ウクライナ組帰国

2004年11月 30日 (火) 11:57
8時半品プリでチェックアウト。通訳のKさんが見送りにきてくれた。リムジンで成田へ。ずっと寝ていた。さあフライトがどうなっているのかと意気込んで、ルフトのカウンターへ。すでに情報は入っており、昨日の話のようにミュンヘンで一夜を明かすということではなく、振替のフライトを準備しておいてくれていた。前回のボエボダと同じように、アエロフロートに変更、これだとルフトで行った場合とほぼ同じ時間にキエフに着くことになる。ホットする。
カーゴで荷物を送っているので、荷物も全部で80キロ以下、簡単にチェックインが終わる。
となりのカウンターでなにかもめているなあと見ていたら、カウンターの外に、巻上公一さんの顔が見えるではないか。どうももめているのは、巻上さんが送りに来た人らしい。50キロ以上のエクセスがでているらしい。巻上さんも入って、別送で送る荷物と種わけ。これだけの荷物だと、やはりなあ、難しいなあ。
メンバーを待たしていたので、ちょっと話をして別れ、遅い朝食。
飯を食べてから、お別れ。また会えるということもあるのだろう、あっさりとしたもの。
12時すぎのNEXに乗り、新宿まで。紀伊国屋を少し見て、光麵でラーメンを食べて会社へ。
なにか気が抜けてしまった感じがする。ちょうど11月も今日で終わり、なにか今年が終わったような気になってしまった。
光洋ちゃんから電話。近々飲もうということになる。12月は忘年会と称して、呑む機会が増えるかも。18時前に退社。

チェコ・ハンガリー組帰国

2004年11月 29日 (月) 15:45
6時半起床。宿舎に向かう。7時半バス到着。リトルのスタッフとはここでお別れ。みんな笑顔でお別れ。9時すぎに空港着。チェックインはほぼ問題なし、一番心配だったハンガリー組の荷物もなんとかクリアーできた。チェックインを終えて、これから東京に向かうウクライナ組とチェコ・ハンガリー組を見送る。笑顔でお別れできるというのもいいものである。
ウクライナ組と遅い朝飯を食べて、バスで名古屋駅に。ウクライナ組はてっきりフランクフルト行きに乗るものと思ったのだが、確認したらミュンヘン行き。前回ボエボダがフライトキャンセルになったのと同じ便。いやな予感がしたので、東京に電話して確認してもらう。やはりフライトがキャンセルになっている。しかもミュンヘン行きに乗って、そのまま空港で夜を明かして、翌日の便でフランクフルト経由で、キエフに行くという。あまりにもひどい話で絶句してしまう。ボエボダ同様、アエロフロートに変更できないのかどうか確認してもらう。
名古屋駅から荷物もあったので、こだまの自由席に乗り込む。深酒する日が続いたし、朝も早かったので、すっかり熟睡。14時過ぎに品川着。ホテルにチェックイン。32階の部屋ということで、みんな大喜び。すぐ会社へ向かう。
ルフトハンザの対応は相変わらずで、フライト変更に関して何度聞いても、現地と連絡をとっているの一本やりらしい。
16時からフール祭の打合せ。
会社を出る間際にもう一度ルフトと連絡をとってもらう。ずっと対応した人間はすでに帰り、対応もひどいものだったらしい。とにかく明日カウンターで交渉するしかない。
19時過ぎ品川着。東口の焼き肉屋で、メンバーと最後の晩餐。昨日は痛みもあったのだろう、あまり食べず、飲まないでいたターニャも元気に食べ、飲んでいた。
22時前にお開き。
23時すぎ帰宅。

