童話『とべないホタル』

2008年05月21日(水) 11時30分
2008年04月19日(土)
 『とべないホタル』小沢昭巳氏著 昭和63年ハート出版発行

本の間にはさんであった本の広告を見て、この本の存在を知りました。
「とべないホタルって本知ってる?」と子どもに聞いたところ、「うん、知ってるよ。学校の図書館にあったよ。読んだことあるよ。今度借りてこようか?」と言うので、借りてきてもらいました。

 この本のあらすじは・・・、

 羽に障害があるホタルがいました。仲間たちは、いっしょに飛ぼうとアイデアを出し合い、障害のあるホタルは飛ぶ努力を重ねますが、飛ぶことができません。そして、仲間たちは障害のあるホタルにどう話しかけたらよいのかさえ分からなくなり、障害のあるホタルの側に近寄らなくなりました。
 そんなある日、人間の子どもがホタルを捕まえに来ました。障害のあるホタルを捕まえようとした時、別のホタルがその子どもの手にとまりました。この仲間のホタルは、障害のあるホタルの身代わりになって自らその子どもに捕まったのでした。
 捕まえた子どももまた、姉妹思いのやさしい子どもでした。足の障害を持つ外に出られない妹に、ホタルを見せてあげたかったのでした。ビンからだされたホタルは、事情が分かっているかのように、しばらくの間きれいに光りながら部屋の中を飛びました。縁側の扉はあけられていて、涼しい心地よい風が吹き込んでいました。・・


 この本は、昭和30年、当時富山県の小学校に赴任したての若き熱中先生だった小沢氏が、6年生のクラスのいじめに頭を悩ませていた頃につくったお話だそうです。

〜以下、この童話を読んでくださった皆さんへより〜
 
 「群がるホタルたちの中に、1ぴきだけ光ることのできないホタルがいるのです。そのホタルが、クラスにいた落ち込んでいる子、例えば、身体に障害がある子らの姿とダブりましてね。・・」
 その頃、クラスの壁新聞に‘先生のコーナー’があり、小沢氏は、その思いを物語りにして書いた。それが『とべないホタル』である。
 クラスの級長だった鷲山氏は、その当時の印象をこう語る。「あの話は、1つの物語として受け止めていました。話自体にはいじめのことは何も書かれていませんから。先生がいじめのことを訴えているとは、気がつきませんでした。」
 
 それから32年が経ち、昭和62年小沢氏は同じ小学校の校長先生になっていた。
 その年の5月、2年を受け持つ若い先生から、いじめの相談が持ち込まれた。小沢氏は思案に暮れた。思い切ってPTAの懇談会でその悩みを打ち明けた。すると、かつての教え子の母親からこんな意見が出された。「校長先生、昔、校内放送でホタルの話を聞いたのですが、あれを話されたらどうでしょう。」・・30年以上も前に、忘れ去られたはずの童話が、脈々と彼女の中に生き続いていたのだ。
 こうして、小沢氏自身、半信半疑のまま、『とべないホタル』を2年生のクラスへ行き、読んで聞かせた。・・
 「子どもたちの間で、いじめに対する反省の色が見えてきたんです。この話には、いじめのことは、何も書いてありませんが、落ち込んでいる子の立場がいかに悲しいかが分かったようです。」・・
 「あなたのクラスに『とべないホタル』は、いませんか。」が子どもたちの合言葉になり、いじめを解消していった。・・

 それ以降、2つの新しい童話が誕生した。
 やはりいじめをテーマにし、平成元年に出版された『一人ぼっちのオオカミと七ひきの子ヤギ』。翌年3月に出版された『さるの嫁っこ』だ。
 『とべないホタル』が、落ち込んだ子の悲しみを描いたものとすれば、『一人ぼっちのオオカミと七ひきの子ヤギ』は、いじめっ子の心の片隅にも寂しいものがあることを。そして、『さるの嫁っこ』は、心ならずも他人をいじめたあとに残る心のキズを描いた。・・

 「子どもたちは、競争社会の中で、どんどん孤立しているのを感じます。この話は、『君たちは一人ぼっちじゃない』という、子どもたちへの語りかけなのです。本になった時には、こんなお説教みたいな話が出版されるなんて、恥ずかしいと思いましたが、あるいは、現代人の中にそれを求める気持ちがあったのかもしれません。」

