リボフ編11 帰国

2019年10月 07日 (月) 11:51
今日も人形劇を見に行く。今日はハンガリーのオブジェクトシアター。いろいろなアイディアが折り込まれ、それを9人のアクターの動きでまさに変化自在な世界が現れる。人形劇というよりはクラウニングといってもいいかもしれない。クリューコフ親子はかなり気に入ったようで、クリューコフは公演後カンパニーのマネージャーと会って、名刺をもらっていたコメディアーダに招待したいという。コメディアーダにはぴったりかもしれない。ただ人数が多いが、これは調整できるだろう。公演後自宅近くまで戻り、ナージャを乗せてサーカス場へ。今日はサーカス博物館の支配人でもあり、サーカスの副支配人でもあるオレグと面会。開口一番新ディレクター就任後のサーカスの現状について、かなりの危機状態にあるとクリューコフ夫妻に訴える。チケット販売システムに対して茶々を入れられ、チケット販売が思うようにいかないこと、そして番組も落ちている、それはすべて新しいディレクターが就任してからおきたことで、入場者は去年に比べて大幅に減っているという。かなり状況は切実、また深刻なようだ。こんな話しを聞いたあと、サーカス博物館とサーカス学会の交流についていろいろ提案するのもなんだったのだが、持ってきた資料をとりあえず寄付。オレグはとても喜んでくれたし、提案があればよろこんで検討するし、交流はやっていきたいということでみんなで記念写真。
このあとサーカス場の向いにあるクリューコフ夫妻お気に入りの海鮮レストランというか貝(ムール貝)料理レストランでランチ。今日はクリューコフは自分を空港まで送っていかないといけないので飲まないというので、ナージャが付き合ってくれる。貝は確かに美味かったが、実が小さい。窓の外をみていたクリューコフが「あっ」と声をあげる。雪が降っているという。確かにみぞれのようなものが一瞬降ってきた。
家に戻り、まずは荷造り。今回は新しいスーツケースで、前のよりは少し大きめなので、なんなくパッキング。ナージャが見送りの乾杯ということで、食堂で待っていた。またウォッカを注いでくれて乾杯。20時に家を出る。家族全員が見送りに空港にきてくれるという。余裕かと思ったらなんと大渋滞に巻きこまれ、結局22時半すぎに空港着。オンラインチェックインをしていたので問題なくチェックイン。三人の家族と記念写真を撮ってお別れ。

23時40分離陸。ここで熟睡したかったのだが、あまり寝れなかった。定刻より30分前にドーハ空港着。ここでの乗り継ぎが短いので心配だったのだが、余裕だった。6時45分ドバイ発。朝飯を食べたあと「恋人たちのパレード」を見る。いくつか発見があった。武田泰淳の本も途中まで読んだのだが、今回はいろいろ中身が濃い旅になったので、字を読むのが辛くなってきた。カタール航空に乗るのは初めてだったが、乗り継ぎなどはドバイよりは楽だし、全体的に悪くはないのだが食事があまり美味しくない。夕飯は残す。
定刻通り到着。荷物も思ったほど遅くなく出てきた。帰りの電車は当然混んでいるだろうということで、スーツケースは宅急便で送ることに。エアーポート急行に乗れて、冨岡には12時半過ぎに到着。帰宅するとまるちゃんがお座りして待っていた(?)ようにお迎え(たぶん本人的にはちがうと思うのだが)。風呂に入って就寝。