リトル最終公演 

2004年11月 28日 (日) 16:22
8時前に起床。朝飯を食べているときに、また仮歯が抜ける。昨日違和感を感じたのだが、やはりなあ。今日は日曜日で歯医者も閉まっている。我慢するしかない。
9時36分発のバスに全員乗る。ターニャはやはり痛そう、今日の公演は無理とのこと。でもつくづく不幸中の幸いだと思う。運がよかったのかもしれない。あと3回公演だけだし、なんとかなる。所長からも無理をさせないでと言われる。ターニャ抜きのショーがどうなるのか気になって、一回目の公演を見る。オープニングの主役もターニャだったわけで、どうなるか心配だったが、とりあえずさまになっていた。ロシアンバーも3人で一生懸命やっていた。安心。テリープレスの大道芸をしているドイツの広場へ。
2回目途中から見て、いよいよ3回目の最終公演。恒例のおふザケ公演。面白かった!バラエティーに富んでいたし、今回のメンバーの最大のいいところ、チームワークの良さから来る信頼感が生み出す可笑しさ、近年にないいい最終公演だったと思う。
公演後千秋楽おめでとう、そして写真大会。
撤収も早かった。17時半にはすべて完了。19時半から打ち上げ。
挨拶のなかで、所長から今年の秋は、目標を大きく上回る集客だったという報告、全員から拍手。うれしいなあ。不景気な時代に前年を越える集客ができたこと、これはサーカスのメンバーと、リトルのスタッフの共同作業でできたことだと思う。
文句なしにうれしかった。久しぶりに充実感のある公演だった。

ターニャ救急車で運ばれる

2004年11月 27日 (土) 16:24
ずいぶん寝たような気がする。朝飯を食べたあと、散歩がてらに犬山中央病院に診断書を受け取りに行く。往復1時間ほど歩く。まさかこのあとまたこの病院にまた来ることになるとは思いもよらなかった。
木曽川沿いの喫茶店でコーヒーを飲んだあと、犬山駅前のそば屋に入る。昼時で結構混んでいて、相席をお願いしますと案内された席に西田が。味噌煮込みうとんを食べる。バスに乗って明治村に向かう。ウトウト居眠りをしていたら、携帯に電話。リトルのK市から。いやな予感がしたのだが、案の定ロシアンバーのターニャが落下して、救急車を呼んでいるので病院にきてもらいたいという。客席まで跳んで落下したというので、気になる。明治村に着いてから、すぐにタクシーを呼んで、犬山中央病院に向かう。受付で聞いたら、この女性の生年月日わかりませんかといきなり聞かれて、ムットなる。こっちは容態が気になっているのに、それはないだろう。とにかくどこにいるか聞いて駆け込む。
ターニャは思ったほど、重症というわけでもなさそう、じょうだんも口にする。ここで笑わせられたのは、また生年月日を聞かれたのだが、本人は当然なのだが、西暦で答えたのに対して、昭和何年かわかりますかと聞かれたこと。聞いた方も「わかるわけないねえ」と吹き出していた。レントゲンとCTを撮影。異常がないことがわかる。バーに着地したあと、バランスを崩して、腹を客席前の階段にのへりにぶつけたらしい。痛みはまだあるらしいが、内出血もしていないし、内臓も異常はないとのこと。ホットする。明治村の西田に電話。打合せはこれからだというので、また明治村に向かう。
明治村の事務所で打合せを終えて、ホテルまで車で送ってもらう。
ちょっと早いが、西田とホテル近くの焼鳥屋で食事。ホテルに戻ってウィスキーを少し飲む。藤田まことのドラマを見てから就寝。