 〜それ以来、『とべないホタル』はパート2も出版され、今ではパート『12』まであるようです。

〜この本には、当時小学校3年のお友達が書いた感想文も掲載されています〜

「ボクも勇気あるホタルになりたい」

 ・・・略・・・
 ぼくが一番すごいなと思ったのは、とべないホタルが人間の子どもたちにつかまりそうになった時、スッーととんできて、とべないホタルのみがわりになったホタルのいたことです。ぼくだったら、つかまったらころされるかもしれないと思って、そんなすごい勇気はでない。ところが、ほかのホタルたちも次々に、「ぼくが、今、みがわりに出ていこうと思っていたんだ。」「わたしだって、いくんだったわ。」といっているのです。1ぴきだけの勇気でなかったのです。とらえられたガラスびんの中のホタルは、「いいよ、いいよ、みなさん。ぼく、すぐ帰ってくるよ。」といって、パァッパァッと光っているのがとてもきれいで、見えるようでした。
 つかまったホタルは、病気でホタルを見にいけない子どものところへつれていかれました。病気の子のおねえちゃんやおとうとたちは、どうしてもその子にホタルを見せてやりたかったのです。
 ぼくは、校長先生のことを思いました。校長先生は、病気の子にホタルをとってきてやるやさしい子どもになってほしいから書かれたのかなと、初め思いました。でも、家に帰って、先生からもらったお話のプリントをもう1回自分で読んでみると、ぼくたちに、勇気のあるホタルになってほしかったのかなあと考えました。
 勇気のあるホタルたちは、とべないホタルをばかになんかしませんでした。いつも、「おなかに、ぐっと力を入れて。」とか、「ほら、そこで足をひっこめて。」とか、いっしょうけんめいにはげましていました。すぐにみがわりになったのではなくて、はげまして、はげまして、もうどうしようもなくなった時に、みがわりになったのです。
 とべないホタルも、なみだをいっぱいにした目でそれをじっと見おくっていました。「みんなが、ぼくのことを考えていてくれたんだ。みんなが、みんなが。」
 とべないホタルは、自分の羽のことなんか、ほんとうにどうでもいいと思うようになってしまったのです。
 ぼくは、どっちかというと、こまった友だちがいても、どうしようかなあとまよってしまいます。でも、この話を読んで、こんなホタルになりたいなあという気もちがいっぱいになりました。


子どもに読んであげる本のリストに加えてみてはいかがでしょうか。私は、自分の子どもをいじめっ子にしないために、思いやりを持った子どもに育てるために、このシリーズを寝る前の時間に読んであげようと思います。o(^-^o)

2008年5月5日追記
 シリーズ3の―月見草のまつり―の「この童話を読んでくださったみなさんへ」には、「思いやりを生む」状況について考察しています。

「ハンディを持った子がクラスにいるとしますね。先生や親の配慮さえあれば、まわりの子は、みな、その子に関心を持ち、何かと世話をするのです。そうやっているうちに、その障害児ばかりでなく、まわりの子たちの心も、みんなやさしくなってくるのです。幼稚園でさえそうなんです。」

「そんな空気をつくるための一番土台となることは、仲間の話をじっと聞く、ということですね。」

「物語の中では、ホタルの仲間たちが、互いのことを、まるで自分のことのように考え、理解しようとする姿が描かれる。−まず、相手の話に、よく耳を傾けることです。そうすることは、語る側にとっても、聞く側にとっても、自分について考えることになり、新しい自分を発見することが出来ます。自分の中に相手と共通の幻想が広がるからです。−そうして、語り合ううちに、光れないホタルの体験も、それを聞いている者の体験も1つになり、一種の幻想を抱く。その共通の幻想がお互いの心に生まれた時・・・‘思いやり’とはこのようにして芽生えるのかもしれない。」

「いじめや差別などの劣悪な人間関係が生じてしまうのは、このような‘思いやり’の土台を育ててこなかったことにあるのではないか。」

「勝手なおしゃべりを控え、じっと聞き手に徹することも、仲間同志には大切なことだ。それらが、‘仲良し’になるためには必要なのだ。そして、‘仲良し’の中でこそ、子どもたちの健全な‘自我’の成長が可能になるのだ。」

ここには、‘たとえ自分が主張したいことがあったとしても、まずは、お友だちの話を最後までじっと静かに聞くことが出来る子ども。お友だちの話を理解し、自分の体験のように自分の中に取り込むことができる子ども。そんな子どもが思いやりの心を容易に獲得できるのだ’と書いてあると、私は理解しました。
 
思いやりをもつ子どもに育てるためには、人の話を聞くことが出来る子どもに育てること。
それはどこかに既に書いた記憶があるけど・・、人の話をきちんと聞くことが出来る子どもに育てるためには、まずは、親が普段の生活の中で子どもの話をきちんと聞いてあげて理解を示す姿勢を持つことであるので、子どもが思いやりの心を持てるかどうかは、結局は親の姿勢次第ということのようです。

