吉村昭が伝えたかったこと

2011年09月 30日 (金) 13:19
書名 「文藝春秋9月臨時増刊号 吉村昭が伝えたかったこと」
出版社 文藝春秋  出版年 2011年

吉村さんが亡くなって5年が経ち、いまこのような特集雑誌が出版されるというのは、それだけいま吉村さんに注目が寄せられているということだろう。「三陸沖大津波」が再版され、ベストセラーとなり、また妻津村節子さんが「紅梅」を発表、いままで語られなかった吉村さんの闘病生活が明らかになったこともあるのだろう。
端的に言うと、この特集とても良かった。吉村さんの津波についての講演、歴史小説についてのインタビュー、さらに津村さんのインタビューと、余計な吉村解説があまりなく、吉村さんご自身の作品やインタビュー、講演記録からなっているからだと思う。吉村ファンはやはり読むべき一冊だと思う。
実は、いままでノンフィクションしか書いてこなかった私が、歴史小説というか読み物を書こうと準備している。だからこの中に収められている吉村さんのインタビュー記事「『書くこと』と『書かないこと』」は、非常に胸に響いた。ノンフィクション以上に、小説としたときにどんな難しさがあるのか、それを教えてもらった。
地震と津波についての講演は、いま読むと、もしも吉村さんが今回の津波と地震のことを知ったらどう思われんのだろう、かなり大きなショックを与えたと思う。ひとつには自分が愛した三陸の町がほぼなくなってしまったこと、そしてあれだけ警句を発していたのに、それが実らなかったからだ。
なくてもいいと思ったのは、三陸を歩いた高山文彦のルボと、石井光太のエッセイ。吉村さんの講演記録を読んだあとだと、凄惨な現場をルポした記事なはずなのに、なにか的がずれているようなきになった。
旅のエッセイも良かった。一度だけ石巻にお伴しただけなのだが、吉村さんにはきちんとした旅のスタイルがあるように思えた。その旅のスタイルのいったんも読むことができる。ほんとうにお酒が好きだったのだなあ、あんな飲み方したいものだと思わずうなった。
長部日出雄が映画化をもくろんだという「破獄」のシナリオも興味深いものだった。映画になったのを見たかったとも。
最後に実はまだまだ吉村さんの作品を読んでいないことに巻末のブックガイドを見て、気づいた。とりあえずはボクシングものを読んでみようか。

9月も終わり

2011年09月 30日 (金) 11:59
日常の生活に戻ってから一週間。今週は帰りはどこにも寄らず真っ直ぐ家に帰っている。こうしてリズムが出てくると気持ちに余裕が出てくる。
早稲田の授業についての案内を号外で配信。
来春用プレゼンのための資料を探しつつ、整理。メールの整理をしながら、いままで返事をしていなかった外人さんパフォーマーにメール。
入稿間際のアートタイムスの編集上のことで大野とやりとり。
今日も18時に退社。
ヨドバシに寄って、時計のバンドを替える。
今日の楽しみは「鬼平犯科帳」。長谷川伸を読んだばかり、小さな幸福を反故にしても筋を通さなくてはならない男の意地に思わずホロリ。平蔵の最後のセリフが胸にしみる。
今日で9月も終わりである。

配線が・・・

2011年09月 29日 (木) 10:40
8時過ぎに目が覚める。奥さんが珍しいねと、苦笑い。昨日調子こいてずいぶん飲んでしまった。ウィスキーの瓶が半分空になっていた。もう原稿を酒の勢いで書くなんてというのは、無理な身体になっているのに・・・
今日明日とテレビで「ウッドストック」をやるというので、先週末購入した地デジ対応のデッキをいろいろ操作しているのだが、何故かBSの番組表が出てこない。サービスセンターに電話、アンテナの配線がまずかったようだ。いろいろ格闘してなんとか番組表がでてきたのはいいが、今度は地デジが見れなくなった。またいろいろやってみる。なんとかできたのだが、大変だね。
両国で、前回写真撮影がうまくいかなかった、墓碑を撮影してから出社。
ローマからメール。いまころカザフでハーリックとウォッカでも飲んでいるだろうと呑気なことを書いている。そういえばカザフでいまころ野外人形劇フェスティバルがおこなわれているはずだ。飯田でさんざん絶対招待するからなんて言っていたが、なんかあったのだろう。よくある話である。ローマに返事を書いておく。
家からメール。地デジが見れないという。やれやれだ。
デスクの大野から連絡。進行中でほとんど丸投げにしている「アートタイムス」の表2のエピグラフと写真に困っているらしい。今日はジャック&ベティのメンズデー、アルトマンの「ナッシュビル」を見ようと思ったのだが、それどころじゃないようだ。
帰宅してまずはなんとか地デジを見るようにして、つぎにエピグラフ探し。広場と桑野塾となると、久保さんの本になにかヒントがあるのではと思いペラペラとめくる。さすが久保さんである。いいのがあった。
あとは図版。ネットで探し、大野とやりとり。今日はダメだ。もう寝たい。ということで、ギブアップ。

