映画『ショコラ』について断章

2017年01月 29日 (日) 17:07
フェリーニの名作『道化師』にも登場したフランスの実在のふたりのクラウンをモデルにした映画、私が一番好きなサーカス映画、ボリス・パネットの「レスラーと道化師」も実在のクラウンとレスラーをモデルにしていた。ふたりの友情自体はフィクションであったが、物語をつくりあげるさまざまなエピソードは実話である。「ショコラ」の宣伝文句は実話ということになっていたが、とのくらいの実話がこの映画のなかにあるのだろうと気になり、トリスタン・レミ(フェリーニの『道化師』にも出てきたフランスのクラウン研究者)著の「レ・クラウン」の中の「ショコラとフティット」という章を読んでみた。この映画のなかで大きな転換点となるふたりのコンビ解消に関しては、なんどか離れたりくっついたりということがあったようで、それぞれの子どもたちとコンビを組んだりしていたが、最初のきっかけは彼らが人気者になったヌーポ・シルクの支配人が変わったところで、干されたことがきっかけとなったようだ。ショコラの出自だが彼自身は、ハワイ出身と回想しているが、両親のことも知らず、年もわからなかったという。奴隷として買われてフランスに来て、何人かの手に渡ったあと、捨てられ自立せざるを得なくなる。カフェで力自慢の演技を見せているときにヌーボーシルクで働いていた芸人のトニー・グレスの目にとまり、彼に雇われる。彼は弟子兼手伝いとしてショコラをつかっていたが、ショコラはトニーの芸を手伝うだけでなく、オーギュストのグループでも演じるようになる。ここですでにクラウンとして活躍していたフティットが出演したときに、ショコラの演技に注目する。彼の顔の表情に興奮したという。ちょうどトニーはショコラの不器用さに見切りをつけ彼を解雇するというので、フティットはショコラを雇うかたちでコンビを組みはじめる。
ショコラが黒人として差別を受けていたということは実際はあったのだろうが、レミのこの本では触れられていない。バクチと酒に溺れてしまったということもおそらくは映画の中での虚構なのだろう。映画のラストとなったショコラの死であるか、ショコラが亡くなったのは1917年11月7日、このときはフティットとショコラの息子と3人で旅まわりのサーカスで働いていた。彼はホテルの一室で亡骸になっていたのを発見された。狭心症だったという。名声を失ってからはフティットの方が酒に溺れたようだ。彼が亡くなったのは、1921年4月29日57歳であった。
映画は、ショコラを中心に描いているが、彼が黒人であったがために、フティットとコンビを組み、人気者になっていくが、黒人であったことによって虐待、差別され、それによって酒やバクチに溺れ、自分の才能を最大限にいかしてくれたフティットと別れ、落ちぶれていく。すべて黒人であったことが背景にあった。これがこの映画の基調をなしている。サーカスの芸人ではなく、俳優として黒人として時代の風穴をあけるため「オセロ」を演じきったあと、彼を待っていたのは観客からの怒声だった、この衝撃的で残酷なシーンのなかにこの映画のメッセージが感じられる。
黒人としてサーカスのクラウンを演じ、フティットに尻を蹴られることによって彼は観客から笑いをとり、人気ものとなっていく。しかし演劇の世界でオセロを黒人として演じたとき、何様のつもりだと罵倒される。この構図のなかに芸人として、黒人としての差別されていたことが浮き彫りにされるのである。
本格的なサーカス映画、しかも実在のクラウンを描き、さらにフティットにはチャップリンの孫が演じたということもあり、サーカスシーンがふんだんに出てくる。これがこの映画の大きな魅力となっている。おそらくここに出てくるふたりのギャグは実際に演じられたものだろう。
個人的には最初の場末のテントサーカスのシーンがとても好きだった。ショコラの当時の恋人だった女性が演じる曲馬のシーンは雰囲気があった。リングマスターの団長がもつトラマイクのようなものもなかなか面白かった。
最初にショコラとフティットがギャグを演じるところ、フッティがいくら突っ込んでもショコラはまったく反応せずに、客席がざわめき、フッティーも焦ったところで、ショコラが反応する。ここで爆笑。ここの溜めというか、受けの間が抜群だった。ぼけと突っ込みの究極のタイミングといえないだろうか。
パリに出たばかりのシーンもきれいだった。もうあのときはエッフェル塔があったのにちょっとびっくり。植民地博覧会のシーン伏線としては効いている。この時代はこうしたエキゾチズムが欧州では人気があったということだろう。ロンドンの日本人村もこの延長にあり、20世紀初頭まで日本人は黒人同様異物として見られていたのではないか。
笑いのコンビの難しさもこの映画の大きなポイントとなっている。そうなると、やすしときよしのことをどうしても思い出してしまう。
このふたりのコンビが受けたのは、ぼけと突っ込みのスピード感にあったのだろう。それはエンディングで出てくるふたりの実写の映像を見るとわかる。
しかしなぜ人々を笑わせ、楽しませるクラウンやコメディアンたち自身の話になると、悲劇的なトーンが漂くむごい話しではないだろうか。