新年度になり、クラス替え、先生がかわり、皆様のお子様の様子はいかがですか。
我が家の次女の日記には、「どんな先生が担任になるかは、自分の人生を左右するくらい大きな出来事だ」と書いてありました。それくらい子どもたちは相性の良い先生を希望しているようです。 
 また、次女にとっては、やっと本音を話せるようになった保健室の先生が突然退職されてしまったことがショックであったようです。子どもであっても、‘この大人は信頼できるのか?’と常に人間ウォッチするらしいです。‘保健室の先生だから’という肩書きだけで単純に心を開くということは無いらしいです。

 幸い、次女の学年の担任の先生は、皆、次女にとっては楽しい、授業でも常に興味をもってのぞめるように工夫をしてくれる先生方のようで、もちろん怒る必要のある時はビシッと怒るというメリハリのある方々で、『昨年と同じメンバーの学年か?』と、不思議に感じるほど、‘今日はこんな楽しいエピソードがあった’という話を聞く機会が増えたように思います。

 「人生 まじめに やりなおし ワン・ツー
 人生 のんびり やりなおし ワン・ツー
 人生 ふざけて やりなおし ワン・ツー」

上記のかけ声は、体育の時の体操のかけ声だそうです。
それから、次のようなものもあったようです。‘アルプス一万じゃく’の歌にあわせて踊るのだそうです。

「私が うわさの わがまま5年
 毎日 ごーねて たいへんだ ヘイ!
 ラーンラランラランラランラ
 ラーンラランラランランラ
 ラーンラランラランラランラ
 ランランランランラーン ヘイ!」

歌と振り付けと共に見せられると、楽しくて笑ってしまいます。

 とび箱の順番待ちの子どもたちには、その場で各自好きなように動いているようにさせるのだそうです。駆け足のようにしたり、ジャンプしたりするのだそうです。手持ち無沙汰でさわいだり、勝手に動き回ったりしないよう工夫されていると感心します。

工夫満天のお笑い力のある先生で良かったです。o(^-^)

2008年5月17 日追記 ‘お友だちを理解すること ’
 昨日の保育園の帰りに息子が私に言ったことです。

 「ママ、前ボクのほっぺをひっかいたお友だちがいるでしょ。そのお友だち、今日も他のお友だちと先生をひっかいたんだよ。その子、どうも言葉がうまくしゃべれないんだ。言葉がうまくしゃべれないと、自分の言いたいことが伝わらないから、ひっかいたり、たたいたり、けとばしたりしちゃうんだよね」「そうだよ」「だから、ボク、月曜日に、‘その子を理解しよう会’を開こうと思うんだ。その子は本当は仲良く遊んでほしいのかもしれないんだ。でもみんなひっかかれるから側に寄らなくなっちゃうんだ。今だってひっかいちゃったから、先生に外に出されてる。かわいそうだよ。仲良く遊んであげられるようになれば、ひっかくこともなくなるんじゃないかな」

 「うん、そうだね。よくそんなこと考えついたね。すごいじゃない。やってみな。でも、もし、そう皆に話しても、仲良くなるまでにまたひっかかれたりしたら、お友だちは‘やっぱりできないよ’って近寄らなくなるかもしれないよ。それでも、自分はがんばって遊んであげられるのかな?」「うん」
「遊ぼうと誘った時に、自分がやりたいことではないことをやりたいと言われたら、その子がやりたいことを優先して遊んであげられるのかな?」「うん、がんばってみるよ」「そう、がんばってみな」

 5歳の息子がこんなことを考えるとは本当に驚きました。『私のブログ読んでるのか?』って思ったほどです。普段の保育園の先生の言動から、『そうした方が良い』と感じたのでしょうか・・。

 先日、「とべないホタル4」を読んであげたのですが、ちょうど言葉の通じない他の種類のホタルの気持ちを考えるという内容でした。1回読んであげただけでそれを理解したのでしょうか?『子どもの能力というのは、はかりしれないものだな』と思った出来事でした。

 大人でも難しいこのお友だちとのかかわりを、はたして息子はどのようにしていくのでしょうか・・・。
 
04/26 09:50 ★--ほっぺのキズ
 ほっぺの傷を気にされて治療の仕方を調べていらっしゃる方がいらしたので、書いておきます。
 新年度になり保育園などでクラスのメンバーやお部屋、受け持ちの先生が変わると、不安が増強し落ち着きがなくなる子どもが出てきます。新しい環境に皆が慣れれば落ち着くのですが、それまでの間にお友だち間で、ほっぺなどにひっかき傷を作ることが多くなります。
 我が家の息子も同じクラスのお友だちも、この4月当初、年小のクラスのお友だちにひっかかれてほっぺに傷を作りました。
 1センチ位の深さ1ミリくらいのものですが、最近の傷の治療は、‘保湿する’のだそうで、保湿性のある軟膏を塗り、ラップを貼り、テープで抑えるという方法のようです。
 私は以前にもらっていたゲンタシン軟膏を塗りラップをしました。2日くらいです。保育園の看護師さんは、オロナイン軟膏でも良いと言っていました。
 ま〜、痕はまだ消えずに残っていますけれどもね。若いからそのうち消えるでしょうとは思います。
 