リボフ編10サーカスを見る

2019年10月 06日 (日) 16:37
クリューコフ夫妻は別荘に行く用事があるということで早くに出発。ボーバが朝飯をつくってくれる。何やら外で歓声が聞こえるので見たら、どうやらマラソン大会をやっているようだ。10時に家を出る。今日は歩いて人形劇場へ。街はマラソン大会一色。昨日も見た見晴らし台を通ってのんびり散歩しながら劇場へ。キエフの街はすっかり秋である。11時からセルビアの影絵を見る。ロビーでは日本の女性の方が、のぞきからくりのような一人で見る人形劇をやっていた。セルビアの影絵はとても面白かった。プロジェクターで背景を次々に変えていくのでカラフルな感じで見れる。いろいろな動物の動きがとても素朴で、人間のからだでそのかたちをつくりだすので、ライオンそのものにはあまり似ていないのだが、それがかえって想像力をかきたててくれる。公演はセルビア語でやっていたようだが、隣で見ていたボーバはほとんど理解できたという。ウクライナ語とセルビア語はほぼ同じだとも。ボーバもこの芝居がとても気に入ったようで一緒に人形パフォーマンスをしている仲間に電話して見に行くように話していた。確かにとても参考になるだろう。帰りもボーバの案内で街を見物しながら散策。今年の3月来たときは考えてみたら、サーカス学校とサーカスしかいかなかったので市内見物ができなかった。天気もよくいい散歩になった。部屋に戻るとしばらくしてクリューコフ夫妻が戻ってくる。別荘からたくさんのクルミとかトマトを持ってきた。ナージャが何も食べてないんじゃ、ボーバはいったい何をしていたのとわめきはじめたので、ちゃんと朝も昼もたべさせてくれたし、市内見物もできたし、すごく満足しているといっても聞かない。サーカス学校のナージャ先生と3時にサーカス場で会うことになっていたので、ここでまた昼飯を食べたら遅れるので、食べずに出発。例によって車の中では坂本九の曲がながれ、「ムスターハー」を親子で合唱している。陽気な家族である。サーカス場の前でナージャ先生と落ち合い、サーカス場のカフェで再会を祝して乾杯。クリューコフがいつも持ってあるいてあるグラスに持ち込んだウォッカを注ぐ。先生はいまサーカスアカデミーではなく、サーカス場の練習場で教えているという。だからサーカスアカデミーに貼られていた自分の講演のポスターも見ていないということだった。先生はいま90人の生徒を教えているという。兵隊に行っていたサーシャもいま戻っていて、運転手をやっているという。それからインスペクターマネージュをしているタマラさんのところに行って、また乾杯の続き。ここでタマラさんがサーカスにまつわるアネクドートを連発披露。これが大受け。サーカス学会の創立総会の時に桑野さんがサーカスに関するアネクドートをいくつか紹介していたのを思い出す。これを集めて本にしたら面白いだろうが、誰が買うのかということだな.
まもなく開演というところで客席へ。先生の教え子のハンドスタンドがすごかった。一部が終わったところでクラウンの部屋に寄って、そのままサーカス場を出る。先生ははじめから一部を見たら帰るつもりだったし、クリューコフ親子も17時から始まる中国の人形劇を見たかったようで、予定の行動。人形劇場は超満員。補助席を出してもらって見る。変面をやったりサーカス芸なども披露する、まさにケレンの技の連続。面白かったが、自分はセルビアやクロアチアの人形劇の方がよかった。
20時過ぎに家に戻る。またウォッカの続き。ナージャは早々に退散。ボーバとクリューコフと3人で、五人囃子の話しになる。初めてクリューコフの制作ノートを見せてもらう。彼にとってはたいへんな仕事だったとそのノートを見て思う。ウォッカがなくなったところでお開き。いよいよ明日は帰国だ。

リボフ編9 人形劇フェスティバル

2019年10月 05日 (土) 16:33
朝食を食べながらテレビを見ていると、いきなりプーチンが出てきて、今日は「先生の日」ということでお祝いの言葉をしゃべっていた。今日はウクライナでも先生の日で休日らしい。クリューコフの話しではヨーロッパではみんなこの日は先生の日ということになっているという。教師をしている上の娘が聞いたらびっくりするだろうな。
今日はキエフで今日から始まる第三回国際人形劇フェスティバルを見ることになっている。まず最初の演し物は11時から始まるので、それに合わせて家を出発。サッカー場の隣、キエフでも名所のひとつとなっている公園の中に劇場があった。素晴らしいお城のような劇場であった。リボフで知り合った劇場のディレクターと挨拶、招待券をもらう。最初の演し物はクロアチアの劇団の「カシタンカ」、カシタンカの犬の動きが絶妙だった。途中うるうるしてしまうほど感動した。このあとカフェでお茶を飲んだあと、13時からベルギーの人形劇を見る。これはあまりぴんと来なかったが、子供たちは喜んでみていた。次ぎの公演まで時間があったので散歩しながら、グルジアレストランに入る。昔キエフに来たときにきたことがあるドニエプルを見下ろす見晴台には、ロシアとウクライナの友好をたたえるアーチ状の碑がある。これをなくしてしまおうという動きもあるらしい。ここの見晴台とウラジーミル公の碑がある公園を結ぶ橋が最近できたという。この橋を渡り、街中に出る。すっかり木は色づき秋めいている。
グルジアレストランではワインを飲む。途中ずっと気になっていたサモアと日本の試合結果を見る。日本勝利に思わず歓声をあげる。ここで祝杯をあげる。いよいよ福田さんと見に行くスコットランド戦が重要な試合となることに。祝日ということで今日はパレードがあるという。人形劇場に戻り、17時からスペインとコロンビアのふたりによる人形劇を見る。これは正直あまりわからなかった。客もつかったりしているのだが、言葉がわからないということもあるのかもしれないが、うまくいっていなかったような気がした。ナージャから絶対行くように言われたトイレへ行く。こんなファンタスティックなトイレは他にないのでは。水族館トイレと呼ぶことにした。途中前にも寄ったことのあるメガマガジンで買い物をしてから帰宅。
今日はナージャのお得意の料理のひとつらしいカルボナーラを食べながら、ウォッカを飲む。
オペラ・バレエ劇場の脇の公園では、なにやらパーティをやっている。途中何度かクリューコフと見に行く。23時過ぎに就寝

