エンドーチェーンのビアホール

2014年08月 31日 (日) 11:05
6時半すぎからいつもの七北田川沿いを走る。稲はかなり熟している。9月に入ったら稲刈りということになるのでは。今日は反対側の川沿いを走ろうかということで走っていたのはいいが、かなり迂回しているようで、帰りがたいへんそうなので、来た道を戻る。
朝食後近くのニトリへ。マッサージチェアをプレゼントすると約束していたので、見に行く。ネットで見ていていい感じの値段のものがあったので、行くことにしたのだが、店員はそれよりずっと高い商品を薦める。とりあえずおふくろに座ってもらう。どうもマッサージが強すぎてだめなのようで、普通のリラックスチェアーの方がいいということになり、それを購入。
昼飯を食べてからのど自慢と新婚さんいらっしゃいというふたりのいつも見る番組を一緒に見る。
14時小学校からの親友が来訪。彼も4月に胃ガンの手術をしたばかり。その後なかなか食べるのがたいへんということで心配だったのだが、10`やせたということだったが、思ったより元気そうで安心した。かなり大変な状況だったのに、本人は淡々と語る。親友の車に乗って、駅前のエンドーチェーンへ。ここで彼とは別れ、ここの4階にあるというビアガーデンへ。ビールを飲みながら軽くく打合せ。そのあと居酒屋に場所を変えて、いま企んでいるプロジェクトに関連して本格的に打合せ。簡単に考えていたが、やはりいろいろ乗り越えないといけないことがある。プロジェクトを実現できるかどうかは、やはりなんといっても資金繰り。やることが見えてきたかな。
20時56分の仙台発やまびこに乗る。缶ハイボールを飲んで、あとは東京までずっと寝ていた。
24時前に帰宅。

仙台へ

2014年08月 30日 (土) 10:53
ばっちり寝たのと、4日間走っていなかったので、今日は気合を入れて、走りに出かける。私の守護神大島神社にお参り後、北上川をひたすら北上、新北上川との合流地点をすぎて、前回歩いた北上運河の河口のところまで走ろうと思ったのだが、雨が降り出し、しかもかなり強い雨になってきたので、引き返す。中瀬のあたりにきたところで雨あがる。気持のいいシャワーを浴びた。部屋に戻り、高校時代の親友に電話。彼も心筋梗塞をしていろいろあったので気になっていたのだが、元気そう。3月で定年、自分の病気のこともあり、いまは週2回程度仕事に行っているらしい。
10時過ぎにニューゼへ。館長と雑談兼来月の小出君の公演の打合せ。そのあと会員のSさんと2階の喫茶ルームで資料集の件で打合せ。自分がやらないといけないことが見えてきた。
昼過ぎに別れて、いつもいくうどん屋さんで今日は石巻そばを食べ、お土産(今日はほやの塩辛とくんせい)を買ってバスに乗り、仙台へ。
ヨドバシでデジカメのケースを買って、バスに乗り実家へ。
昨日おやじが体調の異変を感じ、また脳梗塞ではないかということで入院の準備をして病院に行ったという。その病院は昨日バスで前を通った脳神経病院。診断の結果脳梗塞ではなく、顔面神経だったという。まあ大事にいたらず良かった。6時過ぎから夕食を食べる。食べているときに横浜の姪から電話。誕生日のお祝いをもらったお礼だった。そのうちに電話にだされることに。電話で話すことになれているようだ。リトルワールドに行って民族衣裳を着たなんていう話を聞かされる。
おやじと横浜・巨人の試合を見る。途中同点になったところでチャンネルを変える。食卓ではなんかおふくろがひとりでぶつぶつぼやいている。目の前にはビール缶が。冷蔵庫から取り出し、ひとりで飲んでいたらしい。
また今日も2時間ドラマを見て、23時に就寝。