2008年5月21日追記
 昨日、保育園の先生に、息子がそのお友だちにどのように関わろうとしているのかを聞いてみました。
 「お昼寝の時に、寝かしつけるための背中トントンをしたり、起こす時の声かけをしたりして、やさしく接してあげている。」「小さい子にひっかかれたのは、おそらく、あれが初めてで、本人にとっては、そうとうショックな出来事だったと思いますよ。‘何でそんなことするの??’的なね。」 とのことでした。皆にも理解してもらおうという働きかけはしていないようでしたが、自分なりに出来ることをしているようでした。息子に聞いたら、「ボクはやさしくしているので、ボクには乱暴なことはしないよ」と言っていました。

 この春、年長組みになったお友達はそれぞれに、小さいお友達のお世話をしてあげようとがんばっているようです。しかし、自分の思いとは別に、そのお友だちの思いというのも存在し、自分が良かれと思ってやってあげようとしたことや声かけをしたことが、拒否されてしまったり、泣かれてしまったりと困惑してしまう場面に直面することが増えているようです。どんなに小さなお友だちにも‘気持ち’があること。そしてそれは、同じ時を過ごしていたとしても必ずしも自分と同じではないということを、感じ、学んでいるようです。



どもり(吃音−キツオン)

2008年05月06日(火) 17時15分
以下、『知っていますか?どもりと向きあう一問一答』伊藤伸二氏著 解放出版社2004年8月発行より

<どもり(吃音)の定義>・・・研究者によって違うそうですが、妥当とされているものは、次の3つの条件がそろった時だそうです。
@音を繰り返したり、つまったりするなどの明確な言語症状がある
A気質的(脳や発語器官など)に明確な根拠が認められない
B本人がどもることを自覚し、不安を持ち、悩み、話すのを避けようとする(本人に自覚が無く、悩んでいなければどもりとはいえない)

どもりは、世界各国で、発生率が1%、男性が女性の5倍ほど多いという共通点があります。歌ではどもらなかったり、どもりやすい音や場面などの変動性があるというのも特徴です。しかし、どもりの本質はほとんど分かっていません。その人に内在する素因と、引き金になるような環境や出来事など、様々なものがからまりあって、どもり始めるのだろうと最近は言われています。

原因を探ってそれを取り除くことを考えるよりも、すでにあるどもりとどう向き合い、対処するかを考えた方が現実的で、建設的です。それでも原因説が知りたい方は、『吃音と上手につきあうための吃音相談室』(芳賀書店伊藤氏著)に基礎知識としてまとめましたのでお読み下さい。 

どもりは、2〜3歳から始まることが多いのですが、中学生や高校生、あるいは成人になってからどもり始める人も少なくありません。
最近、どもりの自然治癒率は、小学校入学前までがそのほとんどで50%前後と言われています。2004年オーストラリアの言語病理学者は、20%と主張していました。

著者の伊藤氏も、小学2年生の頃からどもりに劣等感を持ち、悩み、孤独な学童期を生き、治したい一心で、21歳まで様々な治療や民間療法を試みたそうです。

「成人になってもなおどもっている人は、世界中のどんな方法を使ってもほとんど治ることがないと、確信しています。・・長年研究し臨床もしましたが、自分のどもりはもちろん、何千人もの人を治せませんでした。・・私たちはおそらく一生どもって過ごさなくてはならないであろうという事実を認める必要が生じてきました。喘息や心臓病を患っている人が、その治療が難しい事実を受け入れているのと同様に、私たちもその事実を恥ずかしがらずに受け入れようではありませんか。そして、どもりを忌むべき不幸なものではなく、1つの考えなくてはならない問題として、理解し受け入れてくれる人を増やすために、どもる人自身が社会啓発することが大事なのです。・・どもりながら明るく健康的に生きている人たちも大勢います。・・子どもの頃にどもりをマイナスに意識しないことが大切です。」

子どもがどもりをマイナスのものと意識しないためには、親が『かわいそうだ』と思わないことがまず大切です。『大丈夫。この子はどもっていてもなんとかできる』と子どもを信じるのです。『この子は私にとってかけがえのない大切な子どもだ』とあふれるばかりの愛情を注ぐことです。(何でも言いなりになることや過干渉とは違います)

子どものどもりに気付いたことを、むしろチャンスにしましょう。すっと通り過ごしたかもしれなかった子育てを、丁寧にじっくりと取り組むチャンスだと考えることが出来ます。

