A太8歳のお誕生日ブログ

July 24 [Tue], 2018, 22:12
A太が8歳になりました。
こういう時ぐらいしか更新されないブログです、みなさんお久しぶりでございます。息も絶え絶えブログも私も続いております。ごめんなさいね。

連日烏の行水を繰り返すA太の頭皮がいよいよ臭いので、お風呂の基本を再度叩き込もうと久しぶりに一緒にお風呂に入ったのだけれど、
「いい?!シャンプーするときはねぇっ!!」
と怒号を撒き散らしながら彼の頭にやった手は、私の胸の高さの位置。
少し前まで目線を合わせるにもいちいち屈まなくてはならなかったのに、いつの間にか少年になっていることに気づいて少々驚いたのでした。

成長したのは背丈だけではなく、心のコントロールも昔に比べたらだいぶ。
その点については、自分の未熟さに危機を感じているほどで、今日も感情的な物言いをするわたしに対して、いっちょまえに冷めた瞳で正論を返すようになった彼に慌て、野矢茂樹先生の「論理トレーニング101題」を本棚から久々にひっぱり出した次第。

昔、屁理屈ばっかりこねる兄に感嘆符しか返せない母の姿を思い出し、あかん、ああなってはあかん・・・と思いはするのだけれど、どうも論理的に物事を考えるのは苦手なわたしであるよ。今日の今日まで「しょうがないよね、女だもの」と諦めていたけれど、そう言っている場合ではない気がしている。なのでこれに関しては、彼と何か物言いするときは図化する癖をつけようと思う、一応デザイナーの端くれだしさ・・・まぁ。これについてはまたいつかの機会に。

昔このブログに、わたしは、わたしが彼らを産み落とした、という自覚が圧倒的に他の親より足りなさすぎるんじゃないか、ということを書いたことがある。わたしは彼らを自分の子どもというよりも暮らしを共にする人間として扱っていて、彼らに「こうしてほしい」「これはしないでほしい」「こうしたほうがいい」を教えはするが、それは彼らの将来のためにだとか、いわゆるしつけとしてというよりは、わたしが不快にならないように、それらを押し付けている気がするということ。

当時は正直このままで大丈夫なのかとひたすら不安ではあったけれど、なんとA太が成長して、それらにいちいち違和感を提示してくれるようになったではないか。「ママそれ自分ばっかじゃん」「ママそれダメって自分で言ってたじゃん」「今日はダメで昨日はOKてどういうことなの意味わかんないんだけど」。A太はわたしの時に横柄で筋の通らない発言には必ず忠告をくれる。なんてありがたい男だと思う。女にとっていい男とは自分を成長させてくれる男である。すぐそばにこんなにいい男がいたなんて。ありがたさあまりに「ねぇ、わたしたち、付き合ったら絶対うまく行くと思うんだけど」と真顔でA太に言ったら「そ・・・それはどうかな」とこれまた真顔で返された。泣ける。数年前は「えーたくんはねぇ、ままとけっこんしゅるの!」と言ってくれたのに。あ、あとでその時の動画見ようっと。

そういうわけで、彼にとってのわたしが、つまり、彼にとっての「母」が「絶対」ではないということに気づいてくれてきたようで、私としてはそれが大変嬉しい成長の証であったりする。あとはわたしがきちんと変なプライドなんか持たずに、間違いは間違いと訂正したり謝ったり、より良くなるためにと提示してくれる彼の意見をきちんと吟味して取り入れてあげることなんかがスムーズにできればなぁと思ったりする。現状、どうしても彼から見て「大人は自分勝手!」な部分が本当に多いと思うから。

それから、正直なんとかしないといけない家族の問題やらをどうにもできなくて彼に頼るシーンも多々あって、将来それらが人格形成に多大な影響を及ぼすのだろうけれど、でもそれはもう仕方ない、ごめんね、と今から謝って、彼が少しでも多くの「楽しい」「美味しい」「気持ちいい」「面白い」とかって思える瞬間を手に入れるお手伝いができたらな、と思うのであります。正直一人じゃ無理だとハナから思ってる節があるので、周りの人たちには本当にたくさん迷惑をかけています。多分しばらく続きます。

もともとお友達や知り合いに恵まれている点以外はまるでクズのようなわたくしが、彼によってマザーの称号をいただき、少し自分で立つことを覚え、さらにたくさんの出会いをもらい、それなりに社会参加させてもらっている現状は、大げさに思えるかもですが、奇跡です。本当に。