リボフ編8 サーカス学校で講演

2019年10月 04日 (金) 14:53
早くは寝たもののあまりよくは寝れなかった。朝方目が覚めトイレに行こうと思ったのだが例によってドアがうまく開かない、ただいままでの経験でなんとかフックを外しトイレにいけた。5時半すぎにまもなくキエフというコールで、みんなはタオルと歯ブラシをもってトイレへ、自分も並ぶが、並んでいると前の人に次ぎは私よといって、席を外していく。ということでなかなか自分の順番がこない、結局自分は最後になった。クリューコフから電話、メッセンジャーで「おはよう」と答えておく。
6時50分キエフ駅着。クリューコフが迎えにきてくれた。昨日大騒ぎになったカバンはあったというメッセージが入っていたので、「良かった良かった」だったのだが、汽車の中に忘れたらしい、カバンには現金やなにより彼のコンピューターである住所録、そして家のキーなどが入っていたとのこと、全部そのままで帰ってきたという、なによりである。汽車の中に忘れたと言っていた帽子を被っていたのでそれも汽車にあったのかと聞くと、家に忘れていたらしい。やれやれである。
なつかしのクリューコフの家に戻る。待っていたナージァが朝飯をつくってくれていた。リボフのビールを飲んで、朝飯を食べ、これで落ちついた。昨日は考えてみれば朝飯しか食べていなかった。そのままベットに横になる。
12時過ぎに目が覚め、講演に行く準備。ここでもまた昼飯を食べるだのたべないだのクリューコフとナージャの間で一悶着あったのだが、時間がないということで食べないで家を出る。キエフの街はすっかり秋めいている。サーカス学校で映像のチェックをしたあと、新しい校長と挨拶。2時半から講演会が始まる。最初は校長の挨拶、そのあとクリューコフが自分について紹介して、それから講演が始まる。
前半はサーカス学会事務局次長の山田君が集めてくれた今年日本で公演したいわゆるコンテンポラリーサーカスのトレイラーを5本ほど見てもらう。このあと日本では海外との共同作業もはじまっているということで、フィンランドの演出家と日本のアーティストの作品つくりについて紹介、そのあとに今日から初演の渡辺君とギヨームの「妖怪ケマラ」の練習風景を見せる。短い映像なので、もう一度見たいということで二度見てもらう。デフラクトと頭と口のことは知っている学生が多かったのでこれはかなりインパクトがあったようだ。
このあとは日本のパフォーマーを紹介したいということで、これも山田君が集めてくれた谷口界君の椅子のネタとホワイトアスパラガスのジャグリング大会での映像を見せる。これが今日一番反応があった。ふたつの映像が終わると会場から拍手がまきおこった。ふたりが沢入のサーカス学校出身で、いまキエフのサーカスの先生となっているナジェージダ・ティシェンコの指導を受けていたということも解説しておく。
このあとはハッピィードリームサーカスのマルチネスブラザーズのイカリアンアクトを見せる。これにも歓声があがる。学生にとっては界君とホワイトアスパラガスの方がインパクトはあったようだ。
最後に先日横浜でワールドプレミアがあった、ギーラリバテプロデュースのインフニティーボールのドローンの映像を見せる。ユーチューブにあったものをそのまま見せたのだが、見ている若い男の声で「すげえ」が連発され、場内から「すげえ」という声が流れると笑いがおこった。人間によるパフォーマンスではないが、これもなかなか受けていた。約一時間半の講演を、また来年もコメディアーダに参加することになれば、ここでまた新しい日本のパフォーマーの演技や、学生が興味をもってくれるような映像を見せたい、いままでは呼び屋の仕事を通じてだったが、今後は6月に結成されたサーカス学会の活動を通じ、サーカス芸術の発展に寄与したいと締めくくる。最後に校長が感謝の言葉をのべてくれてお開きとなった。この日テクニカルを担当していた人が最後の映像についてあれはなんだ、ほんとうにドローンなのかと質問してきた。どうやら関心をもってもらったようだ。サーカス学校でサーカスの歴史を教えているというタマラさんをクリューコフに紹介される。彼女はアーティストしても日本に何度か公演しており、今回訪ねたかったシマダの墓を探してもらっている人で、なんと2年前のポルトガルサーカスに参加したジェーニャとアーラの先生でもあるという。彼女は界君の椅子の演技にはかなり感動したようだ。今後もフェイスブックを通じて交流していくことにする。そして最後に近づいてきた少女が、私のことを覚えていますかと尋ねてきた、なんとなく見覚えがあると気になっていたのだが、パーチのヤーロフの娘だという、子供の頃両親と一緒にルスツに来ていた。思わず抱きしめて再会を喜ぶ。いまは17歳だという。クリューコフがすばらしい反応だったと大喜びしていた。一緒に車に乗った息子のボーバは、いろいろインターネットでコンテンポラリーサーカスの映像を見ていたつもりだが、今回見たのは全部初めてなので、とてもよかったとコメントしてくれた。車の中で坂本九のCDをいつも聞いているらしい(なななが置いて行ったもの)が、この家族の一番のお気に入りは「ムスターハー」という歌。ブラジルにいるクリューコフの孫も大喜びしているらしい。
家ではナージャがでかい鯉を煮つけたものを料理して待っていてくれた。3月にも食べたがこれが絶品なのである。ウォッカにも合う。講演も終わり、クリューコフにすれば大成功ということで大いに盛り上がる。トゥイチーに電話、40分近く話す。サーカス学校のナージャ先生ともやっと連絡がとれ、明後日サーカス場で会うことになった。今日の講演会のことを知っていたのかと思っていたが、誰も教えてくれなかったという。こっちからも連絡すれば良かった・・・
クリューコフが見たいと言っていた自分が出演した水族館の芝居の映像リンクを持ってきたので一緒に見る。自分の出番のところでクリューコフはナージャとボーバを呼び、みんなで鑑賞、これこそリボフのフェスティバルでやるものだと歓声をあげながら見る。自分も自分の演技を見るのは初めてだったので、なかなか面白かった。みんな大喜びして見終わり、今日はお開きとなった。