青春の映画と再会

2014年08月 29日 (金) 10:45
6時に起きて、メールをチェック、やはり現地でうまくいっていないようだ。日本の代理店とメンバーにメールを送っておく。横浜パンの店で昼飯用のパンを買ってから出発。新宿のバスターミナルは相変わらず富士山に行く外人や若い人で一杯。時間があったのでコンビニでコーヒーを買う。途中スタバで面白い風景を見かける。山に行く格好をしたシルバー登山者が群がってコーヒーを飲んでいた。自分たちが山に登っていたころ、こうした格好はみな若者ばかりだった。
8時40分定刻でバスは出発。佐野のSAの休憩まで爆睡。多少疲れはあるのだろう。安達太良SAでの休憩が終わってから、持ってきた英語の本を読み始める。仙台を過ぎたあたりで最終章まで読み終える。あとはエピローグ。仙台から利府までは下を走る。東仙台脳神経病院を通る。ここはおやじとおふくろが脳梗塞で入院したところだ。
予定通り15時に石巻着。ホテルにチェックイン。業者さんに電話、現時点の状況を教えてもらう。今晩の金曜映画館で9月の小出君の公演のチラシを折り込んでもらうようお願いしておく。18時過ぎに部屋を出て、アイトピアへ。初めて参加するイベント。今日が13回目だというが、年配の人が多いかな。あちこちであいさつを交わす姿を見かける。岡田劇場の社長さんやこの映画祭を主催する方を紹介してもらう。今回上映されるのが自分のベストワン映画『冒険者』。当日配布されるパンフに原稿を書いたこともあり、またいま企画しているプロジェクトとも関連するので来ることにした。
18時40分主催者の挨拶のあと、場内が暗くなり、後ろのほうで映写機が動きだし、フィイルムがカラカラと回る音が聞こえ、そしてあの音楽が流れ、スクラップをあさるジョアンナ・シムカスが出てきて、あのテーマソングが流れてきた時、鳥肌がたってきた。久しく映写機の回る音なんか聞いたことがない。映画が始まるぞという期待感、こんな感じを味わうのは久しくなかった。
泣き崩れるリノ・バンチェラを空撮で追い、その姿が小さくなりエンドマーク。何度見ても胸が締め付けられる。でも透明な気持ちになれる。いいものを、いいところで見せてもらった。来て良かった。
皆さんに挨拶をして帰路につく。金曜日の夜だが静かなもんである。
今週は飲み過ぎなので、休肝日にする。コンビニで冷やし中華と何故かシュークリーム、明日の朝飯用のサンドウィッチを買ってホテルに戻る。
遅い晩飯を食べて、こういう時の自分にとって一番の骨休め、2時間ドラマを横になって見る。このまま23時過ぎに就寝。

帰国

2014年08月 28日 (木) 9:31
昨日早く寝たのだろう。朝日が昇る前に目が覚める。来週来日するメンバーの件でふたつ気がかりのことがある。メールを開く。ひとつは解決した、良かった。ただもう一件はどうも現地の業者とうまくいってないようだ。日本の代理店にメールを入れておく。シャーワーを浴び、荷物の整理、昨日は食べられなかった朝飯を食べる。9時半テントへ。アンバールとジギトのリーダーと話す。10時40分にタクシーが来るという。ナージャとマラトもやってくる。記念写真をとってお別れ。ナージャが死ぬ前に日本に行きたいなんて言っていたが、なんとかまた逢いたいものである。でも今回来て良かったと思う。彼らが本当に私のことを家族の一員のように思っていてくれたかよくわかった。
1時間ぐらいで空港に到着。1800台湾ドル。それにしても早く着いたもんである。コーヒーを飲んでチェックイン。待つことなく簡単なもの。やることもないので出国手続き。タクシー代のおつりが結構あったので、台湾土産を物色。いくつか買ってあとはただひたすら待つだけ。小笠原豊樹さんの「マヤコフスキー事件」を読む。これが圧倒的に面白い。結局成田に着くまでずっと読み続け、横浜に着く前に読了。最初はまさかと思っていたマヤコフスキー殺害説が信じられるようになる。
10時半過ぎに帰宅。明日は石巻。支度をして懸案事項に関してまたメールが来ていたのでその返事などをしているうちに12時を回る。それにしてもこっちは涼しいね。