だから、あらためて、一番に彼と、そして周りの皆さんに心から感謝する。
A太の誕生日は、わたしにとってそういう日です。
これからもずっとそうでありたいと思います。

本当にどうもありがとう。これからも、どうぞよろしくおねがいします。

パイナップルフリーウェイとわたし

December 18 [Mon], 2017, 11:06
はい、やってまいりました、「パイナップルフリーウェイとわたし」のお時間です。
前回の記事はこちら

12月17日新宿JAMに行ってきました。
パイフリが出るので笑。

わたしは、ずっと泣いていました。
隣でほろほろ涙していた青柳舞(http://mai-aoyagi.com/)がドン引くくらいの号泣でした。
顔がぐちゃぐちゃで、ほぼすっぴんでよかったなと思いました。

なんであんなに泣いていたのか、よくわからないけれど、
(まぁ飲みすぎてたんだろうけど)

稼ぎもしない、私に優しくしてくれるわけでもない、
酒のんで暴れて、わけのわからないことばかり言っている、
そんな男を思い続けて、寒空の下で洗濯板で手ぬぐいをひたすらにとぐ、
江戸時代あたりの、ど田舎のあばら家に住む嫁の気分でした。

たまに帰ってくる彼の、
けっして簡単には解せないけれど心のツボど真ん中に饐えられる言動のひとつひとつに揺さぶられて、
とても温かいものをまとったからだでぎゅうと抱きしめられて、
それでわたしはあーあーと赤子のように泣いて、
毎回ものすごい幸せをもらう。

パイナップルフリーウェイは、わたしにとって、そういうバンドです。

で、今年でJAMは終わってしまうそうな。
実はJAMとか別に、正直、思い入れないけど、
なんだかライブハウスとの相性というか、
一番ただしいパイフリのみかた、みたいなのがもしあるとしたら、
ここなんだろうなと思う瞬間がたくさんあった。
JAMが終わることにはなにも、
でもJAMでパイフリ見れないのか、と思うと少しさみしいかも。

最後にタ◯ラさんが「下北Queより好きでした」みたいなことを言っていて、
このバンドで一番サイコなのはこいつだ、と再確認したのでした。
そういえば私がボロ泣きの理由は、
前回よりタ◯ラさんの仕上がりが良かったせいでも有るのかも。

ちなみに、今回久々にパーリーズを見たのだけど、
かつてのアンリミみたいな安定感というか中堅感がものすごく、
普通に上手いバンドで感動しました。小田原遊びに行きたい。


ああああー!すごく楽しかったなぁ!!!!!!!!!!





宇多田ヒカルのPV隠し

September 24 [Sun], 2017, 14:43
宇多田ヒカル「Forevermore」

最近この曲ばっかり聴いてます。
長瀬智也がかっこよすぎて、全然続きが気にならないにもかかわらず全話見てしまった。
話はどうでもいいんだ。長瀬智也がかっこよすぎる(TBS日曜劇場「ごめん、愛してる」)

の、主題歌がこちら。宇多田先生。
思うに使う言葉が少なくなればなるほど対リスナー凡庸性が高いのかもと思います。
解釈がそれぞれ千差万別だとするとイメージさせる余白がある方が刺さる。

そういうわけで、歌詞を調べようとしたらこのPRサイトにたどり着きまして
http://www.utadahikaru.jp/lyrics/02/

テキストのビジュアルがインパクトすごい。
フォントも綺麗。エフェクトもテンション上がる。
とても好きなサイト。

ただね




「さては見せる気ねぇなビデオ」問題が気になってまして
つい見てしまったんですよビデオ





ビデオ・・・これ・・・
感想詳細は避けますが、私の中では
「さてはそんなに見せたくなかったなビデオ」問題に・・・


うーん
うーーーん


こういうところでPRの機転とか手腕とかが試されるのや!みたいな勝手な妄想をしています。プロジェクトX的な雰囲気です。



念のため、最後にもう一度!
この曲だいすき!!


