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「アニメ文化大使」に就任

November 11 [Tue], 2008, 22:54
最近では数々の日本アニメが、海外でも非常に人気を集めています。
日本アニメを世界中で上映することで、様々な国の人々に日本の文化や社会のことをアピールするという企画があります。
その企画の「アニメ文化大使」という重大な役に、ドラえもんが任命されることになりました。
外務省で3月19日に行われた「アニメ文化大使」の就任式には、ドラえもんとのび太くんが参加しました。
就任式では多くの報道陣に囲まれる中、高村正彦外務大臣と握手を交わした後で「アニメ文化大使」就任要請書が手渡されました。
また、山盛りのどら焼きもプレゼントするという、お堅い官僚としては粋な計らいもありました。
大臣からは、「日本のことを世界中の人々に理解してもらって、みんなが仲良くなるようにがんばって欲しい。」と励まされたそうです。
ドラえもんも、「数々の作品を通して、どんなふうに日本人が生活をしていて、これからどのような未来を築いていこうと考えているかを、世界の人々に伝えていきたい。」という内容のコメントを残しました。
ドラえもんも「アニメ文化大使」という大役をになって、とても張り切っているようです。
ちなみに、今後は劇場版の「ドラえもん のび太の恐竜2006」を、中国語、フランス語やスペイン語、そして英語圏の国々で上映し、日本の文化を世界に紹介していくことが決まっています。

もうひとつの"緑の巨人伝"

November 11 [Tue], 2008, 22:47
2008年のドラえもん春休みスペシャルとして、公開中のドラえもん映画「のび太と緑の巨人伝」の宣伝として企画された、「キー坊が恋をした」「もうひとつの"緑の巨人伝"」「ジキルハイド」が放送されました。
しかし、宣伝として企画されたとはいえ、その内容は完全オリジナルとなっていました。
中でも一番おもしろかったのは「もうひとつの"緑の巨人伝"」ですが、「のび太と緑の巨人伝」で登場する植物星の王女「リーレ」が、まだ小さかった頃のストーリーとなっています。

植物星で弾き語りをする、のび太とドラえもんに似た芸人「のびテン」と「ドラぼてん」の二人が旅をしていると、城を抜け出したリーレが荷台に落ちてくるところから物語はスタートします。
やがて一行は、「禁断の森」という場所へ迷いこんでしまいます。
実は、リーレは「禁断の森」に住むという「緑の巨人」を探し出して、亡くなった両親に会うという望みを叶えたかったのです。
これを知ったのびテンとドラぼてんは、リーレの願いを叶えてあげたいと森を散策します。
しかし、リーレが崖から落ちてしまい、それを助けようとしたのびテンたちも谷底へ落ちてしまいます。
もうダメだか思った瞬間リーレの両親の呼ぶ声が聞こえ、スルスルと伸びてきた植物たちに助けられます。
そしてリーレは両親の存在身近に感じることができ、城に戻ることにします。
また、のびテンたちを議会に呼び、表彰することにしました。

「もうひとつの"緑の巨人伝"」と「のび太と緑の巨人伝」とは繋がりが余り無いかもしれません。
しかし、少女時代のリーレのかわいらしさや、リーレの両親について知ることができます。
それに「のびテン」と「ドラぼてん」の二人が、とても楽しませてくれる内容になっています。

藤子・F・不二雄先生没後の評価

November 05 [Wed], 2008, 21:51
作者である藤子・F・不二雄先生は1996年に亡くなりましたが、人気に衰えを見せない「ドラえもん」を終らせることはできませんでした。
従って、毎春ドラえもん映画を上映するべく、藤子プロによる舞台設定が毎回考案され制作され続けることになります。
しかし、藤子・F・不二雄先生自身が設定を手がけた映画に比べ、作品に対するファンの評価は余り良くなかったのです。
それまでの長編映画には、先生の子供の頃からの好奇心や「ドラえもん」に対する独自の考え方、子どもたちへの心のこもったメッセージが凝縮されてたと言って良いでしょう。
しかし、先生自身の想いは二度と作品に込められることはできません。
これは、どんなに優秀なスタッフが製作に関ろうとも、非常に難しく、ある意味仕方の無いことなのかもしれません。
「南海大冒険」を例にとると、テーマとなる「無人島」「宝探し」「マリンアドベンチャー」というものは、先生が自ら短篇で幾度も扱ってきたものです。
また、「ふしぎ風使い」も短編の「台風のフー子」を原案にしています。
ですが、どちらの作品も設定が少し安易な感じがします。
とはいえ、どの作品にも先生の夢の土台が必ず込められていることは間違いありません。
逆に言うなら、この夢が込められているからこそ、ドラえもんは子供から大人まで何世代も超えて愛されているのでしょうし、そのことに価値があるのではないでしょうか。
そういった反省からか2005年にリニューアルしたドラえもん映画の第一作目は、原点に戻る意味も込めて「のび太の恐竜2006」となりました。
この映画のストーリーの大筋の殆ど変更されていませんが、時代と供に進化したアニメ技術を駆使し、スリル感溢れる作品に仕上がっています。
もちろん、ドラえもんと仲間達との友情や冒険を通した成長という、藤子・F・不二雄先生の首尾一貫したテーマもしっかり盛り込まれています。

