とりあえず帰宅

2009年02月 28日 (土) 23:54
7時半起床。ということは9時間以上寝たことになる。途中目が覚めることもなくである。やはりホットしたのかもしれない。朝飯を食べて、テレビを見ていたら、「旅サラダ」という番組で井筒監督が奄美大島へ、テーマはバタヤンが歌った「十九の春」のオリジナルを探るということなのだが、なんとこの元になったという歌をつくったのは、ずいぶん前に「朝日さわやかセミナー」という仕事をしていた時に、谷川健一さんから紹介されて「奄美の島唄」というタイトルで演じてもらった朝崎郁恵さんのお父さんというではないか。不思議な縁を感じてしまう。11時まえに病院へ。どうなっているのか多少心配はあったが、昨日よりはよくしゃべるし、元気を回復しつつあるのがよくわかる、良かった。弟が明日まで残ってくれるということもあって、自分は今日帰ることにする。特に大きな用事というわけではなかっのだが、明日エントリーしている三浦市民マラソンがあるので、今日帰ることに。とにかくホッとした。同じ新幹線に乗るのでも来る時とは気持ちのありかたが全然違う。maxの2階に乗って、車窓から山々を眺める。蔵王、吾妻山、那須山などよく見える。普通は本を読むところなのだが、今日はほとんど車窓を眺めていた。17時前に帰宅。

手術

2009年02月 27日 (金) 9:49
9時から手術なので、家を8時半に出る。天気予報では雪もということだったが、晴れ模様。病室へ行くと、まだおやじは寝ていた。便を出し切るのに21時までかかったという、しんどかったという。でもまずは出て良かった。時間通りに看護婦さんが来て、2階の手術室に向かう。手を振ってみんなとしばしお別れ。4階の控室で待機。予定では5時間ぐらいかかるとのこと。外来で来たというおやじのデーサービス友だちが見舞い、事情を説明すると、これをいいことに1時間ぐらい主に自分のことを喋っていく。驚いたのは車がポルシェだったこと、紅葉マークをつけたポルシェだよ、おやじより1歳上の81歳というから驚きである。
昼過ぎ食堂の様子でも見にいこうかとナースステーション前を通りかかると、看護婦さんに呼び止められる。先生が話があるという。時間的にいうとちょっと早いのではないか、ちょっとどきっとする。おやじと弟を呼んで、2階の手術室へ。先生が切った患部の部分を持って出てくる。無事手術は終了、いま麻酔から覚めかけているところですという。ホットする、というか一挙に力が抜ける感じ。がんの部分を見せてもらったが、かなり進攻しており、内壁を破り外へでるような勢いだった。まさに危機一髪だった。開いてみて、他の部分には転移してないとのこと、まだがん細胞の検査をしないとわからないが、少しほっとする。
下の食道とおふくろと昼飯を食べ、4階に行くと、おやじがもうあがっているという。声をかけるとはっきりとした口調でこたえる。最初の質問はいま何時かということ、13時だと答える。わりと早く終わったということだろう。意識もはっきりしている、ホットする。しばらくそばにいたが、やがて寝息をたて寝てしまう。婦長さんが、今日はもう大丈夫ですよ、お帰りくださいと言ってくれる。15時すぎに帰宅。みんな疲れたようで、ばらばらに昼寝。
とにかくホットした。ガンの宣告を受けてからちょうど2週間になる、その間いろんなことを考えたが、とにかく受け入れるしかないだろうというのが、この間の結論のようなものだった。受け入れる内容としては最善の結果となったわけだ。晩飯を食べて、22時には就寝、おふくろもその前に寝床についた、みんなほっとしたということだ。