小学生になりました。

April 10 [Mon], 2017, 15:46
長男が入学いたしまして。はい。こんにちは、さくだです。

当人は小学校が楽しいらしく、はしゃいでおります。とてもはしゃいでおります。
正直、初日から「つかれた、つまんない、いきたくない」と言い出すに違いないと確信していたので、一応胸をなでおろしている次第。
一方で学校からは怒涛のように提出物などの書類が毎日のように届き、うっかり者の私が彼の学校生活の足を引っ張らないよう頑張らな、と気を引き締めては、わりと緩んだ暮らしをしています。

2月で仕事をやめました。仕事をしていたときのあの余裕の無さが嘘みたい。時間がある。やだなにこれ怖い。
卒園式や謝恩会などのイベントや退職関連の手続きなどで3月は過ぎ、桜の季節になった頃、前頭部分にハゲを発見しました。衝撃。髪の毛めちゃくちゃ多いのに。よりにもよって前だけ禿げてる。
思えば、いきなり暇になった3月は、思慮深くなってしまって、死にたくなる瞬間がたくさんあったなと思う。いままで誤魔化してきた感情がドゥワーーーーっと流れ出て、収集がつかなくなっていた感じがする。反省。いままで誤魔化してきたことも含めて、反省。

なんだか詳しく書くのも見苦しいのでやめるのだれど、34歳になったときに、もう我慢するのやーめた、と思ったんだった。割と自分の不満がわかるようになってきて、なんだ、こうすればいいじゃん、たいしたことないじゃん、とか色々、選択肢はあるのだろうな。こどものためとかなんとか、だいたい言い訳なんじゃないだろうか、私は、私が幸せになりたいのだ。

さて、時間が取れると余裕ができたのか、いきなり長男が穏やかないい子になりだした。いままでいかに私がキレまくりの母親だったか、振り返ると実に可愛そうなことをしたものだと思う。
彼の担任になったのは、ベテラン感がすごい細身のオバァちゃん先生だ。入学式の最中は終始ぼーっと座っていたのに、最後の担任紹介で名前を呼ばれた途端にすっと伸びた背筋と通る声の返事、そして何より素敵な笑顔に、私は一瞬で魅了されたのだった。
入学式後のはじめの学活で、彼女は保護者に向かって「お願いがあります」と前置きし、
「いってらっしゃいはぜひ、笑顔で。気持ちよく、見送ってくれませんか。そうすれば、こどもたち、気持ちが全然ちがいますから」
と告げた。他にも幾つかお願いはあったが、これが最も刺さった。私が今まで忙しさを言い訳に子どもたちを急かすあまり、ちいともできてこなかったことだった。これから彼らが学校を卒業するまで、これは頭においておきたい(多分来月の生理前でかんたんに崩れ落ちる気もする)。

春なので、何かを決意しなくてはという気になって、とりあえず、ひとつ。

YA.ME.RU!

January 18 [Wed], 2017, 11:45
A太の入学が迫っています。あー怖い怖い。
産んだの最近だと思っていたらいつの間にか6年経ってる。
この調子でどんどんどんどん歳をとる。

吹き出物は治りにくいし少し模様替えすると翌日動けない。
朝痛む腰を抑えてつけたテレビで下流老人の特集をやっていた。
80手前でも職探しをするのは本当に嫌だ。絶対に嫌。
おじいちゃんたちが口を揃えて、一生懸命はたらいたのにね、みたいなことを言う。
せめて、そこに誇りや充実や思い返して幸せになれる何かがあればいいが、と思う。
少なくとも、現時点のわたしの就労状況では万一長生きしてしまったとき悲惨だろうな、と思う。
なので善は急げと仕事を辞めることにしました。

なんて書いてますが、仕事を辞めさせてくれと会社に伝えたのは6月。今は年が明けて1月。来月ようやく辞められるという感じ。
どんどんやる気がなくなって、もう会社にいくのもめんどくさいなー、とおもっていたら、腕の骨を折ったり、インフルエンザにかかったり、欠勤のばら撒き。
こういうことがあるから、辞意を表明した社員を下手に引き止めるようなことは会社として本当に損だと思う。
自分の弱さを棚に上げていくらでも言うよねー。まぁいいよねー。これわたしのブログだからねー。

さて、骨折やインフルエンザで休んでいる間にA太にいろいろ教えてみた。
仕事もないのでこちとらめちゃくちゃ心に余裕がある。
どうしてあんなに毎日怒ってばかりいたのだろう、という感じ。おかげで腹筋も緩む。
足し算おしえてもピアノおしえても、とにかく、長男は褒めて伸ばせ!みたいな、これまでは超難易度の高かったアドバイスすらラクラク乗り越えていくよ。突如毎日「正解っ!!」「天才っ!!」と言われすぎるようになったA太が急に勘違い野郎になるんじゃないかと心配したりもするけれど、それにしても、毎日激情型だった彼のリアクションも日に日に薄れていくのが目に見えてわかって、こんな簡単なことだったのか、と、全然子育て的なことに不安しかなかったわたしがとりあえずホッとした部分が大きい。

ほんで、仕事を2月にで辞めて何をするかはもう決まったので、しばらくは仕事は休んで、好きなことだけやって、それでゆっくり考えればいいかと思っているよ。結婚したからこんな自由にやっていられるんだろうな、と思う、ほんとわたしみたいなひとは、結婚してよかったね!