リボフ編7 完全休養日

2019年10月 03日 (木) 18:26
ベットの周りに服が脱ぎ捨ててある。よほど眠かったのだろう。外は予報通り雨がしとしと降っている。今日は芝居もない、なにもない休演日になったようだ。こういう日があってもいいのかもしれない。アテンドをしてくれていたナージャにメールで予定を聞く。今日は22時に迎えがいくので、それまで部屋にいていいという。なんとありがたい話しか、こういう日があってもいいと改めて思う。まずは明日のキエフサーカス学校での講演の準備。また降って湧いたように決まったというか、クリューコフに決められてしまった話し。ただサーカス学会との関係をこれからも深めていきたいというこちらの意向もあるので引き受けた。今回もビデオを一杯見せるのが一番ということで、サーカス学会の事務局次長の山田君が集めてくれた映像リンクをサーカス学校のベロニカに送る。今日中に事前にダウンロードしたいということだった。なんとかかんとか送る。あとは朝飯を食べて明日の講演の内容をメモ風にまとめる。クリューコフにメールを入れておくが返事がない。荷物を片づけ、息抜きに持ってきた「六龍がとぶ」を見る。またとんでもない展開になっていく。あと7回どうなるんだろう。
荷物の整理をして、帰国してからやらないといけないことをメモにする。今日なにも芝居もイベントもないということであれば、昨日クリューコフたちと一緒に帰った方がよかったのではないかとも思ったのだが、こういうなにもない一日というのは案外大事なのかもしれない。やっとクリューコフと連絡がとれる、なんと昨日クリューコフはバックをなくしたという。劇場に行ったら探してくれという。なんたることか。昨日お昼に酒を飲みながら、10年ぶりにサンクトで再会したときに、自分はモスクワの空港で財布をなくし、酒を飲んだあとバックをなくしたという話しをして大笑いしていたのだが、また歴史は繰り返してしまったということか。
18時劇場に汽車のチケットを取りにいく。今日は何もないというので劇場は静かなもの。ヤロスラフがやって来て、汽車の切符を受け取り、今後のことをいろいろ話し。いくつかACCを通してプレゼンできる企画もあるような気がするので、ディスクを何枚かもらう。
またの再会を約して別れる。部屋に戻って汽車の切符を写真にとってクリューコフに送り、劇場にはやはりバックがなかったことを報告。しかたがないと言っていたが、となりでナージァにお金も入っていたことを伝えていた。22時前にチェックアウト。劇場の副支配人の夫のビターリーさんがやってきて駅まで送ってもらう。汽車の出発は23時20分、電車は22時50分すぎにやって来て、ビターリーが車室まで荷物を運んでくれる。残りの3つの席はみんな女性。汽車が出発する前に皆さん横になる。やることもないのでそのまま自分も横になる。