晩秋のリトル

2004年11月 26日 (金) 16:18
9時過ぎに家を出て、新横浜へ。車中長谷川濬のノートを読んだあとは、睡眠。犬山に着いて、荷物を預けてからリトルへ向かう。
2回目の公演は小学生の団体で満員。また土日とは違う反応が面白い。公演後客席の前の方から、見ず知らずの若者から「大島さんですか」と声をかけられる。デラシネの読者で、先日本を購入してもらったキグレサーカスのクラウンの人だった。あとでお茶を飲むことにする。
今日の重要なお仕事をまず片づけなくてはならない。リトルではやっていないスタウベルクのメンバーのジャグリングを見せてもらい、ビデオ撮影する。トリオジャグリングでなかなかいい、このグループは多彩である。もうひとり加えると45分のショーができるという。たいしたもんである。
このあとギャラの支払。みんな大喜び。本当にご苦労さまでした。
キグレサーカスの彼とお茶を飲みながら雑談、なかなか面白い経歴をもった芸人さんだ。
事務所に寄って、16時のバスに乗る。土日大道芸をしているテリーと同乗。寒いを連発していた。
ホテルに戻り、こうじの上海公演の件で、電話で大阪市の担当の人と打合せ。ネット接続に何度かトライするが、ダメ。ここはもうあきらめるしかないのかもしれない。
18時リトルのスタッフの人とお好み焼き屋で飲む。今年の秋は去年を上回るお客さんが入ったらしい。なによりなことである。22時半の閉店まぎわまで飲む。
ホテルに戻ってバタンーキュー。

そろそろカバレット

2004年11月 25日 (木) 8:11
11時すぎに出社。
明日からリトルということで、メンバーにあげるビデオのダビングをしてもらい、チェコ組に渡す書類の準備。土曜日に明治村にも来春の企画のことで打ち合わせがあるので、資料を整理しておく。購入しておいたお土産とビデオを宅急便で送っておく。
助成金の書類のことで、みんなで打ち合わせ。分担を決め、その作業にとりかかる。
それを終えてから、そろそろ真剣に取り組まないといけないカバレットの準備。まずは打ち合わせと、下見の日をきめて、出演者に連絡。
そのあと協賛スポンサーに提出する企画書を作成する。まずはチラシをはやいことつくらないといけない。来週リトルのメンバーを送り出してから、かなり巻きでやらないと・・・・
18時半から気功。前回は首の張りがひどかったが、ここしばらくはずいぶんといい感じだ。やはりストレスが大きいのかもしれない。
21時過ぎ帰宅。

木原さんの告別式

2004年11月 24日 (水) 11:49
いつもより少し早く家を出て、大泉学園に向かう。礼服に袖を通すのは、弟の結婚式以来。あれ以来2年ほどネクタイなど締めたことがほとんどないから、窮屈でししかたがない。湘南ラインをつかうと大泉学園まで、1時間半で行けてしまう。空はきれいに晴れ上がっている。取材の時に通い慣れたこの道のりだが、周りの風景はずいぶんと変わったものだ。
9時半から告別式。祭壇には飾られた花の中に、西田敏行の名前も。木原さんがプロデュースした映画『襤褸の旗』に出演していたのかもしれない。AFAの人たちが3人出席していた。その中のふたりとは初めてお会いした。自分の本のことが話題になる。出棺の時に周りからすすり泣きの声が聞こえてきた。おそらくは長年身の回りの面倒を見てきたヘルパーさんたちなのだろう。車が出るのを合掌して見送る。(木原さんへの追悼文は、もうひとつの「虚業成れ」の中に別に掲載中)
12時前に出社。
14時日経の記者来社。若宮丸漂流民のことで取材を受ける。
なにか気が抜けたような感じがする。木原さんが亡くなって、自分のなかで『虚業成れリ』もひとつの区切りをつけられたような気もしてくる。
18時すぎ退社。家に帰って、木原さんの追悼文を書く。

今、なぜ後藤新平か?

2004年11月 22日 (月) 12:53
いま連載中の長谷川濬に絡んで、満州関係の文献を読みあさっているところなのだが、そんなおり、恵比寿駅で、とんでもないイベントが開催されることを知った。満鉄の創始者、そしてハルビン学院の開設者後藤新平のシンポジウムだ。万難を排して行きたいところなのだが、この日は犬山出張と重なっている。もしも誰か聞きに行く人がいたら、ぜひ感想を聞きたいもの。

