど、うんが良くてちゃんと頭を働かせれば、立派に切り抜けていけるんだよ’というメッセージ意味を持った昔話を、昔ならさほど気にならなかった残酷性のために楽しめなくなってしまうというのは残念な話です。それを防ぐには、子どもがまだ子どもの身の丈の想像にとどまっているうちに、絵本ではなく、挿絵のついた程度の文字の多い昔話集で、いろいろなお話に親しませてあげるのが良いと思います。『ロシアの昔話』『イギリスとアイルランドの昔話』」

それから、想像力については、
「想像力というのは、現実の世界で先を予想して計画をたてたり、さまざまな人とコミュニケーションをとったりしていく上で万人に必要な能力ですが、これは生まれたときから身についているわけではありません。トレーニングされて身に付くものなのです。」と、ブックスタートの大切さを述べていらっしゃいます。

この本を読んで、息子の保健センターでの健診の時に配布された『いないいないばあ』の絵本には、子どもが絵と言葉に興味を持ち、絵と言葉には意味があることを覚え、徐々に自分のまわりのものと絵と言葉の関係も覚え、想像力を高めていくという意味があったのだということを知りました。(*´`*)

また、乳幼児期の心地よい多くの言葉かけやタッチングなどのコミュニケーションの多い子どもほど、言語能力に優れ、理解力も高まり、学力も向上することから、ブックスタートは、親と子どものコミュニケーションの道具としての意味も持っているとのことでした。

赤ちゃんに語りかける話題はそう多いものではないし、日常生活で使う言葉の種類も限られています。絵本なら語彙も増えますし、無口で恥ずかしがり屋のお母さんやお父さんでも続けていけるでしょうという事のようです。

はたして私は子どもたちに有益な時を過ごしてあげられたのだろうか・・とやや後悔気味に思います。皆さんはぜひ今日から意識して実行してみて欲しいと思います。

赤ちゃんに適した絵本選びは、くっきりと明快な色彩と心地よいリズムの言葉のくりかえしのあるものがよいそうです。『がたんごとんがたんごとん』安西水丸、『かばくん』岸田 衿子、『くだもの』平山和子など他。

それから、子どもにとっては、あらゆる物語が大冒険であって、信頼できる大人が付き添っていないと安心して心を開いて楽しめないそうです。大人から見れば明るくゆかいな物語でも、ひょっとするとこわいことになるかもしれない未知の世界への冒険なのだそうです。安心できる大人が側にいれば勇気もわき、子どもの世界が広がるようです。

『かもさんおとおり』マックロスキーや『元気なマドレーヌ』ベーメルマンスでボストンやパリを旅し、『はなをくんくん』クラウスや『いいことってどんなこと』神沢利子で南国の子どもも雪国の春の喜びを感じ、『はらぺこあおむし』カールや『きんいろあらし』ストーンで昆虫の目で世界を見ることができるそうです。

さて、この本のおしまいの方には、「読む力が思春期を支える」というテーマについて書いてあります。
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