手術前日

2009年02月 26日 (木) 17:02
今日もどんよりとした曇り空、2月走れるのは今日だけ、ということで軽く走り、今月も通算100キロ走破。粗大ゴミを出してから、9時半すぎに家を出る。今回はパソコン持参なので、結構いい荷物になる。11時40分東京発のやまびこに乗る。仙台に着いてから、駅前の立ち食いそば屋「神田のそば」でカレーソバを食べる。ここのそばは安くて美味い。今日は地下鉄とバスを使って病院まで行くことにする。驚いたのは、途中の駅北仙台で弟と偶然会ったこと。弟は、北仙台まで来て地下鉄に乗り換えたとのこと、それにしてもまさか地下鉄で会うとは。
15時前に病院に着く。まずは病室へ。おやじは手術の前に便を出し切らないといけないので、現在病室で排便中とのこと。しばらくロビーで待つ。終わったようなので病室へ。前回の検査でもこの便を出し尽くすというのが大変だったのでかなりしんどそう。でも元気そう。これは救い。16時前に主治医の先生から明日の手術の説明を聞く。こちらはガンの手術ということでどんだけ大変なことかと思うのだが、先生は通常の手術のような感じで説明してくれる、山場はとにかく明日の手術とのこと。病室に行っておやじにも説明。明日がんばると一言。その調子である。がんばってくれよ。
弟の運転で実家に戻る。18時すぎ食事。明日の手術の成功を祈り、乾杯。
22時すぎにはふたりとも就寝。
途中まで見て寝ようと思っていた「サウンド・オブ・ミュージック」を結局最後まで見てしまう。高校生の時最初に見て、何回見たんだろう、この映画。
24時すぎに就寝。

「部落の文化・伝統芸能の夕べ 門付芸舞の宇宙…祝福と予祝」

2009年02月 25日 (水) 17:02
「部落の文化・伝統芸能の夕べ 門付芸舞の宇宙…祝福と予祝」
と き 3月6日(金)午後5時〜8時30分(4時30分開場)
ところ 明治大学駿河台・リバティタワー1階リバティーホール
出演者 一部 浅草雑芸団・阿波木偶箱廻しを復活する会
     二部 小沢昭一・川元祥一
資料代 1〇〇〇円(定員五〇〇人・予約無し)
主 催 アソシエ21(日本社会文化研究会)、現代史研究会、ちきゅう座

「買った本、読んだ本」で紹介した『阿波のでこまわし』の著者辻本一英さんらが中心になって全国で公演活動をしている「阿波木偶箱廻しを復活する会』の公演が見れます!なかなかない機会だと思います。しかも、しかもなんと共演するのは、大好きな浅草雑芸団。これは必見でしょう。

阿波のでこまわし

2009年02月 25日 (水) 15:57
書名 『阿波のでこまわし』 
著者 辻本一英   出版社 解放出版社  出版年 2008年  定価 1400円(+税)

阿波のでこまわしという芸能の存在を知って、たまたま東京でやれるかもしれないという話もあり、この本の著者辻本さんと何度かメールのやりとりをすることになった。その時にこの本のことを教えてもらい、すぐに購入した。阿波のでこまわしというのは、放浪人形劇集団、いわば傀儡の流れを組むものである。傀儡にしても、放浪芸にしても、被差別部落の差別の問題とつながっている。著者は徳島の被差別部落で生まれ、そのあと教師になり、同和教育に取り組んできた。その意味でこの本は、著者辻本の半生を色濃く反映しており、何故彼がこのでこまわしをやるようになるのかを知るためには、どうしてもそれを語らなくてはいけなかったのだと思う。祝福の芸を演じ、豊穣や家内安全を呼び込む芸をする人間が、何故差別されなければならないのか、これは芸能の本質とも関わってくる問題であろう。このでこまわしも、いつ廃れてもおかしくなかった。著者が伝える悲しいエピソードに胸を突かれる。でこまわしの芸人の孫が、小学校の教室で「えべっさんの子、物もらいの子」とからかわれる。両親は出稼ぎに家におらず、じいさんとふたりで生活していた孫は、泣きながら家に帰り、「えべっさんやめて」と泣いて訴えたという。祝福するために人形を廻し、門付けしていたことを誇りにしていたじいさんは、孫がつらい思いをすると言って、この人形をしまい込んでしまい、このときこの地方でのデコまわしの芸能は消えてしまう。著者は、同和教育のなかで、被差別者しか担うことができなかった文化を誇りをもって伝えていくべきだと考え、活動をするなかで、阿波の誇るべき文化芸能としてでこ廻しを見つける。奇跡的ともいってもいい、師匠との出会い、そして復活、普及活動へ向かう姿が生き生きと綴られている。興味深かったのは、阿波を出て、全国各地を回ったでこまわしたちがその地に残した種が、その地方でどう育っていったかというレポート。たぶんこれはまだ調査の一部だろうと思うが、こうした記録を発掘調査していくなかで、この阿波のデコ廻しという芸が、日本中で迎えられたということを証明することにもなるはずだ。その成果をぜひまた読みたいものだと思う。
この本には、たくさんのデコマワシという芸能に携わった人と、それを迎え入れた人々との交流する写真が納められている。それに木偶(デコ)と呼ばれた豊かな表情をした人形の写真もたくさん納められている。その意味では入門書としてはずいぶんぜいたくな作りになっている。
読み終え、いつか本物のデコマワシを見たいものだと思っていたら、グットタイミング、辻本さんから東京公演の案内が届いた。これは是非見に行こうと思っている。(公演案内は、観劇案内板に)
満足度 ★★★