ビーチでサーカス

2014年08月 27日 (水) 9:05
旅疲れとウォッカのおかげで、かなりぐっすり寝れた。8時過ぎに目が覚める。朝飯も食べたくなく、持ってきたコーヒーを飲みながらパソコンを開く。ここは無線ランでネットがつながる。とりあえずメールをチェック。返事を書いておく。気がかりなことはまだいくつかある。
10時からサーカスが始まるというので、ホテルを出て歩いてテントへ。
しかし暑い。なんだこの暑さはという感じ。テントの裏にアンバールがいたので、彼の案内でテントのなかへ。ちょっと古いが冷房もあるし、見る環境としてはまあまあではないか。次から次へと観客がやってくる。昨日社長さんが年金暮らしの人が増えているからこの人たちがターゲットと言っていたが、確かに年金ぐらしのような年代の人が目立つ。定刻になってもなかなか始まらない。明らかになにかトラぶっている様子。ナージャの話ではMCがいないという。10分ぐらい経ってからMC抜きでスタート。この不在がかなり流れに影響している。間が長い。最初の演技はコロンビアのハイワイヤー。これはアンバールがショックを受けたといっていたがとにかく凄い。命綱を付けないで演技しているし、最後のピラミッドはまさに壮観であった。コロンビアチームは、この他にもオートバイ、クラウン、死の回転とフル活動。クラウンはちょっといまいちだったかな。この他にもナージャチームのパーチ、ムチ、アラビックダンス、ウズベグのジギドと見応えはある。ただやはり構成がいまいちだったなあ。
2時間ぐらいの公演だが、休憩なし。ナージャで部屋でランチ。弁当と昨日の残り。ちょっと部屋に戻ってメールのチェック。2時から始まりかとばかり思っていたら、1時半の始まり。ハイワイヤーの途中から見る。MCが到着したようで、今回は流れはスムーズ。余計なダンスや間繋ぎのレプリーズや客いじりもない。それにしてもテントはほぼ満員。このうよに満員になったのは8月10日過ぎてからだという。7月後半に来襲した台風の影響で1週間公演できなかったという。これは主催者からすると痛いかったろう。
公演後写真撮影をしているそれぞれのチームに入って一緒にとってもらう。コロンビアチームの一人はリトルの南米サーカスで来た娘さんらしい。オーストラリアのダンサーチームは8人、みんな立派な身体をしているが、十代がほとんどという。びっくり。ジギドチームは、一番芸ができる馬が検査でひっかかって出れないので、十分なショーが見せられなくて残念とも。
公演後マラトの案内でビーチへ。プールとかいろいろな施設があるみたいだ。マラトはいつも泳いでらしいが、自分は遠慮させてもらう。しかし相変わらずマラトは65になったというが、若いし、好奇心は旺盛、人生を楽しんでいる。たいしたもんである。
ナージャの部屋に戻って、16時から酒盛り。次々にメンバーの女性陣がやってきて、買い物を届けたり、料理の準備をしたりしてくれている。みんないいお嬢さんばかりだ。
昨日の話の中で、ゲオルギーイシヤマが死んだということを教えたら、マラトがショックを受けて、彼はそんな年じゃない、間違いじゃないかと言っていたが、ウォッカを飲みながら、どうしてもそれは受け入れることができなかったようで、自分が娘さんから話を聞いたということを知って、娘さんがうそを言ったんじゃないかといいだす。そんなことをする意味はないと思うのだが、マラトにすれば信じられないというか受け入れられないのだろう。とにかくゲオルギーはいい奴で、読書が好きで、いつも本を読んでいて、どこかに行こうと誘うとちょっとここまで読んでからと言っていたと思い出していた。彼は兄弟姉妹もいない孤独な境遇だとも。イシヤマには「明治のサーカス芸人はなぜロシアで消えたか」を渡したかった。
ナージャも今日は調子よくウィスキーのストライプ割を何杯もお代わりしながら飲んでいた。
結局台湾では台湾料理を食べずにウォッカとお手製のサラダだけを食べたということになる。まあこういうのが自分の旅であろう。
アンバールが運転するバイクに乗ってホテルに帰還。ビールを一缶飲んで就寝。どうやら短い台湾旅行もこれにて終わりのようだ。
今回はナージャたちに会うことが目的だったので、来てよかったと思う。いつまた日本に呼べる時がくるかわからないが、ツィルカッチとしてこれだけゆっくり話ができたことが一番。それにしてもこの家族はどれだけ波瀾の人生を歩いていくのだろう。ローマもシューリックもズフラのお母さんも、ナージャも、波瀾のなかを歩き続けることが、彼らの人生なのかもしれない。