さー、スローダウンだよーもう、よほどのことがない限り、頑張るもんか!




いらっさい、夏

August 03 [Wed], 2016, 18:47
元気ですか?わたしはそこそこです。

そこそこ暑くなってきて、仕事もまるでやる気もなく、
ぼーっとしていたら、もうすぐ3歳の息子に
「ねぇねぇ、まま、ぷーるってしってる?」
と尋ねられました。
あー、なにやら、水がたくさんあって、みんなでバタバタするところのこと?
と言ったら、
「・・・!そうだよ・・・?それそれ!しらないかとおもってた!」
といわれました。そんなにアホな顔してたかね。息子に試された気分。

会社を辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めタイヤめ鯛と言い続けて半年くらい経っています。潜在的には入社したころからだから4年。辞めるのは簡単と皆さんおっしゃるけれど、じゃぁなんでわたしは辞められないのだろうか。いろいろ考えてみたところ、まだ、辞められる準備が足りてない。自分の仕事をわざわざガラパゴス化してしまったせいで、これは自分のせいに他ならない。DTPできます、webできます、そんな企業(しかも社団法人)広報が果たして本当に必要だったのだろうか。デザイン会社でワーママとしてやりぬく勇気がないから、そこそこ適当にやれるところを探してプカプカ漂ってるだけだったんじゃないだろうか。結局、文句を言いながら、一番恩恵を受けているのは自分なのではないのか。

いろいろ、模索していかないといけないな、とおもいます。
とりあえず、酒の量とか、考えたほうがいいのかなとはおもいます。

全然話変わりますけど、ファインディングドリーを見たら、海に潜りたくなりますね。ディズニーのあの映像は本当に、心が洗われる。鼻をしっかり治して、またダイビングしたいなぁ。

夏を、楽しもう、とりあえず。

ログ

July 08 [Fri], 2016, 19:51
急な話だが、先日、うちの子供たちと同じ保育園に通う女の子がなくなったという。まだ3歳だった。

正直子供達とも学年が違うもので、加えて送り迎えの時間もまるでかぶらないらしく、ご両親の顔どころか本人の顔も認識していなかった子だ。
さらに、保育園のお知らせごとにまるで無頓着なわたしは、その訃報を知らせる掲示にも気づいておらず、お友達のママの 「お通夜どうする?」メールでそれを知ったのだった。

人は自分が生きている間に、いろんな形で死に直面するのだろうけどこのケースはわたしにとって生まれて初めてで、正直わたしは処理しきれない想いに直面していままで感じたことのない辛さを覚えた。それは今回のケースが自分に降りかかったらどうなるのかというありがちな想像で、具体的には、それまでごくごく普通に元気で過ごしていた自分の子供をいつも通りに保育園に預けたところ、急な体調不良で呼び出しがかかり、病院にかかったところ、そのまま帰らぬ人になったという想像だ。ただの、想像だ。でもそれだけでもう、耐えられなかった。

そもそも誰が一体、そんなことを想像するのだろう。
ごくごく普通の日常の中で、そんなこと、誰がわざわざ想像することがあるだろう。

わたしはA太を連れてお通夜に出かけた。
彼を携えたのは、心細かったからだ。
わたしはただ、この気持ちのやり場を、どうにか探したく、同じく彼女を悼む人たちと触れ合うことで、どうにかなるかもと思っていただけなのかもしれず、彼を携えれば同じ保育園に通う保護者がただ通夜にやってきたというという大義名分が通用すると思ったからなのかも知れなかった。

でも、そんなゴタゴタとした言い訳も問答無用で、わたしのそんな気持ちなど本当にどうでもいいくらい、祭壇の前のわたしはただ立ち尽くして、どんなお焼香をしたかすら記憶になく、その姿を見ていた彼女のご両親にすら気づかず、とにかく、何が起こっているのか、把握してきたつもりだったのに、もう全てが、わたしの想像の範疇を超えていた。