リボフ編6 街を散歩

2019年10月 02日 (水) 15:46
今日は快晴の予報。これがすぎると一挙に寒くなるらしい。10時に朝食を一緒にとって、11時にキエフのラジオ局のイリーナさんからインタビューを受け、それを録音。そのあと12時に劇場でヤロスラフと会うことになったので、街を散歩。ひとつひとつの小さな路地とか通りがとても趣があるし、みんな歴史を感じる。通りの店やカフェもみんなおしゃれだ。歩くのが楽しくなる街だ。12時に劇場へ。やがてクリューコフたちもやってきて、ヤロスラフのキャビネットで打合せ。いろいろ資料をもらう。
いつものカフェでランチをとったあとは、チョコレートの店を探しながら散歩。やっと見つけたチョコレート屋さんがめちゃめちゃおしゃれ。ナージァは山のようにチョコを買った。ヤロスラフの話しではオペラ・バレエ劇場で明日やる予定だったチェコのグループのショーがあるというので、真ん前のカフェでビールとウォッカを飲みながら公演が始まるのを待つ。始まったところで移動、前の方でビデオ撮影。ほぼサーカス。なかなか楽しかった。気づいたらナージャもクリューコフもいない、彼らは今日はまっすぐキエフに行くことになっている。トイレに行きたくなり、自分は近くのホテルに向う。結構酔っぱらっていたみたいでそのまま寝てしまった。

リボフ編5 講演をする

2019年10月 02日 (水) 14:46
5時に目が覚める。昨日は休肝日にしたので目覚めは早い。ストレッチをしてシャワーを浴び持ってきたコーヒーをぬるいお湯で入れて、今日の講演の準備。ノートにロシア語で要点だけをまとめる。日本の野外演劇について簡単に紹介しようと思った。こっちにきてから話してくれと言われたのだがプログラムを見たら、演劇関係者による円卓会議というのがあったので、ここでなにか言われるのではないかという気がし、であれば野外演劇ということで水族館劇場の映像を見てもらうのがいいかと思って映像は持ってきてあった。映像も細切れに見せるしかないので、そのポイントを確認。9時に部屋に来ると言っていたクリューコフ夫妻が来ないので、食券をもって部屋に行く。昨日夜何も食べていないから腹が減っていたのだ。
10時過ぎにホテルの近くのオペラ・バレエ劇場の2階にあるレクチャールームへ。天井の高いすばらしい部屋。まずはUSBのチェック。水族館の映像は最後なので、自分がパソコンのところに行って操作することにした。映像がなんとかなりそうなので少しホットとする。何故か自分は前のテーブルに座らせられる。3番目に講演。ロシア語で通訳なし話し始めたらわっとという声があがり、拍手がおこった。これだけが自分の取り柄である。1970年代の紅テントと黒テントを紹介して、維新派のことを説明したのちに、水族館の映像を見せる。反応はいまひとつわからないが、なんとなく集まった人たちのまずは記憶に残ってもらえたらいいのだが。ジェフ・ヘスとデビットはとても喜んでいた。14時過ぎまで6人がスピーチ。昨日見た「ワーニャ伯父さん」のハンガリーのカンパニーの人を紹介される。講演が終わったことで今回の招待に対するオブリゲーションはとりあえず果たしたことになるのでほっとする。今日は天気もいいので気持ちよく3人で散歩しながらいつものランチカフェへ。今日は講演も終わったということでビールとウォッカを飲む。
ホテルに戻り少しだけ休んで、17時の芝居を見に行こうと思ったら、またハンガリーの劇団と会って、いろいろ話しているうちに17時の開演に間に合わなくなった。この芝居は途中入場ができないということで、近くのカフェでコーヒーを飲む。
19時からの「釜−八月オーセージ郡」(トレイシー・レッツ)を見る。これはきつかった。さっぱり筋はわからないし、しかも長い。終わったのが22時。次ぎの芝居が21時半からだったのでバスで次ぎの劇場に向う。ここは電車の車庫のようなところだった。ここでデビット・マメットの「オリアンナ」というワイルド・シアターの公演を見る。我々の到着を待っていてくれたようだ。22時過ぎからふたり芝居が始まる。こんなに遅く始まったのだから早く終わるかと思ったらとんでもない。たっぷりやってくれた。砂ぼこりがまったり、だんだん寒くなってきたので咳が出てきて、芝居を見るというような環境ではなくなる。我慢比べであった。しかし平日の夜に24時まで芝居を見ている人が100人以上はいたというのに驚く。どうも風邪のひきがけのような感じになったので、すぐに部屋に入り、買ってあったウォッカを一杯ひっかけてベットに横になる。