7年ぶりの再会

2014年08月 26日 (火) 7:51
4時目ざましの音で目が覚める。ちょっと昨日飲みすぎたかも。ストレッチだけはして髭を剃って、4時半すぎに集合場所へ。愛の空中リングのふたりがちょっと遅れただけで、全員そろう。見送りにきてくれたルスツのスタッフと通訳さんとお別れをしてバスに乗り込む。6時20分に空港着。空港はオープンしたばかりという感じ。時間があると思ったのだが、結構慌ただしい。結局羽田からキエフに向かうセルゲイとそれを送る自分はなんとか早めに手続きが終わったが、成田から帰るフォメンコ兄弟と愛の空中リング夫妻がまだ荷物を預けられないでいたので、ここでお別れをする。セルゲイは飛行機の中で、いかにいまのサーカスをめぐる環境が悪いかをとくとくと語り続ける。40代後半の人なので、最後にはソ連時代がどれだけサーカスをめぐる環境としては良かったという結論になる。さらにグループものを維持することの難しさについても語っていた。本当は寝たかったのだが、羽田に着くまで話を聞くことに。
羽田について、もうチェックインはしているので、セキュリティーへ。時間がまだあったのだが、彼は再入国の手続きがうまくいくどうか心配だったのだろう。すぐに入っていった。まもなく携帯に電話がはいる。問題なく手続きが終わったという。これで一安心。遅い朝飯を食べて、自分はバスで成田へ向かう。12時すぎに第二ターミナル着。チェックイン。ものの5分もかからずにチェックイン。時間があったので久々の第二ターミナルを見学。セブンイレブンや回転寿司もできた。あちこちでロシア人を見かける。そういえば圭登君とヤクーツクに行ったとき、ここからウラジオに飛んだ。
なにもすることもなくセキュリティーをとって搭乗口へ。近くの売店でお土産用にアジア人に受けているという抹茶のキットカットを購入。あとは1時間半ぐらい本を読みながらひたすら待つだけ。
14時すぎに搭乗。一冊読み終わってしまったので、機内では数ある映画からジャックと豆の木をモチーフにした映画を選んで鑑賞。このところずっとインディアンロープの本を読んでいるので、気になったのだが、まあまあ面白かった。
台湾と日本では1時間の時差があるようだ。現地時間の17時すぎに着陸。3時間半のフライトだった。
入国手続も簡単、荷物もすぐ出てきた。しかしあらためて思うが、こんなに簡単に来れちゃンだね。しかも4万弱で。
すぐにナージァを発見。年取ったんじゃないかと心配したが、あんまりかわらない。ナージャもお前も変わっていないねえと言ってはいたが・・・
用意してくれた車に乗って台北市内へ。途中なぜかイタリアンカフェに寄ることに。いまナージャたちのグループを招聘している会社の社長さんが一席設けてくれたようだ。まもなく社長さんが現れる。日本に8年いたとかで日本語がぺらぺら。なんでも台湾にある10のテーマパークにいろいろな芸人さんを海外から呼んで派遣しているらしい。南米やモンゴル、ロシアともつきあいがあるという。たいしたもんである。ナージャがとても信用できる人だと言っていたが、非常に紳士な感じがする人だった。しかし台湾でピザを食べることになるとは・・・
なんともナージャの携帯にアンバールやマラトから電話が入る。でもいい人と会えた。彼とはここで別れて、ナージャたちがいるホテルへ向かう。
1時間ぐらいかかったのかもしれないが、車中でいろいろな話を聞く。一番のショックは弟のローマの元からイリーナが去った、つまり別れたという話。2年前に会ったときにローマはいま若い女性と真剣に愛し合っている、きっとイリーナもわかってくれると思うなんて言っていたが、別れてしまったのか!イリーナがかわいそう。いまはモルダワに帰ったという。二番目のショックは、アルマタのサーカスが買収されてしまったということ。いまは国立ではなく民間のサーカス団になったという。総裁のハデルハーンはリタイヤして、自分の会社をつくりテントサーカスで興行しているという。あの国はなにが起るかわからない。
まずは自分が泊まるホテルにチェックイン。これがまた素晴らしい部屋。目の前に太平洋が望まれる二部屋もある素晴らしい部屋だった。とりあえずは荷物を置いて、ナージャたちがいるホテルへ。
ここも悪くない部屋だ。マラトが待ち構えていた。まもなくアンバールもやってきて、乾杯。7年ぶりだということで、ルスツの思い出やリトルワールドの思い出を語り合う。途中いま中国にいるというローマと電話で話す。台湾から飛行機で1時間ぐらいのところにいるので、すぐに来いという。今回は申し訳ないが行けないが、来年3月まではいるとのことなので、行けたら行くということにする。気になったのはちょっと元気がなかったこと。ナージャの話だと膵臓に石があり、それをとるための手術を10月にやるという。難しい手術で中国でこれをできるのは何人かしかいないという。また横領の容疑でサーカス団の総裁の地位を追い出されたばかりか、7か月も留置所に入れられたというタシケントサーカスの元総裁バフロムとも電話で話す。こちらはいまはすっかり容疑も晴れ、サーカス団の顧問に復帰したということで声は元気そうだった。
日本に来たメンバーのその後の話を聞く内に、いろいろなことを思ってしまう。快活で明るい少年だったイワンはアル中になり、すっかり人間が変わり、台湾で公演中に泥棒までしてたということで帰されたというし、ナージャの姪にあたるズフラの旦那のコーカは、日本でも人気だったジラヤードという若い娘とできたのだが、いまは3人で働いているという。ズフラがかわいそう。どことなく薄幸なイメージがある女性だけにつらいな。サーシャとアリシェールは7年間も一緒だったが、子供ができないという理由で別れてしまったという。アリシェールは日本ではアシスタントだったがいまは立派に芸人として活動しているという。
とにかく7年間にあったことをひとつひとつ拾い上げて話をしているのだから、ウォッカがいくらあっても足らない。しかし自分もさすがに今日は疲れているし、マラトもアンバールも明日は仕事ということで、23時ぐらいに部屋に戻る。荷物も解かずそのまま広いベットにばったん。

