長崎の思い出2 

July 17 [Tue], 2018, 22:17

長崎の旅行はお母さんの傘寿のお祝い
だった。


長崎出身のお母さんの長崎に住む三人のお姉さんや、
アタシのいとこ達、
お母さんの高校の同級生などに会うことができた。


お母さんは本当に嬉しそうだった。


お母さんの出身は偶々超観光地だったが、
お母さんにとって長崎に帰って、行きたいところは観光地ではないのかもしれない。


世界三大夜景の1つと謳われる稲佐山の夜景ツアーも、興味なさそうで結局行かなかったし、
当時の建物などを再現したという、出島パークに至っては、
入園するなり、当時の土間を再現した建物の椅子に座り込み、
誰それさんはどこどこ大学に行ってどーのこーの
と今その話?
なことを喋り続けて
さ、帰ろっか、と
えー?!一応博物館的なモノなのに、
何も見てないじゃん?!



明らかに興味が無かったご様子。
と言うか、隙あらばガードルを買いに行こうとしていたな、多分。
ほとんど何も観ることなく、ミルクセーキを食べただけ
しかも凄い勢いで食べているので、
なんでそんなに急いでるの?
って聞いたら、
こんな所でグズグズしておれん
と。
やっぱりガードルを買いに行こうとしていたな?


お母さんにとって、姉妹や親戚や友人に会って話したり、思い出の場所に行く方が楽しいのだ。
そこをアタシはよく理解できていなかった。
付き添い人としてはぬかったなあ、と思う。


お母さんの思い出の場所は
銀嶺
という喫茶店。
とても豪奢な店で、
コーヒーを飲みに行く
と言ったら、銀嶺を思い出して、
なんと優雅な、、と思うらしい。
だがもう美術館か何かに移転して、元の店の面影はないらしい。
そのかわり、お父さんの思い出の喫茶店だから行け、との妹司令により
富士男
に行った。




老舗中の老舗ですなぁ。
お母さんは
「お父さん、コーヒーなんて嫌いだと言ってたのに」
と憤慨している様子。
お母さんと通ったワケじゃないのかー?
誰とどんな思い出があると言うのでしょう笑




お母さんの働いていた会社
これまた移転しているが、
お母さんのお母さん、アタシのおばあちゃんのお墓のすぐ近くだった
墓参りのついでに寄ってみた。


中に入ってそこにいた男性に
大昔に働いていたんです
と言ったが、
ああ、そうでしたか
的な感じで、
まあ、そりゃそうですよね。
予約すれば、中の見学が出来ると言う。
っても移転しちゃってるしね。。
しおしおと帰ろうとすると、
エントランスにどなたか博士かなんかのレリーフがあった。
お母さん、この人知ってるの?
「お会いしたことは無いけどねぇ、
もちろん知ってるよ、
どーのこーの、どーのこーの、、」


そこへ中から素敵な雰囲気の女性が出てきた。
50年も前に働いていた
と言うと、
その女性は自分は40年働いている、と言った。
え?めちゃ綺麗、って、何歳!??
初対面の女性に喋りまくるお母さん。
すると
お母さんの働いていた部署の後継部署にその女性は働いており、
お母さんの同僚とその女性は入れ違いのように共に働いていたことが判明した。
次々と知っている名前が出てきてお母さんも驚くやら喜ぶやら。
外資系で外国人も多く働いていたからか、パーティなどよく催され、皆さん仲が良く、とても楽しかったらしい。


パーティ?
ってお母さんが??笑


行って良かったなあ。
あの女性に感謝だ。


お母さんの両親が眠るお墓
お母さんのお母さんは47歳、お母さんが中学生の時に亡くなっている。
あまりに若すぎる。
そしてお母さんがかわいそうだ。
お母さんのお母さんは、とても綺麗で優しかったらしく、
お母さんのお父さんは、
白百合のような人だ
と表していたのだと言う。


昔は退職金で家を建てるのが一般的だったが、お母さんのお父さんはお母さんのお母さんが癌になってしまい、治療や入院費に全て注ぎ込み、家を建てることは出来なかった
ボロい家がイヤで、
一人で家を買おうと
50万貯めたの


当時初任給2万円くらいの時代。
お母さん、凄えな。


長崎は坂が多い街だが、
お母さんのお母さんのお墓は
とてつもない斜面にあり、
お母さんは正確な位置を覚えていなかった。


あれー?二列目くらいだったけどなー?