リボフ編4 市長表敬訪問

2019年09月 30日 (月) 13:03
6時過ぎに目が覚める。こちらにきてからメールの返事ぐらいしかできていなかったので、ブログをまとめたりする。7時過ぎ窓を見ると、朝焼けが・・・
3日分のブログをなんとかアップ。家から持ってきたパソコンのネット接続ができない。この前石巻に行ったときもそうなったので予備にもう一台持ってきたのは正解だった。まどろこしいやり方だがしかたがない。
明日の講演のための準備。10時過ぎにクリューコフが部屋にきて、朝飯を食べに行く。
ジェフ・ヘスと一緒になり、昨日の彼の作品についてクリューコフがいろいろアイディアを出す。クリューコフを部屋に連れてきて、8月にやったクラウンミーツの映像を一緒に見る。リンクは送ってあるのだが、まだ見ていないというのでこの機会に一緒に見て彼のダイレクトな反応が聞きたかった。ふくろこうじの椅子のギャグにかなり興味をもったようで、彼なりのいろいろなアイディアがあるようでそれを本人に伝えてくれというので、あとでメモ的にメールしておく。2時すぎにカフェでランチをとろうということになってそれまで休もうということになったのだが、まもなくすぐに出かけようとやってくる。何でもゲストは全員市長を表敬訪問するということになったらしい。市庁舎は街の中心にあった。なかなか気さくな市長さん。バルコニーでココアをご馳走になりながら、記念写真をとったり各自紹介してもらったりする。それからちょっと高台にある2014年の戦争で亡くなった人たちの記念碑を見学したあと、カフェでランチ。今日は休肝日にしようと決めていたのでビールもウォッカも飲まず。あれだけ天気が良かったのに急に雨が降り出す。ネットの天気予報では確かに雨は40%の確率だったのだが、ほんとうに降ってきた。それもひどい降りになる。少しおさまったところで劇場に向う。17時からポーランドの劇団の芝居。これがまたさっぱりわからない抽象劇でとなりでクリューコフが何度もため息をついて、お前わかるかと聞いてくる。彼がわからないのだがらこっちがわかるわけがない。まさに苦痛の時間であった。このあとはすぐ近くにある劇場に移動して、今回の負スティバルの主催者のヤロスラフの演出の「ワーニャ伯父さん」を見る。出演するのはハンガリーの劇団で言葉もハンガリー語。隣にヤロスラフが座る。これは寝れないぞ・・・
ヤロスラフはかなり緊張している。やっと普通の芝居が見れた感じがする。ナージャがいままで見てきたのはドラマトゥルギーがないと怒っていたが、確かにそう感じるところもある。なんと言っても「ワーニャ伯父さん」である。しっかりとしたドラマトゥルギーがあり、新しい演出があり、役者さんも上手い、新しいチェーホフの世界があった。公演後ヤロスラフのところに何人もの人が素晴らしかったといいにやってくる。中には涙を流している人も。良かったとこっちも思ってしまう。雨もあがりホテルまで帰る途中、Macでお茶だけ飲む。クリューコフ夫妻はなにか食べようと言ったが、すぐ寝たいので断りお茶だけにする。部屋に戻りゲームを少しして、就寝。