書類完成

2017年01月 29日 (日) 13:13
今日は久々に家で休日。軽く走って部屋の片づけなど溜まっていた雑用の整理。14時からラグビーの日本選手権。コンタクトプレーはガチンコで迫力満点。スミスのジャッカルはすごいなあ。気になったのはパナソニックの藤田君がリザーブにも入っていなかったこと。どうしたんだろう。
いい試合ではあった。来月から6ヶ国ラグビーがある。こういう試合を見たいなあ・・・
今週は漂流民の会の総会がある。会計のことやらそのほかもろもろ会のことをやる。
先日見た「ショコラ」の感想をまとめる。映画の感想というよりは、ショコラとフティットのことが気になり、いろいろ資料を見たので、それをまとめた感じ。デラシネの号外も作成して配信してから就寝。

桑野塾

2017年01月 28日 (土) 11:25
今日はやることがたくさんある。
9時過ぎに家を出て、まずは田浦に向かう。インタビューのため。1時間半ほど話しを聞いて、今度は早稲田へ。生協の食堂でカレーをかっこみ、中央図書館で本を返却して、二冊を借りて、16号館へ。
パソコンのチェックを終えて、なんとか準備完了。今日はわりとパソコンの接続がうまくいって時間が余る。今日は文学部で露文の講演会があるということで、はじめからあまり人はこないということは予想できていたのだが、サーカス学ゼミのメンバーや水族館劇場の人たちが大勢きてくれて20人以上になった。柴田さんのアルハンゲリスクのレポートは実に面白かった。やはり生活者とならないと見えないものがある、それと地方都市で暮らしたということも大きかったのではないだろうか?
最初の予定では懇親会は10名ぐらいの予定だったのだが、18人ぐらいが参加。
にぎやかな会になった。
ばたばたの一日となったが、これでひとつ大きな区切りができたかな

かけひき

2017年01月 26日 (木) 10:34
提案するにあたって芸人さんたちと条件について詰めている。この条件の詰めがこの仕事の醍醐味のひとつである。かけひき、腹のさぐりあいの中で詰めていく。一組の芸人とかなり突っ込んだやりとりをしている。三回目の条件提示をする。さあどうなるのか。
石巻に行くとお世話になっている漂流民の会の会員さんから会を辞めたいというハガキが来ていたので、気になり電話する。身体の具合がよくないとのこと。辞めるのはいいのだが、こっちの方が気になる。
郵便局に行った帰り、よく時計を直してもらった時計屋さんのおじさんが亡くなったという案内が掲示板に出ていた。店を閉めてからなんどか歩いているのを見たのだが・・・・
今日は休肝日。この前見た映画のショコラが気になり、彼らのことを書いてある資料を探す。何故かある本の「フッティーとショコラ」という章をコピーしていたものを見つける。