ない。。


この膨大な、しかも急斜面の
どこがどう区画されているのかわからないお墓を、どうやって探せばいいと言うのか。


こんな急勾配、お母さんに歩かせるワケにもいかんし
お母さんに下で待っていてもらって
端からしらみつぶしに見て回る事にした。


もう、イライラマックスである。
暑いし、左から5列目くらいで疲れ果て
道に降りると、
お母さんが、あった
と言う
向かいのお花屋さんが、何か覚えてくださったのか、奇跡的にわかったのである。
お母さんの2列目あたり、とは
道から見て2列目だったのだ、
それを先に言え笑
イヤミ言いまくりである。

おばあちゃん。。
会うことは出来なかったけど、
会いたかったな、、
お母さんのそばにいて欲しかった。
お母さんはおばあちゃんに若くして別れて
かわいそう
なのに根性悪な孫はちっとも優しく出来ません。
あなたの娘を悲しませてごめんなさい。




「幽霊でもいいから会いたいよ
夢にも出て来てくれない」


お母さんのことが本当に好きだったんだね


それに反して
お父さんとは衝突が絶えなかったらしい。


なぜ、お父さんじゃなくお母さんが死んじゃうんだ!


と喧嘩して言ってしまった
と言う。


お母さんの三人のお姉さん達は、
皆、お父さんはいい人だった
と言うらしく、
きっとそうなんだろう。


ただお母さんは一番年下で、
中学で母をなくし、
お姉さん達は次々と旅立って行き
父親と2人の時間が長くなった
お姉さん達より衝突する機会が多かったのだろう。


アタシも思春期には、口の悪いお父さんと激烈なケンカを繰り広げていた。
お母さんはだいたいにおいて慰めてくれた。


お母さんには慰めてくれるお母さんがいなかったのだ。


80になったお婆さんが、
お母さんに夢でも会いたいとか
お父さんに言ってしまった暴言を話す。

少女だったお母さんが見え隠れする。




ホテルから海が非常に近かった為
アタシは一人になるとしょっ中海に行った。


早朝、お母さんがガサゴソ何やらやっている間。
夜お母さんがお風呂に入っている間。


お母さんが高校の友達に会っている間。
本当は中華街で何か食べようと思って行ったが、なんだかもう、街が耐えられず
結局海へ。
出島ワーフって海に面したレストラン群
素敵!

昼からビールいっちゃうよーん
いいね、ここ!
夜お母さんとまた来よう。



海はいいね
イライラや複雑な思いや、後悔を
海に流す。



イライラして冷たい態度をとることは、
結局のところ、自分で自分を傷つけているのだ。
不機嫌は罪だ。悪だ。
わかってはいるのだ。


お母さんも父親と喧嘩すると
山の上の方のお家から、歩いて海にやってきたと言う。



「夕方の海でぼんやりしていたら、
知らない人が話しかけてきて
アナタは島倉千代子に似ているね
って言われたの」


島倉千代子、、、、。
って。
なんて返せばいいのか、返答に困る。
良かったね、でいいのか?


お母さんも父親に暴言吐いて
結局のところ自分を傷つけたのだ。
でなきゃ60年以上も前に放った言葉を覚えているわけない。
哀しい後悔を持って80才になった。


アタシも、もっと楽しいハズのこの旅行を
自らぶち壊し。
ずっと後悔することになるのだろうか





長崎の思い出 1 

July 07 [Sat], 2018, 13:16

早いもので、もう一カ月以上たってしまったなぁ、、
何してたんだっけな?笑


お母さんと二人の長崎旅行
楽しかった
けど
もっと楽しいハズだったのに、


アタシが根性悪なせいで
すぐにイライラして、
確実にそれはお母さんに伝わっていて、

お母さんはアタシに哀しい気を使う。

お母さん、かわいそう。
根性悪な娘にイライラされて、
気を使って


そう思ったら、切なくて
どうしてもっと優しくしてあげられないのかと、
悲しく思いながら、思っているのに、イライラして、また悲しくなる




妹が取ってくれたホテルは
海の凄い近く!
1分くらい
毎朝5時に海へ出かけました。




ホテルは年季入った感は否めないが、
趣あってとっても素敵。
こういうのアタシ凄い好きだ。




しかも従兄弟はここで結婚式を挙げたと言う。名前のプレートが残っていた!