わたしは、ほぼ初対面の彼女の両親に、まともな挨拶ひとつ、できなかった。

本当は言いたいことはたくさんあった。

彼女の訃報を聞いたときに、まずわたしは、息子たちに、彼女のことを知っているか尋ねた。年長のA太はボケっとしたものだったが、彼女とひとつしか違わないTKは、レゴブロックして遊んだよ、とおしえてくれた。
女の子だし、3歳にもなれば、きっと面倒見のいい女の子だったんだろう、ひとつ上のクラスの女の子たちにいろいろお世話してもらっている様子は、担任の先生からも度々聞いており、想像するに容易かったので、ちゃんと、お世話になった旨を、伝えたかったし、それを伝えることで、もしかしたら、ご家族の何か助けになるかもしれないと思った。

でも、わたしは、声がつまって、何も伝えられなかった。

わたしより祭壇を後にしたA太に、おそらく親族と思われる女性が、園児用に用意したと思われるお菓子を渡しながら、「この子のことを忘れないでね」と告げ、A太は、うん、と軽い返事をしていた。おそらく、彼は、彼女のことを忘れると思う。この日のことをなんとなく覚えていても、彼女という人をしっかり認識することはないと思う。

寺を出るとき、A太に、彼女になんて伝えたのかを聞いたら、彼女の家族が、元気でいられますように、とお願いした、といっていた。きっと神社とかに拝むのと同じテンションだったんだろう。でも、わたしも、同じことを思っていたので、少しそれが救いになった。

最愛の人を亡くす。
この悲しみが乗り越えらえる人などいるのだろうか。
正直いるわけないと思う。
時でも解決はできない。
少し、別の出来事で人生を上書きして、なんなく薄めるようにしたとしても、もうこの出来事は、その人のアイデンティティの重大な構成要素だ。
そもそも乗り越えるとはどういう状態のことをいうのだろう。
どういうことを成し得たら、乗り越えたことになるのだろう。


結局、いまだにわたしはこの想いの消化の仕方がわからない。







パイナップルフリーウェイとわたし

June 28 [Tue], 2016, 21:18
でました、このブログで毎度お馴染みお得意の作文、
「パイナップルフリーウェイと私」のお時間です。
※毎度っていうほどそもそも更新していない

解散してからこんなの書くこともなくなるのか、と思っていたけど、結局生活の要所要所でパイフリのことを想う。大げさな、と思われるかもしれないのでもう少し正確にいうと、要所要所で、パイフリと過ごしたあの日々を思い出す、ということ。ジンを飲んだら喉が痛いから大丈夫かなって心配するけど、いつの間にかオールオーケーでデロデロ酔って告白までして、彼氏もできた!でも翌週別れちゃうかも!みたいな感じ。※すみません、そんな楽しい実体験はありません。とにかく、わたしの中で、決して消えることのないバンドの一つ、それがパイナップルフリーウェイというバンドです。

どのバンドにもだいたいある程度の個性や味というものがあって、それを伝家の宝刀というとすると、だいたいのバンドが、それの使い方を間違えたり、持て余したり、途中で無くしたり、あるいは磨ききれなかったり、その他色々、使いきれずに解散してしまったりする。

でも、パイナップルフリーウェイというバンドは、その伝家の宝刀を、ぎゅうと、堅く握りしめながら、誰にも渡すものかと、ただ無言でぎゅうと胸のところで握りしめながら、静かに4人集まることだけをやめていただけのように思う。そしてただ、その信念が、ずっと生きていたように思う。十数年前に途中でやめた鬼ごっこを、今になって急にいきなり全力でやれてしまう、それがこのバンドなのだ。その証拠に、わたしはまたその夜、思ったのだ、十数年前と同じように。

このバンド、売れるかもしれない、って。

本人が強く言うように練習不足だったタムラさんのギターを聴いても、シンさんが2番の歌詞を飛ばしてテキトーに歌ってんのを聞いても、みったんがなんか太ったなーと思っても、サトシの背後にhitomiが見えても、とにかく、あれは、バンドを組んだこともないわたしが言うのも全然説得力がないのだけれど、なんだかあるべきバンドの姿だった。とにかくバンドにとってとても難しいはずの「続ける」ということを成し遂げてしまっているバンドの姿だった。何年も活動していなかったはずなのに。