リボフ編3 サーカスに感動

2019年09月 29日 (日) 15:49
クリューコフのノックの音で目が覚める。一緒に朝飯を食べに行く。そのあとサーカス場に向うのだが、行くまでが大変、ホテルの前に待機しているタクシーが歩いてもいけるところなのに100グリビナというのでナージャはかんかん、その時の運ちゃんの言いぐさがおかしい、俺たちは働かなければならないなんだよだって。だったらちょっとのところでも行ってくれといいたくなる。結局タクシーを呼んで、開演になんとか間に合う。ディレクターが迎えにきて、貴賓室に案内される。水中サーカスというのだが、しょぼいんではと思ったが、とんでもない、実に見応えがあった。そして客席もほぼ満杯。さすがウクライナだけあってひとつひとつの番組のレベルが高い、そして水中もかなりしっかりつかっているので迫力がある、空中ものは水中から出てきて、それでまた空中で演技する、アーティストも大変だろうが、この迫力はたいしたもんである。アシカのショーも面白かった。熊が腹這いになっていつもは飛ぶときにつかっている障害物をくぐるのにもびっくり。クレイドルを台を空中において、さらに二人組の男子が梃子になってジャンパーを飛ばす空中芸にも驚いた。そして何より驚いたのが丸太をぶんまわすストロングマン。これは迫力があった。ウズベキスタンのアーティストらしい。これだけのものが見れるとは・・・幕間にディレクターがお茶を用意してくれていろいろ話しをしたのだが、面白かったのは新しいディレクターになったキエフのサーカスで、昨日アーティストが集まって、前任者のリュドミラ・シェフチェンコを支持する集会を開いたというニュース。ほんとうは昨日新しいディレクターに招待されてサーカス場に行くはずだったのだが、自分が寝すぎて行けなかったのは逆に良かったのかもしれない。かつてボリショイサーカスの一員として象のショーをやったというポーランド人から日本ではグリンピースはどうなんだと聞かれる。すっかりサーカスを楽しんでさあ帰ろうとなったときに今日最大の笑い話が誕生した。タクシーを電話で頼んでいたのだがなかなか来ないのでクリューコフとナージャが何度も電話するものの、タクシーは一向に来ない。およそ30分ほど待たされる。クリューコフがいまどこにいるんだと運転手に電話で聞くと、もうサーカス場に着いている、サーカス場のどこだというと大きな階段の前にいるという。それを聞いていたナージャがオデッサにでも行ってるんじゃないと笑う。これがあながち間違ってなかったのである。ナージャはキエフのタクシーを予約していたのである、それにまもなく気づく。そして自分も確かにキエフのサーカス場の前に大きな階段があることを思い出す。クリューコフがそれを知って呆然、ナージャもあら間違ったわという苦笑。自分は大笑い。すぐに流しのタクシーを拾ってカフェへ。ここでやっと笑い話になり、みんなで大笑い。やってくれるよな。
16時からヘスの公演ということで食事をして急いで劇場へ。30分押しで始まった。その前にヤロスラフの部屋でまたコニャック。そして約束していた飛行機代の一部として500ユーロをもらう。ヘスのショーはソロショーということで彼のネタをただくっつけただけだったので新鮮味はなかったが、客には受けていた。17時からオペラ・バレエ劇場の前の特設でサーカスの公演があるというので急いで行ったがもう終っていた。残念!
次はキエフのパペットシアターの公演を見る、これがまったく人形が出てこない芝居でびっくりしてしまった。要は人形を動かす人たちも俳優さんとして実力があるのよということを見せたかったようだ。人形劇見たかったな・・・・このあとまた広場に戻ってスティルツ劇団の公演を見る。これはACCのネタになるかもしれないと思い、しっかりビデオカメラで撮影しながら見る。20分ぐらいにまとめてやればとても面白い作品になると思うのだが、およそ60分の公演だったのでやはり間延びしてしまった。撮影するのも大変だった。ナージャも途中疲れてしまい、近くのベンチで座っていた。立ってみるというのは年寄りにはきつい。今日は部屋で少し飲んで食べようということになる。スーパーで酒を買おうとしたら22時以降は法律でアルコール類を売ってはいけないことになっているらしい。たった5分も経っていないのだから売ってくれとクリューコフは言うが、この先に22時過ぎでも売っているところがあるからそこで買ったらと言われる。ちゃんと抜け道があるのがおかしい。クリューコフの部屋で軽く飲む。30分もしたらクリューコフがベットに横になったので、早々に引き上げた。確かに今日はかなりツーマッチの一日だった。