雨が降ると・・

2009年02月 25日 (水) 9:39
天気予報だと今日も雨なのだが、6時過ぎに起きるとまだ降っていない、ということで軽く走っておく。このところ電車が遅れることが多いし、今日は雨だしと思って早く出たのに、電車の遅れはそれを上回る。やになる。川崎から座れたのはラッキーだったが。出社してメールだけチェックしてミッドタウン近くの喫茶店吉田屋へ。こんどこそ最終チェックになる、長谷川濬散文詩集のゲラに目を通す。執筆者の一人の名前が間違っていた。最後にこのぐらいのミスがわかるぐらいなのがいいかもしれない。たぶんこれで大丈夫だろう。会社からメール、打合せがあるということで戻る。全員そろっての打合せ。こういうご時世だから活路を拓くことを必死に考え、実践していかないといけない。
15時保険屋さんが来社、いま入っている生命保険の内容変更をする。
18時過ぎバーバラ村田来社。来年2月に予定している彼女のソロについての打合せ。19時過ぎ退社。

アンケート

2009年02月 24日 (火) 14:31
今週は雨がちの日が続くようだ。10時すぎに出社。カザフの荷物の件で、アルマティから連絡。今回はカーゴはカザフ組だけ。あとは手荷物になる。10時半歯医者。前歯の詰め物がとれたのだが、今回は麻酔をしてから処置してもらう。なので13時半すぎまで、麻酔が効いたまま。「アートタイムス」4号特集のためのアンケートが集まってくる。かなり手応えを感じる。
17時半すぎに会社を出て、両国で気功の治療。このところいろいろな意味で疲労が溜まっているのかもしれない。ずっと寝ていたようだ。
せっかく気を入れてもらったので、今日は休肝日にする。

三原文講演会

2009年02月 24日 (火) 11:11
昨年、衝撃を受けた書『日本人登場』の作者三原さんが上京し、成蹊大学で講演します。「海を渡ったサーカス芸人」については、三原さんが第一人者、彼女には海外で芸を披露していた芸人さんたちの姿、顔、そして芸までもはっきりと捉えられています。それが凄い!それだけ海外に何度も足を運び、きっちりと調査してきたからです。詳しい案内は下記に記した通りです。三原さんからのお願いがありまして、携帯電話の電源は必ず切った上でご入場ください、よろしくお願いします。
残念ながら私は聴きに行けないのですが、行ったかた、ぜひ感想などをお聞かせください。

成蹊大学文学部講演会
名刺大写真と演劇資料に見る幕末明治の舞台芸人たち:
世界の興行ネットワークのなかで

三原文氏(著述業・前大阪大谷大学文学部教授)
日時:2月28日(土)15:00-17:00
(講演終了後、質疑応答)
場所:成蹊大学3号館102教室

『日本人登場 西洋劇場で演じられた江戸の見世物』(松柏社、二〇〇八年)で、幕末から明治期にかけて海を渡った日本の芸能が西洋の人々の目にいかに鮮やかに映じたかを綿密な調査で明らかにした三原文氏に、最新の研究の成果について視覚資料をまじえながらお話しいただきます。
講演者:三原文(みはらあや)。一九七八年、大阪外国語大学外国語学部英語学科卒業、一九八一年、大阪大学大学院文学研究科修了(芸術学・演劇学)。一九八二年から富山にて国際演劇の制作現場を経た後、富山女子短期大学、大阪大学、大阪大谷大学にて研究職。国内外での研究発表及び論文多数。
芸能・演劇研究者だけでなく、芸能あるいは文化の国際交流に興味のある一般および学生のみなさんのご来聴を歓迎いたします。とくに予約などは必要ありませんので、直接会場にお越し下さい。
主催:成蹊大学文学部
連絡先:日比野啓(成蹊大学文学部)
0422-37-3652/hibino@fh.seikei.ac.jp

