えんじょ3

January 08 [Sun], 2012, 1:09

俳優に会った。
今日はそれに相当感動しました。

よし、今日からみやすいブログ書くパターン系の風な感じの雰囲気です。

恥ずかしがり屋や。



今日から全員集まっての稽古が始まりました。
といっても一部の役者さんは昨年からの稽古から続いて・・・という方もおられたのやけども。

とにかくは年明け、一発目の稽古でした。

僕はといえば、Kさんと徹夜で台本・構成表作業し、それで13時からの9時間稽古であって、ねむすぎて、
でもはじめて来よった演出助手がうとうとしておったら、おれが演出や俳優ならブチギレルなあと思い、
途中でこっそり稽古を抜け、「みみんだは」を買ってきました。


効いたわあ。




そんなことはどうでもよく、劇団Kの稽古場。総勢十数名。
とにかく感動した。
ごめんなさい。ベタに、感動と言うか、俳優の様に心が動きました。

もとより、Kさんには「早く東京に来い。東京の役者は違う。東京という環境のなかでかつどうするのは自分を相対的に鍛えられる。」といっておられた事を、すごくすごく、自分の感覚として得ることができた日だった。

東京の俳優はおもしろかった。
いや、それはちょっと言い方が違うだろうとも思うし、
今まで関西でお会いした俳優さんと、東京で今回お会いした俳優さんを、どう比べるのも難しく、ましてや年齢や経歴がちがう中でどういう差を証明するのかは、あきらかにできひんのやが、
どうも、文字や文章で説明しきることではなく、ノーリーズンでかんどうした。
東京にはおもろい人がうじゃうじゃおるなあ。と。くそが。

俳優の体が重かった。すごく。
それはけしてネガティブな意味ではなく、これも僕の感性の中から産み出ることばでしかなく、説明しきれないのやけども、今日見た役者の体はすごく「重かった」。つまりはポジティブな意味で。

「重かった」というより、なんだろう、ひとつは「重力」を感じる演技だなあと思った。(「重力」を感じるパフォーマンス?)

もちろん、役者として体を動かす時、体のすみずみまで意識を張り巡らせ、体から出るすべてに責任を負うことが必要になってくるのだと思うし、
だからこそ、自分の体の動かし方、可動部分にすごく繊細に豪快に意識をするものの、
自分はそこで終わっているでしかなく、
今日出会った俳優たちは、その動きが終わる体の部位の処理の仕方がすごくうまい、というか綺麗、というか、肉体を感じさせる、というかひとが動いて、そしてその肉体、ひいてはからだ、こころに感情というものがあった証拠を目の当たりにした印象。


そして、「目の演技」が抜群に素晴らしかった。
とくに今回の劇団Kの座組では、今までご一緒したことのないような年上の俳優さんもおられて、
そんな方こそ特に、「目の演技」が素晴らしかった。
一様に役者さんの目は「チャーミング」だった。

どことなく感じるのは、すごく「ウェット」な印象であり、
それこそポジティブな意味で「ウェット」と用いたいのだけども、
役者さんの演技がすごくねちっこかった。ほんとに。それは悪い意味じゃないんだけども、それがうまくゆえない。
そのうまくゆえなさ加減が自分の今の演出や俳優を見る「目」の限界な気がするのですが。。。
そのねちっこさというものは、もっと言うと、
感情や意志というものがセリフをとおして脳内に入り、それが触手のようにあいてに結び付く様がみえた気がした。

それは、まさに大原渉平の俳優としての課題である「他人への興味のなさ、一人で芝居をつくってしまうということ」とは対極な印象を持ち、
今回の役者さんからは、「興味のオーラ」が見えた。



いい経験やった。



それとは話がかわり、稽古の中で、
あるシーンの稽古が行われている中で、演出Kさんととなりに演出助手のぼくがいた。
そnシーンについて議論するとなったとき、Kさんにどうだろうと話をふられ、
僕は自分の「おもしろさの物差し」みたいなものを基準に、
そのシーンをどうおもしろくするかを考えた。
しかし、稽古場ではそれは必要ないとその場で言われた。
後で、その時の事をKさんと話し、どういうことかわかった。
@まず、演出が演出助手に求めた内容と違うカテゴリーの事柄を自分が答え始めたこと。
A僕が考えた事柄が、その相手の俳優を今回の稽古の過程で作ってゆくとき、後回しにした方が効率がよくなると経験上推測できたため。
Bその稽古場において、誰の意見がもっとも作用され、信用をもつのかをはっきり示す事が必要なため。それはゆくゆくは演出助手の立場から僕がした発言を、演出を通して信用のあるものにするという効果をつくることもできるため。
C稽古をすすめる内で、今、それ(今回僕が考えた内容)をいってしまうと、まだ台本の読み込みが浅い時期(実際は今日台本が役者に配られた)では、役者自身の考えることの妨げになってしまうからである。

のような理由があったことを知り。納得した。
演出や、稽古をすすめるにも、今これを伝えて、今はこれを伝えるべきではない、ということは確実に存在するということをあらためて再認識した。


あしたはお世話になっている劇団Wの『SにK』という作品をみてきます。
たのしみ。







ああ、

ああああ、

かしゆか。のっち。あ〜ちゃん。

あわわわ。

ちなみに、東京の俳優さんから、僕の出身校であるS造形大学とむかしやっていた劇団、劇弾JAの名前がでた事は、そうとう驚いた。
なつかしさと恥ずかしさ。

恥ずかしさの錬金術師。
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