連続性を無視して、ずっと彼らは存在し続けていた。
わたしの心の中に、とかいう陳腐なものやまやかしのようなものではなくて。
それはとても、不思議な現象だった。

とかく
わたしは彼らにまた会えた。
とても素晴らしい夜だった。




追記

パイフリはライブは続けることはないけれど、結婚式とかでなら演るって言ってたので、えー、じゃぁもっかい披露パーティーでもやろうかなって本気で思ってることをとりあえずこのブログで表明しておく。
あと、結婚式するんだけどサイコーの冠婚葬祭バンド探してるという人がいたら、ぜひご連絡ください。ご紹介します。わたしが見たいから。

あと、ゴールデンローファーズのワンマンのはずなのに、前座のパイフリの話ばかりですみません。
A太を連れてった都合で、そそくさ帰ったのでろくなことが書けないのー、でも、久々に、あーんたのせいだろーって叫んだわたしは少し若返りました、あー、気持ち良かった!

それから、写真は、会うべくして会った外タレとA太。



春きた

March 18 [Fri], 2016, 12:15
花粉の時期です。今年はすごいすごい言ってるけど、発症してからすごくなかった年なんてないと思う。一回発症したら年々不快さを増していく一方なんじゃないの?A太も花粉症を発症していてかわいそう。まだ5歳なのに。5年しか生きていないのにすでに花粉症て。体質の問題にしてもかわいそうだなと思う。ちょっとほんかくてきな治療を探してみようかな。こんないい気候で外で遊べないなんて地獄だなと思う。

A太といえば、最近自転車に乗れるようになりました。
3人乗り自転車の前かごに乗っているTKが2歳半にして制限体重をゆうに超えていることにいよいよ対策を考えなくては、というところ。3日の練習日程で見事に仕上げることに成功したので、今は私とTKの2人乗り+A太で近くの公園にお出かけしたりするようになりました。自転車は軽いし、荷物を置くスペースもできたし、とにかく便利。
ところが自転車に乗るという楽しみを得た彼は、とにかく公園に行っても自転車ばかりこいでいる。わたしにいわせると、公園にきてるのに自転車ばっかこいで、いったい何が楽しいのよ、という感じ。以前は友達作りを目的に公園に出かけていたのに、あのときの友達100人つくりたいパッションはどこにいったのさ!ということで、ピカピカの青い自転車にまたがり、血眼で防災広場のコーナーを攻めているA太を諭してみることに。
あのさ、えいた、ママはそんなつもりであんたに自転車を与えたんじゃないの(※買ったのはとーちゃんだけどね)。自転車は目的じゃない、手段なんだよ。

A太「・・・自転車は!!!目的だよ!!!!!!!!」

撃沈。そうだよね。コーナー攻めてる時点で気づくべきだった。どうしよう。こればかりはしばらく飽きがくるのをまつしかないのかも。

さて、今月末は沖縄に行きます。母が定年を迎えるというので、お祝いに駆けつけ。なんて幸せな母がだ。うらやましい。自分の定年退職の日にはるかとおく東京に嫁いだ娘が年度末にのこり2日しかない有給をフルに使って自分のために退職祝いに帰ってくるなんて。しかも、孫つき。この結果を、10年前、20年前に私たち兄弟の子育てに
嘆いて愚痴ばかり言って当たり散らしていた彼女本人に教えてあげたいくらい。でも、お祝い当日はおとなしく言ってやろうと思うんだ、おめでとうと、あと、ありがとう、それから、たくさん頑張ってきてよかったですね、って。上から笑。

わたしは、できるかな。できないだろうなー。
とりあえず、今日ちゃんと働くかぁ。

ああー

March 11 [Fri], 2016, 22:10
ブログを整理していたら、5年ほど前、育休中に書いた創作の下書きを誤ってエンター連打により公開してしまい、アップされてたのほんの数分なのに、もう恥ずかしくて死にたい。あの時のわたし、なんでこんなもの公開しようとしてたのだろう。いや、恥ずかしいから途中で書くのやめて下書きにとどめておいたんだろうな。正解。いっそのこと消しておいて欲しかった。ああ、死にたい。そいえば高校時代に書いた創作も数年前に読み返して死にたくなった。もう、死にたくなるなら書かなきゃいいのに、と思うんだけど、しょうがないんだよなぁ。あーあ。死にたい。寝よ。寝て忘れよう。
こうこく
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