無事千秋楽

2014年08月 24日 (日) 12:22
昨日走れなかったので、今日は5時起きで、しっかり走る。今年もお世話になりましたということで、留寿都村の赤い靴公衆便所に寄って、道の駅の裏にある川沿いを走って戻る。1時間以上走る。これだけ走ると気持がいい。
今日はいよいよ千秋楽。道内の夏休みも今日が終わりということになる。一回目も二回目もたくさんのお客さんが来場。メンバーも気持よく演技ができたのではないだろうか。最後の公演ではオリジナル曲の生演奏も披露されるというおまけつき。演奏が始まると、自然に場内から手拍手、そして花束贈呈となった。ちょっとぐっとなる。千秋楽おめでとうの挨拶をしに舞台裏へ。いきなりとてもそんなおめでとうなんていえないようなしけた顔がならぶ。ロシアンシーソーのメンバーなのだが、なにがあったかは知らないが、リーダーからお仕置きがあったみたいだ。見ていて特に問題はないと思ったのだが、相変わらず厳しいお父さんである。ただこうした細かいダメだしと締めつけが、規律をもたらし、こんだけ危険な技をやるのに事故もなかったのだろう。他のメンバーとはみんな喜んで千秋楽おめでとうの握手と抱擁。
後片付けも1時間ぐらいで終わる。去年が去年だっただけに、今年はなにもなく無事で終わったせいか、なんかあっという間に終わった感じがする。
19時からかかしで打ち上げ。全部のテーブルは回りきれなかったが、メンバーたちと交流。おかしかったのが、フォメンコ兄弟のお父さんが、かつてエンギバロフと一緒に仕事をしていたということ。晩年だったので、結構エンギバロフが酒を飲み、みんなにもいろいろあたっていた時だったらしい。それもあるだろうなあ。
有志は部屋で宴会の続きをということで、誘われたのだが、若者たちにまかして、自分は退散。総合で始まった「太陽を抱いた月」をやっていたので、23時すぎだったか。締めでバーボンを一杯だけ飲んで就寝。

あと一日

2014年08月 23日 (土) 9:44
完全な二日酔い。走るなんてとんでもない、朝飯も食べれず、9時までベットのなか。バラカンさんのウィークエンドシャッフルを聞く。ジョニー・ウィンターのかっこいいブルースが流れたところで、またパソコンがブルーシャットアウト。結局聞けなかった。なにもしないでラジオを聞くだけなんて、いままでやったことがない。このあともゴンチチの番組を寝床で聞く。こんなことは久しぶり。たまにはいいかな・・・コーヒーだけ飲んで、サーカステントへ。雨は降っていないが、客足はいまいち。フォメンコ兄弟の本番前のコント、いつ見ても楽しい。ほんとうにこのふたりはナチュラルでもおかしいが、きちんとつくりこんでいる。そこが偉い。昨日は雨が降っていたので、雨の日バージョンをやっていた。たいしたもんである。一回目はお客さんも少なく、ノリもいまいち。昼を食べたあと、部屋が掃除中だったので、いつもの読書室で辞書持参で読書。
2回目の公演はお客さんもよく入ったし、反応もよく、終演後しばらく拍手がなりやまなかった。ぐっとひきしまった公演であった。公演後簡単なミーティング。今後のスケジュールについて。フォメンコ兄弟と愛の空中リングチームが帰国してしまうのが、やはり寂しいな。
今日は日本食の夕食。おとなしく部屋に戻り、バーボン飲みながら、書き上げた原稿のブラッシュ。

