完全にダウン

2010年01月 31日 (日) 22:53
目が覚めたのは10時すぎ。神田の奉納芸には間に合わず。誘っておいた会社の同僚、デラシネデスクの大野から次々に携帯に写真入りメールが入る。天気も良さそうで、人もたくさん、まさに大神楽日和ではないか。桑野塾に出ていたメンバーのひとりも二日酔いでも見に来ているという情報も。しゃくだけど身体がゆうことを効かない、朝飯も食べず、ただソファーでぐったりするだけ。完全にダウンの一日となってしまった。
夜少し元気になってきたので机に向かいパソコンをいじっていたら、デラシネのアクセスが何故か19時ぐらいから急上昇。大野の話では、桑野塾で「アートタイムス」5号を購入してくれた嶋田さんが、ご自分のHPで告知してくれ、それで回って訪問してくれたみたい。そして谷中の古書ほうろうさんが目次を見て興奮、すぐに置きたいという連絡も。ありがたい限りだ。大手マスコミに流れるより、こうしたミニコミ誌的な連携で、読みたい人のところに確実に届けばいい。勇気が涌いてくる。

山本光洋ソロライブ かかしになるためにD

2010年01月 31日 (日) 19:21
公演名 「山本光洋ソロライブ planB連続公演 かかしになるためにD」
作・演出・出演 山本光洋
観覧日 2010年1月29日(金)午後7時半開演(終演9時)

ネタつくりにかなり苦しんでいるという噂を聞き、また本人からもぎりぎりだったという話しを聞いていたので、ついついそっちの方に気をとられてしまったが、なかなか練った作品ばかり、見応えがあった。山本光洋のライブは彼の発想の面白さを身体化していくところが面白いのだが、ネタつくりに苦しんでいた時に、まず動くということから始まったのではないだろうか、マイムの基本、動くことに徹底的にこだわったつくりが今回の特色と言える。トークにいくまでほとんど言葉を使わずにマイムだけに徹していた。それもいろいろなヴァリエーション、指を巧みにつかった指人形や、キュピーものを手をつかって演じたり、早回しやコマ回し、さらには無重力状態をパイプイスだけを使って演じるなど、50越えてもますますマイム、動きにこだわろうというところに意欲を感じた。
また6週間後には次回の公演がある。自虐的になっているんじゃないと言ったら、建設的と言ってくださいよと言っていたが、まさにその通りである。

桑野塾

2010年01月 30日 (土) 22:45
もう少し早く家を出たかったのだが、もたもたしているうちに13時半すぎに西早稲田着。昇竜軒のリュウ豆腐楽しみにしていたのだが休み。がっくり。そば屋で大ざるを食べて、月曜日にも入った高田早苗記念図書館で満洲グラフの閲覧。必要箇所をコピーに撮る。しかし面白いグラフ誌だ。演劇博物館に本を返却。桑野塾会場へ。今日も前回と同じくらいの参加者。新しく参加した人も5人ぐらいいらした。今回は三本立てということもあって、3時から6時までびっしりの内容となった。懇親会に10人ぐらいが参加。今日はここは8時半で追い出されたので、今日の報告者のひとりがかつてバイトしていたという沖縄料理やで二次会。どんだけ飲んだのか、明日は神田明神で伊勢大神楽の奉納があるのに。

副都心線

2010年01月 29日 (金) 19:08
トゥイチーから来た映像をチェック。また長文のメールを書いて送る。午前中一杯かかってしまった。突然携帯に電話、ニクーリンサーカスのフェレットのショーをしているアーティストだという。どうも以前こちらからオファーを出し、その時はスケジュールが空いていなかったことがあったようだ。まさか彼がフェレットのショーをやっていたとは。招待したいがということだったが、すでに観覧済と伝えると残念がっていた。
どうしても使いたい音楽がダウンロードできないので検索をかけて、TSUTAYAの新宿店にだけあることが判明。副都心線をつかって新宿三丁目へ。この副都心線なかなか便利。planBに向かう会社のスタッフに、副都心線をつかって中野富士見町に行った方が安いとメールをいれておく。
18時前に会社を出て、TSUTAYAにCDを返却し、そのままplanBに。前回ぎりぎりに行ったら桟敷で結構きつかったので早めに入場。一番後ろで寄りかかれる席を確保。公演後打ち上げに軽くつき合い、また副都心線をつかって渋谷経由で帰宅の途へ。ただ京成線でトラブルということで、かなり遅れる。結局家についたのは24時を回っていた。