帰ってきた高橋さん

2009年02月 23日 (月) 10:58
朝から雨ということもあるのかもしれないが、電車が遅れる。これは京急に限ったことではなく、ほぼ全線。会社に寄ってから、ゲラ校正を渡すためミッドタウンへと思ったのだが、間に合いそうもなく、まっすぐミッドタウンへ。いつもの喫茶店で打ち合わせ、結構直しがあったのでもう一度見ることになった。12時前会社に戻り、打ち合わせ。リトル組のメンバーからメールが入っていたのでその返事。みんな在留資格認定証は届いて、それぞれ大使館に行っているみたいだ。GWの企画の件で、ウクライナの芸人にメール。
14時すぎ、いつもの検査のために新宿の病院へ。今日は採血と薬だけ。
18時半会社を出て、代々木でラーメンを食べてから歌舞伎町のクラブハイツへ。いよいよ今週一杯でクローズということで、最後の訪問。嬉しかったのは去年8月から入院のためにずっといなかったエレベーター係の高橋さんが、待ち構えていたこと。かなりの重病だったような話を聞いていたので、うれしくなる。店の女の子の話を聞くと、今日からの出勤だったらしい。やはり最後を絞めようということなのだろう。感謝セールということで、セット料金が安くなっていることもあるのかもしれない、店は大賑わい。女の子も足らなくなっているとのこと。こんな素敵なおじさんたちの安らぎの場がなくなるのはなによりもかなしい。もったいない。そして残念。
帰りしな、高橋さんと記念撮影。24時すぎに帰宅。

東北知の鉱脈1

2009年02月 23日 (月) 0:25
書名 「東北知の鉱脈 @」
著者 赤坂憲雄  出版社 荒蝦夷 出版年 2009年 定価 1600円(税別)

東北学の提唱者であり、民俗学者である赤坂憲雄の「東北」への熱い想いをこめたメッセージだ。河北新報日曜版に連載中というシリーズ。東北に関係の深い人物をとりあげ、その人物にちなんだ場を訪れるという構成になっている。宮沢賢治、野口英世など著名人を含めて今回は12人が取り上げられている。視点が面白い。特に笹森儀助、岩崎卓爾、島尾敏雄という3人の東北出身者が沖縄や南島と関わり合いを持つところに視点を定め、「戊辰戦争の敗者ゆえに東北が背負わされることになった、あの負の精神史を認める。だから、東北は沖縄に結ばれるのではないか」と結び目を見つけていく。常に東北は敗者であった、戊辰戦争以前も、中央から何度も攻め落とされている。敗者の精神史というものを見ていきたいといま私も痛切に思っている。赤坂がこの本で言うように「東北の強いられた負の精神史こそが、明日を拓く糧になる」というひとつの梃子になるということとは別に、負けることで自足する、あえて負けることで自己主張するそんな視点もあっていいのではないだろうか。そうした敗者の精神史を書くことができないだろうかと思う。こんな想いに誘うこと、これがこの書の一番の魅力なのかもしれない。つまりここに仕掛けられていることを、もっと知りたいという時に、さまざまな親切が施されている。赤坂が主張している「旅学」の案内書にもなっている。
満足度 ★★★
クマのイチオシ
東映映画「鯨と斗う男」鮎川上映会決定!

「鯨と斗う男」上映プロジェクト

ロケ地鮎川での上映会決定!
高倉健が主演し、60年以上前の鮎川や石巻の活気がいきいきと描かれているこの映画を、ぜひ皆で一緒に見ましょう!

2019年11月30日(土)
牡鹿半島ビジターセンター


「石巻学」第4号!

「石巻学」Vol.4 石巻にはいつも音楽があった

2019年7月10日発売!
3号刊行から約2年。今回は音楽の街石巻の間口の広さと奥深さをたっぷりと味わってもらう一冊となりました。



アートタイムズ最新号!

アートタイムズ11号
『タキエさんがいた!』

デラシネ通信社 / 2014年4月25日発売
ドイツの肝っ玉母さん
ルジチカ多喜枝の生き方

ちょっと信じられないような、愛と豪快さに満ちた人生!


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