タイトル 〈後藤新平生誕150周年記念大企画〉
「後藤新平の全仕事」発刊記念シンポジウム

今、なぜ後藤新平か?
出演者と内容
【問題提起】
  新村拓(北里大学一般教育部教授)
    「後藤新平の衛生思想」
  御厨貴(東京大学先端科学技術研究センター教授)
    「政治・外交からみた後藤新平」
  青山やすし (明治大学公共政策大学院教授)
    「後藤新平と都市計画」
【コメント】
  鶴見俊輔(哲学者)
    「祖父・後藤新平」
  加藤登紀子(歌手)
    「父とハルピン学院」
  佐野眞一(作家)
    「メディアと後藤新平」
  原田勝正(和光大学名誉教授)
    「日本鉄道史のなかの後藤新平」
【司会】
  粕谷一希(評論家、都市出版相談役)
【日時】2004年11月27日(土)
    (開場)13時 (開会)13時半
【会場】東京大学本郷キャンパス・安田講堂
【入場料】一般=2000円 学生=1000円
【申込み】藤原書店内 実行委員会事務局    
     tel:03-5272-0301

木原啓允死す

2004年11月 22日 (月) 12:26
昨日仙台から戻ったら、留守電に木原さんが昨日亡くなりましたという息子さんからのメッセージが入っていた。確認のために自宅に電話してみる。息子さんが出て、明後日告別式があることを教えてもらった。さっそく大川さんに連絡、大川さんが、AFAの人たちに連絡してくれることになった。息子さんが電話口で、本間に合って良かったですねとしみじみ言っていた。今年2月本を届けに行ったとき、かなり弱っていたので、気になっていたのだが・・・
午前中ミーティング。フール祭の打合せ。出演者の候補を絞り込む。
午後糖尿の検査で新宿の病院へ。コレストロールが高いと言われた。
帰りに原宿のオリエンタルバザールに寄り、リトル組のお土産を購入。今回は浴衣にする。
16時過ぎ帰社。
明日は久しぶりに休みだ。

ストレンジ・フルーツ初日

2004年11月 19日 (金) 23:00
昨日の天気予報では、今日の午後からは晴れることになっていたのだが、今日の予報ではまた午後から雨が降るようになっている。今日はストレンジ・フルーツの初日。空模様が気になる。
午前中にリトル関係の帰国の手配、リムジンの予約、新幹線の切符のこと、ホテルの手配、サーカス学校の先生の帰りの航空券の変更などをやってしまう。新幹線のことを調べていたら、ふらっとこだまという格安チケットがあることがわかった。ひかりやのぞみよりも、3000円近く安く、しかもワンドリンク付、このワンドリンクには缶ビールも含まれるというからごきげんだ。ウクライナ組はこれにしよう。
13時半高円寺で打ち合わせ、帰りになつかしの都丸書店に寄る。満州関係の本を購入。15時すぎに帰社。14時からのストレンジ・フルーツの公演は雨にもかかわらずかなりの人が集まったらしい。
雨はまだあがる様子がない。
17時すぎに会社をでて、六本木へ。デスクの大野も見に来てくれた。ここで漂流民の会報の合本見本をもらう。なかなかいいじゃん。2000円くらいで売れるかも。
18時ストレンジ・フルーツの夜の部「スフィア」の公演。去年静岡でも見たが、照明の美しさ、まわりの風景とのコントラストなど、全然今回の方がいい。それにしても美しく幻想的なパフォーマンスだ。スタッフの方々も絶賛。
公演後前から行きたいと思っていた麻布十番のラーメン屋さんへ。といっても食べるのではなく、ここのご主人と会うのが目的。結構探したがやっと見つかる。ラーメンを食べた後に、ご主人に挨拶。取材の申し込み。快く応じていただいた。12月に入ってから、お話を聞かせてもらうことにする。
22時帰宅。
クマのイチオシ
東映映画「鯨と斗う男」鮎川上映会決定!

「鯨と斗う男」上映プロジェクト

ロケ地鮎川での上映会決定!
高倉健が主演し、60年以上前の鮎川や石巻の活気がいきいきと描かれているこの映画を、ぜひ皆で一緒に見ましょう!

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