またしても

2011年09月 28日 (水) 14:03
短パン、半袖では寒いかもということで、長袖に長パンツで走る。長パンツはオニューなのだが、なかなかいい感じ。ウィンドーに写った姿にうっとり・・いつも車の中でサックスを練習しているおじさんが、警官の職質を受けていた。確かにあやしいかもしれないけど、職質まですることじゃないだろう。
姫路組は今日がお休み。二週間つづけて雨だったが今日は晴れのようだ。なによりである。姫路からダメダシを受けたことがあったので、メールでトゥイチーに送っておく。昼過ぎに電話。かなり長い時間にわたって意見の交換というか、いい合いに。まずはやってもらうことなのだが・・・
リトルでプロブレマ発生。せっかくいいスタートを切ったと思ったのに・・・
担当が急遽犬山へ行くことに。
16時新宿で打ち合わせ。
帰りジュンク堂に寄る。ふるさとの本棚、相変わらず熱い!東北へのメッセージが胸に沁みる。アートタイムスは相変わらずいいところに鎮座している。

ビデオ編集

2011年09月 27日 (火) 11:16
半袖にジャッケットでも寒く、長袖にジャケットを着込んで出社。
二カ月ぶりに定期を購入。毎年恒例だが、7月から9月までは出張が多いので、定期は買わない。またルーティンの毎日が始まるということだ。
このところずっと取り組んでいるロシアサーカスの古い映像の編集作業をつづける。
姫路のサーカスについてダメだしが出されていたので、それをどうするか打ち合わせ。
ロシア語の文献を翻訳。
来春のプレゼン用の資料を整理してみる。
18時退社。

肌寒い一日

2011年09月 26日 (月) 10:16
暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもんである。朝短パン、半袖のTシャツで走っても、なかなか汗がでないほど。いきなり秋になった感じである。
10時出勤。土蔵保存のイベントも終わり、自分の中ではやっと夏が終わり、そして出張がちの日々も終わりを告げたことになる。
久しぶりに中国にいる兄弟分のローマからメール。11月末で契約も完了、アルマトゥイに戻るらしい。返事を書いておく。プレゼンするための映像を整理する。
糖尿の診察で病院へ。珍しく数値が下がっている。血糖だけが高いということ。
おとなしく帰宅。

土蔵メモリアル報告会

2011年09月 24日 (土) 18:28
6時に起きて、いつものコースをジョギング。台風で刈り入れ前の稲が倒れている。収穫できるのだろうか?夏走ったときは夏草茫々だったが、すっかり刈られていた。
10時迎えにきてもらった友人の車に乗って、石巻へ。コンビニで昼飯を買って、土蔵前の会場へ。すでに本間さんが準備中。持ってきてもらったシートを敷く。それにしてもいい天気となった。天気が一番心配だったのだが、ほんとうに良かった。理事さんたちが集まる。久しぶりに会う人たちも。会場には続々と人がつめかける。みなさん遠くから来ている方が多いのに驚く。13時から会の始まり。自分の司会で進めていく。天気なのはいいのだが、陽差しがお客さんに真っ向から差す感じになり、ちょっと申し訳ない感じであった。
14時半過ぎに無事会は終了。寄付をしていただいた高知県四万十川の方からそこでつくっている焼酎をみんなで飲む。これが美味かった。
3時すぎに解散、仙台組は仙台で二次会ということになる。少しまだ焼酎が残っていたので、紙コップをもったまま車に乗り込む。石巻市内を出てからしばらくして本間さんから電話、リックが土蔵の前にあるのですが、大島さんのではという。あわてて車の中を確認。すっかり忘れてしまっていた。一心同体のリックを忘れるなんて前代未聞。笑うしかなかった。本間さんに送ってもらうようにお願いする。それにしてもリックを忘れるとは・・・
またしても渋滞に巻き込まれ、打ち上げ会場に着いたのは、18時半すぎ。先着部隊はかなり出来上がっていた。
20時半すぎにお開き。参加していたデスクの大野と一緒に新幹線に。すっかり出来上がっているのだが、またハイボールを買ってしまう。
ほぼ正体を失って、東京から東海道線で横浜経由で帰宅。横浜で何故か京浜東北線に乗ってしまい、しかも根岸で降り、帰りはタクシーとなった。
この土蔵メモリアルのイベントが終わって、やっと自分の夏が終わったような気になった。それで少しはめを外したくなったのだろうと思う。急にほっとした気持ちに襲われる。