梅の花が

2010年01月 29日 (金) 10:46
朝走っていたら梅の花が咲いているのを発見。そういえば今日はぬるっとした感じで暖かい。まもなく2月、日の出の時間も今日は6時47分、毎日早くなってきている。確実に春は近づいているのだろうが、自分の気持ちは春とはぜんぜんほど遠い。来週の段取りのことが、いまの先決問題。ドームのニクーリンサーカスのアリシェールから電話、いろいろと話したいことがあるようだ。来週会ってみよう。お昼は西田家の名物料理カレーをごちそうになる。絶品の味。弁当はあったのだが、急遽カレーだけもらってカレーライスランチになった。
平岡さんお奥さんから電話、昨日「アートタイムス」を講読した読者の方がだしているミニコミ誌にアートタイムスに載っていた奥さんたちの鼎談の感想を書いていたので、FAXしておいたのだが、そのお礼。奥さんもこの記事を喜んでいた。
トゥイチーから映像資料が次々に送られてくるのだが、ダウンロードに時間がかかる。なんとか3シーンをダウンロード。
17時半すぎ退社、両国の気功に。先日見た小出のライブの話で盛り上がる。今日はいつもの蔵前からではなく、両国−秋葉原−品川コースで帰ってみる。結局は同じ電車だったが、蔵前でじっーと待つよりは、いいかも。
今日は休肝日、12時半すぎに就寝。

チェーホフ 『かもめ』

2010年01月 28日 (木) 14:11
書名 『かもめ』
著者 チェーホフ 翻訳 浦雅春  出版社 岩波書店(岩波文庫) 出版年 2010
去年だったか一昨年だったか黒テントの「かもめ」を見た。不思議に思ったのはこの台本の訳者が英文学の小田島雄志だったこと。チェーホフの戯曲なのだから、やはりロシア語からの翻訳を使うべきではと思ったのだが、なぜだったのだろう。役者さんがいいやすい台詞だったということがあったのかもしれない。今回の浦の新訳は、実際に芝居で使うことも念頭にあるのではと思うほど、セリフとしてのりやすいテキストになっている。
実は最初は浦の解説だけ読めばいいかと思ったのだが、この非常にスリリングな内容をもつ解説を読んで、戯曲を読み直したくなった。一度でも『かもめ』を読んだことがある人は、まず解説を読むほうがいいかもしれない。解説では「かもめ」が最初上演されたときは、場内から失笑さえでるほど、ほとんど理解されることのなかった失敗作であったことが紹介される。その二年後モスクワ芸術座創立したときのレパートリーとして再びとりあげられたこの作品は、スタニスラフスキイの緻密な演出で見事甦り、モスクワ芸術座の門出を飾る作品となった。ただここでスタニスラフスキイが果たしてチェーホフが意図したもの、描こうとしたものを舞台化したかというと、どうだろうと解説者は疑問を提示していく。そしてこれ以前に書かれた『イワノフ』、『森の主』という戯曲の失敗、そのあとのサハリン旅行、そこから新たなポリフォニー的手法へとたどりつくという非常に興味深いチェーホフ像を提示する。ヒーロー、ヒロインの行動を追うのではなく、さまざまな登場人物の中にこめられた暗喩を組み立てていくとき、まったく新たな世界が見えてくるということになるわけだが、そうなるとやはり何度も読んだ戯曲ではあるがまた読み返したくなる。ニーナとトレープコフの関係を軸にして見るのではなく、複眼的に見ていくと、また面白い一面が見えてくる。その意味では新鮮な「かもめ」体験をさせてもらったと言っていい。表紙にとりあげられた写真も興味深い。チェーホフを真ん中に、クニッペル、スタニスラフスキイが揃う中、一番端で腕を組んでいるメイエルホリドが、意味深である。この写真を見るためだけでも価値がある、そのためにもまずは手に取ってもらいたい。

ヒルズ52階にて

2010年01月 27日 (水) 14:08
起きてまずメールのチェック。長いメールが来ている。いま面している問題についてのひとつの対策案なのだが、どうなんだろう。難しいところがある。10時からミーティング。現状について説明。今日集中しなければならないことがひとつある。まずこれにあたる。まとめてからロシア語にしてメールで出しておく。16時20分会社を出て、六本木ヒルズへ。小出と落ち合い、52階の六本木クラブへ。ここで開かれるある団体の新年会に出演することになっている。とにかく眺望が素晴らしい。小出は盛んにカメラでパチリ。モスクワのナターシャが春のサーカスの幕の件でいろいろアイディアを出してきていたが、この眺望が参考になるかもしれない、ということで小出に写真を撮ってもらうことにする。本番は19時半ぐらいからなので、たっぷり時間はある。最近の政治状況についてしばし歓談。本番は意外に子どもが多かったのだが、子どもに受けていた。特に風船で大江戸線をつくったあたりから、バンバン受ける。面白いもんである。公演後食事にお呼ばれ。美味しい中華とワインを楽しみ、抽選会にもまぜてもらう。小出はウエストのお菓子、我々は最後の方でドラエモンの絵がついた重い箱をもらう。てっきりお菓子かと思ったらゴルフボール。ロスト小出の当たったお菓子と交換。どらチャンの似顔絵がついたゴルフボールの方が小出は良かったらしい。大門で降りて、居酒屋で軽く一杯。今日も泉岳寺始発の特急に乗れる。帰り道DDTを聞いていたら、なんか力が湧いてくる。ひとつアイディアが浮かぶ。かえって電話する。向こうも同じことを考えていた、面白いもんである。