自分の思いや経験をいっぱい表現する子どもに育てましょう。いろいろな絵本を表現力豊かに読んであげてください。親の表現力や話す言葉のスピードが子どもにとってモデルとなるでしょう。家の中が、要求・指示・命令のような‘情報伝達の言葉’ばかりだと、どもる子どもはますます話せなくなります。互いの気持ちを語り合う‘表現する言葉’を大切にしましょう。

言葉だけでなく、楽器を使ったり、絵を描いたり、歌を歌ったりの表現力を子どもの頃から育てたいものです。子どもにとって楽しいわくわくするような体験を親子でして話しをする。思いっきり泣いて、思いっきり笑う。自分の感情を言葉にする。特に、どもる子どもには大きな栄養になります。からかわれたり、いじめられたりは現実に起こるかもしれません。そのためにも、「嫌なことは嫌」「苦しい時は苦しい」と素直に、言葉で言える表現力があると、子どもなりの力でそれらに対処していくことができるでしょう。

「どもりの原因は判明していません。多くの場合は治らないので、うまく付き合っていく方法を身につけた方が良いでしょう。どもりを本人や家族や先生や友達などの周りの人たちが受け入れることで、どもりがあっても悩まずに生活できます。悩んでいる方は、ぜひ、正しく吃音に取り組んでいる団体に連絡してください。」

日本吃音臨床研究会(大阪)・岐阜吃音研究会・全国言友会連絡協議会事務局(豊島区)

この本に載っているコラムをご紹介します。おそらく同じ状況になったなら、私をはじめ多くのお母様方が同じ気持ちになるのではないかなと思います。

「 私の息子が3歳5ヶ月からどもり始めて4年半が過ぎました。今、小学2年生です。その間いろいろなことがありました。最近、息子がどもりながら話をしている姿を見ても、心にさざなみが立たなくなったことに気づきました。あれほど、気になって、どもるならしゃべらないでほしいとさえ願っていた私が、本当に不思議なのですが、息子がどもるのが気にならなくなっていたのです。・・・略・・・

 しかし、本当に気にならないのと、気になる母親が、治ることを願って気にしないのとは意味が違ってきます。私の経験では、気になるものは、やはりどうしても気になるのです。気にしないように努めても、かえってストレスがたまって最後には子どもにつらく当たってしまう結果になりました。そうであれば、とことんどもりにこだわって、自分なりの解決方法を探ってみるしかないように思います。自分はなぜどもりが気になるのか、なぜどもりを認めることが出来ないのか、と自分の内面と深く向き合うことが必要だと思います。そして自分なりの答えに到達した時、どもりの問題が昇華していくように感じます。
 
 自分一人の力では悩みを解決することは出来ませんでした。幸いなことに、長年自分自身のどもりに悩んできた私には、どもりについて語り合える恩師・友人・仲間がいました。・・・
 
 自分を呪縛しているもの・・・自分自身のどもりに対する価値観でした。このことが分かるまで、私は自分で自分が抑えられないほど、息子のどもりを、そして息子の存在までも否定し、苦しんでいました。
 
 どもりの研修会に参加した時、・・・あるお母さんは私の悩みを聞いて一緒に泣いてくれました。・・・そして不思議なことに一緒に泣いた後、「何とかなる」と思えるようになったのです。・・・同じ立場の仲間が必要であることを実感しました。
 
 ・・・また、参観日に息子がどもることに臆せず堂々と発表していたことで、息子の将来に対する不安が薄れたことも、どもりが気にならなくなった理由の1つであると思います。・・・この時、この子は大丈夫、どもっていても社会で生きていけると感じられ、彼の人生は彼に任せようと思えるようになりました。それまでは、親である私の力で、息子のどもりを何とかしてやろう、そして私の理想通りの子どもにしたいと思っていました。

 私たち親が子どものためにすることは、・・・「どもっている今のままの自分でいい」という自己肯定感をもたせてやることだと思います。自分に自信が持てれば、人との違いをマイナスに意識することもありません。・・・

 親が「今のままのあなたでいい」と思えるようになるためには、親自身が自分自身と向き合うこと・・・、そして、今を精一杯生きている、どもりを否定していない成人吃音者に出会うことが必要だと考えます。まず、親が行動を起こし、自分の意識改革に努めなくてはならないのです。日本吃音臨床研究会や通級指導教室(ことばの教室)の活動に参加してみませんか。変わるきっかけを得ることができると思います。」

どもりは、母親の育児のせいで起こるものではありません。理想的な家庭でもどもる子どもはどもるそうです。すべての親が正しい知識を持ち、偏見を持たず、どのような状況の子どもにも生き易い人間環境を提供していけるように、心配りできたら良いなと思います。o(^-^o)
 