石巻へ

2011年09月 23日 (金) 18:12
6時すぎに起きて、コーヒーだけ飲んで家を出る。そこそこリックは重い。
東京駅。めちゃ混んでいる。考えてみれば今日から三連休。やまびこの自由席に乗る。この特急、なかなかすぐれもの。三駅しか停まらず、自由席がある。仙台駅からは一部開通している仙石線をつかって石巻まで行こうと思ったが、この前の台風で松島から矢本までの代行バスが止まってしまっているとのこと。直通の高速バスで石巻まで行くことにする。その前に時間があったのでジュンク堂で、加藤九祚先生の「天の蛇」完本を購入。連休ということもあるのかもしれないが、石巻行きの直行バスはほぼ満員。途中高速が混み合い、およそ20分遅れで石巻着。駅構内のカフェでカレーを食べて、タクシーで石巻日日新聞へ。近江社長と面会。帰りは明日の会場となる門脇の本間さんの土蔵前を通ってもらい、駅まで送ってもらう。駅前の商店街は何軒か空いている店もあるが、ほぼ閉店していた。まだまだ復興までは時間がかかるだろう。
駅前のお土産さんで、日高見を購入。帰りのバスはそんな混んでいなかったが、またしても高速で渋滞にあい、2時間半ほどかかって仙台へ。岩切からタクシーで実家へ。
さんま尽くしの夕食となった。23時すぎには就寝。

台風一過

2011年09月 22日 (木) 23:30
窓を開けてびっくり、ミニ納屋ボックスが飛ばされていた。空はまさに台風一過、青空が広がる。ベイサイドマリーナまでひとっ走り。先日サーカスのメンバーから誕生祝としてもらったジョギングシューズを初めて履いて走る。あと二三回走れば足にフィットしてくるだろう。陽差しは強いが、雲は完全に秋の雲。気持ちがいい。このところテンションが下がることばかりだが、走って、そして猫のビクターちゃんに久しぶりに会えて、少し元気が出てくる。
長女は静岡から在来線を使い、今朝勤務先に直行したという。大変だったが、なかなか経験できないこと。
会社へ行くと、ベランダに置いていた納屋がやはり倒れていた。
姫路の現場に電話する用事があったのだが、今日はとても涼しくて天気もいいし、快適だという。いよいよ明日から3連休、気合を入れてくれとお願い。
今日はほぼ一ヶ月ぶりの気功。その前に回向院にちょっと立ち寄ったのだが、雨に降られ、目的は達せられず。雨が降ったら急に肌寒ささえ感じるようになった。
かなり身体が固くなっていたようだ、じっくり時間をかけて揉みほぐしてもらう。治療のあと、身体が軽くなったのを感じる。ずいぶん楽になった。
さあ明日からまた石巻だ。

雪男は向こうからやって来た

2011年09月 21日 (水) 18:14
書名 「雪男は向こうからやって来た」
著者 角幡唯介  出版社 集英社  出版年 2011

なかなかユニークなライターが誕生したものである。前作の「空白の五マイル」はノンフィクション大賞をまさにかっさらっていったのだが、この二作目も題材が雪男ということだけでなく、2008年に敢行された雪男捜索隊のメンバーに著者自ら参加しているという意味でも、かなり注目されるだろう。
自ら参加した捜索隊のレポートと、いままでの雪男の存在を明らかにしたさまざまな著書を紹介、さらには雪男を見たという、それも田部井や芳野、小西と言った名だたる登山家たちの雪男目撃談を巧みにイントロとして使っているので、実際の調査の過程がよりスリリングに描かれていく、たいした筆力である。
ノンフィクションの読み物として深みがあるのは、著者自身が雪男の存在をすんなり認めておらず、のめり込んでいないため、果たしているのかいないのかという興味本位だけで終わらしていないからである。雪男(らしきもの)を見たことにより、その存在を証明するために、足跡以外の証拠、つまり撮影することに命を賭ける、捜索隊の団長やそれに加わったメンバーたちの描写も見事である。彼らの話しを繫いでいくと、雪男はいそうに感じてくる。
なによりこの冒険記に厚みと奥行きを与えているのは、雪男を探すために6度も現地入りし、その捜索中に死んだ冒険家鈴木紀男の存在である。彼はきっと雪男を見たのだろうと思わせる、著者の書き方にはとても説得力があったし、好感が持てた。
特に鈴木の亡くなった場所を自分の目で確かめながら、雪崩を警戒していた彼が、なぜあの場所まで行ってしまったのかを探って書いたエンディングは見事であった。
雪男はその存在に命を賭けたものの前にしか現れない、向こうからやって来ないのだ。
次はどんな冒険を書くのだろう、楽しみである。

クマのイチオシ
東映映画「鯨と斗う男」鮎川上映会決定!

「鯨と斗う男」上映プロジェクト

ロケ地鮎川での上映会決定!
高倉健が主演し、60年以上前の鮎川や石巻の活気がいきいきと描かれているこの映画を、ぜひ皆で一緒に見ましょう!

2019年11月30日(土)
牡鹿半島ビジターセンター


「石巻学」第4号!

「石巻学」Vol.4 石巻にはいつも音楽があった

2019年7月10日発売!
3号刊行から約2年。今回は音楽の街石巻の間口の広さと奥深さをたっぷりと味わってもらう一冊となりました。



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アートタイムズ11号
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デラシネ通信社 / 2014年4月25日発売
ドイツの肝っ玉母さん
ルジチカ多喜枝の生き方

ちょっと信じられないような、愛と豪快さに満ちた人生!


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