ランプレーで確実に前に

2010年01月 27日 (水) 10:56
昨日深夜にトゥイチーと長々と電話で話したのだが、朝メールをチェックしたら彼からメール。それも長いのが来ていた。彼は寝てないんじゃないかなあ。こっちは二日続けての飲み会がたたり、頭がただれてしまっている。こげんことはいかん。ということで出社してからいままずやらなくてはならないことにとりかかる。あちこちに連絡しながら、とにかくここは長いパスでゲインすることは考えずに、確実にランプレーで前に行くことだ。
夕方東京ドームへ。西田さんたちご一行をニクーリンサーカスに招待してもらったので、アリシェールと待ち合わせ。元気そう。お客さんも結構きているらしい。特に昼の公演の方がお客さんは多いようだ。西田さんを紹介。来週ぐらいに一度飯を食うことにする。これで自分はお役御免、帰宅する。相棒を見る前になんか元気のいいウクライナ人から電話、ずっと話していて最後まで誰だかわからなかった。去年オファーしたらしいのだが、そのときは彼が他に仕事が入っていたらしい。記憶にないんだよなあ。23時半すぎに2本携帯に電話が入ったが悪いけど無視して、就寝。

補講

2010年01月 25日 (月) 12:45
週末いろいろ大変なことが起こり、かなりイライラモードで出勤。スポンサーさんからこの件で連絡をもらう。やはり事態はやばい方向へ。どうするか、とにかく打開するためのことを考えないといけない。あれやこれやと思案にくれる。糖尿の検査の日なのだが、数値は高い。そのまま東急ハンズに寄ってから、早稲田へ。まずは演博の図書館で本を借り、ここは初めて入ったのだが元の図書館の建物にある図書室で満洲グラフを閲覧。面白いグラフ誌である。ここは人も少なく開架式なので、調べ物にはいい。土曜日桑野塾があるのでまた来てみよう。そのまま文学部へ。今日は補講の日。6時15分からだったのだが、学生さんは三人だけ。無理もない。通常の時間でもなく、曜日も違っているのだがら。パソコンで環海異聞の図版をプロジェクターを通じて見せたかったのだが、自分のパソコンでは無理なことがわかる。ただ3人だけだったので、近くに来てもらいパソコンの画面で見てもらう。その後の状況を知るために携帯から連絡。事態は相変わらず。早稲田駅近くの居酒屋で一杯。店の主人と競馬の話でもりあがる。自分は競馬は知らないのだが、ひとついいアイディアが湧いてくる。泉岳寺始発の終電に乗れる、座れたのでラッキー。寝込んだので、上大岡で危うく降りそこなうところだった。

私と満州国

2010年01月 24日 (日) 18:45
書名 「私と満州国」
著者 武藤富男  出版社 文藝春秋 出版年 1988

満洲本の世界に浸かってしまうとそこはまさに迷路の世界、どの程度自分が読んでいるのかわからないぐらい出でいる本の数は計り知れない。長谷川濬を書くためには、どうしてもこの迷路を抜けないといけない。ときには長谷川とはまったく別な世界にいたこのような人の本も読まなくてはいけない。
著者は司法官吏として渡満、その後国務院総務庁弘報処長として活躍していた。長谷川が仕えた甘粕正彦とはかなり近いところにいた。でもやはりまったく違う世界で生きていた。いつか「満洲と自民党」という本を読んだことがあるが、戦後自民党で政権を担当する官僚上がりの政治家は、岸や椎名をはじめみんな満洲国の官吏であった。満洲の建国のためにつかったノーハウをそのまま使ったということになる。だからこんな反省のない国となり、中国残留孤児の問題をほっといても平気な国となったのだろう。著者は「私たち日系官吏は、このような考え方をもって渡満したものでなく、白人の勢力のもとになって苦しんでいるアジア人を彼らの束縛から解放し、諸民族の協和による理想国家の建設を行うことを志したもので、これを満州の地にあって実現しようとしたものである。
私たちは「征服者」としてではなく、「奉仕者」として満州国建設に当たったと信じている。
私たちは、満州を植民地としてではなく、現地住民と一体となり、複合民族国家として自立する理想国家を建設しようとしたのである。」と胸を張る。こんな人たちのまるで反対なところに長谷川はいた。著者は終戦後すぐにこれからは英語の時代ということで「日米会話学校」を設立している。何の反省もなくあざやかに転身するところも、満洲で亡くなった人々のことを死ぬまで背負おうとした長谷川とはまったく違う。成功することより、満洲の負をどこまでも背負っていこうとした人々の側に自分はいたいと思った。
クマのイチオシ
東映映画「鯨と斗う男」鮎川上映会決定!

「鯨と斗う男」上映プロジェクト

ロケ地鮎川での上映会決定!
高倉健が主演し、60年以上前の鮎川や石巻の活気がいきいきと描かれているこの映画を、ぜひ皆で一緒に見ましょう!

2019年11月30日(土)
牡鹿半島ビジターセンター


「石巻学」第4号!

「石巻学」Vol.4 石巻にはいつも音楽があった

2019年7月10日発売!
3号刊行から約2年。今回は音楽の街石巻の間口の広さと奥深さをたっぷりと味わってもらう一冊となりました。



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ちょっと信じられないような、愛と豪快さに満ちた人生!


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