ここから長崎の観光地の殆ど
歩こうと思えば歩けた


オランダ坂は裏手にあり
活水女子大が窓から見える。
手前の中学校はお母さんが通ったという、
梅中だ。





孔子廟の前を通って通学していた
とか。

孔子廟に行ったりしたの?懐かしい?
って言ったら、
別に。あんまり興味なかったし、と。


そりゃそうだ笑
通学路にある寺なんてさして興味ないわ笑


大浦天主堂、グラバー園
出島
眼鏡橋
中華街
全部歩いて行ける。


長崎は観光名所がキュッと凝縮されているんだねー
よく知らなかった。


路面電車は便利だけど、
歩けなくはない。


お母さんは
歩けなくはない
ということは覚えていたが、
道を全く覚えていない様子だった。


なのに、どんどん、ズカズカ歩いて行ってしまう。
ベラベラ よくわからない、今それ?って話をしながら。


最初、お母さんは住んでたわけだし、
どんどん歩いて行ってしまうので、
道を知っているのかと思って地図も持たずにいたら、
えらい目にあった笑




アタシはただでさえ方向音痴なので
焦って地図を見るが、
自分がどこにいるのかわからない。


スタスタ歩くお母さん


お母さん、どこに行くの?


「アンタが海の方行きたいって言うから」


、、、海は、
あっちだよー!!


お母さんも方向音痴か


お母さんはなぜか
浜屋
という百貨店に行きたがった。
しかも毎日
繁華街に行きたい、浜屋とかに、
と言う


お母さんの若い頃からあるなら
相当な老舗なんでしょうなあ
お母さんにも、
お給料出たら、アレ買っちゃおうかしら
とか何か郷愁な想いでもあるのかもしれない。


しかし浜屋に着いたと思ったら、
一階の通路を反対側の入り口まで
素通りして、
出てってしまう。


え?
浜屋に来たかったんじゃないの?


「アンタ、吉宗に行きたいんでしょ、行こう」




次の日もまた違う入り口から反対側へ素通り。


言うても、アタシ東京から来たワケですから、百貨店なんか、別にどうでもいい


だのにお母さんはまた浜屋に行きたい
と言う


昨日も行ったじゃん、
何もなかったじゃん


「そうだっけ?」


本当にイミわからん
イライラするアタシ。
今いる場所からどうやって行けばいいのだろう
方向音痴じゃなければイライラしないのだろうか


しかし
執拗に浜屋に行きたがったワケがのちにわかった。


お母さんは
行きと帰りとお友達に会う日は
一張羅のスカートを着る事にしていた。


スカートはスカスカして落ち着かないから、お腹を凹ます為にもガードルを履く
と言う


そして着る物をソファの上に置いておいたのだが、
なぜか当日の朝
ガードルが無くなっていた。


一緒に探したけれど、無い
仕方なくスカスカのまま、出かけたのだが、
アタシは内心、そんな締め付ける物着て、飛行機なんて乗ったら具合悪くなるんじゃないかと心配だったので、むしろ無くなって良かったと思っていた。


だがお母さんはどうしても中に履く物が欲しかったのだ。
だけど
常にイライラした根性悪な娘に気を使って
通りがかりにいい店があれば、
さっと買おうと思っていたのだろう。


言ってくれれば、全力で探したのに!

お母さん、かわいそう


自分の意地の悪さに悲しくなって
一連のコトを妹にうったえると、


「ガードル、ソファにあったけど?」


そんな、バカな
アタシも一緒に探したのに!?
無かったよ!


「きっと飛行機で具合悪くならないように、
神様が隠したんだよ」




























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