リボフ編2 リボフ到着

2019年09月 28日 (土) 15:47
飛行機ではがまんできたが、昨日は二回もトイレに起きてしまう。しかも二回目はトイレから戻って客室を間違え、違う人が寝ていた二階のベッドにあがってしまう。人がいるのでびっくりして部屋を出る。あぶない、あぶない・・・・
5時半前に「まもなくリボフ」という車掌さんが各部屋を回って歩く。二回目のトイレに行ってからはほとんど寝ていない。時差があるのかな・・・
クリューコフは帽子がなくしたみたい。迎えの人が来ていて、車でまずは主催者の劇場「バスクレセーニエ劇場」へ。ここで軽く朝食をいただき、時間があるので朝のリボフの街を三人で散歩。石畳の通りがきれいな街だ。大通りではなく小さな路地もみんな趣がある。とてもきれいな街だ。7時過ぎに歩き始めたのでまだ通りには人もなく、気持がいい散歩ができた。カフェに入ってしっかり朝飯を食べる。なかなか美味しかった。こうしたカフェがあちこちにある。ウクライナというよりはヨーロッパの雰囲気が漂う街だ。そして街の中心にあるオペラ・バレエ劇場の並木道の栗の木はすでに色ついている。秋である。劇場に戻って11時に行くことになっているサーカスに向う。てっきりサーカスが見れるのかと思ったら、ただ案内してくれるということになっていたようだ。明日12時からの公演を見せてもらうように主催者のヤロスラフにお願いすることになった。劇場に戻って、ランチ券をもらったカフェでランチとビール、そしてウォッカ。すっかりいい気分になって、ホテルにチェックイン、劇場から歩いて10分のところにあるでかいホテル。近いのはありがたい。荷物を整理しきれないまま、フェスティバルのオープニングイベント会場のオペラ・バレエ劇場の前の特設ステージに向う。オープニングはカーニバルパレード、そしてそこから野外パフォーマンスの予定なのだが、パレードが会場に到着したところで急に雨が降り出す。市長とヤロスラフの挨拶の時は本降り、庇のあるところに逃げる。なんというタイミングで雨が降るんだろう・・・オープニングセレモニーが終ってここでのパフォーマンスは中止ということで劇場に向う。ヘルソンの劇団の公演が19時からあるのだが、それまで時間があったのでヤロスラフの部屋でコニャックをご馳走になる。10月1日に円卓会議があるのでそこで話しをしてもらいたいと言われる。プログラムを見てなんとなくしゃべらされるのかなと思っていた。時間は10分ぐらいということなのでそう大変なことではないだろう。ヨーロッパから集まった演出家や演劇関係者が出席するという。なにを話すかちょっと考えないと。何気にヤフーのニュースを見たら、アイランドに勝ったというとんでもないビックニュースが出ているのにびっくり。リボフに着いたというラインをおくりつつ、アイランドに勝ったのと聞くと、その記事がすぐに送られてきた。
19時から始まった芝居は自分にとっては苦痛以外のなにものでなかった。ルーマニアの作家の芝居でさっぱりストーリーがわからない。たっぷり飲んでいたしきつかった。それはクリューコフもナージャも同じだったようだ。
このあとグルジアレストランで招待されたゲストが集まっての食事会。これでもかこれでもかというぐらい料理そして危険な酒チャチャが出てきて、まあ飲んだこと飲んだこと。チャチャ美味すぎ。隣に座ったのがフランス人だったので、ラグビーの話しをしたら、彼もラグビーが好きなようで日本が勝ったのをとても喜んでくれた。これじゃまた酒が進むはずである。
二年前の「コメディアーダ」でグランプリをとったジェフ・ヘスとホテルが同じ階ということもあり、クリューコフの部屋に呼んでまた飲み直し。どうやって部屋に戻ったのかわからず。
クマのイチオシ
東映映画「鯨と斗う男」鮎川上映会決定!

「鯨と斗う男」上映プロジェクト

ロケ地鮎川での上映会決定!
高倉健が主演し、60年以上前の鮎川や石巻の活気がいきいきと描かれているこの映画を、ぜひ皆で一緒に見ましょう!

2019年11月30日(土)
牡鹿半島ビジターセンター


「石巻学」第4号!

「石巻学」Vol.4 石巻にはいつも音楽があった

2019年7月10日発売!
3号刊行から約2年。今回は音楽の街石巻の間口の広さと奥深さをたっぷりと味わってもらう一冊となりました。



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2019年10月
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