運動会

2008年05月03日(土) 18時30分
私は、小さい頃から自分の運動会は嫌いでした。足が遅いので早く終わって欲しいとしか考えていなかったと思います。
 
 しかし最近、娘の中学校の歴代の答辞や発行された『あゆみ第51号』を読み、また、開成中学の運動会が、1学年1競技であるのに1年かけて準備を行うすごいものであるということをテレビで知り、運動会の競技が子どもたちに与える、頑張り・団結感・絆・感動などの効果が大きいものであることを感じました。

 以下は、『あゆみ第51号』に掲載されたozekiさんの文章です。
中学生の視点で、その気持ちが表現された文章です。運動会をこのようにとらえていることが感動的であったので、掲載させて頂きました。(・・・は略)
  

「 今日が本番ということは、今日が最後ということでもある。
 ・・・
 確かに‘本番’という場は今までの努力が集合した‘完全’であるから、とても華やかだし盛り上がる。観客にはその‘完全’なものしか見せてはいけない。
 でも、私たちが‘存在’したのは、努力した時も、本番も、すべてなのだ。
私たちがもっているものは、本番の華やかさや盛り上がりだけでなく、そこに至り付くまでの苦しみやあせりやそのほかの様々な気持ちすべてなのだ。
 
 たとえば、朝早く起きて大むかでの練習でひざに傷をつくって、
それでも合わないから放課後練習していろいろなかけ声を考えてまた転んで、
次の日も早く来て校庭の砂まみれになってひじに傷をつくって、
体操着が茶色と赤で汚れて・・
なんてことは、
洗ってまっしろになった体育着をきて
決められたかけ声とともに
ばんそうこうやガーゼのあてられた足を前へ踏み出す所を
みている観客には分からない。
 
 ・・・観ている人が運動会を‘すばらしかった’とか評価できるのはそれ相応の努力があったからなのにその努力は表に出てこない。
表に出てこないくせに大事なのだ。
 
 運動会は、観るよりやる方がいいと思う。練習の時はつらいと思っても、終わってしまうとそのつらい練習がなくなるのが寂しくなる。そんなおもしろい体験はやっている方にしか分からないから。」


 むかでの練習で、歩調が合わないことの巻き添いになって何度も転んで、それも誰がどこでどう合わなくなるなんて予想がつかないから、思いっきり引っ張られて転んで、カットバンでは足りないくらいの大きな傷をつくって、ガーゼをあて、サポーターをあて、それでも誰にも文句も言えず、痛みをこらえて頑張っている姿・・を思い出します。

 中学校の教科書の保存のためにアルバムを別の場所に移動していたら、平成17年9月29日発行の保育園の年長クラス便りが出てきました。
 ここにも、運動会にむけて頑張る子どもの姿があります。中学生とは違って、個人的な頑張りであり、また運動を頑張るためには、まずは心をふるい立たせないと前向きに頑張れない姿が、そこにあります。

 <竹馬>
 竹馬を始めた頃のこと。皆、おもしろそうだなと、と遊んでいました。A子ちゃんは、わりと早くから一歩、二歩、と、歩いていました。もちろんそれは、本人の努力があったのですが。
 
 運動会で何をやりたいか、という話し合いの時、竹馬に興味を示していたこともあり、またこの子ならできる、という見通しのもと竹馬に決めました。
 でも、そのあとしばらくの間は、四歩くらいヨタヨタと歩いて倒れてしまい、それ以上なかなか上達しませんでした。とび箱が面白くなってきた事もあり、Aちゃんは竹馬から遠ざかりました。おうちではお母さんに「なかなか上手くならないんだ」と、つぶやいたようでした。お母さんは、「縄跳びか他のものに替えてもらえば?」と言ったそうです。でも、担任には言ってきません。他のお友達はどんどん距離を伸ばしていきます。しばらくはわざとのように、いつもはしないような遊びをすることもありました。でも、心の中はいつも竹馬のことが気にかかっていたのです。
 
 運動会まで10日となったある日、担任が、何となく遊んでいたA子ちゃんに、「竹馬やろう」と持ちかけました。「今は、他の事をやっている」と、やりすごそうとしたので、今度は少し強く誘いました。すると、ものすごい形相になって、「やるよ、やる、やりゃいいんでしょ」と、竹馬に‘とびついて’きました。まさに腹をくくった、といった感じでした。担任はしめた!という思いです。そのあとは、担任とマンツーマンで汗だくになっての練習です。後半は「ゆっくり」とか「前に出て」など、時々声をかけるだけでA子ちゃんひとり黙々とやっていました。そのあと短時間で運動会でやる距離(5メートル)を見事に歩きました!ちょっといやだけど、やりたい、出来るようになりたい、そういう心が、担任の誘いで後押しされるかのようにものすごい形相で立ち向かっていく力になったのでしょう。
 