一番の寒さ

2017年01月 25日 (水) 14:44
たぶん自分の中では今年一番の寒い朝。そして今年初めて日の出ショーを雲なしで見れた。なかなか見応えがあった。
このところ電車の中でアレクシェービッチの「セカンドハンド」を読んでいるのだが、これが重い。本自体も500頁を越える大著なので重いのだが、内容がめちゃめちゃ重苦しい。朝読む内容としてはかなりきつい。だったら読まなければいいのだが、これは読まないといけない本なのである。
川崎のイベントに関して、あちこちに連絡。今月中にはっきりさせたい。
夜は東松島から大人の休日倶楽部をつかって横浜に来ている人を野毛に案内。まずは萬里でまた中華鍋と餃子。3人で鍋ひとつでかなり満腹になっていたのだが、そのあとはドルフィー近くのイタリアンで白ワインとローマ風煮込みとマルガリータ。どんだけ食べたかということだ。ひっかり満腹になって帰還。喜んでもらったようだった。なによりである。

査証申請準備

2017年01月 24日 (火) 16:59
朝打ち合わせ。
昨日川崎で打ち合わせたことを基に、正式に出演依頼。昨日の打ち合わせでちょっと面白そうなことができそうになった。
春のリトル組の査証申請を来週頭ぐらいにはしたい。書類の準備をし始める。
会社をちょっと早めに出て、銀座へ。シネスイッチでチケットを購入後、夕飯を食べに行く。むかしは隣に大好きな室蘭ラーメン屋さんの「なかよし」があったのだが・・・・
近くの路地を入ったところのラーメン屋さんらしきところに行列が。結局近くにあった立ち食いそば屋に入ったのだが、これがなかなかいけた。特にカレーが美味しかった。
19時からの「ショコラ」を見る。帰りしな、知り合い方から声をかけられる。
この映画をどうしても見てもらいたい人がいる。帰ってからメール。

ダメじゃん小出の黒く塗れ!

2017年01月 23日 (月) 13:47
公演名 ダメじゃん小出の黒く塗れ!vol. 31『新春18きっぷ』
会場 横浜にぎわい座小ホールノゲシャーレ
観覧日 2017年1月21日(土)午後6時の回

久しぶりに新春18きっぷの公演を見る。相変わらず小出の鉄道愛は深く広い。自分が好きなもの、愛しているものを語って、それがちゃんとお客さんに伝わっているということはある意味とても幸せのことだと思う。その愛が純粋だからだろうなとつくづく思う。枕はこんなときにこんな美味しい話しはないというトランプネタ。笑えるうちが花ということにならないといいのだがというぐらいにいくらでも突っ込みどころがある。今回は絞って2つの大ネタできた。最初のネタは箱根駅伝をパロディ化し、関東の鉄道会社の駅伝に転化させた。かなり鉄道ネタとしてはディープなものだったが、この手の寓話ものは小出が最も得意とするもので、どんどん広がっていくのが痛快だった。サッポロの駅伝の時だけにしか流れないCMのパロディまで入れたのはさすが。タイまで取材に行ったという大作は見応えがあった。映像を見せながらの実地レポートと少年小出とかつて日本で走っていたという寝台列車との対話のフィクションをうまく絡めていた。こういう構成はありだと思った。トーマスを知っているからかもしれないが、違和感なくすっきり入れた。レポートばかりだと単調になるところをこうしたフィクションを絡ませたのは奥行きをつくることにもなった。最後の流れ星の下りは見事であった。ポエジーさえ感じた。