再会

2014年08月 22日 (金) 9:54
今日は荷物持参で出張へ。一週間の荷物なんだが、なんか軽い。忘れ物してないのかな、と首を傾げながら家を出て、すぐに携帯を忘れたことに気づきあわて引き返す。
間違って会費未納の案内を送ってしまった人たちにお詫びのハガキを書いたのを投函。すんません。
空港でチェックインするときにマイレージカードを忘れたことに気づく。そして手帳と名刺入れも忘れたことも。家に電話して、ルスツに送ってもらうようにする。前途多難だな・・・
千歳に着陸前に19度という気温を聞いてびっくり。実際降りたら半袖では寒い感じ。涼しいと眠気が・・・・ずっと寝ていた。
14時ルスツ着。15時過ぎにテントへ。一ヶ月ぶりかの再会。みんな元気そう。クラウンがまだ模索中という感じかな。お客さんの反応はとてもいい。スタッフさんのお話だと、公演後わざわざきて、良かったですと言ってくれるお客さんが今年は多いとのこと。
今日はかかしで日本酒の日。いやあ飲んだ。昨日休肝日なのと今日の朝4時起きが効いて、アルコールからだすみずみにしみわたるという感じ。当然なにもできずそのままベットにバッタン。

大月氏

2014年08月 22日 (金) 5:07
書名 「大月氏−中央アジアに謎の民族を尋ねて」
著者 小谷仲男 出版社 東方書店 出版年 2010(新装版)

匈奴、月氏という遊牧民はずっと気になっていた存在なのだが、よくわからない。いま展開しようと思っているサーカス学の根幹をなす、シルクロードのサーカスのなかで、中国の文献に載っている西から来た幻人や軽業師たちとの関係がずっと気になっている。そんなおりこの本が目に入った。張騫がたしかこの国に遠征し、そのときに西から来たサーカスを見たという記録が「史書」に出ているからに他ない。
実に面白く、どちらかというと苦手な考古学をベースにした調査にわくわくさせられた。そして著者が長年の調査から得た結論「月氏もクシャン王朝もともにアム・ダリア流域を本拠とした同一遊牧民集団であった。かれらの一部は紀元前三、四世紀に騎馬遊牧民族として中国の西北境に進出し、遊牧よりも商業活動に精を出した。新興匈奴との抗争に敗れ、前二世紀頃、勢力を本拠のアム・ダリア流域に引き上げた。その後かれらは南方に目を転じ、バクトリア・ギリシア人の跡を追ってインドとの関係を深めた。やがてインドを通じて地中海ローマ世界と結びつきを持ちはじめた。それがクシャン王朝の勃興の背景であり、クシャン王朝はローマ、インド、そして陸路中国との国際貿易の仲介を担うことでと大きな帝国に成長した。東西文化を融合するガンダーラ仏教美術が成立するのも、そのようなクシャン帝国の国際的環境の中であった。月氏・クシャン人はシルク・ロード上に輝いた最初の騎馬遊牧民族だった」を、自らの発掘の体験、実際の見聞も含めて、展開していく。
仏教美術、黄金人間、そしてなぞの国家バクトリア、スキタイ人たちなどを通じて、東西文化の交流をダイナミックに描いていく。
著者がタシケントからビシュケク、そしてその先イシック湖をたずねているといるのだが、自分もビシュケクまでを車で移動したことをことを思い出した。あの道のりはかつて遊牧民たちが自由に行き来していたところなのかもしれないと思うと、
いまさらながらワクワクしてくるのであった。
クマのイチオシ
東映映画「鯨と斗う男」鮎川上映会決定!

「鯨と斗う男」上映プロジェクト

ロケ地鮎川での上映会決定!
高倉健が主演し、60年以上前の鮎川や石巻の活気がいきいきと描かれているこの映画を、ぜひ皆で一緒に見ましょう!

2019年11月30日(土)
牡鹿半島ビジターセンター


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