 人は目標を持つとすごい力を発揮します。年長組みの子どもたちもそれぞれの子が、それぞれの目標をもって動いています。運動会では、自分の中に目標を持ち、その成果を形にしてお見せします。どうぞお見逃しなく、そして、うーんとほめてあげて下さいね。あちこちで今、年長組みは1つまたひとつ、と、ドラマが生まれています。

<縄跳び>
 Bくんは、初めてのことには、『なんかいやだなー』と、すぐには飛びつかないところのある子でした。なんか『大変そうだな』と思うと、背を向けてしまうこともあり、縄跳びがまさにそれでした。ずいぶん長いこと、「縄跳びしよう」と言われると、「えー」と顔を曇らせていました。「やろう」と言われれば少しは‘縄を持つ’のですが、いつのまにかいなくなってしまうという感じでした。
 
 運動会10日前くらいのことです。『もう逃がさないぞ』と、担任は正面から向かい合いました。Bくんは、少しやったら何とか逃げられるだろうと考えていたかもしれません。ところが、この日はちょっとキビシかった・・。
「前に来たら跳ぶ」「やめないで続ける」とはりつかれました。すると、だんだん分かってきて、少しずつ跳べるようになってきたのです。そうしたら、担任が言わなくても、汗をかきかき、自分から跳ぼうとするようになってきたのです。今では、縄をもって庭に飛び出していきます。

 そして、次にはとび箱の5段を、「やりたーい」と言い出し、難なく跳んでしまいました。『すごい!』のひとことに尽きますね。
 今日は、伸び悩んでいるお友達に、「がんばれば跳べるぞ」と、側につきっきりでアドバイスしていました。まさに、余裕!ですね。

<余談>
 朝涼しい日、子どもたちが、シャツや長袖、長ズボンを着てくると、たくさん遊んで汗をかく時があります。そのような時子どもに、「半袖や半ズボンに着替えたら?!」と声をかけます。
すると、ほとんどのお子さんが、「だって、ママがあー、(‘着ているのよ’と言ったあー)」と言います。『はあ・・。』(-.-;)『お母さんは偉大です!』
 一日の中でも、気温や天気は変化します。しかも、子どもたちは走り回って遊びます。担任は、子どもたちが‘自分で考えて判断できるように’声かけをしています。朝、「寒いから着なさい、」と言った後に、「暑くなったら、脱いだり、着替えたりしていいよ」と言ってあげてくださいねー。
 
 子どもたちの服装は、大人よりも1枚薄着で大丈夫です。朝夕気温が低い時は、カーディガンやベストなどで調節するといいですね。
 それから、夏は、昔より地球のオゾン層が薄くなっていて地表に届く紫外線も多くなっていることから防御のためにも、また、わきの下の汗の吸収のためにも、子どものTシャツは、ランニングタイプのものではなく、袖のあるものを着せてあげた方がよいそうです。

                   




 
よりもの方が良い 

 
子どもと正面から向き合って、子どもを伸ばしてくれる保育士さんの存在は、とてもありがたいですね。o(^-^o)

2008年5月3日追記 
 先日家庭訪問があったので、リビングのパソコン周辺を整理していたら、平成17年10月3日・4日発行の保育園の年長のクラス便りを見つけました。上記の続きですね。この年の担任の先生は、『真剣に子どもたちと向き合い、本当に子どもたちと一緒に感動を分かち合ったのだなあ』と、感じます。

10月3日発行便り 運動会3日前・・・!
 
 年長組みは、かわいい組体操ととび箱4段を全員で行います。その他に、竹馬・大縄跳び・とび箱5段などは、各自自分が選んだ種目に挑戦します。

 運動会も近くなってきた頃、竹馬チームは、乗って歩くことが出来るようになると、いわゆる‘なかだるみ’になりました。とび箱が面白くなって来た事もあり、「5段のチームに移りたい」と言ってくる子が増えてきたのです。そこで、竹馬の高さを、今までの2倍くらいの高さにしました。ちょっとびっくりするくらいの高さでした。竹馬チームは、目を輝かせて、次の課題にとびついてきました。そして、皆、猛練習を始めました。