大道芝居

2017年01月 22日 (日) 12:00
今日は走らずゆっくりおきる。下の娘も今日はお休みのようで珍しくみんなゆっくり起きる日曜日となった。午前中バタバタと雑用を片づけてからでかける。
日ノ出町で前にも食べたカレー坦々麺を食べる。スープを飲みすぎてしまった。あとで後悔する。図書館に本を返した後、ランドマークへ。劇場の前で福田さんからチケットをもらう。今日は戦後の野毛の闇市を舞台にした夢座の芝居の初日。福田さんの話しによると最初と最後に福田さんをモデルにした人も出てくるという。ホールに入るとすでに舞台では大道芸が演じられていた。はじまって40分ぐらいから便意が、あの坦々麺のスープが効いた。早く休憩をと思いながら舞台に集中できず。なんとか休憩時間になり、トイレへ飛び込む。出たところで10年ぐらい会っていなかった芸人さんとばったり。いまはパフォーマンスはやめ会社を経営しているという。
公演後一緒に観覧した澤田さんと知り合いの記者と一緒に萬里へ。澤田さんもここに来るのは久しぶりということで懐かしがっていた。このあと出演していた長英さんと大道芝居の人たちと合流、なかなか面白い宴席になった。なんでも澤田さんは若い長英さんに、関敬六劇団に出てもらったことがあったということでずっと気にしていたという。長英さんはまったく覚えていないということだったのだ・・・・コメディアンたちのいじわるというかしのぎあいの話しも面白かった。突っ込みの得意なコメディアンに対するイジメとして、わざと突っ込みができないようにしたりとかよくあったとのこと。現場を知っている人だけに説得力がある。今日見た芝居のチラシを見せて、見に行きませんかと誘ったら、すぐに行くとおっしゃったのは、チラシの中に長英さんの名前を見たからかもしれない。
このあと大道芝居の人たちと二軒目へ。今日のような野毛を舞台にした芝居を見ると、大道芝居が妙に懐かしくなってくる、あのような芝居をまた見たいと熱烈に思う、というか今度は出たいとも。またいい気分で帰宅。

スリリングな一日に

2017年01月 21日 (土) 11:40
浜空碑まで走る。気になっていた赤くなった碑のところにいつも掃除をしているSさんがいたので挨拶。塗り替えていたのはSさんだった。前に見たのは錆止めの下塗りだったという。銀色になっていた。手伝いながら話しを聞くと、下塗りしたときに警察がやってきて2時間あまり尋問を受けたという。えらい災難だった。でも事実が明らかになりほっとする。
ちょっと早めにと思ったのだがゴタゴタしてしまい、ヤフーで検索した時間で冨岡駅を出発。途中奥さんと横浜で別れたのだが、ここからはらはらものの移動になった。まず川崎の手前で信号点検で15分遅れて品川へ。品川から京浜東北線に乗ってなんとか間に合いそうだと思ったら東京駅手前で減速運転。この経過をlineで奥さんに伝えていたのだが、動きはじめてなんとかなりそうとlineしているうちに乗り換えなくてはいけない秋葉原を通過、御徒町まで行ってしまう。また秋葉原に戻り飯田橋に着いたのが7分前。なんとか時間ぎりぎりにアンスチューションフランスに到着。ツィッターで知った映画「旅芸人と怪物たち」を見る。テントを持って移動する旅芸人たち、最初はサーカスかと思ったら、なんとこれがキャバレー・チェーホフという素敵な芝居をもって廻っている劇団だった。しかも劇団名がロシア語の「ダバイ」。みんな自分のことしか考えていない集団が、その我をぶつけ合いながら移動していくというドラマなのだが、移動やテントをつくり、街で宣伝したり、またそのキャバレー・チェーホフのいくつかのシーンも交えていくので、自分にはとても面白かった。あのチェーホフは魅力的だった。「地点」の皆さんたちに教えてあげたい。
映画のエンドロールが流れている間にホールを出て、まずはトイレ。それから今度はダメじゃん小出の公演がある桜木町へ移動。結構また時間がギリギリになってしまう。まだ昼飯を食べていなかったのだが、なんとか桜木町で立ち食いそばが食べれた。にぎわい座も結構一杯になっており、一番端の席になった。
公演後小出君の打ち上げに参加させてもらい、家に戻ったのが24時近くになった。