「のび太の恐竜」の誕生

November 05 [Wed], 2008, 21:49
1979年にテレビ朝日で「ドラえもん」の放映が始まったことで、ドラえもんブームが一気に最高潮となりました。
もちろん、当時からドラえもんの映画化の話は出ていました。
しかし、テレビでは10分で一話完結として放映されていたためもあり、映画のように長時間で放映するにはテレビとは違う趣向を取り入れる必要がありました。
実際に映画化が具体的になってきた時、藤子・F・不二雄先生が選んだ作品はコミック第10巻に収録されていた「のび太の恐竜」でした。
先生は当初、「ドラえもん」を長編シリーズにするつもりは無かったようです。
しかし、実際に「のび太の恐竜」でドラえもんやのび太がテレビという日常の枠を飛び出し、思いっきり活躍させることができ、それを見るのが非常に嬉しく楽しかったようです。
そういったこともあって、長編では毎回最初に少し大仕掛けな舞台を設定しておき、その特別な舞台でドラえもんたちを活躍させることにしたのです。
結果的にこの趣向が大成功に繋がったのは、言うまでもありません。
実際に、日常生活から離れて大冒険をするドラえもん達や、白亜紀の恐竜たちの描写は非常に良評価となりました。
また、武田鉄矢さんが作詞された主題歌も好評で、映画ドラえもんシリーズの評価を一段と高める結果となりました。
先生が亡くなるまで実に16作の主題歌を作詞しています。
ちなみに、「のび太の恐竜」の主題歌「ポケットの中に」は、ドラえもんの夢と大冒険の世界が親しやすい歌詞で表現されています。
「ポケットの中に」は、その後も映画で何度か使われ、今ではドラえもん映画に無くてはならない歌となっています。

ドラえもん誕生秘話

November 04 [Tue], 2008, 21:30
ドラえもんは、未来のロボット工場の「マツシバロボット工場」で、子守用のネコ型ロボットとして作られました。
本来のネコ型ロボットは「ドラみちゃん」のように体が黄色で耳のある姿で、おなじみのドラえもんの姿とは随分と違っていました。
ところが、子守用ロボットを大量に生産している時に、ひょんなことから1体だけネジが1本落ちてしまいます。
こうして、1台だけ不良品のネコ型ロボットが出来てしまうのですが、これが「ドラえもん」だったのです。
優秀なネコ型ロボットは、子守用ロボットになるため性能訓練が行われます。
しかし、成績が上がらない不良品の1台だけは、特別なロボット学校に入ることとなります。
この1台のネコ型ロボットは、引取先が決まるように特別学校で一生懸命頑張ります。
その結果、のび太の孫の孫にあたる「セワシ」に引き取られることになるのです。
私たちが知っているドラえもんは、このように実は個性的で特別なネコ型ロボットだったのです。

では、何故黄色い体をしていたドラえもんが、青い体になってしまったのでしょうか。
ネズミに齧られるという事故によって耳がなくなってしまったドラえもんは、元気を出す為にひみつ道具「元気の素」を飲んで元気になろうと考えます。
ところが、ネジの1本足りないドラえもんは、間違えて「悲劇の素」を飲んでしまいます。
そして「悲劇の素」の差用で益々悲しくなって、三日三晩泣き続けたために体を覆っていたメッキが剥げて青くなってしまうのです。
これが、ドラえもんが青色になってしまった真相です。
ちなみに、その時、泣き続けたことで声も枯れてしまったそうで、その声のイメージが大山のぶ代さんの声にピッタリだったのです。
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