 そんな中、それを見ていたC子ちゃん‘とび箱5段’なのですが、竹馬をやってみようと思い、使っていない低い物を出してきて練習を始めました。
 それを見ていたD子ちゃん、「C子ちゃん、竹馬じゃないでしょ!」と強い口調で言いました。竹馬は自分たち竹馬チームのものという気持ちがあったのでしょう・・。
 担任は、誰が何を練習しても良いことを話しました。
 C子ちゃんは、高い竹馬に挑戦したいという希望があったので、担任は竹馬の高さを調節してあげました。
 D子ちゃんは、「いきなり高くしてできるわけないじゃん」と言い残し、他のことで遊び始めました。
 その後、C子ちゃんは、歯をくいしばるようにして、ものすごい形相で竹馬をやり始めたのです。『負けるもんか、絶対に乗ってみせる』とでもいうように・・です。ひっくりかえってもまた立ち、歩けたと思うとまた落ちを繰り返していました。そして、30分ほど経った頃、1メートルくらい歩けるようになり、ずーっと見守っていた担任が「やったー!」と思わず声をあげると、張り詰めていた緊張がほどけるかのように、半べそのようなくしゃくしゃな顔になったC子ちゃんでした。

 担任がやれと言ったものではなく、子どもの前に魅力あるものを出しておけば、必ず子どもはとびついてきて挑戦する、そんな場面でした。
 そして、子ども自身が‘やる’と決めた時には、子どもはものすごい力を出すということを改めて実感し、そんな子どもたちの姿に感動させられっぱなしです。

10月4日発行便り 

 Eくんは、ひとり跳びの縄跳びに苦しんでいます。
 お友だちが跳べるようになって来ておもしろくなって来た頃、横目で見つつも、なかなかやろうとしないでいました。担任が「やろう」と誘うと、なんとか縄を持ってくるのですが、『ちょっと、いやだなあ・・』といった表情を見せます。でも『やらなきゃなー』と思っていることも伝わってきます。担任と一対一でやっている時は良いのですが、担任が他の事をしていると、するりと抜け出ていきます。ここ何日かは、それでもやってはみるものの、本気でないのは明らかでした。どこか『やらされている』という感じもあり、さらにお家でも、『Eくん一人だけができないのではないか』と心配したお母さんに、「がんばって練習しようね」と‘励まされた’こともあり、精神的には‘追い詰められた’状態になっていたようでした。
 
 その頃担任は、少し強く言って一対一でやってみたり、『どうしたいのか』本人の出方を見ようと、待ってみたりもしました。
 ある時担任が、「Eくんはとび箱が上手なのだから、自信を持って運動会に出ればいいんだ。なわとびはやめても良いよ。」と話をしました。Eくんは、じっと担任の目を見つめたまま、‘うん’とは言わず、その日は帰りました。担任としては、追い詰められつつあるEくんを少し‘らく’にしてあげようと考えた訳です。

 Eくんは、お母さんに「先生がとび箱が上手だから良いよって言ってた・・」と伝えたそうです。

 次の日担任は、「縄跳びをやらないで運動会に出る?」と聞いてみました。
すると、「(縄跳び)・・やる・・」との返事が返ってきたのです!そして今日、真剣勝負でやり始めました。近くでお友だちも応援してくれて、「オレの時も初めはひっかかったよなー」などと励ましてくれています。
 担任と向かい合うこと約10分。運動神経も良い上に、真剣に取り組んだことで、2回3回と跳べるようになり、5回まで跳べるようになりました。側にいたお友だちも「やったじゃん」と、喜んでくれています。もちろん本人もとてもうれしいことは言うまでもありません。
 今夜はきっと「がんばったね。えらかったね」と、うーんとほめてもらって、ぎゅーっと抱きしめてもらっていることと思います。

 私たち担任は、子どもたちに‘体で感じ、そして考えて欲しい’と思っています。‘目標を持って頑張る’その姿が大事なんだということを。
 運動会は、その日、その時の‘一瞬’(のようなもの)であり、そこまでの経過が子どもたちを成長させるものであることを知ってもらいたいと思っています。
あれはできなくても、‘これはとても頑張ったからできるぞ’と、自信を持ってもらいたいと考えています。
 そして、お友だちに分かってもらうことも、担任にほめられることももちろんうれしい事ですが、何よりも、自分の親に認めてもらい、ほめてもらうことが一番だという事を改めてつくづく感じている担任です。

子どもたちの小学校の運動会前の練習を振り返った時、もしかしたら小学校の練習が一番時間数が少ないかも知れないなと思います。保育園は遊びの中で練習するし、中学・高校は、朝・夕授業時間外に皆で集まって練習しています。体育の限られた時間内で行う小学校では、競技の方法を理解することだけで終わっているように思います。紅白対抗の団体競技などは、‘勝つための作戦を皆で考える’くらいのレベルまで導いてあげると、より団結力や絆が増して、子どもたちの成長をより促す行事になるだろうな・・と、自己中心的な部分も協力することを学ぶことによって、好ましい方向に変化していくのではないのかな・・と、上記のお手紙類を読んで思いました。

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