ロマノフ王朝展−日本人の見たロシア、ロシア人の見た日本

2017年01月 20日 (金) 0:07
「ロマノフ王朝展−日本人の見たロシア、ロシア人の見た日本」
会場 東洋文庫ミュージアム

石巻若宮丸漂流民のうち、世界一周して帰国した4人の漂流民のひとり太十郎がロシアから持ち帰った皇帝から下賜されたというジャケットの実物が展示されるということでとても楽しみにしていた展示会を見てきた。東洋文庫ミュージムはこれまでにも4回ほど来ているが、何回見ても圧倒されるのがモリソン書庫。ここの要所に今回の展示にあわせたロシア関係の豪華本が陳列されている。実際に手にとって頁をめくってみたいと思う本ばかり。このプロローグにはときめいてしまった。企画展の最初はデジタル画像で拡大して見れるコーナー。今回は「蝦夷志」と「プチャーチン来航図」。拡大して見ると、いろいろなことがわかる。蝦夷志で感心したのはアイヌの熊祭の儀式の模様が詳しく描かれているところ。プチャーチン来航図は前半と後半では描いた人が違うのではという明らかなタッチの違い。うれしいことに太十郎のジャケットはあの渡り廊下のコーナーという実にいいところに展示されている。縄文館で展示されているのとはまた趣が違って見えた、紺の色彩がこちらの方がくっきりと出ているように見えたのは照明のせいなのか、正直こんなにも違うように見えるのかと驚いた。
今回の展示会には3つの見どころがあった。ひとつは吉村昭さんが「大黒屋光太夫」を書かれたとき、これがなかったら書けなかったと言わしめた「魯西亜国漂泊聞書」の全巻を展示していることである。全巻はありがたい。この書は東洋文庫の所蔵品のなかでも自慢の書であるが、色の美しさ、そして描写の見事さ、全部見れるというのはありがたい。どうしてもこうした展示会になると一カ所だけという展示になってしまうのだが、このように全巻展示してもらうのは実にありがたい。同じように「環海異聞」もたくさんの図版を展示している。ここの所蔵品はかなりオリジナルに近いものではないのだろうか。他の環海異聞の写本よりも色がかなりはっきりしている、それと実際には触れられないのだが紙もいいものをつかっているのではないだろうか。展示してあるなかで北海近くまで流されて船が氷山と遭遇する図版が迫力があった。それとレザーノフの肖像画も他のとちょっと違う、一番やさしい顔になっているのではないだろうか。こういう写本を見ていると、例えば宮城県図書館や一関図書館、早稲田大学が所蔵しているものと並べて見たくなる。そうすることによってオリジナルをさぐりあてるヒントにもなるかもしれない。
3つ目はプーチン来日時に日本からこの複製が贈られたことで話題になった「プチャーチン来航図」。7メートルもある絵巻なので全部というわけにはいかないが、その全容は入り口のデジタル画像で見れる。
この他にも貴重なロシア語の文献が展示されている。よくこれだけの本を集めてきたものだと思う。きっとあと2回はまた見に行くことになるだろう。これだけのロシアの貴重な文献に一同に集めたものを見れるなんて、ほんとうに幸せな気持ちになれたひとときだった。
クマのイチオシ
東映映画「鯨と斗う男」鮎川上映会決定!

「鯨と斗う男」上映プロジェクト

ロケ地鮎川での上映会決定!
高倉健が主演し、60年以上前の鮎川や石巻の活気がいきいきと描かれているこの映画を、ぜひ皆で一緒に見ましょう!

2019年11月30日(土)
牡鹿半島ビジターセンター


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3号刊行から約2年。今回は音楽の街石巻の間口の広さと奥深さをたっぷりと味わってもらう一冊となりました。



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ドイツの肝っ玉母さん
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